希望の残滓
Ⅰ
振り抜かれた刃が空を裂く。
二度、三度と刀を振るい、最後に鞘に納刀する。
「いい刀だな……あー、ますね……ですね?」
「ふむ。ゼインの言っていたことは本当だな。小骨が刺さった気分だ」
そう討伐隊の頂点に立つ総隊長であるところの、フィール・クリラクラウは言う。
眉一つ動かさず、心にも思っていないような顔をしている。まるで鉄仮面だな。
「いいだろう。私もゼインと同じ処置をする。ほかに誰もいない場合に限るが、敬語は使わなくていい」
「そいつはどうも」
そんなに俺の敬語は喉に刺さるのか、と思いつつ、納刀した刀を机上に戻す。
「朝っぱらから急に呼び出したかと思えば、立派な刀を二振りも。魔法の台頭で刀槍矛戟の類いに碌なもんはないと思っていたんだが、こいつは一体何なんだ?」
机上に並ぶ、二振りの刀。
空を斬ってみた感触からして、業物として十分に通用する出来だった。
製造の難しい刀を――それもこの質で製造する技術がまだ残っているとはな。
「その刀は、かつて掴み損ねた希望だよ」
「希望?」
「黒の英雄の話は聞いただろう。その英雄がいなくなってから、我々はもう一度、黒の英雄を造り出そうとした。一世紀近くかけてな。その産物、絞りかすがその刀だ」
つまり、今から俺が成そうとしていることを、英雄なしで成そうとした訳か。
今の現状をみるにその試みは成功しなかったみたいだな。
だから、総隊長自身も刀を希望と言っておきながら、絞りかすなんて言葉を使った。
「絞りかすなどと言ったが、刀としての出来は従来のそれとは一線を画す。それを使えば私でもシンデレラに傷が付けられよう。部下に渡してやれば、修業もいくらか短縮できるはずだ。まぁ、気休め程度だろうがな」
素人が振っても硝子の外装に傷がつく、か。
それ程までに鋭利な刀。だが、それを用いてもなお、英雄の再現は叶わなかった。
「そう言うことなら、ありがたく使わせてもらう。希望とやらを繋ぐために」
絞りかすだろうが何だろうが、刀は刀だ。
修業の短縮を図れるなら、尚更、使わない手はない。
物は使われてこそ真価を発揮する。この二振りの刀にもその時がきたのだ。
「用件は以上だ。下がって言いぞ」
「じゃ、また何かあったらよんでくれ」
二振りの刀を引っ提げて、その場を後にする。
「あ、やべ。もう時間がねーな」
ふと思い出したのは、新たに出来た部下のことだ。
瑞樹とメアリー。二人の修業を付ける約束を、総隊長のことですっかり忘れていた。
「いっそげー」
もう時間的に間に合うような距離ではないのだが、まぁその時はその時だ。
この手に携えた手土産でどうにか怒りを抑えて貰うことにしよう。
Ⅱ
「遅い! なにやってたんですか!」
案の定、時間には間に合わず、怒られてしまった。
時刻は約束の時間をすこし過ぎたころ。
俺が破硝学院の中庭に到着した時、二人は待ちぼうけを食らっていた。
「まったくもう。なんのために連絡先を交換したと思っているんですか? 電話を掛けてもいっこうに出ないし!」
「電話? あぁ、あの携帯なんとかって奴か」
「携帯端末ですよ」
「そう、それ」
携帯端末は、離れた相手と連絡が取れる優れ物、だったか。
有効範囲はメルゥサの城壁内に限るが、情報伝達に多大な貢献をもたらすもの。
昨日のうちにゼインから渡され、そのまま二人と連絡先とやらを交換していた。
「たぶん、机においてそれっきりだな」
「携帯する端末だから、携帯端末って言うんです! 持ち歩いてないと意味ないじゃないですか!」
「悪い悪い。だから、お詫びと言っちゃなんだが二人に渡すものがあるんだ」
遅刻の咎めから逃れるよう、話のすり替えを計る。
それぞれに総隊長からもらった刀を渡すと、見事に話題が移り変わった。
「この刀は?」
「総隊長からの贈り物だ」
「そうっ……たいちょう」
瑞樹の問いにそう返すと、二人の反応が重なった。
「総隊長から直々に……」
「ま、それだけ期待してるってことだろうな」
そう言ってやると、二人は顔を見合わせて頬を緩ませた。
つい昨日まで訓練生だった二人には、期待されることが嬉しいのだろう。
二人の魔法は、お世辞にもシンデレラに通用するものだとは言えない。それは彼女たち自身が一番よくわかっているはずだ。俺がこのメルゥサに来なければ、ずっとその事実と向き合いながら、戦場に出ることもなく日々を過ごしたことだろう。
だからこそ、総隊長から掛けられた期待が、どんなことよりも嬉しくて堪らない。
「それじゃあ早速、そいつを使って修業をする訳だが――あぁ、そうそう。その前に」
「なんですか?」
「それだよ。敬語は使わなくていい。歳もそう違わないんだ、堅苦しいのは無しにしよう」
修業の第一段階、とは言わないが、まずはそこからだ。
師匠も最初はそうだった。師匠は頑固ジジイで厳しくて情け容赦ない人だったが、出会ったころ――最初のほうだけは俺に優しくしてくれた。
だから、俺もそれをなぞるとしよう。
「……わかった。なら、そうさせてもらうね」
そう瑞樹がいい。
「そう言うなら、私も依存はないけどさ」
続いてメアリーも頷いた。
「よし。んじゃあ、始めるとしよう」
こうして俺にとって、そして二人にとっても、初めての修業が幕を開けた。