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抜刀


「……よう、俺になにをした?」

「すぐにわかりますよ。嫌でも」


 そう告げた直後。


「――な、なんだ!?」

「剣がッ、勝手に!」


 遠ざけた訓練生たちから声が上がる。

 何事かと思えば、次の瞬間には幾つもの剣が視界を埋め尽くしていた。

 主なき剣の一群。飛翔せし数多の鋒は、そして雨霰の如く上空から降り注ぐ。

 幾つもの剣が、刺突が、この身を過ぎていく。

 腕を、足を、肩を、頭を、この身を――貫いた。


「――ほー、そいつがお前の魔法か」


 だが、直後に俺は消え失せる。

 正確には、その幻影が。


「……それが夜弦さんの魔法ですか」

「あぁ、おぼろって言うんだ。見た通り、相手に幻覚を見せられる。まぁ、短い間だけだがな」


 ロスケルトが見据えている俺は、本物の俺だ。

 幻影は数秒としないうちに自動で消滅する。維持できなくなる、と言ったほうが正しいか。


「いいんですか? そんなにべらべら説明して」

「言ったろ? 俺が魔法を使うのは一度だけだって」

「あぁ……そうですかッ!」


 ロスケルトは声音に小さな怒気を孕ませ、地面に突き刺さった剣の一群を引き抜く。

 そうして宙に浮かんだ数多の剣は、その鋒のすべてをこちらに向けて放たれる。


「まるで空を泳ぐ魚だな」


 他のどれよりも速く一番乗りした剣を迎え撃ち、その側面を払うようにして打ち弾く。

 次いで、二番乗り、三番乗りを果たした剣を弾いた所で、ふと気が付く。

 剣が地面を転がる音がしないことに。


「なるほど――」


 背後を振り返り、一度弾いたはずの剣をふたたび弾く。

 朧を使った観察と、今のでロスケルトの魔法に見当がついた。

 身に迫る剣を近付いた順に弾き返しながら、思考は更に巡る。


「磁力か」


 稲妻を纏ったということは、魔法の性質は雷に由来するもの。

 そして延々と追いかけ回してくる剣をみるに、磁力が関係していると見ていい。

 磁力操作による追尾攻撃。能力の対象は自らが触れた物、ってところか。

 模造の剣に触れる機会は幾らでもあった。俺の模造刀には剣を介して触れている。更に、先ほどから妙に刀身が重いことから、対象は地面にまで及んでいるらしい。

 引き寄せと反発の強弱を駆使して対象を自在に操る魔法。

 だが、磁力の強さにムラがある。

 いま宙を飛び交っている剣の磁力は強いものだ。しかし、その他の模造刀や地面が帯びている磁力は幾分か弱い。

 たぶん、効力を高めるのに幾つかの条件があるのだろうが、それについて考えるのは時間の無駄だな。


「このままじゃあ、埒が明かないな。どうも」


 いくら弾いても追尾してくるなら、応戦するだけ無駄だ。

 だから、刀を仕舞うことにしよう。


「なッ!?」


 得物を納刀し、両手を空にし、飛来する剣を見切って躱し、その柄を掴む。

 そして、奪った剣を地面に深く突き刺した。


「そ、そんなッ、滅茶苦茶なッ! 刃もついてないのに!」

「はっはー、こいつは想定外だったか?」


 次々と掴んでは地面に突き刺していく。

 模造の剣で刃がないとはいえ、先が尖っていれば俺には十分。

 深く突き刺せば、磁力の反発を利用することも出来ないほど固定できる。


「これで最後!」


 すべての剣を奪って突き立て、周囲に数多の墓標を築く。

 どれも微妙にカタカタと振えているが、抜ける気配はない。


「さて、次はどうする?」

「くぅ……でも、時間は稼げましたから」


 そう言ったロスケルトの瞳には、まだ諦めの色はない。

 勝ち気な性格が言わせた出任せではないようだ。


「……それが剣と魔法の併用か」


 迸る紫電を身に纏ったロスケルトは、俺と同じように剣を鞘に納めていた。

 それは磁力を高めるための行為だと思われる。

 左手で鞘を、右手で柄を掴み、紫電を送り込むためのもの。

 その構えから繰り出される攻撃は、一つしかない。

 今までの攻撃はあくまで囮。本命は準備に時間がかかるであろう、こっちか。

 だが――


「――行きますよ、夜弦さん。今度は、殺す気で」


 彼女は駆ける。その動きに合わせてこちらも再び抜刀する。

 腕を顔より高く上げ、両の手で柄を握る。

 そうして待ち構えた俺に、ロスケルトは真正面から間合いに踏み込んだ。

 瞬間、高まった磁力により剣と鞘が反発を起こし、凄まじい速度を以て刀身が引き抜かれる。稲妻を纏う紫色の一閃が天と地を分かつかのように振り払われた。


「――え?」


 しかし、その一撃はあまりにも短く、歪な音を伴う。

 それは刀身が折れた音。抜刀の速度と衝撃、負荷に耐えられなかった剣が悲鳴を上げる音だ。ゆえに、引き抜かれた剣は短く、それは誰かを倒しうるものではなくなった。

 その現実を目の当たりにし、理解が追いつかないロスケルトは、思わず戸惑いの声を漏らす。


「やっぱりな」


 こうなることは予想がついていた。

 だから、俺は戸惑うロスケルトに刀を振り下ろし、その柄頭で叱るように額を小突く。


「いたっ」

「まったく。あの状態で抜刀術が出来るかよ」

「ばっとう……じゅつ?」

「いま、お前がやろうとしたことだ」


 鞘から剣を抜き払い、相手を斬り付ける抜刀術。

 座った状態で戦闘に移行するため。奇襲のため。奇襲に対する防衛のため。様々な用途で使われる剣術の一つ。それをロスケルトは魔法を伴い、行おうとした。


「剣と鞘を見てみろ。鞘は裂けてるし、剣は折れてる。魔法で高負荷をかけた上で、無理矢理に弾き出したからだ。剣が折れてなけりゃ、鞘ごと左の指が千切れていたかも知れない」

「そんな……」


 それだけ危険なものだった。

 剣と魔法の併用というにはあまりにもお粗末な出来だ。


「……だが、まぁ、発想は悪くなかったよ」

「え?」


 磁力を応用した高速抜刀。居合いに適した剣を使い、技量を積めば物に出来るかも知れない。その片鱗を危なげながら、ロスケルトは見せた。

 それに放っておいたら、本当に指を落としかねない。


「採用ってことだよ。流天とロスケルト、二人を採用する」


 そう言ってやると、一瞬だけぽかんとしたロスケルトは、すぐに表情を一変させ、喜びを噛み締めるように小さく拳を握り締める。


「やったっ」


 その小さな声は、聞かなかったことにしよう。


「さて、こうなるとロスケルトだけ特別扱いになっちまうな」


 本音を言えば、適当にあしらってやるつもりだったんだが、こうなると不平不満を招いてしまう。なので、俺はわざとらしい台詞を吐きつつ、他の訓練生に目を向けた。


「しようがないから、お前達もだ。希望するなら、同じ条件で相手をしてやるよ」


 周囲に突き刺した剣を引き抜いて訓練生に投げ渡す。

 それを受け取った訓練生は、ほかの誰にもそれを渡すことなく前に出た。


「さぁ、来い」


 こうして長きに渡る試験は日が暮れるまで続くことになるのだった。

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