破硝学院
「やぁ、昨晩はよく眠れたかな?」
「あぁ、そりゃあもう。屋根とベッドの発明に心の底から感謝するくらいには」
「それはよかった。さぁ、座ってくれ」
一晩が明け、俺はゼインの呼び出しに応じ、討伐隊の軍事施設を訪れていた。
「早速だが、昨日のうちに決まったことを話そうと思う。キミの実力を考慮して、我々は一つの隊を任せることにした。キミには隊長となって数名の部下を率いてもらう」
隊長と言うことは、イースラと同じ立場になるということか。
「いいのか? 実力と指揮能力が比例するとは限らないぜ」
「それを見極めるためでもある。我々もまだ様子見の状態なんだ。キミという人材を、どう扱うべきかね。それにキミに期待していることは、戦場での活躍だけじゃあない」
シンデレラの討伐。それ以外に期待していること?
「これを」
小さな疑問を抱えたまま、手渡された紙媒体の資料に目を落とす。
そこには隊員の顔写真と、名前、年齢、性別、各種能力の評価などが綴られていた。
「それはこちらで選別した隊員のリスト。キミの部下となるかもしれない者たちだ」
「ほー……見たところ十段階評価ってところか」
運動能力、魔法適正、精神強度、知能、実技、などなど。
各項目の後ろに貼り付くように、十から一までの数字が並んでいる。
一通り目を通したところ、肉体や精神方面で問題のあるものはいない。むしろ、優秀なくらいだ。対人なら申し分ない。
そう相手が人間ならば、彼等は十分に隊員としての責務を真っ当できるだろう。
だが、対シンデレラとなると話は違ってくる。
「誰も彼も、魔法適正の評価が低いな。五だの四だの、酷いのだと一や二もいる。……一つ、いいか? シンデレラを相手できるのは何処からだ?」
「すくなくとも九、最悪でも八以上が理想とされる。七は有事の際の控えとして扱われ、六以下は戦力として数えられていない」
「こいつらはシンデレラに対して無力ってことか」
シンデレラの討伐以外に、期待していることがある。
ゼインはたしかにそう言い、この資料を渡してきた。
なら、その期待には、たやすく見当がつく。
「……言っておくが、俺の剣はそんなに安くはねーぞ」
魔法を用いないシンデレラの討伐法。
それを魔法適正の評価が低い隊員に覚えさせ、戦力増強を計る。
ゼインの、いや討伐隊の目論見は、そんなところだろう。
シンデレラ討伐の刃を研ぐのではなく、増やそうという考えだ。
「十分理解しているつもりだ。なにも、今すぐにキミと同等の剣技をほかの者に継承させろとは言わない。ただ我々は希望を繋いで欲しいんだ」
「希望、だ?」
「我々は長らく、戦闘のほぼすべてを魔法に頼ってきた。それしか生き残る術を知らなかったからだ。だが、キミが新たな可能性、希望を携えて現れた。魔法以外の術を、我々に教えてくれた」
ゼインは続けざまにこう言った。
「――かの黒の英雄のように」
聞き慣れない言葉だ。
その思いが顔に出ていたのか、ゼインは捕捉するように口を開く。
「かつて――二百年ほどまえに実在したと言われる英雄のことだよ。キミと同様の黒い髪を靡かせ、キミと同じ和装を身に纏い、キミと等しく剣でシンデレラを斬り伏せた、と言われている」
「……二百年前に、ね」
俺と似たような奴は一人しか知らない。
もちろん師匠のことだが、二百年もまえの話だ。
たぶん、遺伝子の出自が同じなだけの赤の他人だな。
「我々は二百年まえに掴み損ねた希望を、ふたたび掴む好機を得た。それ故に、期待せずにはいられないんだよ」
正直なところ、荒唐無稽な話だとは思う。
日常的に格上と斬り合い、常に死と隣り合わせの毎日を送り、飯と風呂と便所と寝るとき以外、決して剣の柄を離さない生活を、十余年続けてようやくこの境地にまで辿り着いた。
これと同じことを、他の誰かが出来るとは思えない。
なにより、もうこの世に師匠はいない。
とは言え――
「挑戦もしないまま諦めるってのも、性に合わないな」
今一度、手元の資料を一瞥して決心する。
「――わかった。期待に応えてやるよ。だが、俺も誰かに剣を教えるのは初めてだ。だから、まずは一対一でやらせて欲しい」
「……いいだろう。総隊長にはそう伝えておく。では、行くとしよう」
そう言ってゼインは席を立つ。
「行くって、どこに?」
その問いに対する答えは、俺にとって予想外なものだった。
「キミの部下となる者が在籍する場所、学校だ」
討伐隊の中でも未熟な若年層が在籍する、破硝学院。
名前には、硝子を破壊する、と言う意味合いが込められているらしい。
要は、討伐隊における隊員未満の訓練生が身を寄せる学舎である。
「――なぁ、どうしてリストには若い奴らしかいなかったんだ?」
「剣技の継承が目的の一つである夜弦班には、精神的、肉体的に真っ新な下地をもった若い訓練生が相応しいと思ってね」
「なるほど」
たしかに師匠は頑固ジジイだった。
人間は歳をとるにつれて、やり方を変えられなくなる。それがなんであれ、だ。
その分、俺と同世代くらいの奴等なら、幾らでも矯正がきく。ほんの僅かではあるが、剣技の継承もやり安くなるだろう。
「さぁ、ついた。ここがその破硝学院だ」
「ほー、ここが。立派なもんだな」
それは他のどの建物よりも、大きく、そして荘厳だった。
まるでメルゥサの城壁を見ているような気分になる。
だが、この心象も間違いではないのだろう。
城壁だけではシンデレラの進行は防げない。討伐隊もまた城壁と同じく、欠かすことの出来ない存在だ。
それゆえに、将来の討伐隊を支える訓練生が在籍するこの学校も同様に、敬意を払うべき対象なんだろう。
「では、私はここで」
「なんだ、中まで案内してくれないのか」
「こう見えて多忙な身でね。あとのことは、ここの教師に任せてある」
「そうかい。んじゃ、また」
急ぎ足で去って行くゼインに軽く手をふり、破硝学院に向き直る。
「さて、行くとするか」
今から向かい、そして部下を決めて帰ってくる。
はてさて、俺は誰を選ぶことになるのか。自分でも楽しみだ。