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どよめき


 空が透けるような黒に染まるころ、俺たちは城壁の門を潜り抜けていた。


「夜でもこんなに明るいのか」


 都市内部は、夜にも関わらず光に満ちていた。

 道路に沿うようにして立つ棒の先端に、光を放つランタンのような物がある。

 あれが師匠が言っていた街灯という奴か。夜でも明るいというのは、妙な気分がしてそわそわするが、悪い気はしないな。

 一つ難点があるとすれば、星空が薄く映ることくらいだ。


「それで? 俺はこれからどうしたらいい?」

「まずは馬小屋に馬を預けて、それから――」


 そう言いかけて口を噤む。言葉が止まり、馬の足まで停止する。

 見れば、イースラも他の隊員たちも、馬を止めて固まっていた。


「どうかしたのか?」


 みんなより少し進んだ先で馬を止めて、そう投げ掛ける。


「――それは、私の所為だろう」


 しかし、その言葉に返事をしたのは、まったくの別人だった。


「あんたは?」

「私の名はゼイン、総隊長の補佐をしているものだ。――あぁ、馬からは下りなくていい」


 言葉の途中から対象がイースラたちに映り、今まさに馬を下りようとしていたのを止めさせる。イースラたちは従順に指示に従い、再び馬に跨がり直した。


「キミには降りて私についてきてもらうけどね」

「……あぁ、わかった」


 一先ずは言うことに従っておこう。

 馬から降りて石畳の地面に足をつける。

 硬くて凹凸のある靴底の感触は、すこし不思議な感覚がした。


「では、行こう。イースラ隊」

「はい!」

「彼をよく連れてきてくれた。各自、ゆっくりと身体を休めてくれ」

「はッ!」


 そう労いの言葉を掛けたゼインは、すたすたと足を進めて行く。

 俺もその背中を追いかけるように歩き出した。


「あー……もしかして偉い人なのか?」

「あぁ、それなりの地位にあると言って置こう」

「なら、使ったほうがいいのか。敬語」

「はっはー、そうしてくれるとありがたい」

「なら、そうする……です?」

「とりあえず、キミが敬語に慣れていないというのは伝わったよ」


 ゼインの背中を追いかけること数分ほど。

 幾つかの建物を経由して、目的地と思しき場所に到着する。

 そこには重苦しい鉄扉があり、第一訓練場と綴られていた。


「この先で総隊長がお待ちだ」

「訓練場に? また妙な場所で会うんだな。……あ、ますか……です、ね?」

「行けば理由もわかるさ。あと、二人の時は敬語で話さなくていい。喉に小骨が刺さったような気分になる」

「そりゃどうも。それじゃあ総隊長に会うとするか」


 重厚な鉄扉を押し開けて進み、内部に足を踏み入れる。

 そうすると直ぐに多くの視線に晒された。


「こいつはまた仰々しいこった」


 この広い空間の壁にある観客席と思しき場所に、数多の人間が犇めいている。みんな俺を発見すると、口々に何かを言い合っている。言葉が混ざりすぎて聞きとれはしないが、良い気分はしないな。


「まるで見世物小屋にいるみたいだ」

「――その通りだ」


 誰の耳にも入ることなく、消えていくはずだった言葉に返事があった。

 それと共に地面に小さな振動が走り、訓練場の中央にぽっかりと奈落が開く。

 そしてそこから一人の女性と、一つの硝子が迫り上がってきた。

 一人は恐らく総隊長。一つは間違いなくシンデレラの抜け殻だ。


「話は聞いている。魔法に頼ることなく、剣技のみでシンデレラを討伐したそうだが、事実か?」


 そう問う彼女の視線は、冷たく鋭いものだ。

 一切の嘘偽りを許さない。そんな意思が、視線を通して伝わってくる。


「もちろん」


 だから、嘘偽りなくその言葉を肯定した。


「なら、いま此処で証明してみせろ」


 そう言って、彼女は数歩ほどシンデレラの抜け殻から距離を取る。


「なるほど、見世物ね」


 シンデレラの外殻を剣だけで断つ。

 その妙技を観客席の皆さんに楽しんでいただくわけだ。

 この衆目のなかじゃあ小細工はできない。魔法を使おうものなら、すぐに見破られてしまう。ゆえに、だからこそ、この鍛え抜いた剣技で楽しませてやるとしよう。


「お安い御用だ」


 腰の鞘から抜刀しつつ、抜け殻のまえに立つ。


「呼吸を整え、脱力し、神経を尖らせよ。刃はこの手の延長で、鋒まで我が物なり」


 刀を振り上げ、剣先で天を突く。


「さすれば、するりと刃は通る」


 決して速いとは言えない剣速を以て、刀身を振るう。

 するりと落ちた刃は硝子の外殻を斬り、音もなくそれを両断する。

 秒にも満たない一瞬の静寂ののち、遅れて自らが斬られたことを認識したかの如く、硝子の外殻はからりと音を立てて地面に倒れ落ちた。


「これで証明になったはずだが……って――」


 抜け殻を両断し終えて納刀を済ませると共に、静寂を打ち破るようなどよめきが、この空間そのものを揺らした。

 歓声とも、悲鳴とも取れないそれは、なにか異様なものでも見たような、そんな声音をしていた。


「……そうか、お前が」


 そして、目の前にいる総隊長も、不可解な言葉を口にする。


「はい?」

「いや、なんでもない」


 そう言葉を切った総隊長は、追究する暇も与えることなく言葉を続けた。


「その剣技、実に見事だ。お前は我々にとって欠かすことの出来ない人材だとここに照明された。よって、今この場でメルゥサの永住権を与え、討伐隊へ入隊を認めよう。異論はないな」


 観客席に木霊するどよめきは未だに消えることはない。

 だが、その中から否定的な言葉は飛んでこなかった。


「では、これにて。今後のことはゼインに任せよう。お前の活躍を期待している」


 そう告げた総隊長は、踵を返してこの訓練場を後にした。


「俺も晴れて討伐隊の一員ってわけか。ま、飯と寝床がありゃあ何でもいいが」


 この場に止まる理由もなくなり、俺も踵を返して訓練場を後にする。

 この後は用意された部屋で暖かい食事とふかふかのベッドにありつき、月がまだ低いところにいるうちに眠りについたのだった。

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