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  作者: 結子
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 例えば、バスルームのゴムパッキンに生えているカビを漂泊して消しても、しばらく立つとカビが浮き出てくるように、私にも黒い染みのように消し去っても浮かび上がる感情がいつまでも存在する。その感情はあらゆる情報から色を濃くしようと企み、無表情でパソコン画面に食いつき、他人様の近況報告にイイネを押す指先から養分を吸い取ろうとする。SNSの使い方を間違えている。他人の幸福自慢を妬み、憎しみ、自分と比較し、卑下し、相手を汚い言葉で罵る。そんなプライド捨ててしまえ。その方が潔いのに、いつまで経っても私は相手を恨み続ける。

 自分が幸せを感じていないから。そう思いなおして、幸せな生活を送ろうと努力した。した結果が不幸なのであれば、他人を引きずり込みたいと思うことは至極当然なことで、金が金を呼んで経済力をつけている友人なんて、不正が摘発されて破産してしまえばいいのに、家族着の身着のまま路頭に迷ってしまえばいいのに、そうしたら、私は心の底からお気の毒だと思えるのに。といつまでも叶わない道連れを切望している。

 心の底から他人を憐れみたい。自分よりも下の人間を虐げ、優越感に浸りたい。

 私の心は、ひどく醜い。


 やたらポジティブな人間なんて、うざいだけだ。

 万津子はポジティブを具現化したような女性だった。自己啓発本を読み漁り、自分磨きを怠らずに与えられた課題以上のことをこなす。まさに完璧、欠点のないような女性だ。

 万津子は私をどう思っているのだろうと時々思うけれど、こうして学校を卒業して離れても交友関係を保っているのだから、嫌ってはいないということだけは確かだ。

 家柄もよくて、ご両親もご兄弟もご立派。

 本当に綻んだ箇所のない、素敵な家庭で育った、悪く言えば普通の家庭だ。けれど、それさえ叶わなかった人間なんてごまんといるし、むしろ、ポジティブでいるのであれば、暗い過去のひとつやふたつ、持っていてほしかったと残念に思う。


 「ここでちょっとお茶でも飲まない?」


 ショッピングをしたいと言う万津子の誘いに乗って、私は行きたくもない都会へと電車をえっちらおっちら乗り換えて待ち合わせ場所へと向かった。私は少し、都会から外れた場所に住んでいるため、友人と会うと必ず都会を指定されることに嫌気がさしていたが、それを断れるほど肝が据わっているわけでもない私は定期を駆使し、私鉄をなるべく使いながら時間ばかりかけて会いに行っていた。

 心は正直だ。

 たまには辺鄙な土地の冴えないショッピングモールで流行を必死に追う店員の努力でも褒めにくればいいのに。気取りやがって。都会ってそんなに偉いの?


 「いいよ。私も歩いて少し疲れたし」

 あ、ごめん、付き合わせちゃって。なんて心にもないことを言う。けれど彼女の本心であることは間違いない。私のように、万津子の心がカビだらけなんて、想像もできないもの。


 「ここはおごるよー」

 「え、いいよ」

 「だって、電車代とか、無理に付き合ってもらってるし、ここはあたしが」


 コーヒーを買うために並びながら財布を取り出そうとしていた私の手にそっと手を添え、万津子はまつ毛を人工的に増毛させた目で私を見つめて、一息ついてから微笑みを向けた。

 静かに鳥肌が立つ。

 私は、彼女と友達でいる意味があるのか。疑問。


 「それじゃ、ご馳走になる」


 うんと高いのにしてやろうかとも思ったけれど、コーヒー自体あまり好きではないから、ブレンドコーヒーの小さいサイズを指さして、空いている席へと向かった。


 万津子の満足そうな表情が、ことさら私をみじめったらしくさせる。

 貴重な休日の、土曜の午後2時。

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