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三幕:コメットの終着



 家から自転車で15分もすれば海、――といってもコンクリートで固められた港なのだが、に着く。磯のかおり。深まった秋の、海から吹き込む潮風が自転車を走らせてきて火照った体を適度に冷やしてくれる。

 僕は端に自転車を寄せて、段差になっているコンクリートに座り込んだ。今日はナントカという流星群が夜の10時から明け方にかけて数多く落ちてくるのだと、先ほどニュースキャスターが言っていた。幸い今日は晴天で、しかも月の大部分が欠けている。こんなに良い天体観測の機会は滅多にない、そうテレビでその手のことに詳しいどこかのお偉いさんが言っていたのを聞いて思い立ったのである。思い立ったが吉日、とは本当にあったもので腰を下ろした瞬間にきらりと彗星が海の彼方に走っていくのが見えた。

 遠くの方で灯台の光が海を照らしている。すぐ隣には波に揺られてぷかぷかと左右に動く船たち。コンクリートに波打つ音と時折魚が飛び跳ねる、ぴちゃりという音だけが聞こえる。等間隔に並んだ頼りない電灯が辺りを申し訳程度に照らしていた。

 また一つ、また一つと流れ星は海の向こうへと消えてゆく。どこかで聞きかじった話、流れ星とは宇宙上にある小さな塵が地球の大気に衝突、突入をして発光をしているものらしい。そしてそれらは燃え尽きると地球上に届くことなく消滅してしまう。でもこうして流れ星を見ていると、燃えた星が海に飛び込んでいるように見えて仕方がないのだ。流れ星が飛び込むことで、海の水は少しばかり蒸発してじゅわっという音を立てる。そして水によって冷やされた流れ星は暗い海の底へゆっくりと沈んでいく。そんな光景が目の裏にありありと浮かんでくるものなので、僕は思わず苦笑してしまう。まるで小さい頃に読んだ絵本の中にでも出てきそうな出来事だ。

 僕がくすくす笑っていると、どこかで波が打ち付ける音とも魚が跳ねる音とも違う音が聞こえて背が震えた。いったい何だろうと首をそろりと伸ばして辺りを見る。するとさん橋の端っこに何やら動くものを見つけた。存在感が薄く、人の形をしているようにも見える。これは人間じゃない、そう本能的に確信した僕は流星群を見るという目的を捨て、妙なものには関わらないのが吉だと素早く立ち上がり自転車に跨ろうとした。

「待ってくれ!」

 張りのある声だ。青年の声に聞こえる。生身の人間なのか、よく分からない。遠くで微かに見えていた彼は、徐々にこちらに近づいてくる。しかしある程度の距離を残すとぴたりとそこで止まった。電灯がない所で止まっているせいか彼の顔はおろか姿もよく見えないが、言葉を発している時点で人間なのだろう。それが生きているか死んでいるかはよく分からないが。

「もし俺の姿を見たら、普通の人はきっと驚いてしまうからここで話すことにするよ。俺は何年か前にここで死んでしまったのだが、恥ずかしい話、天への帰り方が分からないんだ。だから誰かがここで死んで天に帰るのを待っている。その後に付いていけば俺も行けると思って。そこで突拍子もない話だが、君さえよければここで俺に帰り方をレクチャーしてくれないかな? まあ端的に言うとここで死んでもら……」

「すみません、僕もよく分からないので!」

 やっぱり生きている人間では無かった。背に落ちてくる冷や汗をそのままに、僕は競輪選手もびっくりなスピードで自転車をこいで何とか家にたどり着いた。夜になんて出歩くもんじゃない、それが身に染みて分かった日だった。


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