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序幕:グッバイ、イエスタデイ(b)

「いや、違うよ」

 体育座りをして僕の傍にいる彼女は「そう、残念」とぼそりと言った。視界の端に映るその黒髪は、例にも漏れず半透明で遠くの景色が透けて見えた。ほっそりした顎も、不健康そうな肌の色も、肌寒そうな病院服を着ているのも、あの時から変わっていない。僕らが出会ったあの時から何も。

 ぐずぐずに熟れた太陽は、そんな僕らに構いもせずに沈んでゆく。せっかく綺麗なのに。やはり綺麗なものが綺麗であれる期間は短いのだと、僕は痛感した。摘んでから期間があいた花は萎れるし、いくら豪勢に盛り付けた料理も食べられてしまえばそこで終わりなのだ。

「今日が終わるのを見てみたかっただけだよ。何も邪魔する場所がない、高い所から」

「今日が終わる?」

 彼女が首を傾げる。どういうこと、そう彼女は僕に問うた。

「僕だけなのかもしれないけど、日が沈むと今日が終わったって思えるんだ。せっかく卒業したんだから、特別に見てみたいって思って」

「ふーん、よく分かんないや」

 体育座りをしていた彼女は足を放り出す。シンプルなクロックスを履く彼女の足は素足で、それも寒そうだと思わせる一因であった。こんなにも寒そうな格好なのに、本人はと言えば全く何も感じないのだという。僕と彼女は全く違った存在であることをはっきりとさせてしまうその事実に、僕はどうにもやるせなさを感じてしまう。

 遠くで黒い鳥が羽ばたいている音が聞こえる。この時刻ともなればほとんどの生徒は帰ってしまったのだろう。いつも響き渡っている声は全くと言っていいほど聞こえなかった。昇降から出てきたのは他学年と思われる生徒たちだけで、その数も少なかった。

「……ねえ、もし死にたくなったら私に言って」

「なんで急に」

 ずっと違う方向を見ていた僕は、彼女から低い声で言われたことに驚いた。遠くの夕日をじっと眺める彼女の顔は、長い髪のせいでよく見えない。唇を引き結んでいるのは見えたけれども。

「私が手伝ってあげる。背中を押して。それで死ぬ最後まで一緒にいてあげる」

「はは、何で飛び降り限定なんだよ」

 僕は乾いた声で笑うけれど、内心ずっと胸がバクバクと波打っていた。固い、声。いつもの彼女の柔らかな春の日を思わせる声とは違う。硬質で、真剣味を帯びた声だった。

「だってそれぐらいしか出来ないもの。あなたが、どうしても辛くなって苦しくなって、この世界で生きたくないって思ったら私を呼んで。でも一人でいくのは寂しいでしょ、だから……」

「――死なないよ。自ら命を絶つなんてこと、しないから。置いていく方も置いて行かれる方も心が苦しくなるのは分かってるんだから。そんなことになったら君の未練を解消してあげられないしさ」

もうじき暗くなるだろう。卒業祝いだと早上がりをして家で夕飯の準備をしている父さんが心配してしまう。

「帰ろう、家に」

 うん、と彼女が頷き立ち上がる。その透けた指が僕の左手を絡めたのが視界の端に見えた。見て初めて気づく。彼女はもうこの世に存在していないのに、肉体など無いはずなのに、この目でその事実を目にした途端、どこか温かく感じるのはなぜだろう。それを説明する術を、僕はあいにく持ち合わせていないのだけれど。


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