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現代農家の次男が不思議体験

現代農家の次男が不思議体験 その2

作者: 工具

*注意*

一般的ではないと思われる名詞、単位などが作中で使われていますが、作中において説明などは一切ありません。

ニュアンスで読み流せない、自分で調べるのは面倒だという方には薦められない作品となっております。

上記の点を理解した上でお読みください。

 あけて翌日。今日はちゃんと夜明けだからこの表現も間違ってない。

 昨日、現状に関してあれこれ知ったわけだけども、ここでこれから晴耕雨読の日々を送ると決めれば日々の営みに大きな変化が起こるということもない。起きてメシ食って畑に出て昼で一回家に戻ったらまた畑に出て夜にメシ食って寝る。細かいところはかわるけど一日の大きな流れは変わらないのだ。

 これからの予定に変更があったのは、連作障害を防止するファンタジーな散布剤を用意するからできるだけ早く大量にガンガン野菜を作って欲しいと注文を受けたくらいだろう。

 勇者タドコロンが複数の大陸を巻き込んだ世界規模の大戦を終息させたとはいえその爪痕は深く、食糧危機が深刻なんだそうだ。俺が野菜を作ってカミサマに渡し、カミサマは食う者に困ってる知的生物に食い物を与えて信仰を得て、カミサマは信仰される事で増えたゴッドパワーで俺に物資やらを与える。これで皆ハッピー。カミサマがゴッドパワーでご飯作ればいいんじゃないかとか思うけど、俺が気にする事じゃない。パイは皆で分け合っておいしく食べればいいのだ。俺が損してるわけじゃないんだから些細な疑問なんて放置でいい。ぶっちゃけ取引相手の自称カミサマが実際のところマジモンの神様でも邪神様でも商社マンでも問題ない。俺が特に苦痛も無く人生の終点までゆるゆると生きられればいいのだ。

 カミサマとの取引について契約書なんかは用意してないが、そもそもの話として対等な存在ではないのだからそんなものに意味はない。俺が相手に契約を履行させる強制力を持たないのだから。


 そんな事を考えながら今日も今日とて畑を耕すのです。

 しかし、今日の作業は昨日までと一味違う。昨日のうちにトラクター類にもマーシャルさん達と同じ程度の人格というか自我というか、そんなものをインストールしてある。マーシャルさん達にバージョンアップするかどうか訊いてみたところ、身振り手振りリモコン操作でトラクターたちの自我を目覚めさせた方がいいと言われ、大人しく勧めに従いました。バージョンアップしてなくても、マーシャルさんの人間味が濃くなってきているということもある。

 そして、今、俺は、トラクターの運転席に座って歌っている。ハンドルを握る事もなく、操作レバーに触れる事もなく、たまに口頭の指示を出すだけでただただ座って歌っている。ついでに畑のあちこちでトラクターのみなさんは勝手に走り回っているし、マーシャルさん一家も大根の間引きをしたりマルチをはがしたり温室の手入れをしている。

 トラクターもマーシャルさん一家も額に汗して働いているのに、俺は歌うだけなんて良心が痛い。でもトラクター類が勝手に動いちゃうと俺がやる事って無い。俺としてはマーシャルさん達の作業に混ざって仕事してる実感を得たいのだけど、マーシャルさん達ができればやめて欲しいみたいな雰囲気をバシバシぶつけてくるから混ざりにくい。実際にマーシャルさん達と同じ作業量をこなせないし、そもそも仕事が足りなくてマーデン家のエステルとラモーナには家の掃除と洗濯をしてもらっている。労働力として劣っている俺は頭脳労働でもすればいいのだろうか。作付けの予定作ったり、より効率的な作業計画を立てたりとか想像しただけで頭痛い。

 頭が痛いのと、良心が痛いのはどちらがましなのかを考えて一日のお仕事終了。


 一人でごそごそ晩御飯作って、一人でもそもそ晩御飯を食べる。その後はいざテレビで通販だ。テレビで通販だけど通販番組ではないのでテレビショッピングではないというややこしさ。

 正直言うとテレビでネット通販みたいなことをやるのは主に操作性の問題でやりにくいからパソコンの方にこの機能移してくれないかな、とテレビに向かって言ってみる。日本で家電製品に話しかけたらアレな人として扱われるけど、おそらく俺はすでにファンタジーの住人。テレビに話しかけるくらいセーフ。実際に画面にお返事の文章が表示されたしね。

 『パソコンでもできます』

 俺の要望にさくっと対応したのか、俺がテレビと同じくパソコンもここ一月ほど起動してなかったから気づかなかったのか。

 自分の部屋に行ってパソコンを起動すると、デスクトップに神の文字がアイコンになった不思議通販神通へのショートカットが用意されていた。興味本位でプロパティからリンク先を見てみると、そこには『あなたの知らない世界』と入力されていた。コイツ絶対ふざけてる。




 翌日。昨日とは別のトラクターに乗り込んで今日も歌っている。できれば偏り過ぎない程度に乗るトラクターを選んで欲しいとトラクターのみなさんに提案されたのだ。なぜそう言っているのがわかるのかは俺にはわからない。わからないけどわかるからわからなくても問題ない。毎日毎日言葉遊びやってるとさすがに閉塞間があるなあ。誰かと会話するわけじゃないから思考や言葉の選び方が固まってきてる気がするし。

 ふと思う。初期のマーデン家と同じくらいの自立性ともいえる何かをトラクターのみなさんにぶち込んでみたわけですけど、マーデン家に名前をつけるなら同程度の存在のトラクターズにも名前をつけるべきじゃなかろうか。やべえな。これ以上は名前覚えられなくなりそうだ。マーデン家が十人で、今でも名前を覚えてるとは言いがたい。たまにメモ見ないと思い出せないし。そのうえ、トラクターズ含めてバージョンアップしたのが二十弱。無理だな。もうちょっとこう、個性とか強くなったら考えよう。名前覚えるの苦手だから下手につけて間違いまくるよりいいでしょきっと。


 俺の乗ってるトラクターが畑の端で折り返していると、別のトラクターが熊をはねていた。漢字にすると撥ねていた。おおっとそこへマーデン家のアイバーとヒルダが鍬で殴りかかる。俺が熊を視界に入れて三十秒と立たず熊は制圧された。

 ただでさえ何を考えればいいのか考えて頭痛いんだから面倒ごとを増やしてくれてんじゃねえよ熊野郎。


 事の経緯は単純だ。森から出てきた熊が、畑を走ってるトラクターにびびって襲い掛かる。襲われたトラクターが反撃。アイバーとヒルダは熊が森から出てきたのを見かけてすぐに武器として鍬を持って走ってきてそのまま参戦。はねられ殴られこりゃ勝てねえと熊はすぐさまホールドアップし、怪我らしい怪我もないまま投降。

 なんでトラクターに撥ねられて熊がほぼ無傷なのか疑問だとか、アイバーとヒルダが自主的にそんな行動をとった事に驚いてるとかあるけど、熊、お前、結構余裕あるだろ。なんでそんなさっくり負けを認めてるんだよ。加えて言うとホールドアップなんてどこで知った熊野郎。そんな心の叫びを口からこぼしそうになるが、すぐにクールダウンする。俺の常識なんてここで振りかざしても意味はない。きっと全ては妖精さんの思し召しだ。

 そんな俺の内心を悟ったのか、俺が無意識につぶやいていたのか、熊が頷いて妖精さんに大人しくするよう勧められたと言った。別に熊は日本語をしゃべったわけじゃない。またいつものわからないけどわかるアレだ。

 アイバーとヒルダが無言でたずねてくる。バラして皮と肉にしましょうかと。

 熊が無言で訴えてくる。肉は嫌だ。頑張るから肉は嫌だと。

 トラクター二台は静かにうるさくエンジンをうならせている。なんでもいいから仕事に戻りたい。

 よし。熊お前、今日からペットな。名前は井伊睦月。由来はム月ヒヒ。煉瓦がなくなっちゃったけどイイヨネ。

 そして熊は喜んで受け入れ、口から火を吹いた。ああ。煉瓦は火部だっけか。煉瓦なくなってなかったね。能じゃなくてちゃんと熊だった。




 そんなこんなで主要作物を大根から芋や南瓜にシフトしつつ半年が経った。

 勇者タドコロン襲来。

 かねてから俺脳内会議でさまざまな疑問を投げかけられ、すべてに沈黙を返していたなぞの存在、勇者タドコロン。その謎多き勇者タドコロンが今、神秘のベールを脱いでリングに上がる。迎え撃つ不動の王者、井伊睦月。この縄張りは俺のものだと大言して憚らない熊の中の熊、王者の中の王者が勇者タドコロンを迎え撃つ。全てはこの一戦で決するのだ。戦場を挟んで睨み合う両雄。守るべき民、全てを捧げた主君。そして愛するものたち。双方に譲れぬものはある。だからこそ戦うのだ。それで、あー、面倒になったからもういいか。試合開始な。


 勇者タドコロンことタッパ。いやさ、本名、田所春正。地元に居た頃はタッパタッパ呼ばれてたから本名とか覚えてなかったわ。小学に上がる前からの付き合いで、ここ数年は半年に一回くらいの頻度でお茶のみながらオセロをやるくらいの親友だった。分かりやすい個性といえば、弁当持参の時には必ず汁気の多いものを一品はタッパに詰めて持ってきていたことか。

 タッパが勇者タドコロンか。そりゃあ、コイツなら俺をこっちに呼んでくれるわ。逆だったら俺が呼ぶ側だったろうし。具体的には現代は皆生きるのが早すぎてついていけねえってな事をオセロやりながら昔から話してたくらいには、現代社会との反りの合わなさをお互いに愚痴ってた。反りが合わないっていうか橇が合わない。みんながボブスレーやってる中で俺とタッパはダンボールで堤防滑ってるみたいな違いっていうか。そこらの価値観が似通ってたから、俺らの年齢にとっては頻繁に遊んだり連絡取ったりってわけじゃなくても親友って言えた。

 我が家のペットである熊の井伊睦月さんとのオセロが終わったら、次は俺が回り将棋でもやりながらお互いに近況報告なんかして、帰るときには野菜でも持たせよう。俺らの付き合い方なんてたぶんそんなもんだ。それがいい。さて、うちでオセロ最強の睦月が盤面を真っ白にしてタッパの野郎を真っ白にするのを見ながらお茶でも飲もうかね。


 タドコロンと睦月の死闘が終わり、結果は四隅が黒で他は白一色。睦月テメー角取らせてから塗りつぶすとか嫌がらせしてんじゃねえよこの熊野郎。

 そんな熊野郎はタドコロンにくっついてきたタドコロンの従者っぽい人とジェンガやってる。タドコロンは俺とお茶飲みながら床に直置きした足付きの将棋盤で崩し将棋だ。

 勇者タドコロンと呼ぶべきか、タッパと呼ぶべきか。本人にきいたら、今はタッパを持ってないからタッパと呼ばれるわけにはいかないとかよくわからないこだわりを見せたのでいくつか進呈した。

 タッパを再び手に入れ、いよいよ本物のタッパとして返り咲く事となった勇者タッパ。彼によると、俺が居るここは世界と世界の間でウンタラで神様同士のルールの抜け道ウンヌン。ついでにタッパと神様は契約を結んでいるわけでもなく、持ちつ持たれつの友達みたいな関係なので、日本の物が欲しいとか無理は言えないのだそうだ。


 タッパは手に入らないし、ちょっと散歩して知り合いの家に行くだけで従者連れ歩かないといけないなんて大変だなと軽くジャブ。あの従者さん、なんか嫌な予感がするんだよなあ。うちの周り飛び回ってる妖精さんとすごい楽しそうに話してたし、タッパにはほぼ無関心だったマーデン家の皆さんも従者(仮)さんには恭しい感じで接してたし。なにより、俺の牽制にタッパは乾いた笑いで返しやがった。コイツの隠す気がない隠し事をするときの癖だ。

 おい、まじで俺の嫌な予感を助長するのやめてくれよ。あの従者(仮)さん置いていくとかなったら泣くぞ。ハイティーンが人前でギャン泣きとかお前の良心耐えられるのか試してやろうか。俺コミュ障だから、今のまともな人間と接する必要のない環境気に入ってるんだって。タッパさんもそこのところご存知でいらっしゃいますよね。

 タッパの手番になると将棋盤の近くで床をバンバン叩いて遺憾の意を表す。その乾いた笑いを引っ込めろ。


 結局、従者(仮)さんは我が家に滞在する方向で話がまとまった。従者(仮)さんがここに残る残らないで言い合いしてる最中に自称神様が勝手にテレビ点けて、次の買取で色をつけるのと不思議通販神通での販売価格をちょっと割引する旨を一方的に通達してきたのだ。すべての商品が小なりとはいえ割引されるなら受け入れてしまっても仕方ない。

 ささいな問題だが、自称神様を自称神様と呼ぶことができなくなってしまった。勇者タッパも自称神様を神様と呼んでいたのだから他称神様でもあるわけで、自称であり他称であるなら仮称神様にしなければなるまい。それに関連して従者(仮)さんの呼び方については、別にタドコロンの従者じゃなかったが俺の従者だとか説明してたからこれからは従者さんでいいだろう。それとも仮称神様も勇者タッパも本人も従者であることを明言していても、関係者であるらしい俺が現在認めていないのだから仮称従者のほうがいいのだろうか。でもなー。なんかなし崩しで受け入れちゃいそうなんだよなあ。無理やり追い返せるわけじゃないし、追い返せないならここに置いておくしかないわけで、ずるずると付き合いが続けば情がわくのはおかしな事じゃない。もうどうしようもないと認めざるを得なくなるまでに諦める決心をつけられるよう努力していく事を前向きに検討していきたいと上司に相談してみます。

 面倒な仕事言ってこなくて、ある程度ワガママ許してくれて、日々の指針を俺の気分を害さないように示してくれる上司いねえかな。




 ストレスを溜め込むのはよろしくない。日々の些細な不満を解消せずに溜め込み続けて、一つ一つが些細なものだからこそ積もり積もって意図しない機会に盛大に噴出し自分自身で驚いてしまうような形で発散してしまったうえに、その代償を支払う羽目になることもままあるのだ。

 例えば、俺の住んでいた家のお隣にこじんまりとした一軒家が出来上がってしまった今とか。

 言い訳なんぞイラン。仮称従者がアグレッシブすぎて物理的にも精神的にも存在を近くに感じたくないというのに、しかしこのクソがソレを理解せずにガンガン自分を押し付けてくるがゆえに積もり積もったストレスが爆発した結果がこの一軒家だ。

 もうしばらく俺はコイツに関わらなくていいと思えば、半年かけて貯めた『いつか何かの時のための貯蓄』を大幅に切り崩してしまってもなんの問題もない。むしろまる半日もよくぞ我慢した俺。


 昨日、仕方なく仮称従者の滞在を受け入れてから今朝までは何の問題もなかった。常識的な態度だったし、無理やりねじ込まれた感じが俺の内心でわだかまっていたとはいえ、最終的に受け入れたのは俺なのだから飲み込めないほどの不満らしい不満でもなく、このままいい付き合いを続けていければこの仮称従者さんが最終的にここに住む事になっても問題はないだろうと思ったのだが。

 今日、朝起きてから事情は一変した。正確には態度が豹変しやがった。小は俺の呼吸一つから大はこの農場の経営方針までありとあらゆる事に一々ネチネチとあれはあしろこれはこうしろああするなこうするなと赤の他人が口出すんじゃねえよ。息の吸い方吐き方、歩く時の手や首の動きやら視線の向き、座る時の椅子の引き方から座る位置にテーブルとの距離、立ってる時の手の位置や重心やら足の角度、しゃべる時の違いが分からないほど細かなイントネーションやアクセントに音にもならないブレス、俺が食べるために俺が用意したメシの調味料に関してグラム単位でのバランス、農場の予定にいたっては一分単位でマーデン家を動き回らせる予定表に、果ては俺の死生観やら人生観。そんなもん半日みっちりとグチャグチャ言われて俺のストレスがマッハで破裂し、不思議通販神通にあったセット販売の家を買って軟禁した。おかげで俺の貯蓄がガツンと打撃を受けてとつもつらい。家よりも仮称従者を閉じ込めるための結界ファンタジーが大変な出費である。結界ファンタジーなんて商品名は目に入った時はびびったが、同系統の商品で結界(金銭)とか結界(人力)とかあったからインパクトはすぐに薄れた。


 仮称従者を軟禁してから早五日。態度は変わらず自分の言う事が正しいと騒ぎ立てているそうだ。俺は閉じ込めてから一度も家に近寄っていないが、食材の配給を頼んだマーデン家のウーナがそんなようなことを言っていた。差し入れのたびに吠えられるという。


 仮称従者を軟禁してから十日。進展ナシ。ウーナがなんかちょっと疲れてる気がするけど、すまんが配給だけは頼む。たった半日という短時間で餓死しても大して気にしないぐらい嫌いになったとはいえ、俺の所有してるらしい土地で死人が出るのは気分が良くない。ここから追い出す方法が分からないから軟禁以外にどうしようもない。勇者タッパはどうやってここきたのかちょっと気になってすぐどうでもよくなった。


 仮称従者を軟禁してから二十日。仮称神様に押し付ける事を決めた。不思議通販神通のお問い合わせ窓口ページから要望を送る。仮称従者の引き取りか回収をしてもらうか、クーリングオフをさせてもらいたいと。送信から一秒とかからず返答が来た。内容は拒否の二文字。


 仮称従者を軟禁してから三十日。一月とかまじふざけんな。仮称神様に真摯な要望を送り始めてからだと十日。今日も一日、ひたすらコピペで要望を送り続けるとしよう。もう意地だ。現状だと一人分の食い扶持が増えたところでなんの痛痒も感じないが、俺の嫌いなヤツが、俺が好感を抱いてる人や俺自身の労働で悠々とメシ食ってると思うと殺意が湧いて来る。何が何でも仮称神様に回収させてみせる。




 ここで暮らし始めてだいたい一年くらい経った頃、我が家のペット的な井伊睦月さんが森へ散歩しに行ったはずなのに友達の虎連れて帰ってきやがった。首に『ひろってください』なんて書いた板ぶら下げさせてやがる。笑うほどじゃないがちょっと面白かったから採用。睦月、いつの間にかお前の世話係っぽくなってるエステルに紹介しにいってきなさい。あの虎も名前決めないとダメかな。

 軟禁した仮称従者はまだそのままだ。俺の気力が充実してる時に何度か対話を試みたものの、同じ言語を用いてコミュニケーションを図っているはずなのに会話が成り立たないのだ。俺が仮称従者の視界に入ると重心の位置だとか視線や首の角度だとか腕の動かし方だとかから始まって毎度毎度何がしたいのかよくわからない難癖をつけてくる。相手の言う通りにすれば会話くらい成り立つかと試した事もあったが、半日付き合ってなんの進展も見られなかったために諦めた。仮称従者は人には見えるものの人ではない俺に理解できない何かだと認識を改め、メシの材料よりも神様印の健康食料とかいう怪しい商品の方がコスパの面で良いと気づいたから配給品を切り替えた。ウーナは二週に一回の配給の行きと帰りにすごい疲れた空気を纏うようになっている。スマン。


 神様印の健康食料という謎の商品は、錠剤一粒で一日分の栄養素を完璧に摂取できるという人間的感性を捨てた人間のための一品だ。錠剤一粒って言ってる辺り食料とは認めたくない。この商品を見つけてから俺も非常用にストックして携帯しているが、よほどじゃない限り自分で使おうとは思わない。ただでさえ肉体労働はすることがなくて、貢献してるか怪しい頭脳労働だけが日々の役目なのだ。自分のメシ作る手間を省いてしまうとやることが少なすぎて暇死しそうで怖い。


 一年近く経ってようやく、大根ハーベスターをはじめとした一部の機械を使ってる時の時空が歪んでいるような作業効率の良さの原因がわかった。作業員体感時間調整という、名前を付けるのに失敗してるとしか言えない機能がついていたのだ。そして常に起動状態。俺の方で手を加えることが不可能な機能である。いつの間にかパソコンに入れられていた各農機のマニュアルに書いてあった。手持ちにある農機は実家に居た時に使っていたし、こっちに来てからも使う分にはなんの問題もなかったためにマニュアルなんて開いてなかった俺が悪い。


 一年経っての変化といえば、あとは何があっただろうか。

 一年という単語から連想するならまずは四季だが、これはどうでもいい。だってテレビやパソコンで『明日の天気予定表カミダス』を開くと温度、湿度、風向き、風速をはじめとして俺が理解できないレベルまで天気の予定表を作れるのだから、季節がウンタラとか考えるまでもない。


 勇者タドコロンというべきか、田所春正かはたまた勇者タッパなのか。呼び方はともあれ、彼も仮称神様が勝手に隔月くらいで近況報告をよこすくらいだ。もともと俺とアイツは頻繁に連絡取り合ってたわけでもないし、後半年くらいでまた遊びに来るんじゃないのかな。根拠は何もないけど。

 勇者タドコロンといえば、アイツが来たくらいからちょいちょい悪魔みたいなのが森から出てくるようになったな。俺が気づくよりも早くマーデン家のアイバーとヒルダが鍬とかで殴り倒して睦月と一緒に森へ引き摺って行く。大体は三人が帰ってきたときに睦月の口元が赤くなってエステルに丸洗いされて終わるんだけど、たまに悪魔っぽいのも含めて森に入っていった全員で俺のところに来てウチの従業員が増える。そんな悪魔系従業員はマーデン家のジェフリーに任せてる。今何人ぐらいになったんだろうか。あとで確認しておこう。


 結構大きい変化があったことに今気づいたというか、朧だったものをしっかりと認識したというか。唐突にこう、はっとした。マーデン家のそれぞれに見て分かるほどの個性が芽生えているのだ。

 一年というさして長くない、けれど四六時中一緒に居る分には長い月日が経過して、その日々の中で少しずつ変化したせいで今の今までなるで気にしていなかった。

 まずはマーデン家の家長たるマーシャル。どこにでもいる。より正確にはどこででも見かける。なにかしらの作業をしているか、誰かと一緒に居て指示を出してるっぽい。この農場の実質的経営者といっても過言ではない。いつも大変お世話になっています。

 影が薄いアルフレッド。マーシャルに指示されて小走りで走っていく姿を良く見る。あと誰かに指示を出した後にマーシャルのところへ戻っていったり。マーシャルの補佐みたいな感じなんだろうか。

 仮称悪魔の従業員たちを監督してるジェフリー。よく新入りの悪魔を殴り倒してる。そうじゃない時は仮称悪魔のみなさんと作業してる。アイバーやヒルダと一緒になんか戦闘訓練っぽいのをしてるのもよく見かける。

 鍬で戦うアイバーとヒルダ。ジェフリーが教育した仮称悪魔や井伊睦月と一緒に戦闘訓練してる。警備員的な役割なんだと思う。仮称悪魔の従業員と一緒に作業してる事も多い。

 必要な時に気づいたらすぐそばに居るウーナ。誰かに何か指示を出しておこうとか、誰かを呼び行こうとか思ってると気づいたら斜め後ろに居る。理解できないけど一年も理解できない事ばかりだと大して気にならなくなる。あと仮称従者の配給もウーナの役目。

 俺の唯一の仕事と言えた頭脳労働をいつの間にか担当してるローラ。現在の作付け状況、生育状況、次の作付け予定とか種や苗を書類で管理したり、日用品や食材の管理まで幅広くやってる事務員さん。俺がやってたはずなのに気づけば全部ローラがやってたという不思議。

 仮称悪魔たちの使っている従業員宿舎と俺やマーデン家の住む家の管理を住人の世話も含めて行っているのがレア、エステル、ラモーナの三人。リーダーはラモーナっぽい。エステルは井伊睦月の世話もしてる。丸洗いとか。レアは俺が自分のご飯作る時に手伝ってくれたりする。

 それぞれの個性に合った仕事を自分で担うようになったのか、仕事にあわせて個性が芽生えたのか。どっちでもいいけど、暇つぶしの考え事にはちょうどいいかもしれない。


 住人つながりで行くと、後は俺と熊の井伊睦月と仮称悪魔の従業員たちか。ここら辺は特に何もないな。俺は日々トラクターに乗って歌ってるだけだし、井伊睦月は一人オセロや一人将棋やってるだけだし、仮称悪魔のみなさんはよくわかんないし。

 睦月のオセロといえば、初めて会った日の仮称従者はまともだったのになあ。あのままなら結構いい感じの関係を築けていたと思うのに、あの人はまじでなんなんだろうか。仮称神様は回収してくれないしさ。

 睦月で思い出したけど虎の名前付けないと。虎。とらかんむり、とらがしら。虎頭、こず、木津。ひとあし、にんにょう。儿、のし、ノレ、八。木津ハチでいっか。


 エステルのところで洗われているはずの虎の元へ行こうと思ったら、ウーナとエステルと井伊睦月と虎がこっちに歩いてくるところだった。ウーナは仕事が早いなあ。早すぎて怖いしちょっとプレッシャー感じる。

 命名。虎、お前はこれから木津ハチだ。


 さて、やる事全部やったと思うし、やってなくても明日やればいいし。今日はもうメシ食って風呂入って寝よう。

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