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第8話:勝とうなど思いませんよ、降参。

「この者たちは置いて、先に行きましょう」

「……」

「どうしたのですか?」


 進もうと、ハイマットは先を急いだのだが、マースリーは、地面に横たわる者たちを見て動かなかった。戦っている最中は、自身が一番先を急いでいたはずなのだが。


「いや、やはり、申し訳ないかと思って」

「……姫様、あなたの目的はなんですか? あなたの優しさはもう十分です。先に進まねばなりませんよ」

「すまない。進もう」


 横たわる、魔族を背に、マースリーとハイマットは先へと進んだ。


「そういえば、姫様は何故、アンドレスタ様とご結婚を?」

「不服か?」


 ハイマットが何気なく聞いたのにも関わらず、マースリーから帰ってきた言葉は、鋭く、不機嫌だった。それを察したハイマットはすぐさま質問を変える。


「い、いえ。候補の方を蹴ってまででしたので……」

「……そういう事か。そうだな、話すと長くなるかもしれないぞ」

「構いませんよ。すぐさま、魔王に会えるとも思いませんので」

「そうだな」



―3年前



 マースリー・エルドレイアの名はこの頃すでに各国に広がっていた。

 一国の王女であるが、嘗て「蒼空の貴公子」と呼ばれた父親の教育により、王女として、さらに、強く生きていけるようにと厳しく育てられた。1人っ子であった為にその分いろいろ教育されていたという事もある。

 そんな彼女はいつしか、父親と同じように「陽光の貴公子」という2つ名で呼ばれるようになった。陽光の様な瞳、父親に劣らぬ貴公子ぶりからそう名付けられた。


「マースリー、少し頼まれ事を聞いてくれるか?」

「何でしょうか、父上」


 この日、マースリーは朝の稽古が終わった後、父親である国王に呼ばれていたのだった。


「隣国ではあるが、全く関わりがない国があるのを知っているな?」

「勿論です」

「そこに出向き、私の文書を届けて欲しい。話が進めばその返事を受け取ってきてくれぬか?」


 マースリーはこの国で唯一人の国王の子ども。断ろうなどという考えは当然なく、国王の頼みを受ける事となった。

 マースリーが隣国に行くのは初めてである。隣国にも関わらず、全くもって交流がなかったのだった。さすがにそれはまずいと国王も感じ、この度、マースリーを向かわせる事によって交流を図る糸口にしようとしたのである。


 全く交流がなかった事を知っているマースリーは、重要な役を任されたと少し緊張している。自分の行動次第で隣国との交流が決まる。このままになってしまうのか、それとも、友好な関係を築けるのか。


「緊張しておられるのですか?」


 寝ようと思っていたが、寝付けず、ベランダに出て星を眺めていると背後から声が聞こえた。

 マースリーは振り返らなくてもその声の主が分かった。何年も彼女の側にいるハイマットだ。


「ノックもせず入るなど礼儀がなっていないな」

「姫様こそこんな時間まで起きているなど、明日の任に支障をきたすのでは?」

「……」

「姫様なら大丈夫ですよ。だから陛下もお任せしたのでは?」


 あえてハイマットはベランダに近づかず、部屋の中からマースリーを見守った。近くなく、遠くもなく、その時の丁度いい距離でいるハイマットにマースリーは感心する。

 そんな距離感ではあるが、理解するところは理解する。ハイマットはそれを心掛けている。そうやって、主を支える事が彼の仕事なのだ。


「ハイマット、(わたくし)は休む。下がれ」

「では、失礼いたします」


 カーテンが閉じられた。程なくして寝息が聞こえてくる。



「初めまして、隣国から参りました、第一王女マースリー・エルドレイアと申します。我が父から文書を預かってきております」

「……ふむ、隣国とはいえ交流がなかったのは確かに妙な話であるな。しかし、2つの国は交流がなくとも栄えてきた、故に、今さらであると思わないかな?」

「交流が無いなりに貴国と我が国が栄えた事は事実です。ですが、交流後の国はもっと栄えるとはお思いになりませんか? その可能性を0だと疑いなく仰る事が出来ますか?」


 国王はマースリーをまっすぐ見つめた。「陽光の貴公子」と呼ばれているだけの事はあるとそう感じたのだった。

 瞳の奥にある強い意志と、それは心から言っているという純粋さ。


「了とした。これから、よろしく頼むぞマースリー殿」

「ありがとうございます」


 マースリーの見せた笑顔に、その場に居た者のほとんどが心を奪われたことを彼女は知る事もないだろう。


「良い機会だ何日か滞在していきなさい。……レイン」

「お呼びですか?」


 そう言って姿を見せたのは銀色の髪と紫色の瞳を持った少年だった。見た目は幼い感じがするのだが、声色とその落ち着いた態度から年を把握することは難しい。

 マースリーの目の前で恭しく礼をした。


「初めまして、私は第二王子のレイン・フォルテーノと申します。お部屋にご案内しますので、こちらへ」

「よろしくお願いいたします」


 マースリーが返事をしてレインの後ろを付いてくると、彼はそのまま部屋に案内する。


「陽光の貴公子さんに会えるとは思いませんでした」

「これからは交流がありますので何回かお会いできるかと思いますけれど」

「そうですけどね、俺はこの城にはあんまりいませんので」


 国王の前ではないため、レインは少し砕けた口調でマースリーと話し始めた。案内する部屋に行くまでは少し時間がかかるようだ。

 移動中はマースリーに視線が集まる。今まで交流のなかった国の王女、それも「陽光の貴公子」がいるのだから、自然とそちらに目がいってしまうのだ。


「城にいないのですか?」

「俺は西側の城にいますからね。小さい頃からそこに住んでいます」

「では、この城の方は第一王子殿が?」

「ええ、あとは姉様方ですね」


 第二王子であるレインは西の城を任されることになっており、中心都市である場所の城は第一王子が任されることになっていた。

 レインは滅多にこの城に来ることがなく、マースリーが訪れた日は偶然滞在していたのだった。第二王子で王位継承権は2番目であるが、しっかりとした喋りに、この国の王子はしっかりしているとマースリーは思った。


「滅多にいない俺だから案内役になったんですよ。……着きました。今日はお疲れでしょうからゆっくりお休みください」

「ありがとうございます」


 ハイマットも礼をし、そのままレインはどこかへ去って行った。

 部屋は来客用に用意されたもので、家具もきれいなものばかりであった。すぐ隣にはハイマットにも部屋が用意され、そちらも一回り小さいが綺麗な部屋であった。


「私はもう休む。また明日頼む」

「はい、姫様」


 ドアの扉が閉じられ、ハイマットはホッと一息ついた。

(だから、申し上げましたでしょう)




「今日は気持ちの良い朝だな」


 朝を迎え、ベランダで朝日を浴びていたマースリーはふと、庭園がある事に気がついた。その庭園は部屋のすぐ下に広がっており、朝露に濡れた色とりどりの花が咲いていた。

 マースリーは降りてその庭園をもっと近くで見たかったのだが、他国の庭園を勝手に歩いてはいけないと思いとどまる。それに、2階から飛び降りたとなれば、ハイマットがきっと怒るだろうと感じていた。


「……もう大丈夫ですね」


 下から聞こえる、穏やかな声。

 マースリーはベランダからその声の主を探す。きょろきょろと見渡すと庭園の一角、森との境目辺りに銀色の髪をした人がる事に気がつく。

 銀色の髪をしているのでマースリーはレインかと思ったが、その横顔はレインとは違った。その人はアクアマリンの透き通った瞳を持っていた。

 一瞬女の人に見えるかと思うくらい綺麗な顔をしていた。しかし、来ている服は女物ではない。しかも、貴族が着るような立派な服を着ている。


 マースリーは身を乗り出しかけながらその人の姿を見た。意外と距離は短いのだが、近くに行きたいとマースリーはなぜかその時思った。

 よく見ると、しゃがんでいるその人の手元には包帯を足に巻いた子狐がいた。その子狐の頭を撫で、森の方へ行くように促し、優しく微笑んでいた。


「気を付けて」


 子狐は足を引きずりながらも、森へと帰って行った。

 子狐が見えなくなるまでその人は見送っていた。見送った後どこかへ行ってしまうようだった。


「あ、あの!」


 マースリーは起きていたと言っても、まだ、寝間着だった。それでも、声をかけて、話したいとマースリーは思った。

 気がついたのかマースリーを見上げる。アクアマリンの瞳が彼女にまっすぐ向けられた。


「私はマースリー・エルドレイアと申します」

「……隣国の」


 その人はベランダに出ているマースリーを見て、綺麗だと思った。また、名前を聞いてあの「陽光の貴公子」であると分かる。

 この国に滞在しているという事は周知であるが、このような場面で対面するとは誰も考えないであろう。


「お名前を伺っても構いませんか?」

「アンドレスタ・フォルテーノです」

(この方が、第一王子殿)


 アンドレスタは何とか落ち着きを取り戻して名乗った。内心、初めて見るマースリーが美しく落ち着かない。

 噂に聞く「陽光の貴公子」。文武両道で逞しい、さらに、容姿も綺麗と聞いていたマースリーに前々から憧れていたアンドレスタは本人に会い、その気持ちを強くするのだった。


「この様な姿で申し訳ない。その……場所を改め、アンドレスタ殿とお話したく思います」

「わ、私とですか?」

「あなたの他に誰もおりません」

「……私でよければ」

「では、後ほどお会いしましょう。その時を楽しみにしております」


 マースリーは早まる鼓動を抑えながら与えられた部屋に戻った。

 彼女には他方から縁談の話が舞い込むのだが、心揺れる相手には出会った事がなかった。どの国の王子も逞しく、力量は確かなのだが、彼女にとっては良い対戦相手としか思えなかった。


(アンドレスタ殿は、優しい方なのですね)

 あの時の微笑みが焼き付いて離れなかった。
















「私が隣で休んでいる間にそんな事があったんですか」

「今思えば、一目惚れというものだった」

「確かに、アンドレスタ様の様な方は姫様にとって新鮮でしたしね」


 ハイマットは自然と遠くを見てしまう。思い出してしまったのだ、結婚を申し込んだ王子たちが次々にマースリーに倒された事を。

 マースリーの父親は結婚を申し込んできた王子にマースリーを倒してみろといつも言う。それが結婚の条件だとして。

 腕が立つと有名なマースリーだが、所詮は王女。そう思って挑んだ王子は見事に返り討ちにされた。今や彼女との結婚ではなく、決闘の申し込みが後を絶たない。


「私から結婚を申し出るのは今までなかったからな」


 アンドレスタとの結婚はマースリーからの申し出である。アンドレスタは決闘(けっこん)の申し込みをしなかったので、前の王子の様にはならなかった。

 それよりも1人っ子であるのに第一王子に結婚を申し入れた事が大変であった。婿を迎えなければいけないのだが、アンドレスタは第一王子。第一王位継承権を持つものが婿入りなど、本来であれば考えられない。しかし、第二王子のレインに第一王位継承権を譲渡した事、アンドレスタがエルドレイア家で第一王位継承権を持つ事などで事ははうまく運んだのだった。


「うまく手を回しましたね、姫様は」

「私はアンドレスタを愛しているからな」


 照れる様子もなく言い放つマースリーにはもう一生敵わないかもしれないと思うハイマットであった。





1話はだいたい2000から2500くらいなんですが、今回は4500字くらいあります。普段の2倍です……。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


それでは

次回もお会いしましょう!

2014/10 秋桜(あきざくら) (くう)

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