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第13話:罪ですよ、マースリーさん。

 2人は前を進む魔族の後を付いて行った。その魔族は、四天王の1人であり、恐れられているのだが、自ら城への案内人をしてくれているのだ。


「本当にいいのですか、ガイアラス殿」

「ハイマットの事もあるし、僕はマースリーが好きになったから。マースリーは?」

「気持ちは有難いが、(わたくし)が愛するのはアンドレスタただ1人だ」


 さらりとそんな事を言うガイアラスにハイマットは開いた口が塞がらなかった。


 それにきちんと返すマースリーはいつもの事ながらではあるのだが。

 ネガティブでもじもじしていたはずの彼は今、その印象を少し変えている。少年のように笑いながら言う彼は可愛らしくも見える。これも自身が仕える主の影響なのかと考えると何とも言えない気持ちになるハイマットであった。


(平和なら、いいですかね……)


 一歩一歩、着実に城の中に入って行った。






 長い廊下。ところどころにある、窓からはわずかな光しか入ってこない。窓からの景色も変わらず真っ黒な世界。薄暗い廊下を3人はずんずん進んで行った。

 先頭を歩くガイアラスは淡々と歩いていた。


「あ」


 急にガイアラスが立ち止まり、声を漏らしたので、付いてきたマースリーとハイマットは何事かとガイアラスを見つめた。

 ガイアラスの視線を2人も追った。


 廊下を進んだその先、扉が開き、中から出てきた。


 出てきたのは体格のいい男だった。しかし、男はピンク色のはちきれそうなキャミソールに白いシフォンの様に柔らかなスカートを履いていた。

 その男が、3人に目をやった。


「……ガイアラスじゃねぇか!」

「ランヒュドール……今日も強烈だね」


 どかどかと大きな音を立てて、3人に向かってくるランヒュドールにハイマットは気圧されそうになる。ランヒュドールの体格の良さもあるのだが、その格好がハイマットには強烈にダメージを与えていた。

 立ち止まると、柔らかなスカートがひらりと揺れた。そのスカートから見えているのは太く、立派な足だ。ちなみに、ニーハイソックスを履いているので、絶対領域がしっかりあります。


「ガイアラス、こいつら何なんだ? 客……にしては感じる気配が魔族のものじゃねぇな」

「人間だよ」


「……」


 その場の空気が固まった。


「……へぇ、お前らが侵入者か。四天王、水を司るこのランヒュドール様がお相手しようじゃねぇか」


 2人を瞳に写し、焦点を合わせたランヒュドールは首を鳴らしながらニタァッと笑った。その表情は全く着ているものと合っておらず、怖く、体格に似合っていた。

 その場の空気が張りつめたものに変わり、マースリーとハイマットも表情を強張らせる。


「ランヒュドール、あの――」

「ガイアラスは下がっていろ、俺1人で十分だぜ」


 ガイアラスはランヒュドールを止めようとしたが、マースリーの強さを知っていたのと、面倒くさいので横から見ていることにした。

 ランヒュドールは手首も鳴らし始め、やる気は十分にあるようだ。


「姫様、ここは私が何とかしましょう。先ほどの汚名返上です」

「2人で早く終わらせてしまおう。その方が良い。……だが、頼りにしている」

「2人相手か、良いねぇ、それくらいじゃなきゃ」


 拳と拳がぶつかる音が廊下に鳴り響いた。ランヒュドールはその拳を構え、2人と対峙した。

 その様子を見据えて、2人も剣を素早く抜く。


 緊張した空気が廊下に充満する。


 ランヒュドールが口の端を釣り上げた時、動いた。


 突進してくるランヒュドールは水の流れのように滑らかで、すぐ目の前にその拳が迫った。


 だが、マースリーはその拳を見極め、寸でのところでさらりと躱す。その時、ランヒュドールとマースリーの目が合った。


 ふと笑ったマースリーはすぐさまランヒュドールの背後に移動する。


 拳を躱しながら、ハイマットも剣を構え、その巨体を見据える。


 挟まれた形となったランヒュドールだが、むしろテンションは上がる一方だった。ふわりと白いスカートが揺れたかと思うと、回し蹴りをハイマットにお見舞いする。



(……っ、赤、だ、とっ!?)



 ハイマットはぎりぎりその蹴りを躱したのだが、別のものは避けようがなかった。見たくもないものを見てしまったダメージは大きい。

 別の事を考えようと思ったハイマットは赤なんてマースリーはきっと身につけないな、と思ったのだった。


(きっと姫様ならば上品な──)


 ゴン


 どこからか飛んできた懐中時計がハイマットの頭に当たった。

 飛んできた方向を恐る恐る見ると、黒い笑顔のマースリーがいた。


 ──何を考えたの?


 長らく側近をやってきたが故に、マースリーの言いたいことが何となく分かり、恐怖で震えた。


「余所見かよ、あ゛ぁ?」


 ランヒュドールはハイマットを蹴ったその流れでマースリーに拳をもう一度向ける。


 その拳をマースリーの掌が受け止める。


「……やるなぁ、嬢ちゃん」

「なめてもらっては困るので」


 いったん飛び退き、体制を立て直そうと試みるランヒュドール。

 その動作を見逃さないマースリーは追撃をかける。ハイマットもマースリーの呼吸に合わせて、ランヒュドールを追い詰める。


「がはははははっ! 可愛くてモテる俺は困ったなぁ!」


 大きな声が響くはずだったのだが、ランヒュドールの周りに透明な水のシールドの様なものが現れた。追撃をかけた2人は水の中に閉じ込められる。


 だが、


 マースリーを囲んでいた水はすぐさま、細かな水滴となって彼女の足元に落ちていった。彼女の剣にかかれば、そのようなものは障害にすらならない。

 ハイマットも水の中でもがき、必死に顔を水から出した。


「確かに、あなたは可愛い」


 辺りがしんと静まり返ってしまった。


 ランヒュドールは目を見開き、ハイマットは顔を引きつらせ、ガイアラスはポカンと間抜けな顔をしていた。


「な、なぁ……そ、それは俺の事か?」

「当然ですが?」


 真っ直ぐ見つめられたランヒュドールは数秒考えた。



(可愛いと、言って、もらえた……)



 その後、ボンッと頭から湯気をだし、後ろから床にひっくり返ってしまった。

 ハイマットを拘束していた水の塊はハイマットの足に水溜まりとして広がった。解放されてもハイマットの心はそこになかった。

 今あったことが信じられなかったのだ。いや、自分の主が言った事を信じたくなかったのだ。


「あ、あの、姫様、今言った事、本当ですか?」

「ああ。可愛らしい服を着ていたではないか」

「ええと……」


 ハイマットはちらりと倒れているランヒュドールに目を向けた。

 確かに、着ている服は可愛いと呼べるのだが、それを着ている本人が、何とも言えないのだ。現に、倒れている姿が、見ていて辛い。せめて、もう少し足を閉じて欲しいと思うハイマットであった。


「何があったか分からないが、どうやら抵抗しないようだから、先に進もうか」


 マースリーは笑顔で先に進んで行った。





「あ、あの、姫様、懐中時計です……」

「ああ、忘れていた。ハイマット、ありがとう、ね?」

「ええと、あれはですね……」

「ハイマット」


 にっこりとマースリーが笑う。


「言い訳なんてみっともない。私は咎めないけれど?」


 その目は笑っていなかった。


















 ガチャリ



 今まで力いっぱい押しても開くことのなかった扉が、開いた。扉を固く閉ざす力が無くなっていた。



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