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第12話:危ないですよ、ハイマットさん。

 ぽっかりと大地にあいた穴。


 崩壊は収まり、辺りには静けさが取り戻されていた。


 それを見計らったようにガイアラスはその大きな穴付近に近づいて行った。

 たった2人の為にここまでしたのは彼なりに考えがある。アーネモスを倒してしまった相手なのだから、これくらいするのが丁度いいと思ったのだ。


「アーネモスより何倍もダメな僕は念には念を入れないと」


 ガイアラスは黒く染まる穴の底を見つめた。

 魔王、スクラに怒られてしまうかとも思ったが、侵入者を倒したとなれば話は別だろうと考えていた。黒の国始まって以来の人間侵入。それを食い止めるためとなれば大きな穴の1つや2つ許してくれるはずである、とガイアラスは勝手に思っていたのだ。


「叫び声が聞こえたから、1人は落ちたのかな?」


 どこまでも暗い、穴を見つめた。


 シュン


 空を切り裂く、鋭い音が聞こえた。


 ガイアラスは気配を読み取っており、それを躱し、その者へと視線を投げた。


「勇敢なる人間。僕はそれに関して劣るよ。魔族として、情けないよね」


 風が彼女の髪の毛を揺らす。温かなオレンジ色の瞳はいつもよりギラギラとしていた。温かではなく、燃え上がっていた。

 彼女は剣を携え、一点、ガイアラスを見つめていた。


「もう1人はどうしたのかな?」

「……黙れ。今、対峙しているのは(わたくし)だ」


 マースリーは矛先をスッとガイアラスに向けた。

 その姿は一国の姫君ではなかった。幾つかの戦場を潜り抜けた騎士の様な姿であった。凛々しく、鋭いその視線にガイアラスは微かに笑った。


「僕は何も出来ないんだ。……でも、壊す事は嫌いじゃないよ」


 ガイアラスがそういった瞬間マースリーは大地を蹴って、一気に距離を縮めた。一瞬の出来事でガイアラスも少し驚く。だが、ガイアラスも負けじと攻撃を土の壁を作って躱していく。

 剣によって、引き裂かれる土の壁は脆いが、ガイアラスはその一瞬でするりと剣から逃げていく。


 流れるような動きと大地を司るガイアラスの力で、剣は空と壁を斬るばかりであった。


 斬っては出来る土の壁。


 崩れる壁の向こうに、ガイアラスは既にいない。


 気配を読み取り、剣を振るうが、同じことの繰り返し。


「……っ」


 マースリーは振るっていた剣を落ち着かせた。

 ガイアラスは攻撃しては来なかった。避けるだけであり、彼女は攻撃を止めれば彼も止まるのではないかと考えた。

 動きを止めてしまったマースリーにガイアラスも気が付き、彼女が思ったように動きを止めた。


「僕となんか戦いたくないんでしょ。どうせ、僕だからね」


 暗い表情でぼそぼそと言うガイアラスからはじっとりとした空気が漂ってきた。ネガティブな発言が彼の周りにまで影響を及ぼしているのだ。

 魔族の黒の国であるからこそ、その様な空気の変化があるのだ。


「あなたは強いわ。何故、卑屈になる? 初めから自分をそうだと決めつけすぎている。ハイマットの(かたき)ではあるからこんな事言うのもおかしいけれど。欠点を見る事は悪い事ではない。でも、あなたには欠点しかないの? もっと自分の長所に目を向けるべきよ」

「僕が、強い……? 僕の、長所……?」

「これだけの事、あなたにしか出来ないのでしょう」




『お前を私の側近にするぞ。その強さ、私に貸してくれないか?』




 しばらく、ガイアラスはマースリーをじっと見つめていた。彼にとって、そんな事を言われるのはあの時以来である。

 スクラと初めて出会い、強さを認められたあの時以来なのだ。


「君は本当に、強いね」


 ガイアラスは静かに微笑んだ。その瞬間張りつめていた空気は一気に緊張が解け、柔らかなものに変わっていた。


「……もう1人の方、ごめんね」

「ハイマットはもう、戻らない。それに関して、許す気はないぞ」

「……そうだね、死んじゃっ――」




「勝手に、殺さないでください!」




 大きな穴の中から声が聞こえてきた。大きな穴の影響で反響して、しばらくその声は聞こえていた。

 マースリーは聞き覚えのある声に引き寄せられて、穴のふちまで近づいて行った。そこから穴の中を除くと、壁に剣を突き立て、その剣にぶら下がっている1人の姿があった。


 マースリーはその姿が、ハイマットだと分かった時、ふっと表情を緩め、優しい顔になった。だが、すぐに彼女の顔は呆れた表情になってしまった。


「ハイマット、すぐに上がって来られるでしょう?」

「姫様ではないのですから、すぐには行けませんよ」


 ハイマットはマースリーとガイアラスが戦っている様子をうかがい、穴からはい出るタイミングを計っていたのだった。

 もし、間違ったタイミングで出てきてしまったのなら、今度こそ穴の底に突き落とされてしまう。そんな事になれば、身もふたもない。それだけは避けたいと思っていたところだったのだ。


 ハイマットはマースリーの姿と敵意のないガイアラスの姿を見て、剣を握っていた手に力を込めて、片手で自身を引き上げた。

 そのまま、軽い身のこなしで、剣の上に乗り、さらに、マースリーたちがいる場所に飛び上がった。

 すとんとブラウンの髪をなびかせ、音を少なく降り立ったハイマットはガイアラスを一瞥した。


「姫様の側近たるもの、この程度で死にませんから」

「……でも、あの人は死んだと思っていたよ?」


 ガイアラスは首を傾げながらハイマットにそう言った。


「……」


 ハイマットはじりじりと顔をマースリーの方に向けた。マースリーは申し訳なさそうに苦笑いしている。


「姫様、この件について、いろいろとお話が……」

「信用していなかったわけでも、弱いと思っていたわけでもない。……ないが、あの状況だ。仕方がない。しかし、すまなかった。これからはもっとハイマットを信じる」


 マースリーはきりりとした面持ちになり、ハイマットを真っ直ぐ見つめた。

 その表情にハイマットは無意識に背筋が伸び、マースリーの視線を受け止めた。


「無事で何より」


(ハイマット、一生姫様に付いて行きます)


 ハイマットは心の中でそう、固く誓ったのだった。






だいぶ久しぶりとなりました。

「人違いですよ、魔王さん。」更新です!

ハイマットさんが無事で何よりです。


それでは、次回もお会いしましょう!

2014/11 秋桜(あきざくら)(くう)

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