第1話:人違いですよ、魔王さん。
見事なまでの晴天。
空の青は吸い込まれそうなほど美しく、清々しいほど天に広がっていた。
まるで一国の王子と姫君が会うことを祝福しているようであった。しかし、その天気とは裏腹に1人の者の心はどんよりと曇っていたのである。
ここはとある国にある、とある城である。
人々は陽気に暮らし、争いも起きない平和な国である。
そう、人同士では争いは起きない。
だが、世界には魔族がおり、人々を脅かしているのだ。
しかし、この世界の国々は協力しその侵略を防いでいる。それぞれの国で退魔の術を使い、それを連携させる事で人がいる地域に結界を張っているのだ。魔族はそれでも世界を手にすることを諦めてはいないわけだが。
ここで、話を戻そう。
とある国のとある城。どんよりと曇った心な者が1人。
「婚約者が来るんだから、おめかししなきゃね!」
「あ! ジュリア姉様これも可愛いわ!」
「ミシェル、そこの髪飾り取って下さる?」
「エイミリア姉様、やっぱりピンクが良いと思うの」
4人の女性が1人を取り囲みああだこうだと試行錯誤している。そうされている本人はどうすることもなく、ただただ、この時が過ぎるのを待っている他なかった。
1番目のジュリアは銀色の髪を梳き。
2番目のミシェルはアクセサリーを選び。
3番目のエイミリアは4番目のアリアンとドレスを選んでいた。
輝く銀色の髪を持ち、アクアマリンの瞳を持つ、彼女たちの標的はこの時常に無心であった。
そして、耐えること2時間。
彼女たちの手によって、美しい姫君が出来上がったのである。
表情はムスッとしているが、頭にはエメラルドをあしらった可愛らしいティアラが乗り、爽やかな黄緑のドレスに身を包まれ、誰がどう見ても立派な姫君だった。
髪の毛は短いにもかかわらず、ジュリアの手によって編み込みがなされた。長い髪にも劣らないアレンジである。
ふんわりとしたドレスは可愛らしさを引き立たせ、よく似合っていた。それを選ぶまで何十着と試着を強制されたのは言わずもがなだ。
「あなたは本当にいいわ! 私たちの手でこんなに光るんですもの!」
と、ご満悦なジュリアの表情がまた気にくわない様子だった。
「じゃ、私たちが婚約者さんを連れてくるわね」
「そのままじゃなきゃ、嫌よ?」
「きっと驚きますよ、姉様方!」
バタン。
彼女たちがいなくなった部屋はまるで台風が通過した後のように静かであった。あのような女性が4人もいるとなると台風ではなくハリケーンだが。
「……勘弁してくださいよ」
ため息混じりにそう言った。そう言うしかなかった。
あんな姉が4人もいるとなると疲れるのは当たり前のことなのだ。
4人の姉は自分で化粧をしたり、ドレスを選んだりするのが大好きだ。そして、その矛先は時として姉自身ではなく他の人へと向けられる。
姉たちを見送り、改めて鏡に向き合う。可愛くしてもらい、姉様たちの腕はすごいなと、少しばかり感心した。だが、そう思ってしまったことにハッとして、ため息をつく。
(……姉様は本当に、困りました)
一瞬考え、そのままとは言われたが、ティアラをゆっくりとはずしてテーブルの上に乗せる。
姉たちが婚約者を連れてくる前に何とか逃げなければと考えていた。
バタン。
背後でドアが開く音がした。
あまりにも早すぎると慌てて振り返るとそこにいたのは姉でもなく、婚約者でもなかった。
「初めまして、美しき姫君」
そこにいたのは、尖った耳を持ち、赤黒い眼をした恐ろしい魔族だった。全身が黒で覆われ、額には見事な角が2本。
その額の角が意味するのはその中でも一番恐ろしい魔族。
恐ろしい冷気を放った魔王が立っていた。
この国も他の国々と協力し、結界を世界一体に張っている筈なのだが、魔族の侵入を許してしまっている。
「な、なぜここに!?」
「大変でしたぞ。結界に小さき穴を開けるのは。まあ、その程度であれば私も入れなくはない」
そして、恐ろしい笑みを浮かべると、さっと姫君抱き上げた。
「しかし、時間は限られているので早速行きましょう?」
と、言う瞬間にはもう外にでていた。
「ちょ、待って! 何を企ん──」
腕の中でじたばたしていたが、急にくったりとしてしまった。アクアマリンの瞳はまぶたの奥に隠され、寝息が聞こえてきた。
「……五月蝿い姫君よ」
魔王はそのまま自分のいる場所。世界にできた魔族の領域、黒の国へと、不気味な笑みを浮かべたまま帰って行った。
さて、4人と婚約者が戻ってくると既に魔王に連れ去られた後で、その部屋には誰もいなかった。
城中の者が捜索にあたったが、見つかることがなかった。その後、この国へ魔王の言葉が届く。
「そなたらの国の姫君は私が預かった。返して欲しければ結界を解け」
国中がパニックに陥った。
一国の姫君を見殺しにするわけにも行かず、また、結界を解くわけにも行かない。
それに、連れ去られたのは姫君ではない。
そして、1人の者が国王に申し出た。
「私が必ずアンドレスタ王子を助け出してみせます」
王に跪き、きりりとした態度に王も言葉を返すことができない。
1つにまとめられてはいるが、それでも長いミルクティー色の髪の毛。そして、王を捕らえて離さない鋭くも温かみのある優しいオレンジ色の瞳。それもまた、王に口を開かせない原因である。
そして、そのまま王を見つめ再び口を開く。
「婚約者の名にかけて」
ドレスではなく一国の気品ある王子の様な姿である彼女の名は、隣国の第一王女、マースリー・エルドレイア。
この国の第一王子アンドレスタ・フォルテーノの婚約者であり、正真正銘一国の姫君である。
─黒の国
(しかし、この姫君……声低いな)
魔王は眠る姫君を見つめそう思うのであった。
今回はギャグ系でのお話です。
たぶん、そんなに長くないです。
それでは!
次回もよろしくお願いします。
2014/9 秋桜 空