第八話 魔王様の大作戦
「でかっ!」
ドラゴンを初めて見た私の第一声は、まさしくその大きさに圧倒されて出たものだった。
狭く、岩肌がごつごつとむき出しの通路をしばらく進むと、唐突にまばゆい光に包まれた大空洞に出た。天井は見えないぐらいに高く、広さも田舎の村そのものがすっぽり入るぐらいの大きさがある。そして中央、床一面に埋め尽くされた財宝の山々を守るようにして、赤い鱗も鮮やかな巨大なドラゴンが鎮座していた。
その大きさはもはや建物に近い。私は生まれ故郷にあった教会を思い出していた。
「ご機嫌麗しゅう、緋の姫よ」
すっかり萎縮する私をよそに、魔王様は普通に歩いてドラゴンに近付いていく。あんな怖そうな生き物によくもまぁ、と素直に感心した。魔王の名前はやはり伊達ではない。
私は怯えながらも、とてとてとその後を追う。
「魔を統べる者とは、これは珍しいのじゃ。おぬしは根城から一生出てこぬものと思っておったわ」
ぶおんとドラゴンが鼻息をたてる。その強風で魔王様のマントが激しく舞ったものの、歩みに淀みは無い。
ちなみに私はスカートがめくりあがったおかげで慌てて立ち止まり、押さつけるのに必死だった。でも、魔王様は振り返りもせず、ドラゴンも全くの無視だった。
「余とてたまには外に出る。それに今回は少し事情があってな」
魔王様のもったいぶった言葉に、ドラゴンは牙を剥き出しにした。まるで「先を話せ」と威嚇するかのようだ。
「見たくないか、余が支配する世界を?」
ピクンとドラゴンの髭が震えた。
「これはおかしなことを言うのじゃ。もはや世界はおぬしの物であろう。長らく真の勇者なぞ現れてはおらぬし、恐らくわらわを召還できるほどの者も二度とは現れぬわ」
ドラゴンが笑う。まったくもって可愛くなかった。
「それとも何か。その名を持って人間どもを震え上がらせるのではなく、おぬしは……」
ドラゴンが言葉を詰まらせる。
途端に魔王様とドラゴンの間にちりちりとした緊迫の空気が流れた。
開戦が近い。私は魔王様の横に立ち、両手に得物を取り出した。
「二度は言わん。余に力を貸せ。お前の力が余には必要なのだ」
魔王様の降伏勧告に、ボフゥと再びドラゴンの鼻息が私たちを襲った。
私はなによりもまず左右の手にある得物が吹き飛ばないように、しっかりと握り締めた。
が、しかし。
「二、二度は言わんぞ」
何故か同じ事を二度言う魔王様。セリフの内容と相俟って、実に決まりが悪い。
いや、それ以上に一体どうしたというのだろう? ここまで計画通り順調だったのに、何かトラブルでもあったのだろうかと心配になって魔王様の様子を伺う。私を見つめるそのお顔は少し赤みかかっていた。
戸惑う私の視線を感じたみたいで、魔王様は慌てて目を逸らすと、再びドラゴンに対峙する。
「面白い話じゃが、断わるとどうするつもりかの?」
魔王様の変調なんてお構いなしにドラゴンが先を急ぐ。
いよいよだ。
「いちいち言わなくても分かるであろう、その時は……」
「その時は?」
「「戦うのみ!!」」
私たちは同時に宣戦布告すると共に素早く行動に移した。
私は両手に得物を高々と掲げる。
魔王様はすかさず横っ飛びして、ドラゴンとの距離をあけた。
一瞬躊躇するドラゴンに、私は果敢に襲い掛かる。
「うりゃー! 必殺の『はたき二刀流』を喰らえー!」
まずは左の『はたき』を振り下ろす。
ぱたぱたぱたと『はたき』がドラゴンの腕を撫でる。言うまでもなくダメージ0。
訝しむドラゴンに、続いて右の『はたき』をお見舞いした。
『はたき』を振り下ろす私の脳裏に、魔王様の言葉がリフレインする。
「いいか、これは『ドラゴン殺しのはたき』と言う。ドラゴン以外にはまったく普通の『はたき』だが、ドラゴン相手には繊維一本一本が鋭利な刃となり、奴らの肉を切り裂く伝説の武器のひとつだ。これを使うがよい」
私に伝えられた作戦は、この『ドラゴン殺しのはたき』と普通の『はたき』を二刀流で扱い、頻繁にこれを左右入れ替えて攻撃する、というものだった。
二刀流で扱うのは、武器のスピードを二倍にするため。本来なら左右のどちらかは普通の『はたき』だから、どちらかを避けていればよいのだけれど、ドラゴン殺しの方を避けられなければ結構なダメージを食らってしまう。その恐れからやがては両方避けようとして、ドラゴンは回避運動に専念せざるをえないだろう。そこを魔王様が得意の魔法で仕留めるのだ。
言うならば私の攻撃全体がフェイク。でも、これまで戦闘を眺めるだけだった私からすれば、十分に役立っていると実感出来るものだった。
ましてや相手は伝説の生き物・ドラゴン!
これで燃えなきゃ、冒険者失格デショ?
「すりゃー!」
ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた……
私は『伝説のドラゴン殺しのはたき』で、ドラゴンの腕に切りつけた。
ドラゴンの、己の肉を刻まれる悲鳴が洞窟に……響かなかった。
ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた
とゆーか、まったく切れてなかった。
「あれ? どーゆーこと?」
私は左右の『はたき』を振るって滅多打ちにした。
が、結果は見事に0ダメージだった。
「小娘、先ほどから何をしているのじゃ?」
ドラゴンが哀れんだ目で私を見ていた。
「え、いや、あの、これ『ドラゴン殺しのはたき』っていう伝説の武器だって魔王様が……」
「そのような武器、聞いた事がないわ。おそらく魔王に騙されたのであろ」
騙された? うそん? だって、魔王様はとても誠実で、人間味がある人だよ、魔王だけど。
……って、ああっ!!
魔王だったっけ、そう言えば!
私は素早く周囲を見渡す。私とドラゴンを結んだ線上の、ちょうどドラゴンの向こう側に魔王様はいた。
私と目が合うと、あろう事か、両手を合わせて申し訳なさそうに謝っていた。
「うわぁ、あの人、サイテーだぁ!」
思わず頭を抱えてうずくまろうとしたその時、突然稲妻のような音が遥か頭上から響き渡った。見上げるとドラゴンが苦しそうに顔を歪めている。今の位置からではドラゴンに近付きすぎて状況がよく分からないので、距離をとって確かめる事にした。
ついでに同じ距離を取るなら、すでに離れて高みの見物と洒落込んでいるウソ付きに一発お見舞いしておこうと思い、ドラゴンの傍をすり抜けて、魔王様目指して走り出す。
「さすがはキィ。見事であったぞ」
「見事、じゃなーい! この嘘つき! 『ドラゴン殺しのはたき』なんて存在しないってドラゴンが言ってたぞー!」
全力疾走で駆け寄った私に、魔王様は何のお詫びもなく平然と受け答える。ちくしょー、『はたき』投げつけたろか。
「うむ。しかし、見てみるが良い。おかげでドラゴンの翼を封じる事が出来た」
言われて振り返ると、確かにドラゴンの翼に雷のようなものが渦巻き、ドラゴンが翼を動かそうとする度に激しく爆発を起こして、動きを封じ込めていた。
「詠唱が完成する時間、そして完成から効果が出るまで気付かれぬよう、ドラゴンの意識を逸らす必要があったのだ。今回の作戦、キィがいなければ到底成り立つものではなかった。本当に感謝する」
恭しく頭を下げる魔王様。その姿は紳士そのものなんだけど、やり方がえげつない。
「で、でも、『はたき』の件はヒドイ! 私、信じてたのに」
「『敵を欺くには、まず味方から』と申すであろう? キィが余の言ったことを本気で信じてドラゴンに立ち向かったから、ヤツもまたキィの攻撃に何かあると意識を向けたわけだ。演技ではない本気の姿にこそ、目を奪われるものであるからな」
うー、言いたい事は分かる。分かるんだけど、なんだか釈然としなかった。
やっぱり一言お詫びぐらいあってもいいんじゃないだろうか。そう思って言い寄ろうとすると、魔王様の姿に変化が現れていることに気付いた。
「魔王様? なんか体が透けてきていますけど?」
「うむ、翼を封じたので、次は究極魔法でヤツに印籠を叩きつける。しかし、こいつの呪文の詠唱には時間がかかるのでな。であるから、余は隠れておるので、あやつの相手をよろしく頼む」
「相手? えっ、ちょっと待って!? 魔王様、それはあんまりすぎるーっ!」
「大丈夫だ。キィの回避能力と幸運補正ならば、万が一にも攻撃を喰らう事はあるまいよ。さすがに翼による無差別攻撃は避けるのは無理であろうが、ヤツの翼を封じたのだから問題はなかろう。余の時と同じように、避けて避けて避けまくればよい」
なんともお気楽な事を言いながら、どんどん姿を消していく魔王様。
「キィ、お前の最大の不幸は、勇者がお前の稀有なる能力に気がつかなかったことだ。だが、余は違うぞ、お前の能力を存分に生かした戦闘を見事に展開してやろう。くっくっく」
最後の笑いが実に邪悪だった。
魔王様の姿が完全に消え去るのとほぼ同時に、ドラゴンが恨めしそうに咆哮した。そして口から炎弾を吐き出してくる。
えー、またこのパターンかよぅ?
私はうんざりしながらも一つ気合を入れなおして、ドラゴンに向きあった。
そこからは思い出したくもないから、簡潔に終わらせておく。
ええ、地獄でひた。
とにかく吐き出される炎玉に追い立てられるわ、猛突進で踏み潰されそうになるわ、ファイアーブレスで焼き殺されそうになるわ、「ええい、ちょこまかと逃げ回りよって、このネズミ女が!」と精神口撃をかけられるわで散々だったよ……、うん。




