第三十八話 魔王様の野望
『魔王様のゲーム』
それが私たちの世界――ミズハさんたちが遊んでいる世界の名前だった。
正確には『魔王を倒して、あなたも大金持ち! 夢の中で夢の一千万をゲットしよう!』って言うらしいけど、あまりにセンスのないタイトルに加えて「夢」という言葉の連続が実に居心地が悪い。
「『魔王様のゲーム』、か。むしろ弄ばれているのは余の方であるが……」
魔王様はそんなことを言いながらも、正式名称を聞かされた時のように怒ってはいないようだった。むしろ面白いと感じたみたいで、口の端が自然と吊り上っている。
どうにもこっちの略称は気に入ったらしい。
相変わらずイマイチよく分からない人だった。
そもそも世界の呼称云々の前に、私は自分がそんな遊びの世界の為に作られたって聞かされて、なんとも複雑な気持ちなんですけど。ましてや魔王様はエサというか、みんなに命を狙われる存在として作られたわけで……予想はされていたようだけど、それでも本当ならもっと激昂してもおかしくないんじゃないかな?
「なんでそんなに楽しそうなんです?」
だから当の本人である魔王様が怒りどころか、愉悦を深く滲ませていることに、私は訊かずにはいられなかった。
「ん? いや、『魔王様のゲーム』という名称はなかなか深いなと」
「あ、えーと、魔王さん、キィちゃんが言いたいのは多分そういうことじゃないと思うよ?」
ミズハさんがすかさずフォローしてくれた。
「自分がおもちゃにされていたって知ったのに、どうしてそんなに楽しそうなのってキィちゃんは訊きたいんでしょ?」
いえす! さすが、ミズハさん!
さすがの私でも、とても恐れ多くて「おもちゃ」なんて言葉は出せませんでしたヨ!
「なるほど。無論、余の存在理由についてはおおいに憤慨するところであるが……しかし、ならばこそ、これからのことを考えるとつい、な」
「これから? えっ、ちょっと、『実は世界が滅びるのが楽しみだったのだ』とか急に魔王らしいことを言い出すつもりじゃわぷっ!」
あいたたた、軽く魔王様にチョップされた。
「キィ、何を愚かなことを言っておる? 世界が滅ぶのが楽しみであったのなら、何もこの世界に来る必要はなかろうに」
「あー」
それもそうか。何もしなくても世界は滅びる運命にあるんだもん。世界滅亡がお望みなら、それこそ魔王城でふんぞりかえっていればいい。
「作られた存在とはいえ、余にも自ら成し遂げたいと願う野望があるのだ。その野望のために、余はこの世界にやってきた。だから、わざわざ神が我らの世界に干渉する状況を作り上げ、この世界への扉を開けさせたのだ」
そして突如として魔王様はミズハさんに深々と頭を下げた。最初はきょとんとしていたミズハさんも、やがて魔王様の真意に気付いたのか声を震わせる。
「え? それってもしかして私がアカ禁喰らうのを狙ってたってこと、なのかな?」
「うむ、ミズハなら絶対にやらかすと信じておったぞ」
頭をあげてニンマリ笑顔を浮かべる魔王様とは対照的に、窓の向こうでミズハさんががっくりと両膝をついた。
魔王様、いわく。
勇者様を蘇らせ、育て上げたのも。
多くの冒険者が集まる中で、ドラコちゃんに炎弾を放たせたのも。
さらに勇者様の猛攻に身をさらし、ミズハさんに魔王征伐の希望を持たせた上で勇者様をピンチに追いやったのも全て、計算したうえでの行動だったそうだ。
「もっとも最初から上手くいったわけではないぞ。当初は勇者が禁忌に触れると睨んでおったわ」
なんでも初めは勇者様が禁忌を喚き散らすと睨んだらしい。うん、確かに勇者様なら、連戦連敗って状況に思わず負け惜しみで言っちゃいそうだ。
が、想像以上にしぶといというか、あれだけ手酷くやられて続けてもいつかは絶対勝てるはずと根拠のない自信に溢れる勇者様は、魔王様の想像以上だったそうで……。
「つまり、ぶっちゃけウザかった、と?」
「うむ。が、勇者は別の使い道もあるのでな。そちらは順調に進んだのでよしとする」
なんだか酷い言い様だったけど、別の使い道ってのはきっと勇者様をエサにして、ミズハさんを釣り上げたことを言っているのだろう。
強力な装備を手に入れ、ドラコちゃんの炎弾にもびくともせず、これまでになく順調に魔王様に攻撃回数を重ねていく勇者様。今度こそ間違いなく魔王様を倒せると確信し、調子に乗った勇者様が、火傷で苦しむ同業者たちになんて目もくれないのは、その性格からして明らかだった。
「さすればいかにミズハが集め、一致団結して余を討とうとする冒険者たちであろうと、自分たちを見捨てて私利私欲に走るヒトデナシ勇者を手助けしようなどとは考えぬであろう? ミズハ一人を除いて、な」
「あうう、魔王さんマジ魔王」
ミズハさんの嘆きもごもっともなまでの魔王的発想。ところが最終的にこれが必要なかったほどに勇者様がクズっぷりを発揮してきた。そう、誰も介入させず、賞金独り占めを狙った一騎打ちモードだ。
「結局、アレが決め手になったのであるから、まったく笑えぬ話である」
魔王様が描いたシナリオでは、誰も勇者様を助けない状況にミズハさんが感情的になり、周りを説得する際につい禁忌に触れるというものだったらしい。でも、それ以上の状況を勇者様が作りだしてしまうのだから……ホント、私は情けないよ、勇者様っ!
「しかし、こうしてこの世界に来れたのだ。勇者には感謝しておる。……さて、ミズハよ。申し訳なく思うがこれも乗りかかった船、お前にはもう少し働いてもらうぞ」
「うん? でも、私、あの世界ではともかく、こっちでは単なる中学生だよ。なんの力も持ってないよ?」
「ふむ。中学生とはなんなのかは分からぬが、確かに今のお前に魔法剣士としての力は感じぬ。だが『魔王様のゲーム』を作った張本人……創造神のもとに余を連れて行くことぐらいは出来るのではないか?」
魔王様が右手にお得意の炎弾を出現させる。
「創造神の説得し、世界を存続させるのだ」
「本来なら窓越しではなく、拳で創造神と語り合いたかったのであるが……」
世界を壊そうとする神様を説得するために来たと語る魔王様は、口惜しそうに右手をぎゅっと握り締めた。
せっかく出現させた炎弾がボシュと消滅する。
(……だ、だったらなんで炎弾を出したんだろう?)
と思ったけれど、ツッコミは入れなかった。まぁ、単なる演出だろうし。
それよりも魔王様が世界の存続を考えて行動していたのに驚いたし、嬉しかった。
ドラコちゃんを召還した時はさすがに疑っちゃったけど、やっぱり魔王様はスゴイ。
「だが、それでも創造神を説得する材料は揃っておる。だからミズハよ、余をきゃつのもとへ」
「えっと、それなんだけど……」
盛り上がる魔王様と、そんな魔王様をキラキラした瞳で見つめる私に、ミズハさんが申し訳なさそうに口を開く。
「魔王さんを運営に案内するのは簡単だけど、その後は……まぁ、やってみれば分かると思うけど、大変だよ、きっと?」
「うむ、他人、しかも創造神の決断を覆そうというのだ、容易ではないであろう」
「えーと、そういうことじゃなくてね……」
ミズハさんは苦笑いを浮かべながら、耳たぶのクマさんを軽くタッチする。と、私たちの傍に真っ黒の窓が現われた。
「一応それが『魔王様のゲーム』の運営に繋がっているんだけど、とりあえず魔王さん、試してみて。そうすれば私が言ってることが分かるから」
「言われるまでもない。では、行ってまいる」
そしてミズハさんの心配をよそに、魔王様はあっさりと真っ黒の窓の中に入っていってしまった。
「はぁ、魔王さんってホント、アクティブだよぬー。イメージ狂っちゃうよ。まぁ、いいや。キィちゃん、私、今のうちにシャワーを浴びてくるねー」
おまけにミズハさんもよいしょと立ち上がって、部屋を出て行こうとするし。
うーん、いきなり一人になってしまうぞ。どうしよう。私も一度元の世界に戻った方がいいのかな? あ、でも、魔王様と違って何の力も持たない私だもん、またこちらにやって来れるとは限らない。せっかくこうしてホンモノのミズハさんとお話が出来るんだし、ここまできたらもっとこの世界を知りたかった。
ってことで、あっちに戻るのはいつでもできる。だから今はもっとこっちの世界を堪能しよう。
「あ、忘れてた」
ドアノブに手を掛けたミズハさんがふと動きを止めて、私の方に振り返る。
「キィちゃん、私たちの世界にようこそ! 驚いたけど、すっごく嬉しいよ」
「あ……はい! 私も! もうミズハさんとはお話できないと思ってたから、とても嬉しいですっ!」
私の返答にふふふっとミズハさんは笑って、部屋を出て行った。
……さて、ひとりになりましたが、ここはやっぱり!
ぐぅぅぅぅー。
私の考えに賛同するように、お腹が盛大に鳴った。
うん、腹が減ってはスライムも倒せないと言うもんね。まずは念願のスコーンで腹ごしらえを。
「って、イタッ、イタイイタイ!!」
スコーンに伸ばした手の甲を、いきなり何かに思い切りつねられたヨ!
慌ててよーく目を凝らしてみたら、なんか透明の手がスコーンの上を巡回して飛んでいる……あうっ、魔王様、自分が不在になるからってそんな魔法をかけておかなくてもいいじゃん!
てか、なんでスコーンにそこまで執着するし!?
その後、何度かスコーン奪取を試みるも透明ハンドの守りは鉄壁で、手をつねられるわ、顔面に平手打ちを食らうわ、指四の字固めを仕掛けられるわで散々だった。
なんてこったい。お腹がさっきからぐうぐう鳴るけど、さすがにこれはどうしようもできない。私はすごすごと撤退するしかなかった。
しかし、となると一体どうして時間を潰せばいいのやら。
確かに気になるモノはいっぱいあるけど、解説してくれるミズハさんがいないと何にも分からない。ミズハさんの部屋にある可愛い小物とか、奇麗な光沢が鮮やかな服とか、もっと近くで見せてほしいんだけどね。
試しに念動力でモノを動かせないかと試してみたけれど……はい、そんな力はありませんでしたっ、まる。
かくして残ったのは、私が今いる世界――ミズハさん曰く、パソコンという機械の中に広がっている世界らしいーーを見渡すと、どうしてもアレが目に入ってくるわけで。
……ま、まぁ、少し覗くぐらいならいい、かなぁ?
私は誰もいないのが分かっているにもかかわらず、辺りにきょろきょろと視線を這わせて警戒すると、アレの窓に近付く。
正直なところ、興味がないこともない。でも、まだまだ子供の私には刺激が強すぎるわけで、とても正視する事は出来そうになかった。だから、こっそりと覗きこんだのだけれど。
「……」
思わず無口になる私。えっと、中ではその、男の人ふたりが、つまりあんなことや、そんなことや、えっ、うそ、まさかってことまでやっておりまして……。感想としては、その、
しゅ、しゅごい!
としか言えないわけで、いけないと思いつつも目が離せ
「やっほー、キィちゃん、やってるかなぁ?」
と、そこへミズハさんが、ばぁんと扉を開けて……って、うえぇぇぇぇぇぇ?
「ミ、ミ、ミズハさん……こ、これはその、違って、別にわ、わ、わたし」
「ぐふふふふ」
いやーな笑いを顔面に貼り付けながら、ミズハさんが窓を覗きこんできて
「うへへ、ホモォの世界にもようこそ、キィちゃん」
固まる私を熱烈大歓迎してくれるのだった。
読んでくれてありがとうございます。
第三章に入ってから書くのが凄く楽しいのですが、楽しすぎて脱線しまくっている感がなきにしもあらずでゴメンなさい。
話がそろそろ進むように頑張ります。
次回更新は11月25日月曜日、12:00を予定しております。
どうかよろしくお願いいたします。