第三十四話 あちらの世界へ
魔王様に冒険者たちが次々と挑んでいく。
「ほう、双剣による飛燕連撃とはなかなか。だが」
二本の片手剣を器用に操り、反撃の暇さえ与えぬ連撃を繰り出す剣士に、魔王様はバックステップで距離を置くと、魔法の壁を作り出した。
「攻撃速度は申し分ないが、いかんせん威力不足は否めんな。そのような惰弱な攻撃では、いつまで経ってもその壁は壊せまい」
さらに魔王様はあっという間に剣士の四方に同じ障壁を作り出し、取り囲んでしまった。
「死ねぇい、魔王!」
そこへごつい体にごつい鎧を着込んだ重戦士の斧による一撃が襲い掛かる。
「スピード自慢の次は力自慢か。やれやれ」
重戦士は狙い済まして魔王様の頭上に斧を叩き付けたはずだった。
ところが、斧が虚しく地面を強打したかと思うと、音もなく胸元に侵入した魔王様に、その巨体を軽々と持ち上げられてしまった。
眼を凝らしてよく見ると、重戦士の胸元に半透明の、太くて逞しい腕が伸びている。魔法で作り出した腕なのだろうか。
「ちゃんと斧を持っておくがよい」
そして慌てふためく重戦士を、魔王様は自分を軸にしてぐるぐると空中をぶん回し始める。
これには魔王様に飛びかかろうとした冒険者たちもたまらない。次々と巻き添えを食らって吹き飛ばされた挙句、
「ちょ、ちょっと待てよ」
「こっちにくるなー」
離れたところで魔法の詠唱を続けていた一団に至っては、ぶん投げられた重戦士の下敷きとなって壊滅的ダメージを受けた。
「なっ、なんて強さだ。さっきのハヅキと戦った時とはまるで別人じゃねぇか!」
「みんな、個人プレイはやめろ! ちゃんと連携を取って戦……って、おい、言っている側から突っ込むんじゃない!」
「おい、 癒し手はいねぇのかっ!? このままじゃあ全滅しちまう」
あっという間に戦力の三分の一ほどを失って、冒険者たちは動揺し、混乱を極めた。
「そ、そうだ、ミズハさんなら、強力な全体回復魔法が使えるはず!」
「ミズハさん、頼みます! 助けてください!」
こぞってミズハさんに頼りだす冒険者たち。
現金なもんだよね。さっきまで誰一人としてミズハさんの慟哭を無視していたくせに。
「hftrbs0897t340q tgdf809gtr7q23r」
だけど、ミズハさんは再び詠いはじめる。
えっ、どうして?
この人たち、ミズハさんをただ利用したいだけなのに……。
「おおっ、ミズハさん、ありがとう!」
「ミズハさんにも賞金を分配しますからね!」
冒険者たちが歓喜する。誰もがこれで体勢を立て直せる、そう思い込んだに違いない。
でも。
「えっ、ちょっと。なんで?」
「なにやってるんスか、ミズハさん!?」
「どうしてハヅキの回復なんかしてるんですかっ!?」
ミズハさんの詠唱で、回復の蒼い光に包まれたのは勇者様だけだった。
重力球体と、その後に冒険者たちから受けた攻撃でぐったりとしていた勇者様。いまだ意識は戻らないものの、ミズハさんの回復魔法のおかげで顔に血の気が戻ってきた。
「ふ、ふざけんなよ! こんなヤツに回復魔法を使っちまって、何考えてやがるんだ!? あんた、もうすぐ消されちまうんだろうがっ! いいからさっさと俺たちを回復しろ!」
冒険者の一人が激怒して吼えた。
と思ったら、あっさり魔王様の炎弾で吹き飛ばされる。
正直、いい気味だと思った。魔王様、ぐっじょぶ!
ただ、クズな冒険者はともかくとして、叫んだ内容は気になる。
もうすぐ消される? それって一体どういう……
私は嫌な予感がして、隣に佇むミズハさんを覗き込む。
「そ、そんな……」
ああ、なんてことだろう。ミズハさんの体が淡く発光し、向こうにある景色がぼんやりと透けて見えた。
「ミズハさん!」
思いもよらぬ異常事態の連続に、ミズハさんの手を握ろうとする。
だけど、私の手はするりとミズハさんの手をすり抜けた。
「ううっ。……あ、そうか、これってそういう魔法なんですよね? そうですよね、ミズハさん!」
無理矢理そんな結論を出す私に、ミズハさんはそっと微笑むと小さく首を横に振った。
「魔法ではないぞ、キィ。姿を消すことは出来ても、存在そのものを消すことなぞ人間も魔族も出来ぬ」
おまけに魔王様まで、冒険者たちを片っ端に撃退しながら非情な現実を告げる。
「そんなことが出来るのは、神だけだ。ミズハは禁忌に触れ、神の怒りを買って処罰されるのだよ」
「禁忌って……一体ミズハさんが何をしたっていうんですか? 意固地になっている勇者様を説得してくれただけじゃないですかっ! どうしてそれが神様に怒られて言葉だけじゃなく、存在まで消されなくちゃいけないんですかーっ!?」
「キィよ、以前にも話さなかったか? 神はお前たち人間、いや、おそらくは余とて単なるモルモットとしか見てはおらぬ、と」
魔王様は私と会話しながら、なにやら詠唱を始める。
やにわに広がる黒雲を眺めつつ、私は思い出していた。
あれはそう、魔王様の下僕にさせられて、魔族の集会所に行った時のこと。大勢の魔族を前に、魔王様はステイタスカードを掲げて、そんな話をしたことがあった。
「そして我らをモルモットにして、神は何かを企んでおるのだよ。その企みがなんなのかは、余にも分からぬ。だが、よほど隠したいことらしい。なんせもし万が一にも企みの内容が漏れることがあれば、情報提供者の存在ごと無かったことにして、我らの記憶から抹消するという手の込んだことをしているのだからな」
どうして魔王様がそんなことを知っているのか。不思議には思ったけど、それどころじゃなかった。
だって、もし魔王様の言うことが本当なら……
「記憶から抹消って……そんな、それじゃあミズハさんは……」
「うむ。間もなく余たちはミズハという女性がいたことすらも覚えてはおらぬであろう」
ああ、やっぱり。
恐れていた最悪の答えに泣き叫びたくなる私の脳裏に、これまでの記憶が蘇ってくる。
どんな時でもいつも明るく振る舞っていたミズハさん。
みんなから嫌われ者の勇者様にも気軽に声を掛けてくれて、私みたいなナンチャッテ冒険者にも全然偉ぶったところもなく、普通の友達みたいに接してくれたミズハさん。
さっきだって私が絶望の淵に立たされているのを、懸命に引っ張りあげてくれた。
そのミズハさんが消えちゃう? しかも存在していたことも忘れちゃうだって?
そんな、そんなのあまりにヒドすぎるよ!
「存在を消すって……そんなの、情報だけ消せばいいじゃないですか? どうして情報提供者を……ミズハさんを消す必要なんてないじゃないですかっ!?」
「それだけ厳重な秘密である、ということだ。それに漏洩した情報を消すだけでは、提供者への戒めにはならぬだろう? 情報が至る所で四六時中漏れ出しては、さすがの神とて手が回らぬ。それよりも情報を漏らした者には厳罰を与えるシステムを整え、遵守させる方がよい」
話は……分からなくもなかった。
でも、それでも納得なんて出来ない! 出来るはずがなかった。
私は詠唱も佳境に入る魔王様に、さらに問いかける。
「だったらなんで神様はミズハさんに、そんな情報を教えたんですか!? ミズハさんも知らなければ、情報を漏らすこともなくて、消されることもなかったのに。なのにどうして!」
魔王様も私と同じ、世界の真実を知らされていない、モルモットな存在だ。
だから魔王様に問い詰めても仕方ないのは分かっている。
それでも言わずには、叫ばずにはいられなかった。
「これはまだ推測の域を出ぬが……」
そして魔王様から語られた言葉は、俄かには信じられないものだった。
「ミズハは知らされたのではない。最初から知っていたのだ。何故なら勇者病患者とは、神がこの世界の住民に乗り移る現象の可能性が高いからな」
魔王様の衝撃的な推測とともに、天高く広がる黒雲から幾筋もの稲光が冒険者たちめがけて疾走する。
大音響と光の氾濫が収まった時、冒険者たちは誰一人として立ってはいなかった。
神様が乗り移る。
確かに魔王様はそう仰った。
勇者病を発病した人は、神様に乗り移られているんだ、と。
突拍子もない推測だった。
だけど、言われてみれば、全て説明出来てしまう。
それまで冒険どころか、刃物ひとつ持ったことがない人が突然「俺、勇者だったんだ」と、それまでの生活を惜しげもなく投げ出して、いつのまに身につけたのか自由自在に剣や魔法を操って冒険へと繰り出す。思い出せば勇者様だって、勇者病にかかる前は単なるエロ息子で、剣を振り回す腕力どころか、街を歩き回る体力すらなかった。
さらには世間には勇者病を発病して、性格までがらりと変わった人もいるという。
どれも人が変わったというよりも、全くの別人になったと言ったほうがしっくりときた。
そして勇者病患者だけが知っているという、世界の真実。一般人にバラすと消されるなんてヤバい知識を、どうして勇者病の人だけが知っているのか? 神様から知らされたとなると、どうして神様がそんなことを教えたのか理由がさっぱり分からない。それよりも魔王様の推測どおり、最初から知っていたと考えた方がはるかに納得できる。
「それに勇者の『エーンではない一千万』という発言も、彼らが我らとは違う、別の世界での価値観を有している証拠だ」
魔王様が「興味深い」と言った勇者様の発言……てっきり勇者様の口からでまかせと思っていたけれど、こうなると俄かに真実味が帯びてくる。
「で、でも、それってやっぱり推測に過ぎないですよね?」
「うむ。であるから、余はミズハに確認せねばならぬ」
集まっていた冒険者たち全員を地にねじ伏せて、魔王様は悠々と私たちに近づいてくる。
「tq4u 0-gh9aq097hbaqe?」
もはや霞のように消えかかっているミズハさんが、驚いたような表情をしながらも、魔王様を睨みつけた。
「ん? キィ、何をするのだ?」
「魔王様こそ一体何をする気なんです?」
気が付けば、私は庇う様にミズハさんの前に立っていた。
これ以上ミズハさんが苦しむ姿を見たくなかったんだ。
ちょこっと口を滑らせただけで、神様に言葉を奪われ、存在さえ消されようとしているミズハさん。しかも、そこまでの危険を冒したのは、すべて魔王様を倒し得る勇者様を助けて、この世界を救いたかったからだ。なのに仲間の冒険者たちは勇者様なんておかまいなしに好き勝手なことをやって、ミズハさんの捨て身の行動を台無しにした。
そんな失意のまま消えていくしかないミズハさんに、追い討ちをかけるようなことをして欲しくはなかったんだ。
だけど。
「キィ、お前は何か勘違いをしている」
魔王様は私の頭をぐっと握ると、くいっと私というミズハさんを守る壁をあっさり退ける。
「うわん、イタイイタイ。魔王様、痛いからやめてー」
うう、魔王様は紳士だと信じていたのに。力任せに強行突破なんて、これじゃあ勇者様と変わらないじゃん。
「仕方なかろう、もう時間は残されておらぬのだ。キィにはあっちで詳しく説明してやる故に、今は大人しくてしておれ」
右手で私の頭を握ったまま、魔王様は左手をミズハさんの額に乗せた。掌そのものから発光される青白い光が、ミズハさんの体を包み込んでいく。
「ちょ、な、なにをしてるんですか? それにあっちってどっち?」
手足をばたつかせてなんとか逃れようとする私に、魔王様はいつもの、興味がビンビンに刺激されている時に見せるニヤリとした微笑を浮かべて言う。
「決まっておろう。本当のミズハが居るあちらの世界だ!」
「えっ?」とか。
「はい?」とか。
驚く暇なんてなかった。
一瞬にして。
世界が真っ白に染まった。
読んでくれてありがとうございます。
いやー、終わった終わった(話は全然終わってないけど)。
前回の後書きにもありましたが、ここ数話のパートで約半年立ち往生していたのです。それがようやく無事、形になってくれましたっ。ホント、疲れたよ。
しかし、アレですね、やはりプロット、特に重要な部分はしっかりと詰めて考えないとダメですね。その場のノリで、なんてもってのほかですね(ぇ
いい勉強になりました、はい。
それでは次回更新は11月15日金曜日、12:00頃を予定しております。
どうか次回も読んでいただけますよう、よろしくお願いいたします。