第三十一話 勇者病
「ど、どういうことだよ……これ」
その変貌に、フリート君が驚愕する声が聞こえた。
彼からしてわずか数メートルの地点に着地した、はずの紅のドラゴン。
が、一瞬にしてその巨体が、見知った幼い少女の体に変わる。
一体どういうことなのか、フリート君はすぐに理解出来なかったのだろう。ただ呆然と木の枝を持ちながら立ち尽くす彼に、幼女形態になったドラコちゃんはすたすたと近付き、
「っ!」
何も言わずにフリート君の頬を打った。
「何するんだよ!?」
頬を打たれてようやく我に帰ったのか、フリート君は抗議の声をあげる。 が、
「どうしてここに近付いたのじゃ!」
ドラコちゃんの一喝に、すぐにばつが悪そうに顔を背けた。
「わらわはここには近付くな、と忠告したはずじゃぞ。それを無視しおったばかりか、あろうことか妹のユズを守ることも出来ぬとは! 恥を知れ、フリート!」
今度はドラコちゃんの手は伸びない。
でも、ドラコちゃんの言葉は平手打ち以上にフリート君を打ちのめした。
俯くフリート君の頬を、再び涙が幾筋も流れ落ちる。
「だ、だって、こんなこと……こんなひどいことになるとは思ってもいなかったんだ……」
「……」
「なんだか知らないけれど冒険者がどんどん丘に集まっていって、俺、なんだかワクワクしたんだ。ユズはあんな性格だから怖がっていたけど、俺は大丈夫だって。何かあってもきっと冒険者が助けてくれるって!」
フリート君の語尾が急に強まる。
そして顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔に、悔しさ、憎しみ、軽蔑、そんな様々な感情がごちゃまぜになった表情を浮かべ、フリート君が振り返る。
彼の視線の先に、冒険者である私がいた。
「でも、あいつらは守ってくれなかった! 弱いものを助けるはずの冒険者が! ユズを! ユズを見捨て……っ!?」
冒険者への憎悪で紡がれる言葉。でも、その先をフリート君が繋げられなかったのも仕方がないだろう。
何故なら彼が理解を求めているドラコちゃんが、聞く耳持たないとばかりに無視したからだ。
フリート君から離れ、トコトコと私たちのもとへ歩いてくるドラコちゃん。地面に伏す私たちを見つめるドラコちゃんの瞳が、何故か妖しく光っているように見えた。
「ドラコちゃん?」
「キィ、わらわにユズを見せてたも」
けど、次の瞬間には瞳に哀憫の情を色濃く映すドラコちゃん。
あ、あれ、なんだろう。さっきのは単なる錯覚だったのかな?
戸惑いを感じつつも、私は言われたように抱いていたユズちゃんから離れる。
ドラコちゃんはユズちゃんの傍にしゃがむと、一言「すまぬのじゃ」と言葉を発し、彼女の頭に手をかざした。
途端、ユズちゃんの体が青い炎のようなものに包まれる。
「なっ!? おい、ユズになにをした?」
思わぬ変化にフリート君が慌てて駆け寄ってくる。
「騒ぐでない。今からユズを蘇らせるだけじゃ」
えっ?
しれっと言うドラコちゃんに私は驚きを隠せなかった。
見ればフリート君も私と同じようで、一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。
「お、おい、蘇らせるって……本当に?」
「わらわがウソなどつくものか。ほれ、見てみぃ。呼吸をし始めたじゃろ?」
かすかにユズちゃんの胸が上下にゆっくりと動いた。心なしかさっきまでぐったりしていた体も、どこか命の鼓動を感じさせる力強さが戻ってきている。
「あ、あ、ああああああああ!」
フリート君が感極まったようにユズちゃんの体に覆いかぶさった。
「ユズ、聞こえるかユズ? お兄ちゃんだ、お兄ちゃんだぞ!」
必死の呼びかけに、ユズちゃんはまだ返事をすることは出来ないものの、それでもかすかに微笑んで応えたように見えた。
「おおおおおお! ユズッ、ユズゥゥゥゥ!」
ユズちゃんを抱きしめるフリート君。目からは今日何度目だろう、涙が滝のように流れ落ちる。
よかった。
本当によかった。
一時はどうなるかと思ったけれど、とにかく何とかなったようだ。
正直、ドラコちゃんの正体やら、やらかしたことやらでまだまだ問題は山積みだけれど、こうして犠牲者を無事に救い出せたのは大きい。
「ドラコちゃん、こんなこともでき……」
無事にユズちゃんが回復し、気持ちの緩みを感じながら「すごいよ、すごすぎるよ、ドラコちゃん」と話しかけようとした私。でも、ドラコちゃんが険しく、それでいてどこか悲しげな表情を浮かべているのを見て、思わず口を噤んでしまった。
なんで?
どうしてそんな厳しい表情なの?
ユズちゃんは回復したんじゃないの?
ドラコちゃんの様子に様々な疑問が湧いて出て、私を再度不安にさせる。
「ドラコ! ありがとう! 本当にありがとう!」
だけどフリート君はドラコちゃんの表情もお構いなしに、ユズちゃんを抱きしめながらお礼を何度も何度も繰り返した。
その度にドラコちゃんの眉間に深い皺が刻まれるのを知らずに……。
するとほどなくして。
「おにい、ちゃん?」
フリート君の胸の中で、ユズちゃんが目を覚ました。
「ユズ!」
歓喜のあまり、ユズちゃんをさらにぎゅっと抱きしめるフリート君。
「おにいちゃん、そんなにぎゅっとされたら痛いの。それよりも聞いて、おにいちゃん」
ごめんと謝るフリート君に、でも、ユズちゃんは次の瞬間、予想もしなかった一言を発するのだった。
「お兄ちゃん、ユズね、実は勇者だったの」
どうしてこのタイミングなのか?
どうしてユズちゃんが勇者病を発病してしまったのか?
そんなの、私もフリート君も分からない。
呆然とするフリート君にドラコちゃんが苦しそうに一言「すまんのじゃ」とだけ謝った。
なんで?
意味が分からない。
さっき見せたドラコちゃんの厳しい表情の時よりも、さらに私は混乱する。
なんでドラコちゃんが謝るのだろう?
ユズちゃんが勇者病を発病したことと、ドラコちゃんの治療は何の関係もないはずなのに……。
それはフリート君も同じだったようで、戸惑いや疑問が入り混じった複雑な表情でドラコちゃんを見つめる。
言葉はなかった。
多分問い質したいことはいっぱいあると思う。
だけど勇者病を発病し、仮にそれがドラコちゃんの治療のせいだったとしても、結果としてドラコちゃんはユズちゃんを助けてくれた。なのに申し訳なさそうに謝ってきたドラコちゃんを追及する気にはなれなかったのだろう。
それに本当はもっと他のことも訊きたいに違いない。
例えば、そう。ドラコちゃんの正体、とか。
ドラコちゃんこそがユズちゃんをこんな目にあわせた張本人じゃないのか、とか。
しかし、それらを全て封印し、フリート君は沈黙を守る。
ユズが生きてくれていれば、それでいい。
何か言いたそうで、だけど何も言わないフリート君の表情からはそんな気持ちが見えて取れた。
疑問と沈黙に支配された空間に、再び眠りについたユズちゃんの可愛らしい寝息だけが響く……。
「……街に戻るよ」
ふとフリート君がユズちゃんを抱きかかえて立ち上がり
「ユズを助けてくれてありがとう」
改めてドラコちゃんに深々と頭を下げた。
「俺、考えが甘かった。どんなことがあってもユズを守れるつもりでいて、だけど守れなくて、なのにその責任を冒険者のせいにしてた。本当は俺が守ってやらなくちゃいけなかったのに」
今度は私に向きなおして、深々と頭を下げた。
慌てて私も同じように頭を下げる。
私、結局何もしてないもんなぁ。
もっともフリート君が冒険者へのわだかまりを解消してくれたのは素直に嬉しいわけで、ついいつものくせでえへらえへらと照れ笑いを浮かべる私だったりするのだけれど……。
――やっぱりそれぐらいでこのシリアスな展開が変わるわけでもなかった。
「ユズが勇者病にかかっちゃったのは驚いたけど、これは神様が与えてくれたチャンスだと思うんだ、俺。今度こそユズをしっかり守ってやれって……だから」
フリート君は私たちにはっきりと宣言し、ユズちゃんを抱きかかえて丘を降りていく。
彼の背中を無言で見送る私たち。
耳にはただ彼の言葉だけがいつまでも残った。
「俺も冒険者になる。そしていつの日か、あのドラゴンに借りを返してやるんだ!」
読んでくれてありがとうございました。
フリート君の最後のセリフに、なんとなくヨーン・バインツェルを思い出したのは自分だけでしょうかw
フリート君も、ああいうキャラに育ってくれたらいいな。
それでは次の更新は11月8日金曜日、いつものように12:00頃の予定です。
次回も読んでいただけると嬉しいです。




