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魔王様のゲーム  作者: タカテン
第二章 蘇った勇者様がクズすぎる
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第三十話 少年とドラゴン

 重傷者の多い爆心地はミズハさんに任せ、私は少し離れた場所の、火傷を負って意識不明の皆さんに次々と回復の薬を降り注いで回った。

 もがき苦しんでいた人たちが、まだ意識は戻らないにしても安堵な表情を浮かべる様子に、私の心も少しずつ晴れていく。

 今はとにかく何かをしたい。動いていないと色々な感情に押し潰され、一歩も動けなくなりそうで、私は急いで患者から患者へと休むこと無く駆けずり回った。

「キィおねぇちゃん!」

 そしてミズハさんから渡された火傷薬が心細くなった頃、不意に私の名前を呼ぶ声がした。振り返ると頭に大きなこぶを作っているものの、元気そうな男の子。ドラコちゃんの遊び相手で、名前は確かフリート君だ。

 とにかく無事そうで良かった。と、胸を撫で下ろす事が出来ないことは、彼の顔色から分かった。

 なんか嫌な予感がする……。

「おねぇちゃん、ユズが……ユズが!」

 ユズ……少しオドオドとした、可愛らしい女の子の顔が脳裏に浮かぶ。

「ユズちゃんがどうかしたの!?」

 私の問いかけにフリート君の顔がくしゃくしゃになる。

「ユズが死にそうなんだ!」

 自分の頭からさぁと血が引いていくのが分かった。

「ドラゴンの攻撃でみんな吹き飛ばされて……俺はただ岩に頭をぶつけただけなんだけど……ユズは冒険者の下敷きになっちゃって!」

 それもあろうことか、重厚なプレートアーマーに身を包んだ大男に押し潰されたらしい。そんなのが吹き飛ばされてきて、下敷きになってしまったら私だってただではすまない。

「それに、なんかおかしいんだ!」

「おかしいって?」

「誰も……冒険者の人たち、誰も助けてくれないんだ! みんな逃げるのに必死で、俺がいくらユズを助けてやってくれって言っても、誰も何もしてくれないんだ!」

「……なに、それ?」

 咄嗟にさっきの勇者様を思い出して、私は必死に頭を振る。

 冒険者のみんながみんな、勇者様みたいなジコチューばっかじゃない。

 むしろ冒険者は庶民の味方で、モンスターたちから護ってくれる勇ましくも心優しい人たちがほとんどだ。

 事実、私は子供の頃に何度も見聞きした。

 村を襲ってきたモンスターたちを、冒険者たちが必死になって押し戻す姿を。

 街道で襲われた商人を、冒険者が危機一髪で助け出した話を。

 困っている人がいたら助けてあげる、それが冒険者というものだ。

 ……確かに最近はかつてのような輝きはない。

 中には一日中酒場に居座るような冒険者だっている。

 それでも何かあった時には頼りになる存在のはずなんだ、冒険者ってのは。

 今にも死にそうな女の子を放っておくなんて、そんなのは冒険者じゃない!


 ……大丈夫。

 きっとフリート君の勘違いだ。

 冒険者たちは何か考えがあって、ユズちゃんに手を差し伸べないんだ。

 例えば、そう例えば、単純にユズちゃんは気絶しているだけだとか!

 焦っているのは私たちだけで、実のところ今頃はもうピンピンしてる、とか。

 そうだ。きっとそうだ。

 私は自分に言い聞かせてフリート君の手を取り、ユズちゃんの元へと丘を駆け下りていく。

 抉り取られて顕わになった地面を必死に蹴る。

 ぷすぷすと煙をあげて横たわる大木を躊躇せずにジャンプした。

 むき出しになった岩肌に何度も足を取られて転んだ。でも、すぐに立ち上がって、また走り始める。

 大丈夫。絶対に大丈夫。

 そう信じていても走らずにはいられない私たちに、非情な光景が飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。


「ユズ! ユズゥゥゥゥゥ!!!」

 フリート君が駆け寄るのを、私は呆然と見つめるしかなかった。

 丘の中腹とあって、ドラコちゃんが放った炎塊の被害はそれほどでもない。でも、大勢の冒険者たちが余波で吹き飛ばされ、恐れおののいて逃げ出したのだろう。地面を埋め尽くす小さな草花のほとんどが、無惨にも踏み潰されてしおれていた。

 そして冒険者たちが逃げ出し、誰もいなくなったその場所に、小さな女の子が打ち捨てられるように横たわっていた。

「ユズ、聞こえるか!? お兄ちゃんだぞ!」

 フリート君がユズちゃんの後頭部に手を伸ばし、わずかに持ち上げて話しかける。

「頼むから返事をしてくれよォォォォォ!」

 彼のお願いも空しく、ユズちゃんはぐったりとして返事どころか、指先ひとつも動かない。

 もしかして、もう……。

 最悪の事態を想像した私は、とっさに何も出来なかった。

 こんなの、私の手に負えない。

 私の持っているスキル・応急処置では瀕死状態からの回復なんて見込めないし、ミズハさんから貰った薬は火傷を治すだけだ……。

 あ、そうだ、ミズハさんを呼んでくればあるいは?

 どうしてフリート君にユズちゃんが危ないと告げられた時、ミズハさんを頼らなかったのか。致命的ともいえる判断ミスに後悔しつつも、まだ間に合うと信じて私は踵を返そうとする。

「……どこへ行くの、キィ姉ちゃん」

 私の足をフリート君の言葉が地面に縫い付けた。

「ユズを助けてよ。冒険者なんだろう? 弱いものを助けるのが冒険者の役目なんだろう? 早くユズを助けてくれよ!!」

だからそのためにミズハさんを呼びに行かなくちゃ!

 でも、睨んでくるフリート君が、私に反論の言葉を紡がせない。

「キィ姉ちゃんも他の冒険者たちと一緒かよ! 奴らも俺がいくら頼んでも見向きもしなかった。自分たちが逃げるのに精一杯で、誰もユズに見向きもしなかった!」

 ぽろぽろ、と。

 フリート君の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 そして。

「冒険者なんて……冒険者が弱い者の味方だなんて嘘っぱちだぁぁぁ!」

 小さな体にユズちゃんを抱き、フリート君の絶叫が荒れ果てた丘陵に響き渡る。

 そんなことはないよ……と言いたくても言えなかった。

 事実、フリート君は見てしまったんだ。

 冒険者たちが助けを求める自分の手を振り解いて立ち去る姿を。

 何もしてあげられない私の姿を。

 何度もフリート君の言葉が心の深いところでリフレインして、ようやく私はミズハさんが魔王討伐の人員を密かに集めていた理由を本当の意味で理解した。


 こんな自分達の姿を見せてしまってはいけなかったんだ……。


 苦しかった。

 悲しかった。

 何もしてあげられない自分が悔しくて、零れ落ちそうになる涙を堪えるために天を仰ぐ。

 もうもうと立ち込める煙。舞い散る火の粉。惨劇を作り出した紅のドラゴンの姿も、涙でぼやけていると思ったその時。

 私はドラコちゃんがこちらをじっと見ていることに気がついた。

 幼女姿の時とは違い、ドラゴンに戻った彼女の表情なんて私には分からない。でも、何故かドラコちゃんはすごく驚いているように思えて仕方なかった。

「あいつが……」

 気が付けばフリート君も私同様に空を見ていた。ただ、戸惑う私とは違い、瞳には明らかな憎悪が籠められている。

「あいつがユズを殺したんだ! あいつが! あいつがぁぁぁぁ!!」

 先ほど以上の絶叫が、私の心を締め付ける。

 フリート君はまだ、あのドラゴンが自分たちと遊び回ったドラコちゃんだって知らない。

 でも、騒ぎが収まって、魔王様とドラコちゃんの姿が街から消えた頃にはきっと正体を知ることになるだろう。

 その時、フリート君の心にどんな感情が浮かぶのか。想像するだけでも悲しくなった。

「おい、降りてこい! 降りてきて俺と戦えーっ!」

 ユズちゃんをそっと地面に寝かせると、フリート君は近くに落ちていた木の枝をぶんぶんと振り回してドラゴンに大声で呼びかける。

 ドラゴンが応えるように翼をばさっと大きく羽ばたかせた。

「そうだ! 来い! 降りて来やがれーっ!」

 フリート君が勢い付いて、さらに声を張り上げる。

 きっと彼は本気で今、ドラゴンを倒すつもりなんだと思う。木の枝いっぽんで。ちょっとした田舎の教会ぐらいの大きさを誇る伝説のドラゴンを。

 それは本来、笑い話にもならない夢物語だ。

 戦力が違いすぎる云々の前に、何の力も持たず、年端もいかない男の子を、誇り高きドラゴンが相手にするわけがない。それが常識だ。

 なのに今、ドラゴンが男の子の呼びかけに応じるように、明らかに高度を下げて降りてこようとしていた。

 ドラゴンが近付いてくるにつれて、翼が巻き起こす風が次第に強まってくる。私はユズちゃんの近くに駆け寄ると、彼女が飛ばされないようにぎゅっと抱きしめながら地面に低く這い蹲った。

 ただし、顔は決して下げない。

 強烈な風で目を開けるのも大変な中、ドラゴンを迎え撃つべく必死に踏ん張っているフリート君と、舞い降りてくるドラゴン――ドラコちゃんの邂逅から目を離せられなかった。


読んでくれてありがとうございます。

こんな作品でも一応プロットはございます。

が、そのプロットにはなかったキャラがフリートとユズです。

それが何を意味するのか……いつかそこまで描くことが出来たら幸せです。


では、次回更新は11月6日12:00頃を予定しております。

どうか次回もよろしくお願いいたします。

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