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魔王様のゲーム  作者: タカテン
第二章 蘇った勇者様がクズすぎる
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第二十九話 醜い笑顔

 冒険者が呆然と眺める中、翼をはためかせて悠然と滞空する紅蓮のドラゴン。やがて口元から漏れ出す炎が複雑に円を描いて、次第に大きな炎の塊を作り出す。

 初めて見るドラゴンの姿に当初は見とれていた冒険者の人たちも、にわかに危険を感じて我に返り、あたふたと逃げ始めた。

 正直、私も逃げたい。逃げ出して、勇者様も魔王様も関係ないどこかの村でひっそりと暮らしたい。もうこんなことに巻き込まないで欲しいよ、ホント。

 だけど事の真相と顛末を見届けるつもりらしいミズハさんが、私の逃亡を許してはくれなかった。

 もっともミズハさんにそんなつもりは一切ないだろう。

 ただ純粋に私を護る為に突然ぎゅっと抱きしめたかと思うと、ドラコちゃんの攻撃に備えて瞬時に張り巡らした耐火のバリアで私ごと包み込んでくれた。


 そして私たちが見守る中、ドラコちゃんの作り出した炎の塊が勇者様めがけて放たれる。

 魔王様の炎弾なんか比にならないぐらい巨大で、これまでの勇者様なら軽く五回は昇天できるほど。

 でも、それほどの圧倒的暴力を前にしても勇者様は怯まず、ソードフィッシュソードを目の前で構え

「ふん!」

 と気合の声と共に一閃、迫り来る炎の塊めがけて振りぬいた。


 瞬間。

 世界の全ての音が、爆音に飲み込まれた。


 慌てて逃げる重戦士の、ガチャガチャと鎧の鉄板がこすれる音も。

 恐怖のあまりに喉の底からあげた魔法使いの悲鳴も。

 魔王様の詠唱も、私をぎゅっと握り締めるミズハさんの吐息も、ドキドキと脈打つ私の心臓の鼓動すら、爆音が根こそぎ奪い去ってしまった。

 しかも奪われたのは音だけじゃない。

 爆発した炎塊の破片が飛び散って、私たちを包むバリアにもべちゃりと張り付いた。一瞬にして真っ赤に染まる視界。マグマがどろどろと蕩けて下へ滑り落ちていく様は、どこか人間の体液を想像させてゾッとする。

 何も聞こえない。何も見えない。状況が何も分からない。

 辛うじて自分が生きている、それだけは分かった。

 でも、周りの冒険者の人たちは? 勇者様は? 魔王様は?

 何も分からない事がこんなにも恐ろしいなんて思ってもいなかった。

 どうか。

 どうかみんな無事でありますように。

 祈る。

 必死に祈る。

 祈ることしか出来なかった。


 だけど、祈りが神様に届くことはなかった。


「ひっ!」

 その光景に思わず喉が痙攣する。

 バリアが解除され、視界を覆っていたマグマがばしゃんと地面に落ちた先に広がっていたのは――

 地獄の光景、だった。

 草花に覆われた地面は無残に抉られて地肌が剥き出しになり、マグマが四散し、至る所で火の手が上がっている。

 髪を揺らす心地よい風も、今は熱風となり息をするのも辛い。

 そして地獄の風景と化した世界に。

 人が。

 あれだけ集まっていた冒険者のほとんどが。

 吹き飛ばされ、薙ぎ倒され、圧倒的な力に蹂躙されていた。


 死んだ。

 とても多くの人が。

 この一瞬で。


 空には、もうもうと立ち上る黒煙の中でも決して輝きを失わない紅蓮の鱗を身に纏い、舞い上がる火の粉を伴って悠々と地上を見おろすドラゴン。

 なんで?

 なんでこんな酷いことをしたの、ドラコちゃん?

 あんなに色んな人から食べ物を貰って「人間は親切なのじゃ」って喜んでたじゃん。

 それなのにどうして、みんなを殺したの?

 問いかけは同時に、知り合って以来、魔族への偏見を変えてくれた魔王様にも向けられる。

 魔王様……ドラコちゃんを召還して、どうしてこんな惨事を引き起こしたんですか?

 魔王様は、そりゃあ魔族の王様だけど、でも決して人間全体を憎んでいるようには思えなかった。正直何を考えていたのか分からないところもあったし、私を囮にした作戦とか酷かったけど、でも根っこの部分は優しい人だと思っていたのに……。

 ううっ、全部、ウソだったんですか?

 私、騙されていたんですか?

 そんな私がバカなせいで、こんな悲劇が起きてしまったんですか?

 私が街に行きたいって言ったから。

 私が魔王様とドラコちゃんを連れてきたから。

 私が魔王様にそそのかされて、ドラコちゃんを仲間にする手伝いをしてしまったから。

 私さえ判断を誤らなければ、誰もが今頃は何事もなく平穏ないつもの一日を過ごせていたんですよね。

 それってつまり。

 炎の塊を吐き出したドラゴンが。

 そのドラゴンを召還した魔王様が。

 ふたりをこの街に連れてきた私が。


 ――みんなを殺したって事じゃないですかっ!


「あ、あ、ああ……」

 叫びたいのに声がでない。

 絶望で真っ黒に染まった心の底なし沼に堕ちていく私を、しかし、救い出そうと手を伸ばしてくれたのはミズハさんだった。

「まだ! まだ大丈夫だよ、キィちゃん!」

 ミズハさんが私の体を激しく揺らす。

「大丈夫?」

「そう、大丈夫。みんなまだ辛うじて生きてるもん! 今ならまだみんなを助けられる!」

 生きている……そう言われても俄かには信じられなかった。

 だって、多くの人が死んだように地面に這い蹲って動かないよ、ミズハさん?

「今はみんな気絶してるだけだよ。だけど火傷を負ってるから、このままでは危ないかも。お願いキィちゃん、手を貸して」

 ミズハさんが腰から吊るしていた小さな巾着袋のひとつを外すと、まだ放心状態の私の手にしっかりと握らせる。

 小さいくせに、ずしりと重かった。

 中を覗いてみると、無数の小瓶がひしめきあっている。

「それ一瓶で一人の火傷を治すことが出来るから! みんなの体の上から降り注ぐだけで効果があるからさ……お願いね!」

 私の肩に両手を置くミズハさん。

「まだ大丈夫。みんなを助けられるかどうかはキィちゃんにかかってるんだよ!?」

 その言葉にようやく私の中に希望が灯り始める。

 助けなきゃ。

 とんでもない事を引き起こしてしまったけれど、まだ間に合う。絶対、みんなを助けるんだ。

 そしてみんなを助けたら謝ろう。みんなを騙していたこと、酷いめにあわせてしまったこと、きっと許してくれないと思うけど、ちゃんと謝ろう。

 託された希望に力強く頷く私を、ミズハさんは「よし、キィちゃんはもう大丈夫だね!」とニッコリ笑ってくれた。

「じゃあふたりで手分けして、みんなを助けるよ!」

 ミズハさんは早速駆け出して一番近くに倒れていた鎧姿の剣士の傍に肩膝をつくと、回復魔法の呪文を唱え始める。魔法剣士として名を馳せているのに、しっかりと高等回復魔法まで取得しているあたり、これまでも多くの冒険者とパーティを組み、様々な役割を果たしてきたミズハさんらしかった。

 ホント、戦闘で目立ちたいがために、自分の攻撃力をあげることしか考えないうちのバカタレ勇者様とは大違いだ。

 と、そこでようやく勇者様たちの事を思い出した。

 そうだ、ドラコちゃんから放たれた炎の塊に対し、剣を一閃した勇者様。爆発はその瞬間に起きた。つまり勇者様は爆心地にいたわけで、ダメージたるや想像も出来ない。ただ、確実にお亡くなりにはなっているだろう。

 だけど、他の人たちとは違って最近では復活癖がある勇者様だ、私が呆然としている間にひょっこり生き返っているに違いない。今は少しでも人手が欲しいところ、勇者様にも手伝ってもらおう。

 対して魔王様は……もちろんダメに決まっている。あの人がドラコちゃんを召還して、この惨事を引き起こした張本人なんだ。いい人だと思った時もあったけど、やっぱりは魔族の王。人間と敵対する存在なんだ。

 魔王様とのやりとりを思い出すと、胸の奥が熱くなった。

 でも、今は傷心に囚われているヒマはない。早くみんなを助けなくちゃ。そのためには勇者様の手でも借りておきたい。

 私は悲劇が起きる前にふたりが対峙していた場所へと視線を移し――


 恍惚とした表情を浮かべ、笑っている勇者様を、見た。


 嫌な表情だった。

 知らない人が見たら、まるでこの惨状を勇者様が作り出したような、心の底から湧きあがってくる愉悦を押さえ込むような悪人の顔。 

 ……いや、正確に言えば、自分のことしか考えないゲスな表情だった。

「……スゲェ」

 勇者様がぽつりと呟く。

 が、改めて己の体を見回し、状態を確かめると、

「スゲェ。スゲェぞ、この鎧。あんな攻撃を喰らっておきながらダメージが全然ねぇ!」

 興奮のあまり元の口調に戻って騒ぎ立てた。

「よし。よし! よぉぉしぃ!! これなら絶対魔王に勝てるぞ、コンチクショーー!」

 ……勇者様にとって目の前に広がる地獄絵図は、自分の自信を確信に変える現象でしかないらしい。

 って、おバカにもほどがあるよ、この人っ。


 マジで頭にきた!!


「勇者様のバカー。そんなこと言ってないでみんなを助けてあげてよ!」

 お願いには程遠い、怒気を孕んだ口調なのは自分でも分かってる。

 でも、抑えきれなかった。

「はぁ? そんなもん、お前たちでやっとけ。俺様は今忙しいのだ」

 なのに勇者様ときたら他人顔。

 ムキー、めっちゃ腹立つ!

「そんなもん? そんなもんって何ですか!? みんなが死にそうなんですよ、助けてあげないと!」

「知るかっ! 死にたいヤツは勝手に死んでろ!」

「勝手に死んでろって……」

 勇者様との付き合いは長い。だからどんな人なのかは理解しているつもりだ。

 だけどさすがに絶句した。

 目にも止まらないスピードで攻撃を繰り出せる剣と、ドラゴンが放つ巨大な炎の塊すらものともしない鎧を手に入れて、魔王様を倒す手はずが整ったのは分かる。

 でも、いつでもいいじゃないですかっ、魔王様とのバトルなんて。

 今はそれよりもみんなを助ける方が何倍も、何十倍も、何百倍も大切なんじゃないですかっ!

「勇者様っ、前からバカだバカだと思ってはいましたけど、こんなに大バカだとは思ってもいませんでしたよっ!」

「なにぃ、貴様、メイドの分際で俺様に大バカとはなんだっ!」

「もう大バカな勇者様なんて知りません! 勝手に魔王様と戦ってればいいんですっ!」

 私は勇者様に背を向けると、その場から逃げるように駆け出した。

 背中に勇者様が怒鳴る声がぶつかってきたけど、心に届かない声はもはや騒音と何ら変わりない。

 ただ、何故か視界がぼやける中、私はやるべき事をやるべく、助けを求める人の元へと急いだ。


読んでくれてありがとうございます。

シリアスです。ええ、めっちゃシリアスです。

シリアスすぎて、なんか別の作品を書いているんじゃないかと錯覚しました。

ああ、コメディだった頃が懐かしひ


次は11月4日月曜日、12:00頃の更新を予定しています。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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