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魔王様のゲーム  作者: タカテン
第二章 蘇った勇者様がクズすぎる
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第二十八話 終焉

「ハヅキだ! ハヅキが来たぞ!」

 宣言してからきっかり二時間後。

 どこからかそんな声が聞こえたかと思うと、人だかりがささっと左右に分かれた。

 その中央を一人歩いて、私たちのいる丘の頂上に向かってくる者がいる。

 正直に告白すると。

 私は咄嗟に勇者様だとは分からなかった。

 それぐらい私の知っている勇者様じゃなかったんだ。

 いつもは適当に伸ばしている髪の毛をうなじ辺りで縛り、勇者様が力強く足を進める度に背中でリズミカルに跳ねる。

 それはサムライと呼ばれるクラスのヘアースタイル……ってことは、勇者様、いつの間にかクラスチェンジしたんだ。

 しかも変わったのはヘアースタイルだけじゃない。身を包む鎧はおろか、手にした得物まで従来とまるで違っていた。

 これまでのヘビープレートによる重装備から一転、漆黒のレザースーツは体にぴったりと張り付き、レベル99にまで登りつめた勇者様の肉体を見事に誇示していた。

 加えて手にするのはお馴染みの鉄板を重ね合わせたような大剣とは真逆の、すらりとわずかに曲線を描く細身の剣。レイピアほど細くはないものの、ブロードソードよりも明らかに刃幅がない。

 なのに見るだけでゾクリと背筋に冷たいものが走るのは、刃に走る波の様な光沢のせいかな。大剣の時はあんなのでぶっ叩かれたら痛くて死んじゃうヨと思ったけれど、今回のは痛みすら感じる暇もなく命を絶たれるような、文字通り生と死を分断する純粋な殺傷力に満ち溢れていた。

 でも、髪や装備云々よりも一番違っていたのは……勇者様の表情だ。

 大勢のギャラリーの前におどおどすることもなく、それでいていつものように自己顕示欲が顔面に張り付いたような顔でもない。

 あんな偉そうなことを宣言しての登場だけにもっとガハハハと自信満々に笑いながら登場するかと思っていたのに、今、一歩一歩頂上へと登ってくる勇者様はただただ冷静で、程よい緊張に顔を引き締めた、立派な冒険者の顔付きだった。

 そんな勇者様の様子に、私は気がつけば体を震わせていた。

 なんで震えたのかって? 

 そりゃあもちろん……

「待たせたな。約束どおり面白いものを」

「私の百三十万エーン返せー!!」

 例の超高価素材で装備を新調してしまった勇者様に怒りで打ち震えた私は、問答無用の必殺股間蹴りを食らわしてやったのだった。


 ところが。

「キィよ、残念ながらもはや拙者には効かぬのだ」

 勇者様、股間に私の超必殺技を受けながらもびくともせず。しかも冷ややかに私を見つめながら、自分のことを「拙者」とか言ってきたよ!

 言っちゃ悪いけど、勇者様、ちょっと自分に酔いすぎじゃないデスカ?

 でも、悔しいけど、勇者様の気持ちも分からなくはない。

 なんせこれまで勇者様を苦しめてきた、私の必殺股間蹴りも無効にしてしまうほど、超高級素材インセ樹で作られた漆黒のレザースーツは衝撃吸収力抜群だったんだ。

「ううっ、勇者様ズルい! 私にナイショで素材を換金しなかったばかりか、こんなスゴイ装備まで作っちゃって!」

 そりゃあ思わず愚痴も出ちゃうってもんですよ。

「すまぬ、キィよ。お前に黙ってこのような絶対無敵な鎧を作ってしまった上に、カッコよさまでぐんと跳ね上がってしまった超絶美形な拙者を許してほしい」

 だけど、その返事がまたムカつくわけで。

 何が許してほしいですか!?

 てか、口調は落ち着いているけど、言っていることは以前と全然変わってませんね、勇者様っ! いや、むしろ、落ち着いている分、ムカつき度が上がってますヨ!

「だが、拙者もただで許してくれとは言わぬ」

 ほ? それってもしや?

「え? あ、あれ? もしかしてあるのかな、私の取り分百三十万エーン?」

「金はない。が、拙者をハゲとか、足臭いとかぬかした数々の暴言を許してやろう」

「ふざけるなー!」

 私は駄々っ子みたいに股間蹴りを連発する。が、悉くふにょんとレザースーツに吸収された。ぐぬぬ、なんてこったい。

「さぁ、おふざけはここまでだ。キィ、下がっておけ。ここはもうすぐ戦場となるぞ」

 だけど勇者様は私をやんわりと退けて、澄ました顔で私の傍を通り過ぎる。背中で束ねた髪が、丘を吹き抜ける風にひらひらと舞っていた。

 うう、くそう。勇者様のくせになんかカッコイイじゃないか。

 なんだか妙に悔しくて、私はますますこのままでは引っ込めない気持ちになった。

 あ、そうだ、何も肉体にダメージを与えるばかりが攻撃ではない。精神に攻撃を与える方法もあるじゃないか。

 格好良く登場したところで、いきなり背後からの膝カックン。コイツは恥ずかしいぜ、ぐふふのふ。

 私は咄嗟に閃いた作戦を実行すべく、勇者様の背後にすすっと近付く。

「待たせたな」

 勇者様の声が響く。

 私は背後で勇者様の膝裏をめがけ

「魔王、今日が貴様の命日だ」

 膝を突き出そうとしたものの

「うぎゃ!」

 膝を出す前に突然額に何かが当たり、衝撃で私は吹き飛ばされてしまった。

 それが勇者様の攻撃モーション、魔王様に剣を突き出す動作の中で軽く後ろに引かれた勇者様の肘が当たったってことすら分からなかった。

 ただ、突然何が何やら分からないまま後方に吹き飛ばされ、突き出た岩に強かに頭を打った私の耳に

「魔王?」

「魔王だって?」

「あいつが? まさか?」

「だけど、あの攻撃を受け止めるなんて芸当を出来るってことは……」

 なんて周りの声が聞こえてきて、遠のいてしまいそうな意識を必死につなぎとめてくれた。

「キィちゃん、大丈夫?」

「ううっ、痛いですー。もう、一体なんなんだよぅ、勇者さまぁ」

 慌てて駆けつけてくれたミズハさんに思わず愚痴る。

「よかった。だったら教えてくれないかな、キィちゃん」

 でも、ミズハさんは私の無事を確認するやいなや核心に迫る。

「あの人が! パトさんが魔王って本当なの!?」


 ミズハさんの質問の途中ですが、ここでちょっと薀蓄を。

 武器職人曰く、ソードフィッシュの角を加工して作り上げた剣は鋼よりも硬く、それでいて羽のように軽いのが特徴だそうだ。あまりにも軽いので本来の攻撃力を引き出すのは至難の技だそうだけど、使いこなせれば圧倒的な攻撃速度で敵に反撃の暇すら与えない。

 ましてや

「勇者よ、余の正体を隠すように言ったのはお前ではなかったか?」

 ……突然のソードフィッシュソードの攻撃を避けるだけでなく、

「ふん、貴様を倒す手段を得た今、もはや隠す必要もあるまい、魔王よ」

 ……その刀身を中指と人差し指で挟み、

「そうか。今度こそ余を楽しませてくれよ」

 ……攻撃を受け止めるなど

「ぬかせ。てめぇはここで」

 ……ありえないはずだった。

「死ね!」


 勇者様は刃を返し、剣を魔王様の指から引き抜くと両手に持ち替えて一度構え直した。胸の前あたりで柄を握り、高々と持ち上げた刀身に陽の光が反射する。魔王様が眩しそうに目を細めるのを、勇者様は決して見逃しはしなかった。

「きぇぇぇぇぇいいいいい!!」

 気合の篭った発声とともに繰り出されるのは、魔王様の顔面を狙った無数の突き、だと思う。

 思うって、直に見ているにも関わらず表現が曖昧なのは、だって勇者様の攻撃が早すぎてよく見えないからだ。

 刀身も、勇者様の腕も、まるでそこだけ水平に土砂降りの雨が降っているかのようによく見えない。

「すごい。ハヅキ君の攻撃も凄いけど、パトさんもあんな連続攻撃を紙一重でかわし続けるなんて信じられないよ。やっぱりあの人が魔王……」

 ミズハさんが感嘆の声をあげる。

 確かに。傍から見たらその通りだろう。

 だけど、これまでの魔王様と勇者様とのやり取りを知っている私からしたら、全く違うところに驚きがあった。

 だって私には魔王様が、勇者様の攻撃に対して一切避けているようには見えなかったからだ。

 おそらくミズハさんにも同じように見えているんだと思う。だけど、攻撃が当たっていないから、魔王様が紙一重でかわしていると錯覚しているのだろう。

 違う。そうじゃない。

 魔王様は間違いなく、何一つ回避行動を取っていない。

 思い返せば最初に勇者様がレベル99になって魔王様に決闘を申し込んだ時、魔王様は結構派手に動き回った。

 勇者様の攻撃に魔法障壁を張り、半身を動かし、バックステップすらしている。

 でも、戦いを繰り返して行くうちに、回避行動はあまり目立たなくなったように思う。

 そして今、高額素材による強力武器を手に入れ、おそらく勇者様がこれまでで一番のパワーアップを遂げたにも関わらず、魔王様は一歩も動かない。

 理由はただひとつ。魔王様が勇者様の一撃必殺というパーソナルスキルを完全に理解し、確信に至ったからだ。なんせ勇者様の攻撃は基本的に最後の一撃しか当たらない。だと分かれば、避ける必要なんてない。勝手に攻撃が外れてくれる。

 だけど、それでも殺意が十分こもった攻撃にピクリとも反応しないのは信じられない精神力だと思う。いくら当たらないと分かっていても、体が勝手に反応してもおかしくないはずなのに、それを克服してしまうあたり、さすがは魔王様であり、このタイミングで実行してしまうのも、さすがは魔族の王だった。

「信じられねぇ。あれだけの攻撃が当たらねぇなんて」

「どうやったらあんなのに勝て……おい、なんだ? なにか聞こえないか?」

 勇者様の攻撃を一切受け付けない魔王様の姿に、集まった冒険者の一部に動揺が走る中、どこからか合唱団が唄う賛美歌のような高音と低音が織り成すハーモニーが聞こえてくる。

 ただ、合唱団と違って複数の人間の存在は感じられない。例えるならひとりの人間が高音パートと低音パートを同時に詠っている様な不可思議な詠唱。そう、私はこれが何者によって生み出されたかを知っている。音色は以前聞いたものとは違うけれども、これは……。

「これって……まさか!?」

 ミズハさんが驚愕に目を見開くのと同時だった。

「おい! なんだよ、アレは!?」

 いち早くソレを見つけた冒険者が指差して叫ぶ。

 陽が昇る方角。すでに陽は頭上高くを通過し、今や徐々に傾こうとしているけれども、それとはまた別に赤く光る何かがこちらに向かって飛行していた。

「そ、そんな、アレは……」

 突如として現れたその姿に、冒険者たちが絶句する。

「まさか、ドラゴン!?」

 全身を燃え盛る炎の如く真っ赤に輝く鱗に身を包み、水平に広げられた両翼をやや上方にしならせた姿がどんどん大きくなっていく。

 紅蓮のドラゴン、ドラコちゃんだ。

 きっと先ほどから魔王様が唱えている呪文は、彼女の召還だったのだろう。


 ここにきて私は、ようやく事態がもう後戻り出来ないところまできていることを悟った。

 魔王様の正体をみんなに明かしてしまった勇者様。

 勇者様の攻撃を平然と受け止め、実力を隠そうともしない魔王様。

 おまけにドラコちゃんまで真の姿を晒してしまった。

 今はまだドラコちゃんと、突如として現れたドラゴンを結びつける人はいないだろう。でも、魔王様の召還に応じて登場し、今まさにトレードマークでもある炎を吐き出さんとする様子から、正体に気付くのも時間の問題だと思う。

 もはやパトさんとドラコちゃんという旅芸人コンビというウソは通用しないに違いない。

 平穏な毎日はこうして突然終わりを迎える。全ては……

「ああ、もう、勇者様のせいでめちゃくちゃだぁ!」

 例によって例の如くうちのスタンドプレイにもほどがあるバカタレ勇者様を呪いながら、私は集まっていた冒険者の皆さんが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのをただ呆然と見守るしかなかった。


読んでくれてありがとうございます。

強力な装備を手に入れて、勇者が懲りもせずまたまた魔王に挑戦です。

このあたり、RPGでレベルが上がるたび、ちょっと強い武器を手に入れるたびに、それまで勝てなかった敵に無謀にも挑んでしまう作者の性格がそのまんま反映しておりますw


次回は11月1日金曜日、12:00頃の更新を予定しております。

どうかよろしくお願いいたします。

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