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魔王様のゲーム  作者: タカテン
第二章 蘇った勇者様がクズすぎる
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第二十三話 勇者様の事情と私の混乱

「くそう。あんなの、さすがに反則だろう」

 行き交う人々で賑わう第二城門を抜けても、勇者様は相変わらず不満たらたらだった。

「まぁ、結果オーライだからいいじゃないですか。結局、勇者様のアイデアが冴えていたからこそ、ですよ」

 そんな勇者様をヨイショしてなだめつつ、私は先ほどの光景を思い出していた。

 魔王様やドラコちゃんの身分を隠す為に、あえて目立つことで旅芸人として印象付ける必要があったのだけど、その演出と効果たるや絶大だった。

 なんせショーが終わった途端にふたりの周りには大勢の人が集まり、ほどなくしてその中心から「おーい、キィ。皆様方が『マンモス亭』で我らに食事をご馳走してくれそうだ。そちらの用事を済ませたら迎えに来てくれ」と魔王様の声が聞こえてきたほどだ。

 ここで別れるのは少し不安だったけれど、でも、咄嗟にあんなことをやってのける魔王様だ。たとえ何かヘマをやらかしたとしても、上手く誤魔化して正体がバレることはないだろう。

 しかし、それにしても。

 私は魔王様がみんなに肩を抱かれたり、パンパンと親しげに叩かれたりしながら、マンモス亭へと移動する姿を思い出して苦笑する。

 あんなのを披露したらゴチにありつけるのも分かるけど、魔王様ともあろうお方が人間に奢ってもらうのに全く抵抗がないというのもなぁ。なんというか、どんどん魔王様のイメージが庶民派になっていくヨ。


 とにかくそんなわけで魔王様とドラコちゃんをマンモス亭に残し、私たちは高級素材を売りさばいてリッチになるべく、素材屋へと向かっていた。

 本音を言うと、出来ればその前に身奇麗にしておきたかったのだけれど、なんせ今の私たちは素寒貧。クリーニングにかかる五百エーンすら今は手持ちがないのだから仕方ない。ううっ、また店のおねーさんに「キィちゃん、もうちょっとお洒落に気を使いなよ」なんて言われるんだろうなぁ。私だってお洒落したいよ、ちくしょうめ。

 でも、高級素材さえ無事に売り捌くことができれば、そんな生活とはおさらばだ。さすがに勇者様にバレてしまった以上、すべてを私の懐に収める野望は儚く散った。けど、それでも冒険で得たお金の最低一割は従者に支払わなければならないとギルドの規約にもある。さすがの勇者様もこれまでブツブツ言いながら、規約は守っていた。破ると最悪ギルド除名もありうるだけに、今回も遵守される可能性が高いだろう。

 となると、私の手元には一千三百万エーンの一割である百三十万エーンが入ってくる計算になる。これだけでも相当な金額だ。なんせ冒険者に優しい簡易食事店「マックン」の十エーンマックンクンが十三万個食べられる!  わお、お金持ちってすばらしひ。

 他にもアレが欲しい、これも買い換えようなんて妄想を繰り広げていたら、自然と素材屋へ向かう足取りが速くなっていた。気が付けば素材屋はもうすぐそこ。私は思わず小走りで駆け出そうとして……

「ぐぇ」

 頭を勇者様に掴まれて、変な声をあげてしまった。

「い、いきなりなにするんですか、勇者様!? 危うく頭がもげちゃうところだったじゃないですかっ!」

 もちろん、私は抗議する。でも、勇者様は険しい顔をして、ひとこと

「お前、臭うぞ」

 と、乙女に言ってはならない言葉をいきなり投げかけてきやがりましたよ。

「なっ!?」

「さっきから俺たちとすれ違う奴らがみんな眉をひそめてやがるのに気が付かなかったか? アレ、絶対お前の体臭のせいだぞ」

 えええええっ!? うそん、そんなの全然気付いてなかったっ。

 てか、言われてみれば、確かに周りの人たちが険しい表情で私たちを見ているような気がする。ええっ、ヤダ、私だって好きで臭くなったんじゃないんだよぅ。これも全部貧乏が悪いんや……。

「ほれ、素材の方は俺がやっておいてやるから、お前はアリサの店に行ってこい」

「ふえ? でも、お金が」

「ふふん、これを見るがいい」

 と、勇者様が指先でくるくる回すのは紛れもなく五百エーン硬貨だっ。

「ええっ!? なんでお金を持ってるの? カジノで素寒貧になったんじゃなかったんですかっ?」

「覚えておけ、キィ。俺たち冒険者はいつ死んでも身を清めることが出来るように、最低限の金は持っておくべきものなのだ」

 へへーっ、初めて知りましたっ。

 とゆーか、最初に勇者様がお亡くなりになった時、その身を清めるとか考えつきもしなかったヨ。ゴメン、勇者様。

「しかし、遺憾ながら今はこの金をお前にやる。何故ならそんな臭い体で一緒に素材屋に入れば、恥をかくのはご主人様である俺様であるからな」

 そして勇者様は私の手に五百エーン硬貨を握らせた。

 たかが五百エーン。されど五百エーン。勇者様の言葉はあんまりだったけれど、今はこの身体をなんとかしたかったから、とてもありがたかった。

「あ、ありがとうございますっ。で、でも、素材を勇者様に任せるなんて」

「ふん、たまには俺がやってやる」

「あ、いや、そうじゃないんですけど……」

 正直なところ、換金したお金をネコババするんじゃないか心配なんだけど、さすがにそれを口にするのは憚れた。まぁ、仮にネコババしても、素材屋からギルドに報告された換金金額を確認すれば悪事は一発で見抜くことが出来るし、問題ないかな?

「えーと、それじゃあ、申し訳ないんですけど、お願いします」

 私は背中にくくりつけたインセ樹の実を勇者様に預けると、手渡された五百エーンを握り締めてアリサさんの店に急ぐのだった。


 ちなみに。

 周りの注目を集めていた理由が、トゲトゲしたインセ樹の実を背中にくくりつけるというアバンギャルドすぎるファッションであったことを私は後に知ることになり、激しく後悔するのだけれども。

 この時の私はそんなことを知る由もなかった。


 路地裏にひっそりと店を構えるアリサさんの店は、言うならば服飾の何でも屋さんだ。

 衣装や生地、裁縫道具などの販売はもちろんのこと、破れた衣装の補修や寸法直しもやってくれる。それらサービスのひとつにクリーニングがあるんだけれど……

「ほら、ちゃっちゃっと服を脱ぐんや」

 来店した私を見るなり、他のお客様がいないのをいいことに、アリサさんは私のエプロンに手を掛けてきた。

「うわわ。ちょ、ちょっといきなり何をするんですかーっ!?」

 鼻息荒い店主の行動に、慌てて抵抗する私。でも、その抵抗も空しくエプロンを外されたかと思うと、ワンピースのスカートの裾を持ち上げ、

 すぽーん

 と、一気にまくりあげた。

「うわ、うわわわわ、うわわわわわわ!!!」

「こら、暴れるなや。上手く服を脱がせられへんやんか!」

 暴れるなと言われてもですね。私、今、とんでもない格好をさせられているんですけどっ。てか、私、パンツはいてないんですけどぉぉぉぉぉぉ。

「ううう、もうお嫁に行けないよぅ」

 結局、私は身ぐるみ歯がされてしまった。うわん、お店に入ったらいきなり服を脱がされてすっぽんぽんって罰ゲームにもほどがあるよ。

 でも、そんな私には目もくれず、アリサさんは回収したメイド服一式に不敵な笑顔を浮かべると「これは洗い甲斐があるでぇ」と呟いてお店の奥へと引っ込んでしまった。

 ちょ、ちょっと。私をこんな格好にして置いてけぼりなのっ!?

「アリサさんのひとでなしーっ」

 私は涙目で一言叫ぶと、カウンターに五百エーンを置いてそそくさとお店の片隅にある扉を開く。

 中はこじんまりとした脱衣場で、その部屋の奥には湯気で白く霞んだガラス張りの扉があるのだった。


「いやぁ、生き返ったヨ」

 入店時に受けた辱めもなんのその、アリサさんのお店に併設されたお風呂をいただいたら、そんなのどうでもよくなっていた。だってアリサさん、女だし。今までも脱衣場で裸の姿を見られたこよもあるし。いきなり脱がされたから驚いたけど、何か大切なものを失ったわけでもない。

 まぁ、他のお客さんがやって来たら別だったけれど。

 でも、よくよく考えたら、その心配もほとんどないのだった。

 だってアリサさんのお店は、こんな感じに服のクリーニングが終わるまで店内をバスローブ一枚で出歩いても支障がないぐらい、閑古鳥が鳴いているお店なのだから。

「はしたない子やなぁ。そんな姿で店内うろついてもろたら困るでぇ、キィちゃん」

 店内に展示されていた冒険者用メイド服を物色していたら、アリサさんが奥の部屋から出てきた。はしたないもなにも、さっきはあなたに店内で丸裸にされたんですけど、と思ったものの、その手に新品同様にクリーニングされた私のメイド服が抱かれているのを見て言葉にするのはやめておいた。さすがはアリサさん、仕事が早い。

「いやぁ、しかし、今回のはなかなかにクリーニングのし甲斐があったでぇ。どしたん、牧場でも行ってきたんか? なんや牛の臭いが染みついとったけど」

「あはは。まぁ、そんなところです」

 私はメイド服を受け取りながら、適当にごまかす。さすがに言えない。酔っ払ってミノタウルスにからんでましたなんて、とても言えない。

「あ、そだ」

 それよりも私はアリサさんに質問したい事があったんだ。

「アリサさん、せっかくクリーニングしてもらっておいてアレなんですけど、これよりもレベルの高い冒険者メイド服って今あります?」

 展示されているメイド服はどれもきらびやかだけど、性能的にはイマイチよく分からない。こういうのはやはりその道のプロに聞くに限る。

「なんや? 衣装替えを考えとるん?」

「えへへ。まぁ、ね」

 自分でも今、ちょっと得意げな顔をしているなぁと思う。でも、自制するのは難しかった。なんせ今頃、あの素材が売れて勇者様は大金を手にしているはず。そのうちの私の取り分が百三十万エーンだから、メイド服を新調するぐらいわけがないのだから。

「ふーん、焼肉屋でも始めて儲かったんかいな?」

 いや、牛関係ないッス。アリサさん、ネタ引っ張るのやめて。

「でもあらへんで。キィちゃんのメイド服より上等のヤツなんて」

「……はい?」

「自分、その服が幾らしたか、知らへんの?」

 アリサさんが指差すのは、言うまでもなく、私の腕に抱きしめられているマイ・メイド服。確か勇者様が私の身体データを盗み見してオーダーメイドしたとか言ってたから、そりゃあ出来前のヤツより値が張るのは分かるけど……え、なに? これ、そんなに高級品なの?

 頭の上にクエスチョンマークを出す私に、そっとアリサさんが耳打ちする。

「えっ? えーーーーーーーーーーっ!!!」

 思わず声を張り上げた。

 だって、トンデモナイ値段だったんだ。それだけあったら勇者様の大好きなカリカリ君を一生食べられるし、下手したらそれなりの屋敷だって持つことが出来る金額だ。

「ちょっ、気持ちは分かるけど、こんな近くでそんな大声上げたらあかんやん。耳がキーンしたわ」

「ア、アリサさん、今の金額、本当に?」

「うん。だって販売したの、うちやし。その代金でこの道楽が出来てるさかいなぁ」

 ああ、お客さんが全然いなくてもやっていけるのって、その時のお金のおかげなんデスネ。

 って、今はそんな事よりも。

「ど、ど、どうして勇者様が私のメイド服にそんな大金を支払うんです? セコくて、自分勝手で、私をイジるのを生き甲斐にしているような、あの勇者様ですよ?」

 え? え? ええ? なんだか言っていて、ますます信じられなくなった。うん、頭の中がパニックだ。

「んー、その理由を私の口から言うのはなぁ」

 でも、アリサさんは普段と変わらない様子で、頭をポリポリかきながら

「まぁ、勇者はキィちゃんに死んでもらいたくないんやろうな」

 そんな学会で発表したら大笑いされそうな珍説をのたまうのだった。

「いやいやいや、そんなのあり得ないデスヨ? だって、私、これまで勇者様のせいで色々と死にそうな目にあいましたもん。怪しげな宝箱を開けるのは私の役目ですし」

「そやけど、キィちゃん、これまで怪我なく、ぴんぴんしとるやん」

「それは単に運がよかっただけデスヨ?」

「運がいいって事はそれだけ生き残る可能性が高いってことやで? 聞けばキィちゃん、全然戦闘には参加させてもらってへんそうやん?」

「だってそれは勇者様が私のSTR(腕力)を全然上げないんだもん」

「でも、考えてみ? 戦闘に参加させないってことは、それだけ大切にされとるってこととちゃうんか?」

 勇者様が私を大切にしてくれている? STR(腕力)を上げないのは、私を戦闘に参加させて万が一を防ぐため?

 う、うん。実に斬新ダネ。何事も前向きに捉えると、こんな考えに行き付くのか……。

 だけど、なぜか私はいつもみたいに「そんなの、ないない」なんて笑い飛ばすことが出来なかった。それは私のメイド服の金額を知ったのもあるけれど、アリサさんに言われた事は確かに一理あるようにも感じたからだ。

 けど、えっと、ちょっと待って。

 勇者様が私を大切にしてるって? 万が一を防ぐ為にえらく高いメイド服を用意して、戦闘にも参加させないって? え? ええ? えええええええええ?

 うわん、わけわかんないよ。てか、こんな調子で私、これから勇者様にどう接すればいいんだよう。


 ちりん。


 と、そんなパニック真っ最中の私の耳に、来店を知らせる鈴の音が飛び込んできた。本当ならバスローブ一枚の私はすっとんで脱衣場に駆け込まなければいけないのに、それすらも頭の中には思い浮かばない。

 ただ、アリサさんと来店者の会話だけが右の耳から左の耳を通り抜けていく。

「あ、珍しいやんか。冷やかしやったら勘弁やでー」

「お前んところに冷やかしに来るヒマがあったら、どっかで一杯ひっかけてくるっつーの。それより欲しい素材があるんで一覧表作ってきたんだが、どうだ手配できるか?」

「んー、ん? なんやの、えらい高級素材ばっかやね?」

「おう、なんせ俺様一世一代の大仕事だからなぁ。ありとあらゆる素材を厳選してぇ」

「ふーん。まぁ、ちょうど在庫はあるんやけど……。それより一世一代の大仕事ってのに興味あるなぁ。どうしたん一体?」

「それがな。とある伯爵様んちの勇者がトンデモナイ素材を持ち込んで、俺に剣と鎧を作りやがれって言いやがるのよ」

 伯爵様のところの勇者様って言葉が、左右の耳を通り抜けること無く、私の頭の中でぐるぐる泳いだ。ああ、うちの馬鹿勇者様も伯爵様の一人息子だったなぁとぼんやりそんなことを考えてみる。

 で、その勇者様がどうしたって?

「トンデモナイ素材って何なん?」

「聞いて驚け。なんと、インセ樹の実に、ソードフィッシュの角だ!」

 アリサさんが「おおっ。うちもまだ見た事がないわ」と感嘆の声をあげた。ふふふ、アリサさんもそんな素材で驚くなんてまだまだだなぁ。私、そのふたつの素材、知ッテマスヨ。それどころか、さっきまで手に持ったり背中にくくりつけてました。まぁ、今頃は勇者様が大金に換金して……。


 ちょっと待って。さっき、何て言ってた?


 伯爵様んちの勇者様がインセ樹とソードフィッシュの角を持って、剣と鎧を作ってくれ、いやもとい、剣と鎧を作りやがれと上から目線で命令してきたと言ってなかったっけ?

 本来ならお願いするべき所をそんな命令口調で言っちゃうような勇者様って、それってもしかして!


「す、す、すみません。その、仕事を依頼してきた勇者様のお名前を聞いていいですかっ?」

 私はアリサさんと話をしていた大柄の男の人に声をかけた。

 男の人はそこで初めて私の存在に気付いたみたいで「なんて格好してるんだ?」と訝しんだ目つきで私を見つめたが、質問には素直に答えてくれた。

「ああ、伯爵様の一人息子で、名前は確かハヅキとか言ったな」


 勇者ハヅキ!


 言うまでもなく、私んちのバカ勇者様の名前だった。

読んでくれてありがとうございます!

ちょうど十万字を超えたあたりでようやく勇者様の名前が明らかにすることができました。

ええ、狙ってました。決して途中まで勇者の名前を決めていなかったなんてことはないです。ホントです。名前の由来も、積んでいるゲームソフトのメーカー名を適当にイジって……なんてことは決してないです、信じてください。


てことで、次の更新は10月21日月曜日の、12:00を予定しております。

次回もよろしくお願いいたします。

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