第十八話 リベンジ!
魔王様の魔族薀蓄を聞いているうちに、私はいつの間にか草の上に寝そべってうつらうつらしていた。
だから、魔王様が立ち上がった時も少しぼんやりとしていて、辺りの空気が張りつめていたことに、その瞬間まで気がつかなかった。
「もういいのか、勇者よ?」
「ああ、待たせたな、魔王」
見ると首元から両肩にかけての筋肉が盛り上がり、ド迫力な体格に成長した勇者様が魔王様と対峙している。
その体つきはついに勇者様が冒険者の憧れであり、終着点でもあるレベルマックスの99にまで辿り着いた事を雄弁に語っていた。
「すごい」
あのロクデナシ勇者様とは思えない変わりように、私は眠気も吹き飛んだ。思わずごくりと唾を飲む。今まで出会った冒険者の中にも筋肉自慢の人は大勢いた。でも、ここまで筋肉隆々な人は見た事がない。例の洞窟入り口で逃げ出した肉達磨傭兵のギダンさんですら、今の勇者様と比べるとまるで話にならない。
「では、これを受け取れ、勇者よ」
魔王様が腰につけていた大剣を鞘ごと勇者様に放り投げる。
「へぇ、気前がいいじゃないか」
勇者様は片手で受け取ると鞘から抜き取る。刃こぼれひとつない綺麗な刀身が沈みゆく陽の光を反射して赤く輝いた。それは紛れもなくかつての勇者様が愛用し、蘇ったばかりの頃には持ち上げることすら出来ず、魔王様に奪われてしまったあの大剣だった。
「なに、後で『この剣が無かったから』なんて言い訳をされても困るからな」
「せいぜいほざくがいい、魔王。もうすぐその軽口も永久にたたけなくなる!」
勇者様が大剣を両手で構えて吼えた。気合が刀身に伝わり、迸る力が湯気のようにゆらゆらと立ちこめる。一体どれだけの攻撃力があそこに秘められているのか、私には想像も出来ない。
ただ、それが魔王様に向けられていることだけは分かった。
「や、やめようよ、勇者様ぁ」
私は恐れていた事態に慌てて止めに入る。
だから言ったんだ、力を付けた勇者様が魔王様に反逆をくわだてるって。
こんな穴場につれてきてくれてありがとう、お礼に魔王の野望成就に付き合うね、なんて殊勝な考えを勇者様が持ち合わせてないって。
なのに魔王様ったら。何が「想定内だ」だよ。勇者様はシリアスモードに入ってるわ、事態は最悪な状況になっちゃってるわで最悪じゃん。私はてっきりなんだかんだで勇者様をコントロールする隠しアイテムとかあるのかなぁとか思ってたのにっ。裏切られたヨ!
ああ、もうなんとかしなきゃなんとかしなきゃ。
「そ、そうだ、勇者様! こんな状況で魔王様を退治しても勇者様の英雄譚に傷が付くんじゃないですかねぇ?」
勇者様がピクリと眉を動かせた。
ビンゴッ! さすが勇者様、いくら強くなっても世間体を気にする小心なところは相変わらずっ!
「だってねー、考えてもみてくださいよ。勇者様は魔王様に復活させてもらった上に、さらにこうして経験値稼ぎの穴場まで教えてもらったんですよ。おまけに一度奪われたステイタスカードも大剣も返してもらって。いかにもお情けを掛けられたって感じじゃないですか」
さらにぴくぴくっと勇者様の眉毛が動く。
いいぞいいぞ、効いてる効いてる。
「ここはですね、借りを返す意味でも魔王様にも時間をあげてはどうですか? 魔王様だってきっと勇者様がこんなに強くなるとは思ってもいなかったけど、引くに引けなくて困ってるハズですヨ? そこを一度見逃してあげるのも勇者様の器じゃないかなぁ」
よし、決まった。これでちょっとは時間稼ぎしたゾ。あとはここから何とか和睦に持ち込む手はずを……。
「ダメだ!」
「……へっ?」
「キィ、貴様は誰に向かって偉そうな事をほざいてやがる! いいか、今は魔王をブチ殺す絶好のチャンスなんだぞ、それを逃す手は無ぇ!」
「え? いや、でも、世間体というものが……」
「そんなの、お前がバらさなければ問題なかろうが!」
あ、しまった。そういやそうだ。
「いやー、でも、私、口軽いからなぁ。ついしゃべっちゃうかも。ギルドの広報担当者さんとかに」
「そんな事もあろうかとお前サイズのボールギャグを購入済だ。安心しろ!」
やだ、ボールギャグはやだよぅ。あれ、フガフガしか言えないもん。
てか、この人たち、なんでそんなにボールギャグが好きなの? ふたりしてそういう性的嗜好があるの?
「話は決裂のようだな。では勇者よ、始めるとするか」
いつの間に移動したのか。魔王様が私たちから少し離れた場所からくいくいっと人差し指を動かし、勇者様を挑発する。
それを見てニヤリと嗤う勇者様。
イヤな予感が最大限に膨らんでいく。
「うおぉぉりゃああああ!!」
そして私が止めるヒマもなく、勇者様は気合の雄たけびと共に魔王様に向かって走り出した。走りながら大剣を大きく振りかぶり、全身の力を刀身に込める。
対して魔王様は特別何か構えるわけでもなく、涼しげな表情でただ立っていた。でも、眼を凝らしてよく見ると、魔王様の前方の地面からゆらゆらと蜃気楼のような湯気が立ち込めている。
それが魔法障壁なのは私にも分かった。
「そんなもん、ぶち壊してやるぜ!」
勇者様も気付いたのだろう、剣先が魔王様に届くか届かないかという辺りで大剣を一気に振り下ろす。
ガッ!
最初は鈍い音。
が、すぐに魔法障壁は悲鳴をあげはじめた。
ガチガチガチガチガチガチガチ!!!
火花舞い散る、剣と魔法障壁による力と力の凌ぎ合い。とてつもない力のぶつかり合いが不協和音をあたりに鳴り響かせる。思わず顔を顰める私。でも、切って落とされた戦いの幕開けに眼はすっかり釘付けだった。
「おっ?」
不意に魔王様が驚いたような表情を見せる。
するとそれが合図だったかのように、勇者様の大剣が当たったところから無数のヒビが魔法障壁に走る。
「うおおおおおおおおお!!!!」
勇者様がさらに力を入れるとヒビはさらに広がり、次の瞬間、
大地が、震えた。
魔法障壁がまるで床に落としたガラス細工のように粉々に砕け散り、勇者様の大剣は魔法障壁をぶち壊した力を籠めたまま、地面を強かに打ちつける。
見えたのは舞い上がる砂埃。
感じたのは轟く大地。
地面が揺らぐ中、勇者様を中心にして舞い起きた砂嵐が円周状に広がり、やがて私にまで達する。小さな小石交じりのそれに私は思わず顔を両手で隠し、体全体を小さく縮こませて通過するのを待った。
「うっひゃあ! 我ながらスゲェ!」
目を塞ぐ私に、やがて勇者様の悦に入る声が聞こえる。
もう、一体何が凄いんだよぅ? こっちは全身砂だらけだし、小石が当たった腕は痛いし、とんだ災難だよぅ。
私は砂嵐が完全に通過するのを待ってから、恐る恐る両目を覆い隠していた手を開いた。
「うわっ、スゴ!」
目に飛び込んできた光景に、思わず叫ばずにはいられない。
だって、いまだ勇者様が振り下ろしたままの剣を中心に、地面が激しくえぐられていたんだもん。それはまるで地面に隠しておいた爆発系のトラップマジックが発動したかのようで、しかも発動イコール即死レベルの規模のものだ。
これを勇者様が、しかも魔法じゃなくて自分の剣を叩きつけただけで引き起こしたなんて、俄かには信じられない。
そうだ、もしかしたら、魔王様が予め仕込んでおいたトラップなのかも……。
でも、その予想が外れているのはふたりの様子を見れば明らかだった。
「うわっはっはっ! どうだ驚いたか、魔王!」
じゃらりと音を立て大剣を地面から引き抜き、柄をさらに力強く握り締める勇者様。
「……」
対して魔王様は何も言わず、ただ顔をわずかに強張らせている。
勇者様のこれほどまでのパワーアップは想定外だったのかもしれない。
いや、それどころか命の危機を感じているのかも。
ドラコちゃんと戦った時ですら余裕を感じさせていた魔王様、表情がこれまで見たことがないぐらい歪んでいる。
ああ、よくない。その表情はよくないよ、魔王様っ。
「わっはっは、魔王、ビビってんじゃねぇぞ!」
ほら、やっぱり勇者様が増長したし。
「どおおおおりゃああああ!!」
調子に乗った勇者様はここぞとばかりに剣を返して力任せに跳ね上げる。
ぶおんと無理矢理風を切り裂く音が私の耳にも届く。
魔法障壁を失って無防備な魔王様に迫る、圧倒的な破壊の一撃。思わず眼を覆いたくなる一振りを、しかし魔王様は半身をずらすことで回避した。
魔王様の鼻先ギリギリを通り過ぎていく刀身。上下逆さまだけど、目の前をギロチンが落ちてくる様子を想像して私は思わずぞっとする。
「なんの、まだまだぁぁぁぁ!」
会心の一撃をかわされた勇者様は、だけど攻撃の手を緩めない。振り下ろし、振り上げと二回続けた上下攻撃から一転、今度は自らを軸にして魔王様めがけて水平斬りを繰り出す。
「うわん、あぶなっ!」
驚いたことに、ふたりからはなれて傍観している私のところまで水平斬りの衝撃波が襲ってきた。危うくしゃがみ込んで難を逃れたけど、私を通り越した衝撃波が後ろの木に当たり、ドカンと大きな音を立てる。
うひゃあ、あれ、当たっていたら間違いなく死んでたな、わたし。
って、そんなことよりも今はふたりに注目だ。
「ノッてきた! ノッてきたっ! ノッってきたぁぁぁぁぁ!」
水平斬りを放ち終えた勇者様が、先ほどの水平斬りを私同様地面に片膝をつけてしゃがんでかわした魔王様の顔面めがけて大剣を突き立てる。これまたエグい攻撃だ。でも、魔王様は冷静に横転して攻撃をかわすと、貯めていた力を解放するかのように大きく後ろに跳んだ。
「逃がすかよっ!」
だけど勇者様の執拗な攻撃はまだまだ続く。
時に薙ぎ払い、振り下ろし、突き立て、重みのある大剣を軽々とぶん回し続けてヘビー級の攻撃を繰り出し、魔王様に反撃の機会を与えなかった。




