第十七話 テストに出るヨ! 魔族とモンスターの違い
能力値を上げたら、今度はスキルの獲得だ。
が、こちらはあっさりと決まった。
以前に勇者様のおかげで手に入れ損ねた『応急処置』と、新たに取得可能スキル一覧に現れた『ギャザリング』というスキル。レベルが奇数時の時にもらえるスキルポイントを今回は一気の3レベルアップということでふたつ獲得し、おかげでスキルもふたつ獲得出来た。
ただ『応急処置』はともかく、『ギャザリング』はなんとなく魔王様にハメられた気がする。
だってこれ、どうにもCHAの能力が取得条件にありそうな上に、その内容が「敵の注意を自分に向けさせる」なんだもん。なんだよ、この私のためにあるようなスキルは?
他のスキルはどうにも私には縁が無かったり、もっとスキルポイントが必要だったりしたので(スキルの取得や強化にはポイントが複数必要なものもあるんだ)、結局これを選んだのだけれど、その時に一瞬浮かべた魔王様の「よく分かってるじゃないか」的な微笑になんだか上手くやり込められた気がした。
まぁ、それはともかく。
能力値を上げて、スキルを獲得すると本格的に私はやることがなくなった。
「ねぇ、魔王様ぁ。CHAを上げられるのなら、私も経験値稼ぎしたいー」
「さっきのCHAは特例だ。あまり弄らぬ方がよい。それにキィも戦闘に加わると、経験値が勇者と折半になってしまうではないか。それでは勇者の成長が遅れて、余が待たされる時間も長くなってしまう。却下だ」
魔王様はドラコちゃんの横に寝そべりながら、そんなつれない事を言う。
魔王様が何を考えているのかイマイチよく分からないけれど、ここに来た目的は勇者様を強くすることだけのようで、本人はいたってのんびりとしている。
「それよりキィも日光浴をするとよい。陽の力は骨を丈夫にすると言うぞ」
日光浴って……魔王様たる者がなんて健康的な?
それでもしつこく魔王様が横に寝ろと言ってくるので、私はしぶしぶ傍らに腰掛けた。地面と近くなったから草の匂いが鼻につく。でも、嫌いな匂いではなかった。
「腰掛けるだけでよいのか?」
「……ねぇ、魔王様」
私は魔王様の問いかけを無視して、逆に思い切って気になっていたことを質問してみる。
「魔王様って魔物の王様ですよね?」
「そうであるな」
「でもって、人類の敵。勇者様が倒すべき存在」
「……ふむ」
魔王様が一呼吸遅れて肯定する。
「なのに、どうして勇者様に肩入れするんですか?」
噴水の畔では勇者様が変わらずスライムを撃退している姿が見える。蘇ったばかりの貧相さはとうに消え去り、プレートアーマーがカバーしていない部分から発達した筋肉が遠くからでも分かった。
多分、もうレベル60ぐらいいってるんじゃないかな。
「どう考えてもおかしいですよね? それにあそこで勇者様にボコられてるスライムって魔王様の仲間でしょ? どうして仲間を犠牲にしてまで、勇者様を育て上げるんです?」
魔王様が返事に詰まったのを見て、私はここぞとばかりに一気にまくしたてる。
スライムを倒せと言われた時からずっと気になっていたんだ。
どうして自分の仲間を犠牲にする事ができるんだろうって。
これが寝物語で聞かされ続けてきた、冷酷非情の魔王の所作だったら分かる。
でも、私が出会った魔王様はなんだかんだで仲間を思いやる人だった。何の考えもなしに非情な命令を出せる人じゃない。
そこには何か事情があるはず。それはずっと魔王様が言い続けてきた例の野望が深く関わっているのだろう。
今ならその野望がなんなのかを聞き出せる。そう思った。
「魔王様の」
「キィ、お前は思い違いをしているぞ」
うっ。今度はこちらの話の鼻を折られた。
「余は確かに魔物の王である。が、モンスターの王ではない」
「え? えーと、あれ、魔物とモンスターって一緒じゃないの?」
「違うな。魔物はモンスターと違って言葉を話すし、なによりほれ」
魔王様が指差す方を見ると、噴水から勢いよく虹色スライムが飛び出すところだった。
「あのように無限に復活なんぞ出来やしない。我らも普通の人間と同じ、一度死ねば復活なぞできぬのだ」
だと言うのにお前たちは魔物もモンスターも関係なく皆殺しにしようとする、と魔王様が続ける。私は言葉もなく、ただ驚くばかりだった。
だって私は、魔物もモンスターもただ名称が違うだけで同じものだとばかり思っていたからだ。てか、私だけじゃない。きっと勇者様も、他の冒険者たちも、世界中の人が私と同じ認識に違いない。
それにモンスターは無限に復活するけど、魔族は一度死ねば復活が出来ないって……それはつまり!
「ってことは復活した勇者様はモンスターって事ですかっ!?」
「誰がモンスターだ!」
ズドン。
すかさず頭がめり込むぐらいにヘビーなゲンコツを脳天に喰らった。
「いたいー、ひどいよー、勇者さまぁ。さっきまであっちで経験値稼ぎしてたんじゃないのー?」
「お前がボケる気配がしたので慌ててツッコミを入れに来てやったのだ。ありがたく思え。んじゃ」
そして勇者様は再び噴水の畔の狩猟場へと戻っていく。
「うむ、今のは勇者に助けられたな。余ではあそこまで無遠慮なツッコミは出来ぬ」
「出来なくていいですっ!」
私はいまだズキズキする頭をさすりながら、涙目で魔王様に訴える。
「勇者はもちろんモンスターではない。が、かといってお前たちとも少し違う、特殊な存在なのだ」
そーですね。普通の人は女の子にあんなきっついツッコミを入れるわけないもん。
「中でもあやつは極めて珍しいパーソナルスキルを持っておる。一撃必殺――あのスキルならば回避率など関係なく虹色スライムを倒すことも、さらには……」
おふざけモードから一転、私は魔王様の言葉を静かに拝聴する。だって「さらには……」の先に私が聞きたかった事柄があると感じたからだ。
ところが
「それはそうと。キィよ、お前たち人間はもっと魔族を知らなければならぬ」
「ああ、もう。魔王様、今はそんな事よりその先の話を聞かせてくださいよっ」
「『そんな事』とはご挨拶だな。今後我らと共に生活を送るのだ。お前は特に魔族について知っておく必要がある。たとえばハーピィ。彼女達がなぜ上半身裸でおっぱい丸出しなのか知ってるか?」
「知らないよっ。てか、それよりも」
「であろう? アレにはしっかり深い理由がある。なぜならば奴らのおっぱいは……」
「もう、おっぱいはいいから! それよりも魔王様、言っておきますよ! レベルを上げた勇者様が魔王様の野望を手助けするなんて考え甘すぎです!! あの人のことだからきっと強くなったら」
「余に復讐を果たそうとするのであろう?」
魔王様の言葉に私は絶句した。
「それは想定しておる、問題ない。今はそれよりもキィへの教育の方が大切だ」
結局、私の忠告なんてどこ吹く風とばかりに、魔王様はあれやこれやと魔族について話し始めた。
なんでもハーピィは魔族の回復役らしく、あのおっぱいには高品質の回復エキスが詰まっているらしい。戦闘時には彼女達が戦場を飛びまわり、他の魔族たちにその乳房を口に含ませては体力を回復させるのだそうだ。
他にもグールは実は綺麗好きで自分の体臭を常に気にしているらしく、スケルトンは死者が中途半端に蘇ったのではなくて生まれた時から骨だらけ。ガーゴイルは修行僧で、石化している時は瞑想中なのだそうだ。故に瞑想を邪魔されると烈火として怒り出すのだけれど、後でそんな事で怒っていては悟りへの道はまだまだ遠いと落ち込むそうで、ぶっちゃけ面倒くさい性格だなと思った。
ちなみにモンスターたちは彼ら魔族とそっくりだけれど、さっき魔王様もおっしゃったように言葉が通じないし、やつらは人間、魔族関係なしに襲ってくる。おかげで魔族の間では「お互いに一声掛けて確かめあう。挨拶は魔族の嗜みです」という標語があるらしい。
うん、どーでもいいよ、そんなの!
それよりも魔王様、ホントに一体何を考えているの!?