戦争が産んだ悲劇
聖は考える。陰陽師として、聖は溜まっている仕事を片付ける。この2、3日の間で溜まってしまった仕事を片っ端から片付ける。
目の前には、山とかした依頼が来ていた。
「どうやって父様は、これらを片していたんだろう?」
「会長はまず、分別してました。自分がやらなきゃいけない物かどうかを」
「それをどうやって見分ける?」
「すいません。これは経験からですね。面倒かと思いますが、聖様には、全部一から行って対応して下さい。その内分かる様になります。焦らないで下さい」
「そうだな、その内、出来るように、私もなるな」
「ええ」
「だが、それまでが大変何だよな」
聖はボヤく。
「そうですね。取り敢えず、今は目の前のことから片付けましょうね」
「それしか、無いか。えっと、これは何処かの宿らしい。えっと、奇怪なことが起こってるってか。なんだか分からないな。行って見るしかないか」
「そうですね」
「じゃあ、行くか」
聖が言うと、茅場も頷く。
「はい。じゃあ、車を回します」
「ああ、頼む」
聖は頷く。
「ああ、行ってみてからだな」
「そうですね」
「じゃあ、早速行くか?」
「はい」
そう言い、聖達は、行く。
「ごめんください。依頼を受けた篁のものですが」
「お待ちしておりました」
女主人が頭を下げる。
「前の方は来るなり、こんなの放っておけと、取り合ってくださいませんでした」
沈痛に言う女将に、聖は聞く。
「一体、どのような被害を被っているのですか?」
「それが、出るだけで何も」
「何もし無いと?」
「ええ、ですが、何や可哀想な気がして」
「そうですか、分かりました。お部屋を一部屋お借りします」
「此方をお使い下さい」
そう言って案内されると、聖は茅場にだけ溜め息をつく。
「どうしました?」
「如何やら、当りのようだ」
「えっ」
そう言って、驚く。
「お前が感じないほどに出来る力を持ったな」
「そんな力の持ち主なんですね。ここは以前彼方のお父様も霊を見過ごした館です」
「そうなんだ?」
「ええ」
「教えといてくれれば、そんなとこ来なかったぞ」
「彼方だけが気付けたんですから」
「イヤ違う。あの親父はたぶん手が掛かるからヤらなかっただけだ。あのくそ親父の考えそうな事だ。気付かなかったって事はないと思うぞ」
「そんな、まさか」
「イヤあの親父なら、絶対にやる」
聖は力強く断言した。
「そうかもしれませんね」
茅場も納得する。
「だろ?」
「でも、何故あの親方様は祓わなかったんでしょう?」
「さあな。私には分からんけど、祓えない何かが、親方様には合ったんだろうな」
「祓えない理由が」
「ああ、それは、私達も調べれば分かるだろう?」
「そうですね。とにかく調べて見ましょう」
そう言って、二人は調べ始める。
聖はまず違和感を持った。
「如何かなさいましたか?」
建物だけが、異様に綺麗だったのだ。
「綺麗すぎる。それに女将の言葉も気になる」
「可哀想って言葉ですか?」
「ああ、何故可哀想だと思ったんだ?」
茅場は首を傾げる。
「可哀想だと思わせる何かがあの女将にはあるんだ。それはなんでしょうね?」
茅場の問い掛けに聖は答える。
「それも、探ってみるか? それによって、思わぬことが解るかもな」
「思わぬことですか?」
「ああ、それにこんなに建物が綺麗なのも解せない」
「と言いますと?」
茅場は頭を傾げる。
「誰かが、綺麗にしていたんだ」
「では、誰かが守っていたと?」
「それは、分からないな。取り敢えず調べてみれば、分かるさ」
「ええ」
茅場は頷き、パソコンでこの辺りの事を調べる。
「ここは、旅館とはいえ長年立っているのに、本当に綺麗だ。まさか」
「如何しました?」
「怨敵降伏、処現したまえ」と言って、呪符を投げる。そこに泣いている若い女の人が現れる。
聖が尋ねる。
「何故そなたは泣いている?」
「これは、罰です」
「何の?」
「けして,手を放しては行けなかったのに、どんなにあの子は心細かったでしょう?」
そう言って、彼女は消える。聖は彼女の言葉でハッとする。
「そうか、茅場調べるのは戦時中のことだ」
「戦時中ですか?」
「そうだ。それで分かるはずだ。なぜ、父様が祓わなかったかを。祓えなかったんだ。多分」
「どうして?」
「私も祓えない。だって、彼女は、ただ戻って来るのを待っているだけだ」
「誰を?」
「多分彼女の言葉から言って子供だ」
そう言って、近くの図書館に足を運ぶ。
パソコンで茅場には調べてもらい、聖は昔のこの近辺のことを調べる。
しかし、聖の方には、ヒットしそうな情報はなかった。
「私の予想は、外れたか?」
「いいえ、ビンゴのようですよ」
茅場は言った。
「何か有ったか」
「ええ。多分、これじゃ無いかと」
そう言って、パソコンの画面を向ける。
そこには、戦時中に亡くなった子供の名前があった。
「これだけじゃ、どの子か分からないな。ネットでお化けに関する情報を見てくれ」
「お化けですか?」
「ああ、多分ヒットするはずだ」
「分かりました」
そう言って、すぐ検索する。
「有りました。何かその筋では有名な館、みたいです。ホラ」
「戦時中に子供を亡くした母親が未だ、あの館で待っているか?」
「ええ、ネットですから。どの位、信頼出来るか、分かりませんが」
「いや、案外人の噂は、的を射ているよ」
「そうかもしれませんね」
「よし、私もネットで調べるか。それにしても便利な時代になったな」
と、言って笑う。
そう言い、二人ともネットで調べる。
「あった。これじゃないか?」
「空襲で亡くした子を待つ母ですか? でも、それがなぜ地縛霊と化すんですか?」
「そこなんだよな。私も分からん。そしてなぜ、父様がその霊を助け無かったのかのかが、それを解けば分かるだろう。もし、私が思っている通りなら、助けなかった理由が分かる」
「それは、どう言うことですか?」
「それは、調べて行く内に分かることだよ。調べよう」
「はい」
けど、戦時中のこと、今回は今までの様に、直ぐにとはいかなかった。
「見つけました。多分この人は子供の命と自分の命を計りにかけ、本来ならかけてはならない物を掛けてしまったんだと思います」
「私は無償の愛を知らない。だからこそ思うんだろ。償いはもういいだろう。茅場は人型は作れるか」
「一応は。でも、細かい情報があれば、ですけどね。死んだ時の年齢を如何しましょう?」
「5歳で良い」
「なぜ親方様は祓わなかったんですか?」
「それが、父様なりの罰だとでも言うようだな。多分、これを受けた頃が、母が出て行った時期なら、その人に母を重ねたんだ。でも、そんな罰は要らないだろう。もう、戦争は終わっているのに、彼女の中では未だに終わってないんだ。もう終わらせてあげなければ。あの戦時中を生きていない者には想像するしかない。でも、きっと我々が思うより、ずっと、きつかったと思うぞ。その中で計りにかけてはいけないものを彼女は、掛けてしまい、罪悪感に襲われて要るんだ。未だに。帰ってくるわけがないのに、待ち続けているんだ」
そして、調べて行く中で聖は
「そうか、ここら辺は東京大空襲があった場所だ。彼女は逃げる途中で子供と剥ぐれてしまったんだ。あの混乱の中では、仕方が無い。償い何か必要ない。必要なのは救済だ」
「そうですね。では、死んだ場所と名前、亡くなった日時は如何しましよう?」
「死んだ場所は家の近くで良い。亡くなった日時と名前は調べよう」
「はい」
そう言って、二人は調べる。そして、調べて行く中で、聖はハッとする。
「そうかそうだったんだ」
聖の言葉に茅場は頭を捻る。
「如何しました?」
「名前は多分、大鳥琴、ここら辺は東京大空襲に見舞われている。つまり、亡くなった日時は多分東京大空襲のあった日付だ。そう考えると、東京大空襲は1945年3月10日だな。その日が子供の命日だ。多分、彼女は自分の命と計りに掛けた訳じゃない。多分逃げる途中で子供と剥ぐれたんだ。償い何か必要ない。必要なのは救済だ」
「分かりました。でも、本来人型は人を呪う為のものです。これで、彼女を救えますか?」
「人型は本来、魂を入れるだけのただの噐だ。だから、良くも悪くも使える」
「分かりました」
そう言って、茅場は作る。人型を。
そして、聖は彼女を呼び出し、人型を投げる。
「琴」
女は嬉しそうに泣き、その人型と共に彼女は光りに包まれる。その光りは、なんとも暖かかった。
茅場は満足そうに笑うと、言う。
「結局、彼女はどうやって亡くなったんですかね?」
「彼女もその大空襲で、子供を探しているときに亡くなっている」
「そ、そんな。救いがないですよ」
「でも、そんなものかもな」
「でも一応終わりましたね」
茅場の言葉に聖は笑う。
「まぁな」
「でも良かったですよ。あんな悲しい経験から助けてあげられて」
「そうだな」
聖は柔かに笑う。
「さて、この家の者に報告するか?」
「でも何故、この家だったんでしょうね?」
「ここが彼女の家があった場所だからだ」
「戦時中に焼失して、この民宿が建った。でも、ここにいれば子供に逢えると思ったんだろうな。それを民宿のあの女将も知っていた」
「なぜ?」
「多分、祖母に聞かされていたんだ。だから、哀れな女の魂を救いたかったんだ。さて、報告しよう」
「ええ」
そう言って、民宿の受付に行き終わった旨を伝える。
女将は深々頭を下げる。
「ありがとうございました。これで、彼女もようやく眠れる。彼女は私の身内なんです」
「お祖母さんのご姉妹でしたか?」
「そこまで、お調べになりましたか。そうです。なんとか救ってあげたかった。私にも子供がおります。だから、彼女の気持ちが分かった」
「そうですか。いつの時代も母の思いは深いものですね」
そう言いながら、己れにはなかったことが、なんとなく恨めしくなる聖だった。
「良いですね。そんな母に恵まれて」
「えっ?」
「申し訳ありません。私は母に捨てられました」
聖のその言葉を聞き、女将は信じられないと言うように、黙る。
「すいません。余計なことでしたね」
聖はクスリと笑う。
「いえ、全然」
と、言って、顔の前で手を振る。
「余計な事かもしれませんけど、何処の母も子供に愛情がありますわ。彼方のお母様もきっと」
「有難うございます。でも、私は母の思いと言うものに期待はしません。どんな思いがあろうとも、それを捨ててしまえるんですから」
キッパリ聖は言った。そこには、何の感情も込められてなかった。それに、茅場は申し訳なく思う。姉のしたことが、この甥っ子に与えた傷はとても大きいものだ。それだけ、母がいなくなり、心に傷を負ったのだろう。夫婦仲が良かったから尚更。信じられなかったに、違いない。
「そうですか」
女将も、それ以上言えなくなる。
「でも、有難うございます。母の思いに触れられ、私も暖かくなりました」
「有難うございました」
頭を下げる女将。
「いえ、また何かありましたら、ご依頼を」
と、言って頭を下げ聖達は帰る。
こうして、ようやく一枚方が付いた。でも、聖の前には、まだ、沢山の山がある。それを思うと、知らず知らずの間に聖は溜め息を付く。
「如何しました?」
茅場の問い掛けに聖は苦笑いする。
「これで、陰陽師の土御門と賀茂を相手にしなければならぬのだからな、骨が折れる」
「聖様、そのことについて行きたいところがあるのですが、よろしいですか?」
「別に良いぞ。何か心当たりが有るのか?」
聖が、聞くと、茅場は答える。
「心当たりはありません。ですが、心当たりがある人なら知っています」
その言葉で、聖は気付く。
「そうか、父様か」
「ええ」
聖は納得する。そして、言う。
「行ってくれ」