聖の婚約者
父はその後結婚し、母と妹が出来た。やはり、うるさい連中がいたが、聖は自分が矢面に立つことで、それらを黙らせた。
と言うか、言わせなかった。
「私にも何も言わせないつもり?」
そう言ったのは、聖の婚約者の立場の美香だった。
「なんだ、お前か?」
そう言った聖は美香を見る。
「何だじゃないでしょう。婚約者に何の相談も無く、こんなに大切な事を他から聞かなきゃ行け無いのよ。相談して欲しかったわよ」
「悪かったよ。こうすると決めたのは、私なんだ」
「そうでしょうね」
美香は、呆れたように言う。
「彼方にとっては、私なんて視界にも入らないんでしょうね」
如何やら、相当怒らせたらしい。それに、苦笑いするヒジリ。
「そんな事は思ってないよ」
「そうかしら? こんな大事な事を聞かされず、他の人に『あら、知らないんですの?』って馬鹿にされる気持ち分かってない。どんなに、肩身が狭いか彼方には分からないんでしょうね」
美香は、泣き出す。困ったように、聖は言う。
「悪かった。お前に言うべきか、本当は悩んだ。多分、お前なら俺がやろうとしている事を応援してくれるって、でも、言えなかった。お前が万一反対したら、俺は出来なくなるって、思ったから、意気地なしと言ってくれ」
「言えるわけないじゃない。私は、彼方がどんな選択をしてもついて行くわ」
そう言って美香は、聖の懐に飛び込む。聖は優しく抱きしめる。
「俺が行こうとしている道は、茨の道だ。でも、お前にはついて来て欲しい」
「たとえ、くるなと言われてもついて行くわよ。私を甘く見ないで、欲しいわ。彼方の婚約者に指名された時から、覚悟は出来ているわ」
「そうか。ありがとうと言うべきかな」
聖は笑う。
「礼ならいらないわ。彼方は、両親を亡くした私に生きる希望をくれたもの。だから、たとえ彼方に愛人が出来ても文句は言わないわ」
「愛人って、お前ね」
聖はそれにため息をつく。美香はおかしそうに言う。
「だって、愛人にうちの娘をって勧められているんでしょ?」
その通りだった。しかし、我が子を愛人にと差し出す親の気持ちは全く解らない。
それだけ、総帥の座をそんなにも、自分の近くにおいて置きたいものかと思うと、そう言った娘が憐れで為らなかった。
「言われているが、お前止めろよな」
「えー、面白いのに」
と、ケラケラ笑って言う。
「そうだろうな? お前止めろよな」
「止められるわけないじゃない。だって、私なんか、父様達が篁に仇なす事をしたんですもの、何をやられても文句なんか言えないわ。そうでしょ?」
その言葉で、美香が、未だに罪の意識に苛まれている事が分かる。
聖は力強く美香を抱きしめると言う。
「もう、良い。お前が、償う必要はないんだ。多分、お前の父親もこんな大事に発展するとは、思わなかったんだ」
「でも、罪です」
「これから生きる、お前に良い未来を作りたいと望んだだけだ」
「でも」
「でもじゃない、娘のお前が信じずどうする?」
美香の顔を覗き込む様に言う。すると、美香も頷く。
「それで、良い」
「これから、聖はどうするの?」
美香が、聞く。
「篁の邪魔となるものの排除、対決かな?」
「でも、どうやって? 敵は判明しているの?」
「判明はまだしていないが、茅場が何か拾って来るだろう」
「じゃあ、聖から、出来る事はないの?」
美香の言葉に聖は頷く。
「ないな。でも、茅場が何か拾ってくるだろう。長年、伊達に奴は当主付きだったわけじゃ無いだろうし」
「ねぇ、私が狙われる駒になるのは? 一応、彼方の婚約者出し、狙われるにたる人間だわわ」
「お前、何を?」
美香が、言おうとしている事が解らず、聖は戸惑う。
「私なら狙うだけの理由があるわ」
「お前にヤらせるぐらいなら、俺がなる。でも、それは茅場の答えを聞いてからだ」
美香は、涙ぐみ言う。
「聖」
「私はお前を犠牲に晒す気はない」
「でも」
「煩い。それ以上何も言うな。俺は今凄く自分のいたらなさにヘドが出そうなんだからな」
「ごめんなさい」
「何も言うな」
そう言われ美香は、口を閉じる。口を閉じた美香に、聖はハッとする。
「悪かった。言い過ぎた」
美香は、首を振り言う。
「全然、違うよ。聖は優しい人ね」
「私が優しいなら、今回誰も犠牲にしないよ。でも、それは無理だ。卓兄には、悪いが今回は犠牲になって貰うよ」
「それが優しい証拠よ」
何が言いたいか分からず、美香に聖は首を捻る。
「彼方は他の人が想いもよらぬ所で、傷を負う。それも、本人の自覚がない所で」
「そうか?」
聖は美香の言葉が分からず、首を捻る。
「ほら、そう言うところ」
「これは、自己満足じゃないか?」
「そう言ってしまえるのも、優しいところよ」
「分からないな」
「それで、いいじゃないの? 私だけが知っているなんて、たまら無いわ」
「それは良かったですな」
呆れたように、聖は言った。
「なんせ、婚約者の存在すらも、彼方は忘れていたみたいだしね」
「申し訳ない。忘れていたんじゃない、ただ考えない様にしていただけだ」
「その心は?」
「障害になりそうなものは、こう言う時考えないようにしているんだ」
「つまり、わざとだと」
怒って美香は、言う。
「美香も、知っての通り俺はそんなに器用じゃないんでね」
そう言ったのだった。
「聖って、器用貧乏よね」
「それは、褒め言葉として受け取って置きますよ」
「褒めているんだもの、受け取って貰わなければ困るわ。聖の場合、ただ人よりうまく出来るの超えて、超越してしまっているの」
「それは凄いな」
「そうよ。だって、彼方は私が父の事で責められていた時に庇ってくれた。それだけじゃない。誰も手出し出来ないように、婚約者にしてくれた。その時の言葉が『こいつは、今後、私の婚約者だ。この者に何か仕様とする者は、当家に仇為す者と粛正される。それを心得よ』って、言ってくれたよね。嬉しかった。おかげで、向かって来る人はいなくなった」
「表向きはな。影で色々ヤられたろう」
「影ではね。でも、彼方がいたから」
嬉しそうに笑う。
「それは、良かった。でも、許せんな」
「って、許してなかったじゃないの」
「バレタか」
「バレルに決まっているわ。翌日から私を見ると怯えて、私に手を出した人達は逃げるようになった」
「う~ん、根性がないな」
「それだけ彼方はカリスマ性を持っていたって言うことよ」
「そうなのか」
「ええ、そうよ」
美香は、自分のことの様に笑う。
「だから、私はどんな事があってもついて行くわ。それが、私が返せる事だから」
「私は、お前に守れなかった母を重ねているのかもしれないな。だから、返そうなんて思わなくて良いんだ」
「彼方が自分の満足の為なら、私も自分の満足の為に彼方について行くわ」
「お前」
聖は笑うしかなかった。