誘拐現場に行く
茅場に山の中の、今は使われていない山荘に連れて来てもらった。
「こちらです」
連れて来てもらったが、そこには聖は覚えがなかった。
「記憶に触れないな。来れば、触れるかって、思ったのに」
残念そうにヒジリは、言う。茅場は何か思い入れがあるようで、最低限の事しか口を開かなかった。
「中に入ってみましょう」
「ああ」
そうして、中に一歩足を踏み入れた瞬間、突如、星の頭に映像が浮かんだ。それは、誘拐されたときのものだった。誘拐されても、全くおびえることのない二人。犯人の方が、逆に怯えているようだった。
「おまえは逃げろ。犯人の狙いは私だ」
聖がボソリと言う。
星を庇おうとする聖。こんな時にまで。自分を庇おうとしないなんて、なんて潔いのだろう。ここまでで、映像が消える。
「う〜ん、大事なとこが消えて見えない。どうするか?」
聖が悩んでいると、茅場がテーブルの上の紙を手に取る。と、それを読み、茅場は悔しそうに、それを握りつぶした。
「今のは、何だ?」
「卓からの問題のようです」
茅場が握りつぶした紙を聖は丁寧に広げる。そこには、
「そこで死んだのは本当に聖か?」
と書かれていた。
「お前は卓兄の問題に最初から憤っているな。それは、何でだ? ノーコメントも有りだ」
「別に隠すようなことでも有りませんから良いですよ」
苦笑いして茅場言う。
「あいつは、俺が大事にしているものを壊そうとしている。それが許せないだけです。俺には、ある約束がある。それは、何より優先するもの」
「それは、卓兄の出す問題よりもか」
「ええ、命がけの最後の約束ですから。違えることはまかりなりません」
「命掛けとは、何か穏やかじゃないな?」
「ええ、そうですね」
茅場の答えに、星は首を傾げる。
『茅場の守りたいものって何だろう? 家じゃないのか? もし仮に家なら、卓兄が壊そうとはしないはず。それを、卓が壊そうとしているとは、どういう事だろう? 考えられるのは、茅場の一番が、家じゃ無いと言うことか?』
星には、また、分からないことが増えた。そこで素直に星は聞く。
「お前の一番大事なものって、この家じゃないのか?」
「私が守ろうとしているものの延長線上にはありますが、それが一番じゃない。そこが卓と相入れない場所でしょうね」
星は、どういうことだと、首を傾げる。
家より、大事なもののため、茅場は走る。それは一体なんだ? でも、それも問題を解いていけば、分かることだろう。問題の答えが楽しみだ。
さて、今は卓の出した問題だ。
えっと〜。ここで、死んだのは、聖だよな? 俺が、星本人なんだから、これ以上確かなことはないだろう?
でも、卓兄が意味のないことは言わないだろう。どういうことだ? これは? 一体何が言いたいのだろう?
そこで信じたくはないが、星は一つの可能性とぶつかる。でも、それなら、如何して記憶が入れ違ってしまったのだろうか?
「茅場すまないが、もう一つ頼みがある」
「なんなりと」
続く言葉は、予想できたが、茅場は自分がそれを受けるべきだと思っている。
頭を下げる茅場に、聖は茅場の予想通りの言葉を口にする。それは、
「私を病院へ連れていって欲しい。そこで分かる私が誰かと言うことが? そして、それが判明したおりには、親方様が作ったルールが何故作られたのかもわかる」
聖は静かに言う。
「聖様」
「私は星なのか、聖なのか知る必要がある。もし、私が恐れているとおりなら、怖いが、なぜ、このようなことになったのか知る必要がある」
茅場は、嘆息すると、
「御意」
といって、近くの病院に連れていってくれる。
検査の結果は、星の予想したとおりだった。
「私は、罪の意識に耐えられず、己を消したんだな」
「罪の意識じゃありません。ただ、純粋に彼に生きていて欲しくて己を消したんです。それで、あなたは平静を保とうとしました。それがあなたが彼にして、あげられるただ、一つのことだったから。みんなの中で、死なせるなんて、あなたには、出来なかった。あなたを助け出したばかりの頃、己を聖だと思うことを、体全体で拒否してました。親方様は悩んでおられました。可愛い我が子が苦しむ姿に、それで、あなたを星として、扱い星に聖様をヤらせると言う無謀な賭けに出たんです。親方様はいつもあなたの事を考えていました。切られた者達は、いつか聖様に本当の事を話してしまう恐れのある者です」
「そうか。でも切るのはやり過ぎじゃないか」
「いいえ。慰労金としてそのもの達には1億円を支払っておりますから、遊んで暮らせるでしょうね」
「そうか」
そう言って笑った後、
「だから、十二天将も私の式だったんだな」
そういったとき、十二天将が勢揃いで現れる。
「これからもよろしくお願いします」
そして、天后が頭を下げる。青龍に貴人・朱雀・六合・天空も頭を下げる。が、他の者は頭を下げない。聖はそれに笑う。
「お前達らしいわ」
頭を下げ無かったメンバーをみれば、頷ける。
「相当、お前らに不遇を掛けたようだな」
「そうだぜ」
白虎が言う。それに天后が怒る。
「そんなこと聖様に言わないで。聖様はそれだけ傷ついておられたのよ。それを」
「そうだな。俺たちもあの時、何もできなかった」
青龍も納得する。
「だから、今こそ、君たちの力を借りたい」
「ええ、私達で出来ることならなんなりと」
と言って、白虎以外、みんな考えを改め頭を下げる。
「気が気じゃありませんでしたわ。あなたが我らの存在も忘れる程に傷を負い」
天后が涙ぐみながら言う。
「すまなかったお前達の存在も消した。式であるお前達にとって、気が気じゃないな。ある意味その存在を消されるってことだからな。本当に済まない」
「そうだぜ」
と、白虎が言う。それに天后が怒る。
「あなたも頭を下げなさいよ」
「相変わらずお前達は仲良いな」
「もう熱いのなんのって」
勾陣が言う。
「多分、この余暇に一番喜んでいたのは、間違いなく白虎だ」
「何だと。勾陣、その口聞けないようにしてやる」
「出来るもんならしてみやがれ」
と、突然バトルが初まる。
それに、聖は笑う。
「これを見ない事には十二天将だとは思えんな」
「お恥ずかしいです」
天后が言う。
「確かに、これが十二天将かもしれませんね」
青龍の言葉に、聖は頷く。
「白虎のこれがなきゃな」
「おい、俺の喧嘩はそんなに多く無いぞ」
「そうおもうのは自分だけってな」
「何だと」
「白虎、もう辞めて。如何してあなたは、そんな喧嘩っ早いの」
「悪かったよ」
罰が悪そうに白虎が言う。
それに、聖は笑う。
「白虎、お前尻に敷かれるタイプだったんだな?」
「何だと?」
止めようとする天后を聖が止める。
「私も少し自分の力を試したい。だから、丁度いい」
「でも、試すなら、もっと弱いので」
「もしもの時に、私に加減が出来るのはお前達ぐらい強くないとな」
「そうですか?」
「それに、こちらも遠慮はいらないだろう」
「そうですね」
天后も頷く。
「と言うわけで、白虎一つ手合わせ願う」
「良いぜ」
白虎が言う。
と言って、突然バトルが開始される。
白虎が初めにしかける。それに、聖は札を投げる。そして、炎の術を使う。
「ナウマクサンマンダ、バザラダン、タラタアモガ、センダマカロシャダ、ソワタヤウン、タラマヤタラマヤ、ウンタラタ、カンマン」
白虎はそれをよける。除けたところに、聖はまた札を投げる。そして、力をぶつける。
それに、白虎が「まいった」と言う。
それに、聖は手をニギニギさせて言う。
「衰えてないな。良かった」
「さすが俺たちを式として使うだけのことはあるぜ」
「改めて認めて貰えたようで良かったよ」
聖は白虎に笑いかける
「俺は初めからあんたを認めてたぜ」
白虎が言うと、聖は笑う。
「認めてくれてたけど、喧嘩をその相手に売るなんて、お前は子供か」
「悪いかよ。俺のは、可愛いものだろう? 青龍や朱雀の方が反対したじゃん」
「そうだな。でもお前の様に突っ掛かってこなかったがな」
「可愛いもんだろう。騰蛇よりは、マシだ」
「そうだな」
聖はクスクス笑う。
「あいつとは、3日かかったもんな。会うまでに」
「だろ?」
「ああ、でも今では、凄い頼りになる仲間だ。お前もな」
そう言うと、白虎は唾を吐く。
「ケッ、褒めたって何も出んぞ」
「知ってるよ」
聖は笑うと茅場に言う。
「でも、じゃあ、何であんな夢を?」
「もしかしたら、聖様の別の部分で、悲鳴を上げているのかもしれません。自分は聖なんだと。スペアーなんかじゃないと」
「悲鳴か? 弱いな。私はたぶん、あいつになりたかった。あいつを、生きさせてあげたかった」
「ええ。でも、心の奥底では、聖として生きたいとお望みです。彼も、そう願っていましたよ」
「自分だけ、生きるなんて、ずるいよ」
「でも、それが彼の望みでした」
「あいつのこと分かったように言うな」
聖は泣き叫ぶ。
「確かに、私は彼のことを知りません。ですが、彼から、最後の言葉を託されましたからね」
意外な言葉を言われ、聖は驚く。
「えっ?」
「ええ、私が飛び込んだ際、まだ、息がありました。彼は、私にあなたのことを頼むと言っていました」
「嘘だろう」
「本当だよ。僕が聖のことを頼んだんだ」
星が霊となって出てくる。
「えっ、星?」
「あ〜、もどかしいな。もう、聖も、分かっているだろう。この人は、聖のために近くにいてくれた人だよ。僕が頼んだんだって、理由だけじゃ弱いよ。聖の何かが、この人を引きつけたんだ」
「でも、なぜ?」
「だって、聖こう言うとき弱いじゃん。だから、自分を殺すって言う方法を取ったんだよね。嬉しいけど辞めて。聖には自分の人生だけを見つめて、生きていって欲しい。それが、僕の望みだよ。それに強い味方もいるしね」
そう言って、茅場を見る。
「ありがとう。あなただけが、犯人と膠着状態の中、銃声がしたら、一番最初に飛び込んできてくれて聖を助けてくれたよね」
「お前も、助けたかったけどな」
茅場は、やりきれなさそうに言う。
「そう言って、くれてありがとう」
星は嬉しそうに笑う。
「聖、卓兄に気を付けて」
そう言われ、驚く聖。
「彼は、大切なもののためなら、今なら、家のために聖を傷つけることにもいとわないよ」
茅場に言う。
「こいつ一度心の中に入れた人間には、もの凄く甘くなるから。守って。十二神将の皆さんもよろしくお願いします」
と、頭を下げると十二神将は頷く。茅場も笑って、それに答える。
「知ってるよ。卓の考えもまた、分かっている。その思い確かに受け取った。必ず、守るよ」
「良かった。あなたなら、安心だ」
にっこり笑って消える。聖は泣き叫ぶ。
「逝くな、せいー」
「もう成仏させてやれ、お前のために、ずっと、この世にいてくれたんだぞ」
茅場は言う。
「星、ありがとう」
聖は泣きながら言う。
そうだ、聖は思い出す。あいつに逃げろと言ったとき、あいつは、怒ったんだ。
『私を見くびるな。おまえを犠牲にして、何になる。おまえに私の存在意義まで奪う権利はないぞ。お前は生きろ。俺の分まで』
と、言って見えない位置で、聖に痛みを与え何も言えないようにすると、犯人と交渉を始めたんだった。それはあたかも、星が聖であるように、犯人は間違えたはずだ。星を聖だと。だから、警察が来たとき、犯人はパニクって、星を撃ったんだ。
でも、卓を信用するなって、どういうことだろう?
星も、茅場と同じ事をいう。
「なぁ、どういうことだ?」
茅場は少し、考えて言う。
「私が大事にしているものがわかりましたか?」
「自惚れているわけじゃないが、お前が大切にしているのは、私か?」
「そうです」
「それを壊すって、どういうことだ? 卓兄が、私を壊すのか?」
「ええ。正確には、壊すというより、消滅ですかね」
「えー、殺すと言うことか」
「ええ、確実に。それも、あなたが自ら命を絶つことを狙って」
「それは、あの誘拐が原因か?」
「ええ、多分。親方様の汚点になりますから」
「そうか? 卓兄は親方様に心酔しまくっているものな」