スペーアとして
(何で、お前は私をおいて死んだ? どうやって? どうして? なぜ、お前なんだ? どうして、私じゃなかったんだろう? 私が死ねば、良かったんだ。私は元々お前のスペアーとして存在してるのに。だから、父もそれを無言で責めている、私を。お前がなぜ生き残ったと。それも当然か?)
自重気味に、笑い。そう思うと、聖はおかしかった。
(お前は私のその存在意義をまるで、無視して、どうするよ)
考えても分からない聖は、父親が変なルールを作る前にいたお手伝いさんにあいつの死因を聞いた。何でも、私たちは誘拐され、あいつが殺害されたところを助け出されたらしい。
(私は、その時何をしていた? なぜ、庇わなかったんだ。お前はこの家になくてはならない存在なのに。庇われて、どうする?)
ここら辺の謎も卓の出す問いを解けば、わかっていくだろう?
分かった時には、今度こそお前のスペアーとして、自分を捨てて生きるよ。
それで許してくれ。
聖はそう、願わずには、いられなかった。
聖が起きて物思いに耽っていると、襖の向こうから茅場に声を掛けられる。
「早朝から申し訳、ありません。当主が先ほどお戻りになりました。どうなさいますか?」
茅場の問いに聖は苦笑いする。一見、聞いてはいるが、その実、本当は返答など、聖には求められていない。もう、行くことが決定しているのだから。
「わかった。着替えて、すぐ行く」
聖は、制服に身を包むと、父親の部屋へと茅場と行く。
「どうなさいました? 表情が険しいですね」
茅場は聖に昔ついていたせいか正確に聖の思いを読む。聖はあまりの正確さに、思わずにが笑いをする。そして、今回は正直に言わずごまかす。茅場は、それにも気づいたが、優しく騙されてくれる。
「ただ、卓兄は、どうやってくるかなって、思って、考えると面白い」
「たぶん、卓のことだから、予想外の行動じゃないか」
「ふ〜ん。お前も、聞いていないのか?」
卓と仲の良い茅場も聞いていないとは、驚きだ。聞いているかと思っていたから。
「あいつとは、互いに一番大事なとこで相入れないですから。そもそもあいつとは一番、守りたい物が違います。私は、それを誤りたくはない」
「ふ〜ん」
一番、守りたいものとは、なんだろう? 茅場は、間違いなくこの家だ。では、卓兄はこの家の他に何かあるのだろうか? 考えても分からない。
まぁ、いい。いずれ、それも分かるだろう?
「まぁ、取り合えず、親方様に、そのように申し上げてきます。物思いに耽るのも、そのぐらいになさいませ」
茅場は頭を下げて引く。
一人残されると思考は今度は、その親方様へと向かう。会うのは、久しぶりだ。もともと家に帰ってくるのは、年1、2回あればいい方である。前回、会ったのは、この家の会合だった。それも遠くから、見ただけである。親子として対面したのは、いつだったか。もう思い出せない。
そのぐらいの付き合いしかない。だから、普通の子どもが父親に対して持つ思いというものが、聖にはわからない。
聖の家は代々続く、いわゆる旧家と呼ばれる家柄で、そういう家柄は、ご多分に漏れず、血筋を何よりも大事にする。当然、聖の家もその例に漏れなかった。
徹底した余所者排除の考えは、会社経営の場にも、その考え方の片鱗を窺わせた。会社の重役は全て、一族の者で占められていた。だから、外者はどんなに才能があっても上れない。例外と言えば、茅場ぐらいだろう。どうやって、入り込んだのか、外者である茅場が親方様付きになるなど例外中の例外だ。それを、母はイヤだと言って出ていった。そして、この家のとった行動は、連れ戻すでもなく、もとからいなかったものとして、その存在を消した。文字通りいなかったものとして扱った。初めからいないものとして、扱われる母。でも、星がいる限り、それは出来ない。因果なものだよな。
星は、思う。自分の存在が生む悲劇を。
足取り重く部屋の前まで行くと、茅場がいた。無視して通り過ぎようとすると、腕を捕まれる。
「今更ですが、朝の挨拶ぐらいしなさい。それが、どんなに気に食わない相手でもね。私の教えは守られていないみたいだね」
「これは申し訳ありません。おはようございます、茅場様。当家に挨拶がしたいのですが、入ってもよろしいですか」
棒読みのように、聖は言った。だが、それに、茅場は何も言わない。
「どうぞ」
襖を開け、茅場は頭を下げる。聖は部屋へと入ると、その場で正座し、頭を下げる。
「お帰りなさいませ。先ほど帰ったばかりと聞きました。お疲れさまです。お疲れでしょうから、長いは禁物、私はこれで」
聖が下がろうとすると、初めて声が掛けられる。
「お前は、『聖』(ヒジリ)以外の何者でもない。ゆめゆめその事を忘れるな」
父親はなぜか聖を聖と呼ぶ。それは、何故? 私にヒジリだと忘れさせないためか。徹底してるよな。と思うセイ。
初めてかける言葉がそれかっと、聖は悔しく思う。
ギュウッと手を握る。
「また、変な気を起こすな」
聖の瞳に一瞬の、殺意が浮かぶが、すぐに何事もなかったかのように、落ち着いた表情に戻る。かつて、あいつが亡くなったばかりの頃、死のうと庭の池に飛び込んだことがある。その時、助けたのが茅場だった。そして、父親にすごい怒られた。
「お前が聖のスペアーなら、それをきちんと演じろ。それが、お前の役割りだろう」と、頬を叩かれた。
何でも、聖には記憶がないが、助け出されたとき、警察の拳銃を奪い、自殺しようとしたらしい。
「何度もチャンスはないぞ。肝に命じておけ」
「御意」
聖は頭を下げ、部屋を出る。
(いったい、いつまで続くのだろう? そろそろ、緞帳を下げても良い時期なのではないだろうか?)
廊下に出ると、思わず溜め息が漏れた。
(これが、俺の望んだものだったのか?)
と、疑問に思う。
(幸せになれるはずだった。幸せってそもそも、何だ? だって、その時は一度としてこなかった)
聖には、もう分からない。
嘘で塗り固められた世界。
あいつはいつも素直に感情を出していたっけ。と、しょうもないことを思い出す。昔から、たまにしか顔を合わせなかった父親を前に、あいつは喜びを素直に表現していた。それに加えて、自分はどうであっただろうか?
いつも、あいつは言っていた。
「お父さん帰ってきて、嬉しくないのと」
正直、複雑だった。
でも、あいつはそれに怒ったっけっと、思い出しクスリと笑ってしまう。
「僕が子供見たいじゃないか」と。
でも今ならわかる、お前の方がずっと大人だったと。私はひねくれていただけだと。
「うまく表すことの出来無い感情」
それを、思い溜め息をつく。
「顔の良い人間がため息をつくと、それだけで絵になるね」
なぜか、茅場がいた。
従業員用の控え室に戻ったと思った茅場が笑いながら、言う。
「久しぶりの親子の対面は、いかがでしたか?」
それで聖は気づいた。茅場は私に、これが聞きたくて、ここにいたのかと、思うと、暇人だなと思う、ヒジリだった。
その問いに、無視して通り過ぎようとした聖を、もの凄い力で引っ張り止めさせたのは茅場だった。
「……っ」
聖は一瞬、顔をシカメ茅場を睨みつけるが、茅場には何も応えた様子はない。
「目上の者に尋ねられたら、きちんと答えなさいと、これもまた、教えたと思いますが。礼儀として、良くないですよ。どうやら、私の教えは、まるで守られていないみたいだね」
「イヤ、これ以上ないぐらい守っているさ」
聖は、そう言って、力付くで腕を取ると、歩き出した。茅場もついてくる。
「どんな、教えだい?」
聖は歩みを止め、振り返り、意地悪く言う。
「自分に慣れ慣れしく近づいてくる人間には、警戒しろ? だろ? だから、警戒しているさ。これは、間違いなくあんたの教えだ」
言外に茅場を信用していないという。茅場はそれに、面白そうに笑っていう。
「それで、いい。で、如何でしたか?」
「いつもと変わらず、挨拶をしたよ。これで、満足か。変な態度はとって無いさ。お前の大切な親方様には失礼なことは何もして無い」
そう言うと、茅場は、困った顔をした後、笑う。
「それは良かったです」
何故困った顔をするのか、この時の聖には、分からなかった。
部屋に戻ると、机の上に先程までなかった何かが置いてあった。行くときには、なかったものだ。聖が怪訝そうにしていると、茅場は聞いてくる。
「どうしました?」
「卓兄からの問題が、早速来たらしい」
そういわれ、茅場もすぐ気づく。
「これは、作文ですね」
それは、子供の頃の聖の作文ともう一つ星と知らない子の名が書かれた、子供の作文だ。
茅場はそれを見て、すぐ顔色を変える。そして作文を破いた。
聖は焦って、止める。
「何してる?」
「あいつ、こんなことを、クッソー。何考えているんだ?」
と、怒って、部屋を出ていく。
聖は、それを丁寧につなげ、セロハンテープで貼る。
それは、未来の自分に宛てた手紙だった。
星と書かれていた方には、
『僕は、あいつのためなら何でも出来る。あいつは普段強いくせに、意外と脆いとこもあるから、願わくば、あいつが傷つかないで欲しい。未来の僕へ。あいつは、笑っていますか? 俺は、何があっても、お前を守るから。それが、僕の望みです』
なぜか、聖の目から涙がこぼれた。そして、聖の方もまた、相手を思う気持ちがつづられていた。
『願わくば、お願い。あいつがあいつが私を庇って死なないように、己が狙われているなら、死ぬのは私で良い。だって、あいつが死ぬ理由はない。未来の私へ。あいつを使わないで、星として最後まで生きさせて、あげて』
どちらも相手を思うもの。そして、聖の願い通り、聖は逝った。けど、聖の望み通りにはならなかった。私が聖のスペーアと言う事は、聖の望み通りにはいかなかった。私はこの星ってことか。わけもなく泣けた。
聖は悲しくなり、自分が今できる事をやろうとし、言葉を囁く。
「ナウマクサンマンダ、バザラダン、アモガセンダ、マカロシャダ、ソワタウン。タラヤマウン、タラタカン、マン」
と、自分に向けて術を使う。だが、それを阻む者が突然現れた。
「な、な、何。お前誰だ?」
「私は十二天将の一人、青龍と申す者。ご自分に術を使うのは、お辞め下さい」
「十二天将が、なぜ?」
「俺たち十二天将は、あんたの加護を受けています」
静かな口調で言う。茅場もそこに戻って来る。それで、茅場も気づく。
「如何したんですか?」
「こいつを一人にするな」
青龍が言う。
「何が?」
「自分に術を使いやがった」
そう言うと、青龍は消える。
「な、な、何をやってるんですか?」
茅場は聖に怒る。
「だって、私が、守らなければいけなかったのに、何をしてたんだ? 私は、そのためにいるのに」
「だって、じゃあありません。何を考えているんですか?」
「私はあいつのクローンとして、この世に生を受けたんだ。なのに、俺だけ生き残って如何する」
「そうです。ですから、あなたは彼の分まで精一杯、生きなきゃいけない」
星は泣く。
「でも、あいつは責めている」
「聖様は責めるような、お人でしたか?」
そういわれ、違うことに気づく。
『あいつは、私に星として生きて欲しいと願っていた。じゃあ、あの夢の子は誰だ?』
星はまた、振り出しに戻る。
「お前に頼みがある」
「何ですか?」
「私を誘拐現場に連れていって欲しい」
茅場は一瞬考え込む。あまり、連れていきたくないようだ。なぜだろう? でも、星は何かを決めたように言う。
茅場は溜め息一つつくと、
「私でよろしければ、いつでも」
「こうなったら、学校も休む」
「では、今から行きますか?」
「ああ。すまない。私は知らなければ。そうしなければ、何も始まらない」
「そうですね。そして、真実を追求してください。その先に何があろうとも。目を反らさないでください」
まるで、その先にあるものを、茅場は、知っているかのように言う。
星は聞こうと、思ったが止めた。
それは、私自身が探さなくては、いけないことだ