鬼の望みとは?
「ナウマクサンマンダ、バザラダン、タラタアモガ、センダマカロシャダ、ソワタヤウン、タラマヤタラマヤ、ウンタラタ、カンマン」
焔の刃を聖は突然、海に向けて、放つ。海は、それを軽く片手一本でやすやすと受け止める。
「やはり黒幕はお前か?」
「あ〜あ、子供に向かって酷い事を」
「それを言うなら、お前だろ」
「俺は彼の願いを聞いただけだ。見解の相違だね」
「うまく言ったつもり何だろうが、それは願いを叶えたんじゃない。利用しただけだ」
「彼の望みは忙しい両親に休みをだった」
「だから、作ってあげたってか。それは、有り難迷惑だ」
「これは見解の相違としか言えないね」
聖はそれを鼻で笑う。
「相違とは便利な言葉だね」
そう言って、聖は呪法を唱える。
「身を妨ぐる荒御前、皆去りはてて憂うことなし」
聖は清めの神咒を口にする。
その瞬間、悲鳴が上がる。息もたえだえに少年は言う。
「俺を消せば、この子も消えるぜ」
その言葉に聖は何かに気付き、少年を透視する。
「ノウボウアラタンノウ」
呪法で透視すると、鬼の言う通り、鬼を消せば、少年の命も尽きる。
「お前まさか、少年の魂を使ったな」
少年の体には辛うじて微かに魂があるだけだった。
「如何するよ。俺を消せば、こいつの魂も消滅するぜ」
妹が庇う。
「お兄ちゃんをいじめないでお願い」
涙を命一杯貯めて言う。
「仕方ないな。微塵となりて退散せよ、急々如律令」
そう言って自分の下に鬼を置いたのだった。そして、兄弟、両親を眠らせると、聖は次の呪法をいう。
如何しようかと考える。
ただ一つのことだけは決定していた。
「悪いな。海お前をこのままこの家において置くわけにはいかない」
「ううん。有り難う母さんと父さんを助けてくれて、それから僕らも」
そう言ったという事は、彼も気付いていたんだ。何故、鬼が自分についたのかを。だから、さっきも両親のことしか言わなかったんだ。嬉しそうに少年は泣く。
「どうせ泣くなら、もっと思いっきり泣け」
「泣いても良いのかな? もともと、自業自得なのに」
「休ませてあげたかったんだろう。ご両親を」
「僕が遊びに行きたいと願ってやったことだから、いけないんだ。罰が当たったね」
聖は少年を抱き締める。
「お前は何も悪くない。子供として当然の願いだ」
ウワーンと少年は泣き出す。
そして、暫くすると指令となった鬼が出て来る。
「有り難うな」
「お前この子の命を繋ぎ止めていたんだな」
「そこまで、気付いたのかよ。ヤダね」
「何とでも、この子の命はもう僅かだった。それをお前は助けたんだ。お前はけして彼の命を奪っていた訳じゃないんだな」
「こいつは、俺がまだ小さな力しか持たなかった時に、変だけどこいつ、鬼の俺を守ってくれたんだ。そして大きな力を手に入れ意気揚々と会いに来てみれば、もう遅かった。何とかして、強い力を持つ者の出現を待った」
「そして、君の目に私が止まったと」
「ああ、あんたの力は強いよ。いろいろな術も知ってるしな」
それに聖は苦笑する。
「それは、誉め言葉として、受け取っておこう。ところで、お前がご両親にかけている術を解いてくれ」
「それだが、俺じゃない。俺は、こいつの事で、頭が一杯で、雑魚には関わっていない」
「そうか、じゃあ別のか? 丁度いい。白虎、お前の練習の場だ。存分に暴れてこい」
「了解」
白虎が出て来ていう。それに、驚く鬼。
「お前十二天将も遣えるのかよ?」
「いう事は聞かないがな」
聖は笑って言う。
「この声は神の声、この息は神の息、この手は神の御手。降ましますは高天原の風、神々の伊吹よ。現世と幽世を隔て光の籬と成せ」
そして、聖は呪印を結び、この家に結界を貼る。
「それ結界だろう?」
「ああ、そうだ。お前よく知ってるな」
「ああ、昔、力がなかった時呪法を勉強したからな。今、結界貼って良いのかよ。逃げ道空けとか無くて」
「何故、逃げ道なんかいるんだ。逃がす必要なんかないだろう」
聖はそう言ったのだった。
「お前、鬼畜だな」
「そう鬼に言われるのも変な気分だ。鬼に鬼らしいなんて言われるのは、消して誉め言葉じゃ無いぞ。まぁ、良い。今後、海を哀しませるな」
「当然だろう。こいつは、鬼として弱かった俺に生きる理由をくれた。そんな奴を悲しませるかよ。俺の命に変えても良い」
「そうか」
「ああ、絶対に守る。でも、あんたにも変えしたいね、俺は」
「それは、海を慰めてからでイイぞ」
「悪いな」
海が出てくる。
「良い子だった子に、神様は酷い事をする」
それに、海は笑う。
「じゃあ、僕はこれから神に足を向けて寝る」
「それは、良いぞ。でも、鬼には」
「当然じゃん。神は僕に何もしてくれなかったけど、僕を生きさせてくれたのは鬼さんだもん」
海が言う。
聖が言うと、海は遮って言った。
「家族から僕の記憶消して」
それに、聖は驚くように言う。
「お前?」
「それしか、方法ないんでしょ? だって、お兄ちゃん如何しようか困ってる?」
「そうか。ちゃんと、分かっているんだな。じゃあ、消すぞ」
「うん。生きていてくれるならそれで良い。やって」
逆に早くやってほしそうだった。
「謹請し奉る。悪しきゆめ、幾度みても身に負わじ」
忘却の術をかける。
「終わっちゃった。僕が生まれた事もすべて・・・」
言葉が続かない。そして、海は静かに涙を流す。
「本当は私が延命の術を知っていれば、良かったんだけどな」
「ねぇ、僕が寿命が終わるまで、いちゃいけなかったのかな?」
「そしたら、恐らく遠く無いうちに家族の者の中で死ねただろうな? その方が良かったか?」
それに、海は慌てたように言う。
「違うよ。僕は本当に感謝しているんだ」
「戸惑っているだけですよ」
茅場は助け船を出す、海を。
「そうか?」
聖はそう言った。言ったが、その実聖は悩んでいた。自分の選択が正しかったのかを、言わなかったが、けして正しいと言う理由が思い至らなかった。
「取り敢えず今はその考えは捨てろ。今は海君のことだけを考えろ」
「わりいな」
「急に家族からその存在を消されたんだ。消した人間が言うのもなんだが、辛いだろう。だから、お前の役割りはその子を慰めてやれ」
「分かった」
「後は、白虎の報告待ちだな」
そう言った時、白虎が戻って来る。
「なんだあれは? 雑魚ばっか」
聖はすぐに聞いた。
「如何であった?」
「雑魚ばかり、うぜえ。もう少し骨のある奴いても良いのにな。あれじゃあ、何の訓練にもならん。お前の横にいる奴ぐらいの奴がいて欲しかったね」
白虎は面倒くさそうに言った。
「最初から、そんな力の強い奴じゃ。困るさ」
「でも、そいつは骨ありそうだな。そいつとヤらせろよ」
聖は直ぐ止める。
「暴れたり無いのは、分かるが、それはダメだ。こいつは、もう私の式だ」
「私は別に構いません。私も十二天将の方を相手にしてみたい。ですから、お手合わせ願います」
「お前?」
「私は自分の力が今どの位なのかみたい」
とやる気になる鬼に、聖は頭を抱える。
「お前まで乗るな」
「イイだろ? 彼もやる気になっているし」
白虎が言うと、聖はため息をついて言う。
「仕方ないか。じゃあ、鬼よ。海を眠らせておけ」
「了解」
そして、白虎と鬼は、何故か対決する。力は明らかに白虎の方が強い。そう、聖は思ったが、意外にも鬼は強かった。それには、白虎も驚いたようだ。右手に傷を負いチッと舌打ちすると、聖が叫ぶ。
「白虎辞めろ」
怒った白虎は我を忘れて術を放つ。
「お前ムカつく」
それが、見事に命中し、鬼は意識を失う。
聖は直ぐに癒しの術を使う。
「華表柱念」
光に包まれ傷は治る。
それに、白虎は罰が悪そうな顔をすると謝罪する。
「悪かった」
「いや、お前のおかげで彼の力も見れたし良かったよ。それより、お前も見せろ」
「こんなのへでも無い」
「これからの事を考えたら、治せるうちに直した方が良い」
「ちっ」
白虎は舌打ちすると聖に腕を見せる。
「これは、見事なほど、スッパリと」
何故か嬉しそうに、聖は笑う。
「なぜ笑っている?」
「お前のおかげで、彼の力が分かったからね」
そう言って呪法を言う。
「華表柱念」
そう言って海の横に腰を下ろすと言う。
「お前、本当に頑張ったんだな」
そして、頭を撫でる。すると、海が目を覚ます。
「お前は大丈夫か?」
「別に全然平気だよ。如何かしたの?」
「いや、お前の鬼は本当にお前と再び会うために努力したんだと思ってな」
「うん、昔から、頑張り屋さんだったもん」
「そうか」
「いつも傷だらけだったけど。本当に頑張ってたもん」
「じゃあ、名前をあげなきゃな」
「名前?」
「ああ、いつまでも鬼と言う名では、可哀想だろう?」
「うん。じゃあ、僕が海だから、海を青く見せる空はどうかな?」
「イイかもな。じゃあ、こいつはこれから空だ」
聖は笑いその家を後にする。
「うん」
嬉しそうに笑う。
「これから、お前は篁の姓で学校に行け。多分、これから嫌な事にも沢山ぶつかるだろう? それに負けるな」
「はい」
元気に返事をする。その時、鬼が目覚めた。
「ウッ」
「大丈夫か?」
「あんまり、無理するな」
「無理させろ。そのぐらいの事、あんたはしてくれたよ。それなのに、俺が無理せず如何する」
「とりあえず、今は言葉だけ受け取って置くよ。でも、お前が考えるのはまず、海の事だ。此方のことじゃ無い。余裕が出来たら手伝ってもらうよ」
聖はそう言った。
「取り敢えず今はその考えは捨てろ。今は海君のことだけを考えろ」
「わりいな」
「急に家族からその存在を消されたんだ。消した人間が言うのもなんだが、辛いだろう。だから、お前の役割りはその子を慰めてやれ」
「分かった」
海が出て来て言う。お母さん達このまま、ここにいて大丈夫かな」
「その点は、心配ない。結界を貼ったしな。でも、ここは見事なまでに、霊の通り道だからな、一応中に逃げれないようにしたし、もう入って来れないから、安全だ」
「良かった」
嬉しそうに笑う。その笑みを見て、聖は何だか辛くなる。
「ごめんな。家族から、お前の記憶を奪って」
海は泣きながら、家族に最後の別れをすると、改めて聖に頭を下げた。
「有り難う。皆さんが僕の命を繫いでくれた」
「いいや。できる事なら、お前に普通の生活を送らせてやりたかったよ」
「本当に有り難う。でも、僕の体ではそんなにもたない。あなたが、頭を下げるなら僕も下げなきゃ。ごめんなさい。そんなに丈夫じゃなくってて」
「君が謝ることじゃない」
「だったら、あなたが謝る事でもないよ。これは、誰のせいでも無い。これは神様が僕の寿命を決めたから」
ウミが出てきて言う。
「でも、十二神将の名は伊達じゃないな」
白虎が出て来ていう。
「いや、お前もなかなか。俺が傷を負ったのは、久しぶりだ」
それに、騰蛇が出て来て言う。
「情けねぇな。力が落ちたんじゃないのか?」
「アァーン、何だと。もう一度言ってみろ」
白虎は怒鳴る。
「何度でも、言ってやら~。平和ボケしたんじゃないか?」
「何だと、貴様?」
そう言って二人のバトルが始まったが、何故か聖達は澄ました顔だ。
「おい、いいのかよ?」
「何が?」
「止めなくてだよ」
ウミが言う。それに、聖は笑って答える。
「いつもの事だからね。納得行くまでやりあった方がいい」
そう聖は言ったのだった。天后もそれを笑って見てる。
「男の方は、すぐ拳で言葉を交わすので、参ったものですね」
「そうだな」
聖は笑う。
「でも、それで良いのかもしれませんね。悪いと言うのは、簡単ですが、そうする事でしか分からない事もあります。痛みを負うことから、守るのではなく、痛みを負った時に一緒に痛みを分かち合う事ではないでしょうか?」
「でも、子供としては申し訳なく思うと思うな」
海が言い。
「そうかもな」
聖も頷く。
「痛みなんか笑い飛ばせれば、良いんだけどな」
「難しいね」
「ああ。でも、それから、逃げずに戦って行ければ良いな」
「でも、如何やって?」
「それなんだよな。如何するのが、良いのかね。俺にも分からん。ただ、逃げたら、負けだとしか。その戦いが、いつまで続くのかは俺には、分からねぇがな。一度逃げれば、その後もずっと逃げる羽目になるのだけが、俺は嫌だね」
「そうか」
白虎が言う。
「お前はそうやって、今まで十二神将を式とするまでに、戦ってきたんだな」
騰蛇も納得した様に言う。
「ああ、そうだ。多分な」
聖は笑う。
「そうで無ければ、お前達を式とは出来ないさ。さぁ、帰ろう」