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狼の女王  作者: 夕霧沙織
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五章 調査者



 先生は先程からずっとにこにこしている。街に戻ってもそれは変わらず、機嫌の良いまま唯一のレストランで少し早目の昼食を注文した。先生が御機嫌なんて不気味極まりない、早く席を立ちたい。

「実にcleverだ」

 ヒレステーキを大振りに切って食べながら先生が口を開く。

「クランベリー女王の事ですか?私にはそうは見えませんでしたけど」

「彼女は見抜いたぞ、吾輩達の正体を」

「え!?ま、まずいですよそれは……」他の客に聞かれないよう声を落とす。

 当事者達に決して気取られぬよう極秘に調査せよ。上司にそう言い含められているのに、早くもバレてしまうとは。

「何故だね?こそこそ嗅ぎ回っていれば何れ悟られるのは目に見えておったが。那美君の上も察しているだろう」ポケットから古びた懐中時計で時間を見て、「おや、定時連絡の時間だぞ」

 ラッキー!思わず心の中でガッツポーズ。

「あ、もうそんな時間……店の人に電話を借りてきます。先生、食事代は自分で払って下さいね。私水しか飲んでませんから」

「常々思うが、何故君は昼食を摂らないのだね?人間の身体は朝摂取した栄養が夜まで持続するようにはできていないのだが」

「単に学生時代の習慣です。先生こそ三食肉にがっついて、どんな環境で育てばそんな丈夫な胃袋を手に入れられるんですか?」

「恐らく一時期の反動だろう。決して病などではないぞ。ただ、あの頃の事は思い出したくもない。実に不快な時期だった」

 不愉快な記憶が蘇ったのか、先生の手が苛立たしげにステーキを解体する。この分では帰ってくる頃には皿五枚は積み上がっているだろう。良かった、いつもの先生に戻った。

 お金を渡して店の奥の電話を貸してもらった。勿論携帯電話も持ってはいるが、この辺りは高い山が多いせいか電波が非常に繋がりにくい。


 プルルル……ガチャッ。


「宝 那美です」

『やあ。調査の方は進んでる?』

「今朝事件現場の街に到着しました。午前中は留置所の被疑者達と面会を」

『やっぱり同じ事しか言わない?』

「報告書通り全員犯行を全面否認しています」

『刑務所の方の報告をまだ聞いていなかったね。昨日行ったんだろう?』

「今の所は白ですね。受刑者、職員や清掃員、面会者にも話を聞いているそうですが、精々暴れ出した受刑者の頭を拳骨で殴った事例ぐらいしか出てきていません」

『そうだね。プルーブルー刑務所は清掃活動や奉仕作業を刑務作業に取り入れた犯罪者更生に熱心な感心すべき刑務所、とある』

「外聞は幾らでも取り繕えますが、実際中に住んでいる受刑者達も覚えが無いとなると、刑務所内での犯罪行為の可能性は限り無く低いと思われます」

 ペラ、と受話器の向こうで軽い音がした。上司が書類を捲っているようだ。

『プルーブルーの街でその類の事件は?』

「ここ数年起きていません。被疑者の親類にも警察が訊き込みましたが、特に変態的な性向奇行を持っていると言う報告はありませんでした」

『ベッドの下は?』

「は……?」

『普通成人男性なら二冊や三冊は入っているだろう?警察はそれもちゃんと調べたのかい?』

 上司の発想の窓口の広さには毎度驚かされてばかりだ。とてもあの堅物先輩の曾祖父とは思えない。

「家宅捜索の資料を見る限り、動機に繋がるような特筆して如何わしい物は発見されなかったようです」つまり通常範囲内の如何わしい物はあった訳だ。

『君はどう思う?』

「薬物以外による集団凶暴状態下での犯行。しかし、仮に全員が犯行時に精神異常を起こしていたと立証されても懲役は免れないかと。犯人は刑務官で被害者は受刑者、完全に職業倫理に反しています」

『元受刑者、だ。現在彼は連合政府の敷いた法の外、治外法権下にいる』

「その受刑者、先程遺跡の中で会いました」

 ほう、上司が興味深々と言わんばかりに息を吐いた。

『遺跡で?何のために?』

「アス君は人見知りが激しいと言いますか、いえ、いるはずのない人間がいて敵なのかどうか警戒していたようです。主に事情を説明してくれたのは一緒にいたセミアさん、あの未遂事件のもう一人の被害者です。とは言え彼女も最初は結構警戒していて、偶然リュックに入れていた新刊書をあげなければ何も話してくれなかったかもしれません」

『へえ。何の本を?』

「最近復刻された考古学者シリーズですよ。私が持っていた一冊だけ読んでいなかったそうで。彼女の話によれば、今日は女王の指示で朝から遺跡探索をしていたようです」

『女王?』

「はい。女王とペットの犬と皇太子、それに先程の二人で。あ、その事に関して、先生が女王に私達の正体がばれてしまったようだと言っているのですが」

『……まあ、想定はしていたよ。さっきの話に戻るけど、刑務所内外で犯行に直接結びつく証拠は見つからなかったんだよね?』

「はい、一切………あ」

 まだ調べていないではないか、最も疑わしき所を。

「いえ、アス君とキイス・バーモン元刑務官以外からは発見されませんでした。資料によればプルーブルー刑務所で常時独居房を使っていたのはアス君一人」

『防音の効いた密室状態、これ程疑わしき状況は無い』

「しかし乱暴されたなら彼自身証言しないはずがありません」

『暴行未遂事件の際、所長は麻酔薬を所持し投与しようとしていた。それに獄中でも受刑者が特に暴れた時には使用したとある』

「確かに眠らされていたなら有り得る話です。ですが異変があればキイス刑務官が気付くのではないでしょうか?彼はよく勤務時間中拘束服を外し自由にさせていたそうですから」

『キイス氏が共犯だとしたら?』

 そう、最後の可能性はそれなのだ。

『いや、主犯と言った方が適切か。他の刑務官が共犯ならわざわざ調べてくれなんて言わないだろうし。となると、刑務所内の証拠は脱獄の時にとっくに隠滅されているだろう……』

「幾らなんでもそれは考えにくいです。証言によればキイス刑務官にとってアス君は死んだ息子の生まれ変わり、彼を乱暴するなんて」

『僕は懐疑主義的な所がある。それに一度考えだすと止まらない。僕が喋っているのはほとんど空想だからそう真剣に取り合ったり相槌を打つ必要は無いよ』そう断ってから、『生まれ変わりだから、かもしれないね』

「え……?」この上何を言い出すつもりだろう。

『息子にしていた事をそのまま彼にもしたとか』

「それこそ有り得ません!」思わず大声が出てしまい、慌ててカウンターで吃驚している店長に何でもないと手を振る。「あ、有り得ません。息子さんが死んだのは五歳なんですよ?」

『僕は二歳の時からそう言った虐待を受けていた人間を調書した事があるけど?でも、これで取り合えず君と先生に次に調べてもらう事ができたね』

 上司は息を吐き、『クオル王国に渡ったキイス元刑務官の犯行への関与を調査、徹底的に』

「治外法権ですよ、この場所にいる限り逮捕はできません」

『そうでもない。政府管理下で起こった犯罪ならたとえ宇宙の果てでも拿捕は可能だ。アスの場合は女王が既に確定した刑の引き継ぎ手続きをしているから強引に出国させる事はできないけどね』

「で、でも万が一キイス刑務官が犯罪者だとしたら、アス君は一人になってしまいます」

 養父が逮捕されたとなれば、不安定な精神を持つ彼はどうなってしまうのだろう。

『そうなれば提案すればいいんだよ、籍を戻せば同じ刑務所で毎日会えるってさ』

「狡いです、それは……」

 確かに犯罪者は捕まえ裁かなければならない。しかし、先程の弱気の中にも微かな誇りの光を目に湛えた彼を思い出すと、ここから引き剥がすのは余りに可哀相ではないか。

「刑務所にいた頃は資料によれば一日中独居房暮らしで、日中の刑務作業も精神的な理由で免除されていました。でも、今彼は国のため女王のために毎日仕事ができて嬉しそうです。そんな彼に戻れなんて……」

 あの少女にしか見えない女王の采配なのだろうか。だとしたら彼女は少なくとも連合政府には救えなかった人間を一人救った事になる。

『那美さん。全てはキイス刑務官が罪を犯しているかどうかだよ』

「分かっています。早速午後からクオルでの潜入捜査を開始します」

『よろしい。一分の漏れなく調べてきてくれ』

 電話を切る前にもう一つ訊いておきたい事がある。

「あの、先輩はあの後どうしてますか?元気にしてます?」

『ラントかい?そんな訳ないだろ。脱走したと聞けばショックで食事を抜いたらしいし、襲われたと聞いて仕事しながら鬱々してる。既に君以外にも母親と裁判所の上司から相談の電話が掛かって来たよ。週一、二回しか会わない僕にどうにかできる問題だと思う?』

 やっぱり。先輩は学生時代から落ち込む時はとことん落ちる性質なのだ。

『今朝一応呼んでアドバイスしといた。だから君まで影響されるなよ?』

「どんな事を言ったんですか?」

『そこまでは言えないな、家族の秘密だからね。まあ君がラントに嫁ぐ気ならこっそり教えてあげるけど』

「結構です」

 思わず受話器を降ろしてしまった。



 二人と会った階層を一通り調査し終え、ボロボロになりかけた手記らしき古い書物を一冊手に入れた。女王陛下はそれを妹君に渡し、今日の探索はここまでにしようと言った。

「まだ昼前だぞ。一応食料も持って来たし、もう少し奥まで進んでみようぜ」腰に吊るしたクッキーの袋を指差して言ってみる。だが彼女は首を横に振った。

「何だ、疲れたのか?それとも、あの二人組が」

 学者と助手にしては違和感がある奇妙な連中。時折見えた鋭い眼は凡そ考古学者とは思えない。

「まぁ、そう。とにかく早く戻ろう」

 降りる時は二時間以上掛かっていたが、上りは道が分かっているので三十分程度で入口まで辿り着いた。

「クゥン」

「随分早い」

 賢狼が日の当たる岩の上で寝そべりながら声を掛けてきた。どうやらずっと俺達の帰りを待っていたらしい。

「何か見つけたのか?」

「まあね。フィジス、この遺跡麓と横穴で繋がっているみたい。そこまでは行った事ある?」

「いや。我々は極浅場しか入らなかった。どこかと繋がっていても不思議ではないがな」

「そこから入ってきた考古学者と鉢合わせしたの。彼等、午後にはこっちに来るよ。白髪の入りかけた四十代のおじさんと、赤い髪の二十代の女の人。見かけたら丁重におもてなしするよう他の狼達に言っておいて」

「どちらの意味合いで?」前脚で耳の辺りを掻く。

「勿論、下へも置かないよ。ところでバーモン氏を見かけなかった?話があるの」

「ああ、あの人間なら自室で休んでいるぞ」

「え、刑務官さんどこか具合が悪いのですか?女王様、早く戻りましょう」

「いや、急を要する事はないのだ。放っておけば勝手に治る」

「ですが賢狼様」

「心配せずとも夕食の頃には元に戻っている。お主は案ずる事無く職務を全うせよ。リリア皇女が手伝って欲しい事があるそうだ」

「リリアさんが?分かりました」

「ええー、またぁーー!?どうせ面倒臭い事だよ、サボっちゃおうよ」

 断っておくが姉さんの用事をしているのはアスだけだ。妹君は傍をトコトコ付いていきながら本を読んでいる。昨日のように歩き回るのが嫌なだけなのだ。

「でもセミアさん、困っているかもしれませんし、行った方が」

「やだあ!もう歩き過ぎて疲れちゃったー!お腹も空いたー!」手をバタバタさせて拒絶の意志を表す。……前から疑問に思っていたが、これは本心だろうか?どうも中身の知力とギャップがあり過ぎる気がしてならない。

「えっ!?えっと、まだ昼食の準備はしていないはずだから……あ、確かクッキーの残りがキッチンにありました」

「嫌ぁ、クッキー飽きた!昨日からそればっかりじゃない!」

「なら手伝いの前にリリアさんに頼んでカスタードクリームとジャムを分けてもらいましょう。挟んで食べればきっと美味しいですよ」

 妹君は仮面の下の目を左右に動かし思案した。

「……それならいい。うん、行こ」

 城に向かう二人に続いてクランも歩き出す。

「レイ」

「何だ?」

「アスがしばらく離れに近付かないようにそれとなく見張っててもらえる?」

「聞かれたくない話なのか?」

「うん。昼食の時にはもう終わってると思うからそれまで。あの分なら多分大丈夫だと思うけど念のため」

「ああ、分かった」

 と言ってはみたものの。

(確か二階の手前の部屋だったか)

 音を出さないよう慎重に階段を上る。昔々こそ使用人が寝泊まりしていたらしいが、現在はキイスのおっさんとアスが一室使っている以外は空室だ。

(でも何で一階じゃないんだ?景色が良いわけでもないのに)

 上り終えると目の前の扉の向こうからクランの話し声と、ボビーのクゥンクゥン鳴く声が聞こえてきた。

(お前が何にも説明してくれないからだぞ。別に俺に覗き趣味がある訳じゃ)

 さてどうするか……ここからだと声が小さくて聞き取れない。

「お兄ちゃん、こっちこっち」

 囁き声に視線を移動させると白い仮面の少女が隣のドアの隙間から手招きしていた。さらに慎重に息を殺してそちらに滑り込む。

 六畳ほどの狭い部屋だった。使用人達の勉強のためか奥の棚に料理や裁縫の本が入っている。部屋の中央には錆びて動かなさそうなミシンの置かれた大きな木製のテーブル。向って右の小棚には裁縫に必要な端切れや糸が見えた。

「どう?」部屋の左側にあるドアに耳を押し当てている青年に声を掛ける。

「刑務官さんはずっと沈黙したままです……あ、レイさん」

「お前らクッキーはどうした?もう食べてきたとは言わせないぞ。俺は真っ直ぐここに来たんだ」

「あんなの嘘に決まってるじゃない。狼さんがああ言ってたから元気づけに来たの。でもお姉ちゃんが先に来てると思わなくて、慌ててここに隠れた訳」

 これだけは確信できる。絶対嘘だ。

「俺は女王様から話が終わるまでアスを近付けるなと仰せつかっているんだがな」

「アスはでしょ?いいよ、一緒にお城に戻ってれば?でも私はここでずっと聞き耳立ててて動けないから、アスが途中で暴れても自分で何とかしてね」

「お前も出るんだよ」

「何で?お姉ちゃんに命令されてないのに。それにお兄ちゃんに私が捕まえられる?」

「くっ……」

 ただでさえ俊敏な、しかもこちらと精神世界を自在に移動する相手。普通の人間より多少性能が良いぐらいの俺では遊ばれるのがオチだ。

『……成程。覚えはあるのね』

 沈黙を破ってクランが話す。

『一度だけだ。抱き締めても彼の震えが止まらなくて、今にも死んでしまいそうな息をしていた。巣から落ちて凍え切った雛のようで、それで……もう少しで取り返しの付かない事をしてしまう所だった』

『感情だけで行動には移していない、と。証明はできないよね?』

『あの子の証言は……ああ、そうか。薬を盛られていたと連中は仮定しているはずだったな。それなら潔白を証明する手段は無い。勿論罪の証拠もあるはずがないがな』

 罪?クランは何を疑っているんだ?それに連中……あの二人組の事か?

『女王陛下、私は逮捕されるだろうか?』

『いえ、今の状態なら多少事情を訊かれるだけだと思う。あなたを捕まえた所で集団発狂の原因が分かる訳じゃないし。でも………』

『どうした?』

『一度でも思った事があるのが……バーモン氏、一つお願いがあるのだけど』

『何だろうか』

『しばらくアスと寝室を別にしてもらえないかな?出来れば彼は城の方で預からせて欲しいの』

 フン。鼻息がここまで聞こえてくる。

『あなたも疑っているのか』

『いえ、正確にはこれから疑うかもしれないと言う所。バーモン氏は信じている、でも』

『証拠は無いか。それで無実が証明されるなら……だが急に部屋を移るとなると、私はいいがあの子は不安に思うだろう』

『心配はいらない。レイに一緒に寝てもらうから』

 え、俺?アスの方に顔を向けると彼も吃驚してこちらを見ていた。

「ど、どういう事でしょう……?僕が刑務官さんと一緒だと女王様は困るのでしょうか?」

 ニュアンスから察するとむしろ問題なのはキイスのおっさんか?だがおっさんは至ってマトモな常識人だ。

『それに養父とは言え二十歳を超える息子といつまでも同じベッドで寝ているのはどうかと。少しずつ慣らしていった方がいい』

『確かにそうだが、夜中に恐怖で目を覚ました時付いていてやれる距離にいないと』

「向こうの部屋ダブルベッドなのか?」

「ええ。家でもそれで寝ていました」

 こんな背のデカい子供と毎日枕を並べて狭いとは思わないのだろうか?まあ、可愛い可愛い子供のためなら自分の寝心地ぐらい犠牲にして当然か。ちなみに俺は五歳の頃にはちゃんと一人で寝ていたぞ。

『……分かった。今夜から私は一人で寝るとしよう』

『感謝する』

『無実の罪で捕まる訳にはいかない。あの子が本当に一人になってしまう。……それで、政府の調査員にはどう対応すればいい?』

 奴等連合政府の人間なのか。警察では手に負えない事態のようだ。

『正直に話して。さっきも言ったけれど、証拠が無ければ逮捕はされない。彼等も決め手になる物は持っていないはず、恐れず堂々としていればいい』

『クゥン』

『ありがとうボビー。大丈夫、自分の潔白は一番良く分かっているよ』

 ふと隣を見ると、話の刺激の強さにアスの顔が真っ青になっていた。

「逮捕って、まさか僕を脱獄させたから?」

「ううん、違うみたい。証拠無いって言ってたし」

「では何の罪で?刑務官さんは無闇に法を犯すような人では」

「本当にそうだろうか?」

「わっ!?」低い男の声がすぐ後ろの耳元で響いた。振り返るとさっきの考古学者が顎に手を当てて俺達と同じように座り込んでいた。全然気配を感じなかった。

「あんたいつ入って来てたんだ?」

「ついさっきからだが。それより随分面白い話をしているではないか。キイス刑務官は何の罪に問われようとしているか、君は知っているだろう青年?」

「し、知りません、本当に……僕が教えて欲しいぐらいです」

 アスの瞳に恐れと警戒の色が浮かぶ。それに対しセミアは学者の顔を覗き込んで首を捻っている。

「おや、吾輩達の仮説が正しければ被害者は君以外有り得ないのだがね」

「え、僕が……?僕は何もされてませんよ」

「それは当然だよ。恐らく君は薬で」

「そこ、真っ暗だね。牢獄?」

 少女の言葉にベルイグの頬の赤みが消える。

「わ、吾輩の心を覗いたのか……?」

「夢を視ているだけだよ。何なら醒めないぐらい深くまで落としてあげようか?」

 仮面の奥の瞳がスーッ、と細くなる。

「あのおじさんを調べても無駄だよ。そう言う願望の夢が無いもの……だからこれ以上余計な事を吹き込まないで欲しいな。治療に差し障る」

「治るべき、君は本当にそう思っているのか?」

「何ですって?」

「狂いを何故治さなければならぬ?狂気に侵された状態こそ彼が真に望む姿かもしれないだろうに。そもそも正気と狂気をどこで判別する?お前も、そこの青年も、今この瞬間自分が狂っていないと言い切れるだろうか?」

「妄言だわ。二人共聞いちゃ駄目」ふわっ、と飛び退き、両手に茶色の背表紙の絵本を召喚する。「私達は狂ってなんかいない」

「浅はかだ」学者は両手を上げて振った。「狂いを受け入れた人間がどれだけ生命力に満ち美しいかお前達は知らぬと見える。彼等のゾッとする程強い瞳、倫理と言う檻を破った者だけにできる激情的な行動、集合的無意識から発せられる余りにも深い真理……理性に雁字搦めにされた輩には決して価値を見い出せぬだろう」

 こいつ、一体何なんだ……?駄目だ、聞いていると俺の中の境目が、揺らぐ……。

「揺らいでいるのではない。境など元から存在せぬのだ。狂乱か緩慢な死だけが人に許されている。お前はどちらを望む?」

 笑む男の顔は全く安心とは程遠い。

「狂気を解放すれば全ての願いは叶う。人の欲望は大抵小指程で片が着く。さあ」

 顔が近付き、息が頬にかかった瞬間、脳裏にある顔が浮かび上がった。

「巫山戯るな!!!」

 手加減無く突き飛ばし、腰に差したナイフを抜く。

「そんな物に頼らなくても俺は自力で望みを叶えてやる!余計な真似をするんじゃねえ!!」



 大声で何事か叫んだ後、レイは唐突に目を開けた。

「っ……はぁはぁ……あれ、ここは」

「気が付いた?」

 冬なのに額に大粒の寝汗を掻いている。あんなに魘されていればそれも当然か。

「クラン……?あれ、お前キイスのおっさんと話してたんじゃ」

「?どうしてレイがそれを知ってるの?」

「当たり前じゃないか。だってお前自分で言っただろ?これからキイスのおっさんと話してくるって」

「……何言ってるの?レイに言う訳ない」

「いや、間違い無い。俺はちゃんとこの耳で」

「私も間違ってない。気絶していた人間にそんな事言うはずないでしょ」

「……気絶?俺がか?」

「遺跡の中で二人に会った直後、突然倒れたの。身体に異常が無かったから戻って来てベッドに寝かせた。どう、調子の悪い所は無い?」

「いや、別に」

「そう」

 余程夢見が悪かったのか、まだ顔が紅潮している。

「あ、あの二人、もう来ているんだろ?あいつら連合政府の」

「……まさか。何を調べに?」

「決まってんだろ。アスとキイスのおっさんだよ。夢の中でお前とおっさんが相談していたんだ、おっさんが何かの罪で連中から疑われてて、だからアスを俺の部屋に移すって」

 おかしいな……話は離れでしたのに、どうしてレイが聞いている?

「凄い勘の良さね。予知夢の才能があるんじゃない?そう、今日からしばらくこの部屋にアスが来るの。でも発案はセミアよ。理由も、精神的に安定してきたから試験的にやってみるだけ……っと、来たみたい」

 私がドアを開けると、着替えの入った鞄を手に持ち、衛兵用の槍を肩に掛けた彼が立っていた。

「こっち」

「え、こちらは確か……」

「いいの。入って」

「お、お邪魔します」

 彼が入ってくるとレイがようやく上半身を起こした。

「よう。済まなかったな、また運ばせちまって」

「いいえ。もう大丈夫なんですか?」

「ああ。俺の部屋へようこそ……って、おいクラン!ここにもう一つベッドが置ける訳ないだろ!?スペースが足りない!」

「一人布団敷いて寝れば問題無いよ。下は絨毯だし羽毛ならそんなに寒くないよ。それかベッドで二人ひっついて寝れば?」

「んな真似できるか!?おっさんに知れたら」

「女王様、このベッドで僕達が眠るのはその、狭過ぎて無理だと思います。僕は脚を折り曲げないと入りませんし」

「アス!お前その言い方だとベッドが広かったら一緒に寝てもいいとこいつが誤解するだろうが」

「構いませんよ。レイさんはお兄さんみたいな人ですから。?何か僕、おかしな事言いましたか?」

 興奮の余り口をパクパクさせている。思わずクスリと笑ってしまった。

「女王様?」彼は困った顔をして私達を交互に見ている。

「うん、もしこの先大きなベッドを入れる事になったら是非一緒に寝てあげてね」

「おいクラン!!お前人の承諾も無しに」

「レイさんは心の底からお嫌なようですよ……僕は囚人ですから、その、やっぱり危険なのではないでしょうか……?以前のようにならないとは言っても完全に安全ではありません。いつ襲い掛かって怪我を、させてしまうかもしれません」

 俯いたまま、「レイさん、これを持っておいて下さい」差し出したのは長さ一メートル弱、乳白色のリボン。いい年の男が持っているにはファンシー過ぎる代物。

「しばらくはセミアさん、女王様の毒の事を調べに毎夜図書館へお出掛けになられるので、僕が暴走してしまった時はこれを、身体のどこかに巻き付けて結べば夢の中へ落とせるそうです。なるべく僕が持っている一本で何とかできるといいのですけど……」

「これ、あなた以外にも同じ効果が?」

「……多分。でも僕以外に使う必要は無いと思います」

 コンコン、ドアをノックして小さな人影が入ってきた。

「あ、セミアさん。もう出掛けられるんですか?」

「ううん。リリアが夕食の支度ができたってさ。ご飯が終わったら行くよ。一晩中帰って来ないから、リボンはちゃんと肌身離さず持っててね。くれぐれも切らないように。効力が無くなっちゃう」

「はい、解ってます」

 妹はちょっと不安げに首を傾げ、「本当に大丈夫?」自分で外出すると言ったくせに疑問を口にする。

「心配いりませんよ、女王様もレイさんも一緒です」

「夢に関してだけならこの二人は全然役立たずだよ」やれやれと首を竦め、「しょうがないなぁ、今日だけ休憩がてらに一回戻ってきてあげる」

 それから私の方に向き直る。

「お姉ちゃん。あの女の人一体何なの?リリアや大臣達に色々訊いてるよ。沢山質問攻めされて疲れちゃった」

「考古学者の助手だって名乗らなかった?私はそう聞いているけど」

「遺跡の事なんて一回も訊かなかったよ。本当にそれ信じてるの?」

「それなりには。おじさんの方は?」

「さっき帰って来たよ。王国の中を一通り回ってきたんだって」

「そう。ところで今夜の晩御飯は?」

「リリア特製鳥クリームシチュー」

「わぁ、それは楽しみですね」アスが素直に喜ぶ。私もあの味は素朴で好きだ。



 飯も風呂も終わり、寝巻きに着替えてさっさと寝ようとしていた時だった。

「その腕、どうしたんですか?」

 布団に潜り込みかけたアスが尋ねた。結局俺のベッドではずっと膝を曲げなければならないので彼が床で寝る事になった。

「ああ、これか」左肩まである革製の黒手袋を指差し、「ちょっとな、気にする程の事じゃない」

「は、はい。済みません」そう言いつつも目線は腕を向いている。

「いや、怪我の痕って訳じゃないんだ。ただ、人に見せると驚かれちまうから隠してるだけだよ。あと手袋してないと多少不便だしな」

「そうなんですか」

 沈黙。

「僕そろそろ寝ますね。明日も朝の見回りがあります」

「いやいやいや、訊いといてそれはないだろう。見せてやる」

「でも常に手袋をしているぐらいだから見られたくないのではないですか?僕、レイさんが不快に思ってまで見たくはありあせん」

「別に思わねえよ、気回し過ぎだって」

 シャツを脱ぎ、革手袋を手の先から外していく。現れる黒く硬質な皮膚、おろし金のようにゴツゴツした手の甲、週に二回は切らないといけない鋭く尖る爪。

「父親が妖族だったらしい。俺が生まれる前後に戦争で死んじまったから顔も覚えていないんだが」

「兵士だったんですか?」

「確か……どこかの国の軍隊の、中尉、だったかな。俺のボウガンやサバイバルナイフはその親父が最後の戦争で持って行った遺品らしい」

 洋服棚の上に放り出されたそれらを手に持つ。相続した時から所々傷が付いている。

「この柄の所、同じ紋章が刻まれてるだろ。親父の家の家紋なんだ」

 武器を置いて棚から専用の爪切りを取り出す。


 パチン、パチン。


「硬くてこれでないとちゃんと切れないんだ」

 彼は恐る恐る手を伸ばし、腕の感触を確かめた。

「凄い……まるで鋼鉄のようです。あの、レイさん」

 切り終えた爪はちり紙に包んでごみ箱へ。

「昨日はどうして本気を出さなかったんですか?この腕なら僕の槍を簡単に弾けたはずなのに」

「お前が強過ぎて気が動転してたんだ」

 三分の一ぐらいは本当だ。確かに勝負が始まる前までは左腕の存在を忘れていた。

 え?と言う表情を彼は出した。

「そうだったんですか。僕はてっきり女王様を意識して」

「………」

「もしかして、本当に?」

「……見せたくないんだ、あいつには。気味が悪いだろ、こんな真っ黒な腕。まるで創世記に出てくる悪魔そのものだ」

 兄が神様の彼女が良い顔をするとは思えない。

「女王様はそんな事で人を差別するような御方ではありません。僕だって囚人なのにこうして人並みの生活をさせて頂いています」

 自分を一度は傷付けた相手にさえ彼女は快く接している。未だに油断していたら蟠りが顔に出そうな俺とは大違いだ。

「分かっている。だけど……言えない」

 信じている。きっと話した所で彼女は短い返事をするだけだろう。『あ、そう』とか。それで終わり。でももし僅かでも表情筋が動いたら―――勿論今まで出会った人間の中には拒否反応を示す奴も何人かいた。自分でもこんな異形の腕が付いていれば当然だと思う。凡そ人を慈しむ器官ではない。首から下を黒で覆われていたと言う親父も、人一倍好奇心旺盛な母に出会わなければ同族以外と付き合わなかっただろう。

 彼女が抱える毒の問題に比べれば、何てちっぽけな悩み。

 カツ……カツ……と誰かが廊下を歩く音がドア越しに聞こえてきた。足音は段々とこちらに近付いているようだ。

「ん……変だな。こっちは俺達しか寝ていないんだが」

 女性は城の二階中央、婆さんと客人は一階の西、大臣は東側。で、俺は西の二階の端。

「女王様でしょうか?セミアさんなら空間を通って来ます」

「違う……あいつは布靴履いている。こんな音はしない。それにボビーが横を付いてきている気配が無い」

「では、一体誰でしょう?もう十一時過ぎですけど……」

 プツプツと刺すような感覚が顔面の皮膚に広がっていく。一度覚えがある感触だ。

「―――」

 妖族の血が為せる技か、生まれつき危機を察知する本能が備わっているらしい。彼女が襲われていたであろう時間にも日に焼けた訳でもないのにやけに顔がピリピリした。

 足音は着実にこの部屋へ近付いてきている。あと一分もしない内にドアの前に辿り着く。

「アス、槍を持ってそっちの壁際に寄れ」内鍵を掛け、手袋をしないままボウガンを手に取って指示する。

「危険な相手ですか?」

「分からないが強引に蹴破って来るかもしれない。入ってきた所を押さえるぞ」

「はい」

 配置に付いたと同時に足音が部屋の前で止まった。


 コンコン。


「誰だ、こんな時間に?」

「私だ。アスがこちらに伺っていると聞いたが、もう寝ただろうか?」

 け、と発音しかけた彼を手で制す。

「ああ、ぐっすりよく寝ている」

「本当か?」

 ぞっとする凍った声。いや、単に耳が眠りかけなだけかもしれない、が。

「本当さ、セミアが置いて行った絵本を読んでやったらすぐ寝付いた」

「ほう……一目寝顔を見せてくれないか?どうも床に入っても心配で、私の方が寝付けなくてなってしまったのだ」

「悪いが止めておいてくれ。ドアを開けた音で起きられたらまた朗読のし直しだ」

「なるべく静かに開けるようにしよう。頼む」

「そろそろ子離れした方がいいぜおっさん」

 肌の感覚は抜けていない。アスが指で鍵穴を示す。首肯すると彼は音を立てずに上半身を屈めて外を覗き―――慌ててドアから離れた。顔には驚愕と恐怖。

「ぁ、ああ……」吐息ともつかない声が漏れる。

「嘘は良くない、と教わらなかったのか皇太子殿」

「何の事だよ」

「今アスに鍵穴を見るよう仕向けただろう」

「しつこいな、あいつは寝ていると言ったはずだ。今のはおっさんの声音を使った別人かと思って俺が覗いたのさ」

 ハッ、と明らかに鼻で笑った音。

「どうやら君には注意力が足りていないようだ。いいかな、鍵穴から私と目が合ったのは藍色の瞳の持ち主」

 慌てて至近距離で彼の目を観察する。確かに、遠くだと黒っぽく見えるが青が混じっている。今まで全然気付かなかった。

「君は黒目と金目だろう。……こうして無駄に話している間にも夜は更けていくんだぞ。顔を見たら帰る、早く開けてくれ」

 何だろう、こういうスチュエーション、昔母さんの読んでくれた童話にあったような。

「今見ただろ。さっさと帰ってくれ」

「私はちゃんと見たいんだ」

 あ、そうだ。七匹の子山羊。

「レイさん……?」

 ならこの状況は差し詰め一匹の子山羊と一匹の黒山羊?しかし残念ながらこの部屋に子山羊を隠せる大時計は無い。

「アス、大丈夫なのか?皇太子に酷い目に遭わされているのか?」哀れっぽい声で尋ねる。「返事をしてくれないか?」

「いいえ。あの、刑務官さん……帰って下さい。僕を心配して頂けるのはとても嬉しいです、でも……その目、所長さんや他の刑務官さん達と同じ」

 左腕でドアを押さえようとしたのと、外側から激しい音がして中央の木片が剥がれ落ちたのはほぼ同時だった。

「早くこの忌々しい鍵を外しなさい」

 割れた隙間から常と全く変わらぬ表情のおっさんが、恐らく自室の暖炉から持って来たであろう火掻き棒をドアに振り下ろすのが見えた。次の瞬間、穴はさらに大きくなる。

「や、止めて!入って来ないで下さい!!!」

 怯えたままだが彼は槍を構える。

「僕はクオル王国の衛兵です!皇太子の私室に無断で入ろうとするなら、たとえ刑務官さんでも赦しません!」

 正直感動した。こいつ、武器を持たせれば俺より余程勇敢だ。

「それ以上扉を壊さないで!武器を後ろに捨てて投降して下さい!」

 おっさんは無造作に開いた穴に手を突っ込み、内鍵の摘みを回した。ドアがキィ、と軽く音を出して開け放たれる。もう半分以上役立たずだ。

「動かないで下さい!僕、手加減できませんよ」矛先をおっさんの胸に定める。父親も同然のはずだが本気で戦う気だ。

「あんまりな仕打ちだな。私はただお前がちゃんと眠れたか心配で見に来ただけだと言うのに」

「刑務官さんは正気を失っています……そうだ」

 胸元から純白のリボンを取り出す。

「レイさん。これを巻く間ボウガンを刑務官さんに構えて。変な素振りを見せたら容赦無く撃ち込んで下さい」

「分かった」

 魔力を装填し、おっさんの胸に突き付ける。

「怖いな。この至近距離で当たったらただでは済まないぞ」にやり。「当てられたらの話だが」むかっ。

「おい、軽く一発当ててからの方が巻きやすいんじゃないか?気絶する事に代わりないんだし」

「おお怖いな。私は痛いのは嫌いだ」

「僕も嫌いです。大丈夫、大人しくしてもらえるなら何もしません」

 彼は両手にリボンを握り締めて近付き、おっさんの腕に結ぼうとした。

「甘い」

 突然おっさんがアスの両手を力一杯引いた。矢を放とうとしたが、一瞬早く彼を盾代わりにされた。

「撃って下さい!!早く!」

「撃てるものなら撃ってみせろ皇太子!」

そのまま二人は床に縺れ合い、壮絶なリボンの争奪戦を繰り広げる。援護しようにも激しく上下が入れ替わって狙いが定められない。

 一分後ビクンッ、と痙攣して昏倒したのは、

「全く手間を掛けさせてくれる子だ、お前は」

 滅茶苦茶にリボンの巻き付いた腕に口を寄せ、争った時に開いた傷から滲む血を舐め取る。

「私だってこんな乱暴はしたくなかった。お前さえ怯えた猫のように反抗しなければこの怪我も無かったのだ。ああ、それにしてもお前の肌は何て青白さだ。赤がとても映える」

 ボウガンを奴のこめかみに押し当てた。

「皇太子、君は私達を憎みこそすれ好いてはいないはずだ。なのに何故さっき引き金を引かなかった?」

 ふん、と鼻を鳴らし、「彼は君が敬愛する女王を傷付けた憎むべき犯罪者だ、よもや忘れた訳ではあるまい。君の精神にははっきりと私達に対する憎悪の昏い炎が、ジリジリと尽きる事無く燃え続けている。それこそ、殺したい程」

「憎しみと好意を同時に持ったらいけないか?俺はあんたらの事結構好きなんだぜ」

 狂気を孕んだ目が僅かに曇る。

「あいつが歓迎したなら俺は最大限その意向に沿うつもりだ。信頼しているからな」

 引き金に力を込める。

「うちの衛兵から手を離してくれ。武器を捨てて両手を上げろ」

「声が震えているぞ皇太子。もっと腹の底から息を吐きたまえ」

「五月蝿い気違い親父!脳味噌ブッ飛ばしてやろうか!?」

「命令し慣れていないな。この子の方が余程強制力がある」

 狂っているくせに冷静な言動、何なんだ矛盾してないか?

「君に私は殺せない」

「何?」

 次の瞬間、おっさんはボウガンを片手で掴んで狙いを外した。

「くそっ!気違いが、離しやがれ!!」

「ほら、だから言っただろう殺せないと!」

 空いた手には火掻き棒。


 ガツンッ!


「くっ!」

 受け止めた左腕が軽く痺れた。体勢を立て直す間も無く続け様の振り被り。マズいと思った時には壁に背中が付いていた。

「ちっ」

 ナイフは棚の上。ボウガンはさっきベッドの傍に落としてしまった。

「案ずる事は無い。私は恩人を殺す程恥知らずではないからな」

「本気で殴り掛かってこられたのに信じろってか」この腕でなかったらとっくに複雑骨折物だ。

「ああ、驚いた。今気付いたよ。道理で折れない訳だ」逆に凹み始めている武器をしげしげと眺める。「君の腕は少なくともこれより硬いと言う事が立証されたな」

 相手は一応人間だ、妖の力なら獲物が無くたって形勢を逆転できるはず。そう必死に自分に言い聞かせる。

(大丈夫、手加減すれば殺さないはずだ)

 左手で襲い掛かろうと構えた瞬間、おっさんの頭が大きく下に揺れた。そのまま俺の方へ身体ごと倒れてきて慌てて横に避けた。

「だ、大丈夫ですかレイさん……?」

「アス?何で、お前寝たはず」

 おっさんの首筋に一撃見舞わせたと思われる槍を逆さに構えたままの青年。不思議そうな顔をしながらも、「どうやら僕のは御守り代わりのただのリボンだったみたいです」

「でも意識失ってなかったか?」

「ええと……結ばれた瞬間僕吃驚してしまって、金縛りに陥って……しばらく手足が動かなくて、声も」

 なんつう暗示のかかりやすさ。案外俺の奴も普通のリボンだったりして。

「よく考えてみると、発狂しかけた人間が何かするのはかなり困難な事ではないでしょうか?僕の場合も身体の自由は利かない方が多い」

「何だ。なら本当にただのお守りじゃないか」

 信じれば小麦粉でも立派な薬になる。プラシーボ効果って奴か。

「話は聞かせてもらいました」

 壊れたドアからあの怪しげな二人が入ってくる。女が手早く気を失ったおっさんの手首に手錠を掛けた。

「キイス・バーモン。器物損壊と傷害の現行犯で逮捕します」

「あ、あの逮捕って」

「このドアを壊して君とレイ君を襲った容疑、いえ罪状で。朝を待って連合政府に強制連行します」

「ちょっと待て!ここは王国、政府にとっては治外法権区だぞ!女王の許可も無しにそんな真似」

「現行犯逮捕ならば治外法権は関係無い。早い者勝ちだ、何なら法廷にでも持ち込むかね?勝ち目は無いに等しいが」

「でも那美さん」

 彼女、那美は首をゆっくり横に振る。

「本当に残念よアス君。自分の耳で聞いていなかったら私も絶対何かの間違いだと言ったでしょう」ポケットから小型の機械の箱を出して見せ、「一部始終録音しました。裁判で重要な証拠として提出します」

「待ってくれ」こいつらの言っている事は至極筋が通っている。俺ではどうしようもない。「連れて行く前にうちの女王と相談させてくれ。俺達は被害者だ、裁判になれば証人として出廷する立場になる。詳しい事情を説明しておきたい」

「構わん。まだ夜が明けるにはたっぷりと猶予がある。気の済むまで話し合ってくればいい」

 那美も首肯し、「私達はキイス元刑務官とゲストルームに戻っているわ」と告げた。



 柄にもない事を考えるんじゃなかったと思っているとドアがドンドン、と叩かれた。そんな乱暴なノックをする人間は一人しか思い浮かべられない。

「レイ?入ってきていいよ」

 そう答えると目の前に座った双翼天使は「邪魔にならない内に私は帰りましょう」と腰を上げかけた。就寝前だと言うのに、兄の命で私の様子を見に来た困り者。

「いい。その代わり少し私達に付き合って。多分イスラの力が要る」

「……相変わらずあなたの考えは読めない」

 ドアがガチャッ、と開き、寝巻きのままのレイが慌しく入ってくる。その後ろで丁寧に「遅くに失礼します」と礼をするアスの姿。

「クラン、大変だキイスのおっさんが……あ」

「お邪魔しています」

「あ、あなたが大父神様の天使様……初めまして、僕はアス……囚人です。女王陛下にはいつもお世話になっています」低頭して挨拶。

「存じ上げています」私に一瞬視線を合わせ、「大変優秀な衛兵だと、先程もクランベリーの話を伺っていた所です」

「え……そ、そんな、僕なんてまだまだです。もっと女王様のお役に立てるよう努力します」

 何気なくレイを見ると、何故か鳩が豆鉄砲食らったような顔をして私を凝視していたが、目的を思い出し「大変なんだ」と切羽詰まった声で言った。

「バーモン氏があの二人に捕縛されて、明日連れて行かれるとか?」

「!?どうして御存じなのですか?」

「ああそうだ!あいつ等やっぱり政府の回し者だったんだ。クラン、お前気付いてただろ?何で手を打たなかった!?明日からこいつは一人になるってのに」

「落ち着いて下さいレイさん」全くだ。

「レイ。彼等は冤罪で逮捕した?」

 彼は拳を握った後、力無く頭を振る。

「でしょ。本意はともかくバーモン氏が罪を犯したのは事実。逮捕は当然」目を閉じる。「仮に見つけたのが私でも取り合えず捕まえとく」

「では女王様、刑務官さんはこのまま服役するしかないのですか?あの時の刑務官さんは正気ではありませんでした。あんな怖い刑務官さん、初めて見ました。ああなったのにはきっと、何か原因があるはずです」

「うん。調べてみよう、付いて来て」毛皮のコートを羽織る。

 ドアを開けて部屋を出た。隣室のリリアは既にぐっすり眠っているようで起き出してはこなかった。ショックを受けるだろうが、事情を説明するのは明日の朝でいい。

「どちらへ?」

「離れ」

 一階の外に造られた渡り廊下を抜ければ離れの入口だ。屋内とは少なくとも十℃以上の温度差があるだろう。吐く息は白く、立っているだけでも手が悴んでくる。

 扉はやはり僅かに開いていた。

「ボビー、私よ!出て来て!」

 中に入って大声で呼び掛けたが返事は無い。

「ボビーがここにいるのか?そう言えばさっきから姿が見えないが」

「まさか、刑務官さんに……」蒼い顔で口元を押さえる。

「二階のバーモン氏の部屋を調べよう」ボビーが死体になってたら確実に卒倒するなこの様子だと。

 階段を昇ってすぐのドアも鍵は掛かっていなかった。開けると残った暖気が頬を撫でる。

 部屋は主の性格同様整然としていた。昼間とある二点を除いてほぼ同じ。一つは壁に掛けられていた古い火掻き棒の消失、もう一つは。

「ボビー」

 お腹丸出しで眠っているコリーの身体を一通り調べ、「外傷はありません、寝ているだけです」イスラは答えた。

「良かった……」二人が胸を撫で下ろす。

「原因は分かる?」

「自然な睡眠……ではないと」

「見張っているよう言ってあったもの」無防備な腹部の毛に掌を埋める。温かい。「犬は人間の約五倍の聴覚を持ってるの。ドアの開閉で目を覚まさないなんておかしいでしょ?現に私がこうして横で喋っているのに一向に起きない」

「確かに不自然ですね」

 天使は懐から淡い青色の硝子の盤を取り出し、ベッドサイドにあった水差しの水を八分目まで注いだ。

「主よ、お導きを……」

 盃を手にしたまま神への言葉を途切れる事無く唱え続ける。すると、水の色が段々と紫っぽく変化していく。祝詞が終わる頃にはワインレッドに近い色合いを帯びていた。イスラはしげしげと観察し、「分かりました」と呟いた。

「原因は睡眠薬の類です。効き目は弱い、あと一時間もすれば自然に目を覚ますでしょう」

「!?そんなコップの水で分かるのか?」

「ええ。これは万物を知る水鏡、色や輝きによって数万通りの結果を賜れる神聖な道具」

 お兄ちゃんが唯一持たせた役に立つ小道具。

「胃の内容物を調べて」

 数十秒後、今度は薄い緑色。

「……白い肉が見えます。それもたっぷり赤いソースがかかった」

 最近少し丸くなってきたと思ったら、やっぱりバーモン氏に餌を貰っていたのか。白い肉と言うと好物のササミ、しかも私があれ程注意しているケチャップ付き。

「アス、バーモン氏はよくボビーに餌付けをしてたの?」

「は、はい。ササミは刑務官さんが好きですから、いつもケチャップと一緒に」

 左奥の壁に据え付けられた棚を開け、「ありました、これです」と私達に示す。茶色い紙に丸く包まれている物が件のササミだろう。隣に開封され八ミリ程使われた新品のケチャップの瓶とウイスキーの瓶が三本。

「意外だな。それ酒だろ?」レイがラベルを見て呟く。

「あ、それは街の人に貰ったそうです。時々晩酌を」

「あなたも?」

 すると彼は吃驚して、「どうしてです?」と逆に尋ねてきた。

「だって一人で飲んでもつまらないと思うし」

「僕は飲みません。飲酒は刑務所では禁止されていましたから。一度誘われましたが、一口だけでも苦くて」

 アルコール度数はかなり高い。ロックか水割りでないと飲めないだろう。

「ふぅん。ところで全部昨日より減っている?」

 彼はササミの包みを開け、「はい。減っています」

「余分に減っている?」

「……いえ、いつも通りの減り方だと思います」思い出すように中空に視線をやり「多分」

「ケチャップを開けたのは何時?」

 しばらく虚空を見つめた後、小さく首を横に振った。

「僕は知りません。前のを昨晩使い切って、それは今日買ってきた物のはずです。多分今晩ボビーさんとササミを食べる前に開けたのではないでしょうか……あれ?」

 首を傾げ、「おかしいな……刑務官さん、今日は確か女王様がお話に来られるまで部屋で休んでいて、その後は僕の荷物を纏めるのを手伝い、終わった頃に大臣さんに呼ばれて……一体何時このケチャップを買ってきたのでしょう?」

「買い置きは?」

「ありません」

「ならキッチンで……いや、それは有り得ないか」レイが口籠った。

 元夫婦は完全にお互いを避け合っている。皆が集まる食堂でも二人は常に一番遠い席に座る。そんな間柄で夜食のソースは借りには行かないだろう。

「でも女王様。ボビーさんがケチャップを食べて眠ってしまったとして、そうなると睡眠薬を入れたのは刑務官さんなのでは?」

「どうしてそう思うの?」

「僕達の部屋に来るとなると、必ず見張りのボビーさんをどうにかしないといけません。ですから好物のササミで眠らせて」

開いたままの棚を指差す。「全部いつも通り減っているって言ったよね?」

「はい……あ、そうか。ケチャップの減りが多いんですね」

「?どういう意味だ?」

「ボビーを処理するだけならケチャップは一回分しか減らないはず。でも、この瓶には明らかにそれ以上使われた形跡がある」

「それにササミは少なくとも三個は無くなっていますし、お酒が減っているのも変です。ラフ・コリーはお酒を飲みません」

「??だから?」

 鈍い男だ。まぁいい、説明してあげよう。

「つまり、バーモン氏は今晩この部屋でササミを摘みにして飲んでいた。いつも通りボビーにもお裾分けしながら。そして、多分二人はほぼ同時に薬入りケチャップのササミを口にして昏倒した。ここから導き出せる事は」

「第三者の存在、ですか」

「そう。だから重要なの、このケチャップがどこから来たのかが」

 この地方では一般的なラベルの無い自家製品。街中のキッチンに同じような物がある。

「だけどそいつ、二人を眠らせてどうしようとしてたんだ?意味が無いじゃないか」

「さあ?でもその第三者はわざわざ鍵を二回もこじ開けてバーモン氏を起こした。発狂させるために」

「!!?」

「でなければ今もここでボビーと一緒に転がっているはず」

「じゃあ――そいつが真犯人って事か!?そいつさえ捕まえれば」

「イスラさん、この瓶をよく調べて下さい!何か、犯人に繋がる手掛かりがあるかもしれません!」

 興奮する二人に急かされるまま水鏡に神経を集中させる天使。しかし約二分後、顔にあったのは落胆の色。

「どう、でした?」

「薬が混入されたのは間違い無いようです。瓶の内側に大量に残留していました。ですが指紋は一人分、キイス・バーモン氏の物だけです。他に手掛かりになりそうな物は一切付着していません」

 予想通りだ。犯人は手袋をしていたか、指紋の付いた所を全て拭き取ったか。どちらにしても痕跡を残すような詰めの甘い人物ではない。

「そもそもその人物はどうやってバーモン氏を気の狂いに陥れたのでしょうか。それを解明できない限り立証は不可能です、クランベリー」

「……接触して発狂させたのは間違い無い」集団事件の際にセミアに目撃された黒い影。必ず一瞬何らかの形で被害者にタッチしたはずだ。

「では逆にお訊きしますが、これがバーモン氏単独の犯行の可能性は?」

「自家中毒で狂っただけと言う事?」

「下界ではままある事です。あなたの“毒”といい、こちらには良くない物が混じっている」

 アホらしい、と言いたいのを堪えて冷静に言葉を紡ぐ。

「残念だけど、反証ならできる。それも沢山」

 空のベッドに腰を下ろす。

「心情面から言えば……昨夜まで起こっていない事が今夜起こるのはおかしい。もし何かしようと常日頃から考えていたなら最悪のタイミングで実行した事になる」右腕を広げる。「彼を襲うだけなら今までに幾らでもチャンスはあった。昨日まで一緒に、同じベッドで寝ていたのよ?」

「成程。ところで、クランベリー」

「どうしたの?」

「私は氏を一度も拝見していないので彼の人格、思考に関してはほぼ白紙の状態です。今の反論が真実かどうかも判断できかねます」

「本当に?いつもはまるで覗いていたかのように詳しいのに」

「私にも忙しい時があるのです。宜しければ簡単に説明して頂けますか」

 手でイスラの耳を覆い二人、とりわけアスに聞かれないよう小声でバーモン氏の人となりについて解説する。

「はい……理解しました。確かに先程のあなたの反証には説得力があるように思います。続きをどうぞ」

「次に鍵の問題」

「鍵?おいクラン、さっきも言ってたな。何だよそれ?」

「より正確に言うなら私が掛けた二つの外鍵。この部屋と、離れの入口はバーモン氏がここに帰ってきたのを確認して私が施錠した。錠自体は鍵が無くても針金一本で開くちゃちな物だけど、内側から開ける事はできない」

「中から開かない?意味ねえだろそれじゃあ」

「いえ、レイさん。僕も知っています、内側からは決して開けられない部屋……冷たくて暗い場所、牢獄ですね」

「うん。恐らくこの離れ、使用人が使う以前は牢屋だったんだと思う。城の地下は書庫だけみたいだし」

「納得。だから妙に狭かったり内装が似てたりしたのか。けどクラン、ならこの部屋は何なんだよ。他より大分広い、それに暖炉が付いている」

「看守の部屋でしょ。火掻き棒が掛かっていた所は長さ的に本当は槍掛けだったんだと思う。隣の小部屋は牢の鍵の管理室かな」

「凄いな、ぱっと見ただけでそれを見抜くなんて」

 レイはどうやら全く気付いていないようだ、この建物の絨毯の多さに。捲って確かめれば誰だって分かる。ここがどんな目的で使われていたのか、一瞬で。随分古い痕だからシスカの女王時代の物ではないだろう。

 もう一つ、彼が今凭れている暖炉。実はやや上の方に手を入れると下まで引き下ろせる鉄製の扉の取っ手を掴める。煤から覗く煉瓦に残った痕跡からあまり趣味のいい使い方はされていなかったようだ。

「よくおっさんが鍵を閉めるのを許可したな。何かあるかもしれないのに」

「疑われてるとは言ってあったからね。あの二人が調査を終えるまでって私が提案したの」

 何かあればボビーに窓を開けて大声で吠えるように保険は掛けておいた。

「あと一つはイスラ、あなたの単独犯説を完全に否定している」

「本当ですか?」

「アス、バーモン氏が部屋を訪ねた時、最初に何と言ったか覚えている?」

「それは俺がさっき言っただろ」

「黙ってて。一人の証言だと思い込みの可能性がある」

 彼は中空に視線を漂わせ、それから私の方に向き直った。

「ノックを二回して……確か、僕が訪ねていると聞いたのだが、もう寝たのかと。そんな風に言っていました」

「ああ、確かそんな感じ」

 矢張り。

「不思議だと思わなかった?」

「何が?」

「私が最初移るように言ったのはレイの隣の部屋だったよね?」

「は?いやお前あの時はっきり俺の部屋って」

「ああ。夢の私が言ったならそれに合わせてみるのも一興かと思って。不都合があるなら改めて隣に移ればいいだけだし……ふ、ぁ」

 ふと天井近くの時計を見ると一時を回っていた。道理で眠い訳だ。

「不都合ならあったじゃないか、ベッドが無かった」

「で、変更したのはあなたが荷物を持って部屋に入ろうとした直前、夕食の前。その後、予定の部屋を移ったと誰かに話した?バーモン氏含めて」

「おい無視するなよ」

「……いいえ。刑務官さんにだけはもしもの時のために言っておいた方がいいと思ったのですが、食事中二人のお客様方とずっと話していて、僕もリリアさんの給仕の手伝いをしていたので……後片付けが終わった時にはもう食堂にいませんでした。後は入浴してずっとレイさんと部屋に。少なくとも僕は誰にも話していません」

「レイは?」

「俺も話した覚えは無い。けどクラン、それが何か」

「あ」

 アスは口元を手で押さえて、「刑務官さんは僕がレイさんの部屋にいると“聞いて”きた。なら刑務官さんは誰から聞いたのか。僕とレイさんが言っていないなら、あと知っているのは」

「私は言っていない。残るのは」

「私?」

 突然後方から声がした。

「ずっと聞いてたなら答えて。私の言った通りにしたのか」

 妹は借りてきたと思われる本に目を落としたまま、「あの変な指示ならちゃんと守ったよ。結果も予想の通りに出たでしょ?」『宇宙の珍しい毒大百科』タイトルが金ピカだ。

「うん」

「でも”じょーきょーしょーこ”は裁判では使えないんだよ。肝心の犯行方法を立証できる証拠もゼロ。おじさん引っ張っていかれちゃうね」

「止められるとは最初から思っていない」

「え……そ、そんな……女王様、刑務官さんはこのままあの方々に?わ、悪いのはおかしくさせた別の人なのに」真っ青な顔で震えながら声を発する。

「バーモン氏は無罪、それは間違い無い。だけど、少なくとも今の時点で真の犯人を告発できるだけの材料は無い」

「罪を犯していない刑務官さんが刑務所に入るなんておかしいです!」

 完全に罪を犯していないかと言えば微妙な線だが、敢えて彼の言葉を否定する必要はないだろう。

「飽くまで現時点では、ね」

「?」

「多分、今回と前の事件は被告の精神状態が酷似しているから合同で再度調査される。その分裁判が開かれるのには時間が掛かるはず。その間に犯人の有罪を示す決定的な証拠を掴めばいい」

「証拠?」

「肝心の犯行の手口に対しての情報が私達には欠けている。恐らく使われた方法は極めて特殊で限定的な物。誰にでもできる芸当じゃない」

 彼と視線を合わせてゆっくり、「バーモン氏は必ず釈放させる。約束するわ」




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