序章 雪山にて
ビュゥゥゥゥ…………。
「ボビー」
外で降り積もり続ける雪と同じぐらい白い肌、肩までのやや癖のある金髪。十四、五歳の少女は勿論黒服の下にセーターを着ていたが、ブルッと背中を大きく震わせて焚き火に両手をかざした。惚けたような銀の目に赤々と燃える光が映る。
「おいで」
「クゥン」
大人が三人も入れば一杯になりそうな洞穴の入口の傍、茶色の毛並みを持ったラフ・コリーの成犬が一匹。呼び掛けに応じて座り込みの見張りを中断し、長い毛に隠れた足を動かして主人の隣に場所を移す。ふかふかの尾を主の横腹の辺りに添える。
「ご飯、もうすぐできるよ」
焚き火にはアウトドア用の簡易鍋が掛けられている。中身は雑穀を含んだ米とコリーが洞穴の外を掘り返して見つけた雑草、鞄の下に掌程残っていた兎肉。味付けは塩胡椒とコンソメ。要は食べて温まれればそれでいい。
「あったかい……」少女の手が長い毛の中に埋まる。「凍死しなくて済みそう」ぎゅぅっ。
コリーが耳をぴく、と動かした。異変を察した少女は手を離す。
「行って」「クゥン」颯爽と外へ飛び出していくコリー。
三分後、外から戻ってきたコリーの後ろに三十代の女性がついてきていた。少女と違いきちんと冬山用の防寒具をフル着用し、登山用の道具が詰め込まれた大きなリュックサックを背負っている。
「驚いた。この犬、あなたの?」
「ボビー」コリーの身体に付いた雪を払う。
ゴーグルを外しマフラーを下げると雪焼けした勝気そうな顔が現れた。
「この子の名前?ありがとうボビー。あなたのお陰で助かったわ」
「クゥン」コリーは首を竦めて意思表示する。
「どうぞ」先程までコリーのいた所を手で示し、「服を乾かすならそっち」焚き火の反対側を指す。
「ありがとう。私はシスカ、しがない登山家。あなたは?」
「……クランベリー・マクウェル、しがない旅人」
「旅人?一人で?」雪をたっぷり含んだ服と帽子を脱ぎ、火の近くの岩壁に掛ける。「いえ、一人と一匹で?ご両親は?」
「家族はお兄ちゃんとお姉ちゃんと妹とボビー。お父さんとお母さんはいない」
少女クランはしばらく考え込んだ後、「十七ぐらいの黒髪の男の人、見た事ある?」そう尋ねた。「いつも凄く元気があるの。他人とはテンションが三オクターブ違う感じ、一度会ったら忘れられないぐらい」
「黒髪の……さあ、残念だけど……。その人を探してるの?」
「……会って訊きたい事があるの」
少女は鍋を火から降ろし、鞄から器を二つ取り出してお玉で手際良く取り分ける。
「はい」雑炊にスプーンを突き刺しシスカに手渡す。
「いいの?」コクリ、と頷く少女。「ありがとう。そうだ、お礼にこれをあげる」
シスカは胸元を探り、狼の紋様が彫られた銀のペンダントをクランの首に掛けた。
「私の国で魔除けの効果があると言われている首飾り。きっとクランの身を守ってくれるわ」
「……ありがとう」
中身の半分残った鍋を火から外し、奥の寒い方へ置いた。コリーは主人と客人に挟まれながら鍋が冷めるのを待つ。
「その人、早く見つかるといいわね」
吹雪はその後一晩中続いた。