安楽3
「もう少し触れ合いを楽しもうよ」緑山は髪をいじり回している。
「脅迫した人間の言うことか」
「もう少し外出しようよ」
「大きなお世話だ」
「ふん」
「はん・・・。さっさと話せ」
「かの有名な密室事件」
「・・・・・・」贄波はジト目で緑山を見た。それに緑山は少したじろぐ。
それはそうだ、密室の事件だけではわけがわからない。まるで言葉が足りないのだ。
「間違えた、密室「殺人」事件」そう緑山は付け加えた。
「・・・状況は?」
「あーっとねぇ・・・今思い出す」そう言うとこめかみを緑山は突き始めた。脳の活性化をはかっているのか。
「あ、うん。思い出した」そして数秒した後はじけるように顔を上げて言った。「応接室、知っているよね?」
「それくらいは」
「そこと職員室とがつながっているドアに遺体がもたれかかっていたわけです。ドアには鍵がかかっていなかったけれどそれだって遺体が鍵の、ないしつっかえ棒の役割をしていたというわけ。」
「・・・・・・」
「窓の鍵はしまっていて当然校長室とつながっているドアは鍵がかけられていた。いずれも壊された形跡はなし。よって、密室。ああ、ちなみに発見者の学生は完全にアリバイが」
「・・・言っておくが」
「何?」
「俺をダシに内申点を密かに上げていることはとっくに、知れているから」
「な、なんの話・・・?」あからさまに挙動不審に緑山はなった。
「おおよそいつもの勢いで『私が解きましょう』云々抜かしたんだろう・・・」言い終えると贄波は大きくため息をついた。
「り、利用できるものは利用しないと!」
実はこの緑山、学校がいわゆる秘密主義、秘匿主義で警察に非協力であるので身内であるポジションを利用し解決を何度も買って出ている。
無論表向き、学校は警察に協力するがそれだって聞かれれば応える、というもの。未成年の取調べの難しさの一面だ。
「さっきまで友人と呼んでいた人物を『利用』?」
「言葉の綾です」高慢たる態度、正確に言えばふんぞり返って応える緑山が居た。
「それと。学校も堂々と早退できたと・・・」
「はっはーん。厳密には早退『まがい』」何が誇らしいのか緑山は胸をはった。
「はん。どうでもいい。・・・ま、良いか。関係ない話だ」
「そうそう。格好良いよ? 安楽椅子探偵ってのは。陰で私を助けてる。忍びだね、よっ、かっくいー!」ついで緑山は口笛を吹くまねをする。無論まねで、笛ではなく実際にヒューヒュー、などと言っている。
「ふぅん・・・」そんなことにかまわず贄波は天井を見上げて目を瞑った。何かを考えている風だ。
「・・・ささ、いつもみたくパパッと」緑山の言うパパッとは物を放り投げることらしい、ちかくにあった黒の小さいクッションを放り投げた。
「まるで情報が足りない」
「ん?」
「とりあえず今日は帰ってくれ。夕方には人が来る」
「・・・だれが?」緑山は興味を示すと贄波は顔を引きつらせて緑山から視線をはずす。
しかし素早く緑山は移動し贄波の視界に入る。
「誰でもいいだろ」
「あ、女関係?」
「露骨というか、あからさまというか・・・」
「じゃ、なに。『おほほほ、贄波さま。よもやコレですの?』と小指でも突き立ててろっての?」
「や、もういい。ほら、帰れ」贄波は手を追い払うように動かして緑山を追い出そうとする。
しかしそれは逆効果であった。
「こんな引きこもり児にだれが会いにきて、そしてあんたが会おうとするような人。興味が尽きませんな」
「尽きなくて良いから。帰れ」再度贄波は追い払う仕草をする。
「あっはっは。今を何時だと思っておられる?」どうやらこの緑山、時代劇にいささか入れ込んでいるようだ。まるでそれの悪役のような笑みを浮かべたのだった。
「・・・二時」パソコンの時計を確認し、贄波はこたえた。
「はっはっは。夕方には程遠い。だというのに贄波殿は私めに帰れと?」
この緑山の様子にいささか贄波はあきれていた。あいかわらずだ、と。
「居座りそうだったから。図々しく人のことに首をつっこみたくなる緑山サンなら」嘆息気味に、贄波は言った。
「おせっかいと、言ってほしいね」
「確かに今の世の中おせっかいというのは人のことを気にかける良い人のことをおおよそさすが!」
「さすが緑山さん?」
「さすが違いだ!」
「ちゃんと漢字変換しないとわかりにくいよ」
「こういうネタは嫌われるんだぞ!?」
「ああ、贄波が出ている時点でだめだめだから」
「なんだその俺がまるで『全然面白くないまるでギャグから程遠い男』みたいなっ!」
「それは少し違う。ボケもつっこみもろくに出来ない贄波くんだけれど」
「だけれど?」
「いじられるだけなら!」
「痛いだけだ!」
「あっはっは。諦めろ引きこもり」
「帰れよもう!」
「ニング娘?」緑山は贄波の途中からの言葉につけたして言った。
「古い! あんな地球の問題解決に貢献するふりして宣伝しようとしている連中!」
「ほっほう。そんな見解はまさしくひねくれてらっしゃる、贄波ハン」
「京都言葉は弁えろ」
「あれって芸者言葉らしいね、もともと。だから敬称づけも変わっているし敬語みたく聞こえるんだ」
「妙な補足をどうも・・・」いい加減贄波は疲労した様子だ。精神的に。
それにしてもあまりに暴走していたのではないかと、思う。
「今日はメールで質問事項送っておく。明後日には結論を出しておくから」
「から?」
「帰れ」
「帰りませんとも」
その様子に一度大きく息を吸い込んだ後、滔々と贄波は思うまま言葉を発する。
「人のプライヴァシーを侵害するな。俺に踏み込むな。そういうのは友達恋人関連でやってくれ。もう一度言う、俺に踏み込むな。俺はあんたの持ってきた事件を解決してあんたの内申点の向上に協力する。何の不都合がある? 望みすぎるな。踏み込むな。内申点の向上を妨げたいか? 距離をわきまえろ。そもそもの始まりが偶然で、しかも俺に関わってきたのはあんたの都合だ。どれもこれも、あんたの都合のものばかり。俺にメリットなどなかった。俺は事件を解いて優越感にひたるわけでも金をもらうわけでもないんだ。いつでもあんたとの関係を切ることができる。それに」そこで数拍贄波は言葉を区切った。そしてまっすぐ、緑山を見据える。
「あんた、自分の生活を他人にとやかく言われたいか」
「へん・・・」緑山はふてたように口をとがらせるが、それ以上とくに何も言わず、出て行った。
その様子を何を言うでもなくじっと贄波は見届け、そしてパソコンにむかって何かもうれつに打ち込み始めた。その様子たるや、鬼人のようだった。