安楽2
春。
季節はずれか、それとも季節にあっているのか桜も咲いている。しかしもう五月、とうに桜の開花前線は通り過ぎ、太平洋を優雅に通っているのではないかと思うころ。無論、海上に桜が咲くわけがない。
そんな桜が舞い散る中、一人颯爽と校門を徒歩で出て行く女子生徒が一人居た。
否、颯爽という言葉は少し語弊がある。なぜならその女子生徒、そんな風情はあろうと、いや風情が、風がありすぎるがため強風を必死に立ち向かっているのだ。
着ている制服は大きくはためき、スカートが危うくもある。決して彼女、太っているわけではないのだが服がはためくということは風の強さを物語っていると言えよう。
「な・・・んで!」そう女子生徒は毒づくも風が止むはずもない。
風速十メートルをこえているのではないかというそんな中。
「何、が思い立ったが吉日よ!」
昔の格言を大声で切り捨てる。
不意に、名札が光る。光の加減の所為だろう。そのおかげで名札に刻まれている文字が注意が行く。
緑山。
大抵の山の形容になりそうな名前。
この緑山という少女、一人こんな昼間から学校を帰宅しているのには訳がある。別に仮病で早退したわけでもまた本当に病気でもない。先ほどの様子からもそれが鑑みることができる。
とある事情により早退扱いにならず帰宅できているのだ。無論授業も受けていることになる。
緑山という少女は疲れたのか校門から約百メートルで、建物の陰に隠れた。よって、風の難を一時逃れることができる。そこで乱れた肩を少し過ぎたくらいの長い髪を緑山は直した。
「早く帰れるのは良いけどあの野郎のトコに行くのはなぁ・・・。いやしかし・・・・・・あ〜」一度立ち止まったことで思考に拍車がかかったのか少女は一人様々なことを呟く。
「義務は果たさんと良くないけど・・・行く度にあやつの皮肉を聞くのは嫌だし。・・・いやここは内申点のため!」
そう力強く叫ぶと少女は一目散にある場所へと向かう。
翌日、緑山が少々白い目で見られたことを補足しておく。
「・・・着いたぁ!」
とある少々古めかしいアパートを見て緑山は言う。肩で息をしているところ余程風が強かったか、走ってきたのか、と考えさせられる。
そしてこれ以上風に煽られたくなかったのだろう、足早にアパートの階段を上がってアパートの一室を前にする。その表札には「贄波」とある。
「あ〜う〜」
緑山はここに来て迷う。
時間帯は真昼時。ちょうど今会社などでは昼休みも終了したころ。そんなとき、平日であるというのに人の家に上がりこむという行為にいささか迷いが生じているのだろう。
そして意を決した。勢い良くチャイムを鳴らす。
住宅街をやけに音が響いた気がした。
「・・・・・・・・・」
そして沈黙。
何の反応もない。
再度鳴らす。
先ほどより大きく鳴った気がした。
「・・・・・・・・・」
まだ沈黙。
緑山の顔がだんだんと引きつる。
そして。
緑山は連続して、さらにそうしたところで音が大きくなるわけがないのだが強くチャイムを押す。
数回、十数回、そして数十回となろうというときにドアが大きく開け放たれた。
「やかましい!」
「ふっ・・・」緑山は不敵に、そして不適に笑う。無礼を行っておいてする笑顔ではなかった。
「・・・なんだ、あんたか。つくづく暇人だな。しかもこんな時間帯に。まったく、俺を引きこもりと呼ぶならその不良具合をどうにかしろってもんだ。まあいい、さようなら」一度頭を大きく掻いた後ドアを開けた少年はドアを閉めようとする。
少年、乱れた髪をしておりシンプルなTシャツとズボンを着ていた。
一応着替えては居たのだろう。それにしても平日の昼間にまだ学生という年齢の少年が家に居るとは。眠たげな目が野暮ったさを強調している。
さて、なぜこんなのうのうと描写できているかといえば現在まだドアが完全に閉められていないからである。それというのも緑山が足でドアが完全に閉めさせまいとしているからである。なかなか強引な手段。それほどまでにこの贄波という少年に用があるのか。
「なあ」
「何か?」
「不法侵入って言葉、知っているか?」
「知ってますとも」
「・・・不法侵入って意味、知っているか?」
「無論です」緑山は快活に笑う。
「少年法の適応、十四歳からってのも?」
「馬鹿にしているんですか?」
「知っているならこんな真似しないよな、と」
この会話の間にも贄波はドアを閉めようとし、そして緑山は自分が入れるだけのスペースを開けようとしている。
「何を馬鹿なことをー」
「棒読みで言われてもな」
「友人の家に上がりこもうとしているだけじゃないですかー」
「友人なら友人を脅したりしない」贄波は緑山の鞄への力の入り具合を見て言う。
「はっはっはー。心配無用。それはあなたの妄想ですよー」
「友人だとしても男の家に一人で上がり込んだりしない」
「私の貞操の心配をしてくれるなんてー」
「俺の生活の心配をしているんだ」
「それは国と親が保障してくれるでしょうにぃ」
「・・・殴っていいか?」贄波は拳に力を込める。
「死にたいならー」それに金属音で緑山は応えた。手には三段ロッド。
「・・・・・・」
「入れやがれってんだよ鬱陶しいな。私の頼みは聞けないっての、に・え・な・み、ひびきくーん」緑山は三段ロッドのボタンを押した。すると、バチッというショートするような音が鳴った。スタンガン内臓か。
「み・ど・り・や・まあやはさーん?」
「な・あ・にー?」
まるで子供のやり取りだ。しかしその中には謀略の数々が――――別にない。
「帰る気は?」
「ない」即答。
「せめてそれを収める気は?」緑山の三段ロッドを指差して贄波は言う。
「貞操保守のため無理です」
「せめて・・・」
「せめて?」再びショート音。
「もういい・・・」贄波は緑山の三段ロッドを見て言う。
そしてドアから手を離し、緑山を迎え入れる。
「さすがだね、贄波くん」
「暴力に屈する自分が情けない気もする」
「いやいや、非暴力は素晴らしいよ?」
「そこに不服従も加えたい」贄波は奥の部屋へと入り、パソコンの前の椅子に座る。少し、椅子が軋んだ。
「諦めなさい。器じゃないんだから」堂々と無造作に置いてある座布団に緑山は座る。
「そうはっきり言うか」
「言いますとも」
「・・・で?」
「うん?」
「何かあったんだろう?」
「そんなことはないよ。引きこもりなあなたを外へと連れ出そうと」
「わざわざ学校をサボタージュしたわけでもないよな?」
「ま、ね」緑山は軽く肩を竦める。「サボタージュじゃないわけだけれど。教師公認の休日だ」
「それじゃ。俺の安全な生活のためにもさっさと話してくれ」両手を絡ませ、贄波は不敵に笑った。