大人って・・・。
揺れる荷台はガタガタ音を立てている。それとは別に、ルービックキューブを回すカチカチッという音と、オーリケットさんの示指だけが私の耳に入る。
リオールさんはボブさんと一緒に御者台で座っている。と思いきや、冒険者側の馬車の方に乗っています。
剣の使い方について、セグロスさんに聞きたいことがあるらしいので、乗り込むときに丁度オーリケットさんと入れ替わるように向こうへ乗り込んでいってた。
どちらかというと、私を1人にしないでほしかったと言うか、一緒にいてほしかったと言うか・・・。
これはただの我儘なのだろう。でも、やっぱり、昨日今日知り合ったばかりの人と一緒にいるよりも、リオールさんと一緒にいたかった。
そんなことをうだうだ考えながらも手はしっかりとオーリケットさんの指示に従い動かしていると、手元のルービックキューブの色が1面だけだけど揃おうとしていました。
本当は全面揃えるものだった気がするけど、遊び方は人それぞれ・・・だよね?間違ってないよね?
メンドクサイので、お口チャックですよ。きゅ!
「・・・ようやく、そろったか」
オーリケットさんのつぶやきが、溜息とともに私の耳に届く。その声を聞きながら、私は手の中のルービックキューブの最後のひとまわしを行う。
ちょっと、じゃなく、かなりドキドキしています。
・・・まわしたとたん、爆発しないよね?どきどき。という具合にですが。
カチッと、たしかにルービックキューブがはまった音が聞こえた。そして手ごたえも確かに感じた。
その証拠に、私の手元には【白】【黒】【黄】【赤】【青】【緑】の6色のうち、白色が揃ている。私の目が確かならば。
そして、『カチッ』とまわしていた時とは別に、小さな音が手元でした。その音とともに、そろえた白色の面がパコッと少し浮き上がった。
まるで、コンパクトの蓋のようにね。
あれだけガチャガチャまわしていたのに、面がそろえば1つの蓋みたいに開く仕様になっているとは!!・・・なにこれ、子供でもわかるくらい物理的に可笑しいよね!?どうやって繋がったの!?さっきまでバラバラだったじゃんか―!!
心で叫んでも、口には出さない。私だって空気読めるよ。空気は吸うもんだって母は言ってたけど、時には読むものだってこっそり父は教えてくれたから。
手の中の物体をどこかに捨ててしまいたい!なんていう衝動は必死にこらえますよ。私えらいって自分自身を励ますのも忘れない。頑張れ私。
まるで開けられるよ!と言わんばかりのルービックキューブの状態だけど、心情は「開けたくない」の一言に尽きる。
でも、隣にいるオーリケットさんは、そんな私の心情を理解なんてしてくれない。むしろ目先のことに夢中なのが良く分かる。だって、手元のルービックキューブから目をそらさないまま、私を肘で突いているからだ。
開けろってことですよね。そうですよね。うかつにここでまた別の誰かが触って振出しに戻るとか、笑えませんもんね!
興味津々。でもこれ、セグロスさんのじゃなかったかな?本人呼ばなくていいのかな?むしろこのまま渡してしまいたい。
「・・・なんだか、開きそうですね」
「そのまま開けてくれ」
「でもこれ、セグロスさんの物ではなかったでしょうか」
本人に許可なりなんなりとらなくていいのか、という含みを込めて、隣にいるオーリケットさんを見る。
しかし視線は合わない。
彼の視線は、私の手の中の物体に注がれている。
「アイツからは一任されている。問題無い」
だから早く開けろ、という声なき声が聞こえた気がした。
ちくしょう。
うだうだやっているうちに、ツンツンと突かれる力加減が、だんだん強くなってきた。
どうやらセグロスさんを呼ぶという選択肢は彼の中には無いようです。無念。
ということで、深呼吸を3回ほど繰り返して心を落ち着ける。これも時間稼ぎですが、何か?
大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・だいじょうぶ、だと信じたい。
根拠も何にもない暗示を自分自身にかけながら、私はそっと蓋のように浮き上がっているルービックキューブの面を開く。
・・・開くときに、さりげなくオーリケットさんが私から距離を取ったのを見たときは、ちょっとショックだった。
大人って、汚い。
開いたふたの裏には蔦の模様の中に短い文章が書かれていただけで、箱と化したルービックキューブの中身は真っ暗闇でした。
真っ暗も真っ暗。こんな小さなルービックキューブだというのに、底も見えない真っ暗闇。
光の加減でそう見えるわけではなく、少し斜めに傾けても闇だった。
ヤダ、気持ち悪い。
どうやっても私には中身が見えない。いつの間に戻ってきたのか、のぞき込んでいるオーリケットさんから反応を待つ。
大人って、都合がいいよね。
「・・・何だこれは」
「私には真っ暗闇に見えます」
怪訝そうに呟かれたオーリケットさんの声に、間髪入れずに見たままを答える私。どうか、同じものが見えていますようにと願う。
「・・・そうか、」
僕もだ、という困惑した呟きがオーリケットさんから聞こえてきた。
よかった。
私だけ真っ暗闇に見えてたら、また何か言われる。なんて、胸を撫で下ろしてみたけど、ここからどうしたらいいのかわからない。
のぞいても何も見えない以上、手を突っ込んでみるのはためらわれる。
むしろタメライタイ。
オーリケットさんが無茶を言い出す前に、何か別アクションを起こしたい。
そんな気持ちがあったからか、もうとりあえず行動してみようかと思ったのだよ、その時は。
とても軽い気持ちだったのだ。
覗いても何も見えないその箱を、私はとりあえず逆さにしてみた。
何か入ってれば落ちてくるだろう、そんな気持ちだった。
「な!」
「え?」
隣からは、驚愕に満ちた一言が漏れ、逆に私は、やっちゃダメだった?という気持ちで声の漏れた方を向く。
そして私の膝に、ぽとっと何かが落ちる感覚がして。
コン、コロコロコロコン、コン、・・・
荷馬車の板の上を、何かが転がる音がした。
ガタガタ揺れる荷馬車の上だからか、時々はねたような音がする。
それを目で追うと、どうやら丸くて小さなものらしい。
「・・・何か、出ましたね」
「・・・あ、ああ」
それを目で追いかける、私とオーリケットさん。
「・・・あぁー!ひ、拾わなきゃッ!!」
「!しまった!!」
はっと気が付いて立ち上がると、オーリケットさんも慌てて立ち上がった。
そのあとは、時折ガタガタと大きく揺れる荷馬車の上を、転がる小さな物体を2人して追いかけるのに必死になったのは、言うまでもない。