紅葉の色
秋も終わりに近づいた頃、コスメフロアに新人が配属された。睦月にとって初めての後輩である。レジ打ちをする後輩の隣で何かあった時のために控えていると、インカムから驚いたような声が聞こえた。そして、だんだんと機械越しでなくざわめきが近づいてくる。店員だけでなく客も何かに驚いているようだ。
スーツの男性がセルフレジでまごついている。QR決済をしたいらしいが残高不足を知らせる音が鳴った。
くるりと方向を変えて焦った様子のスーツ姿の男性が睦月たちのいるレジにやって来た。化粧品の数々が入った買い物かごを置いた。そのなかでも一際目を惹いたのは深い赤の単色アイシャドウ。かごの持ち手を握った彼の手の甲が赤や黄色、カーキなどの色が乗っていて紅葉の山みたいだと睦月は思った。
「あ、あの……ほんとに買うんですか?」
ぎょっと目を見開いて思わずといった様子で後輩が尋ねた。
フロアの空気が凍りついた瞬間。
「ファンデーションとコンシーラーはたしかにどっちもいいやつだけどもっと安くても使いやすいのがあるよ。咲賀、メンズコスメの売り場案内してあげて」
低いが凛とした声が咲賀に指示を出した。睦月が声のした方向に目を向けると、いつの間にか会計待ちで並んでいた左雨だった。
初めて名前で呼ばれて目を丸くした睦月を気にせず左雨は続ける。
「自分に似合わない色のコスメを買う理由なんていくらでもあるよ。僕みたいにただ好きだから。冒険したいから。色に力をもらいたいから。なりたい自分と今の自分がうんと離れているから。推しの色だから。そもそも自分用じゃなくて誰かにあげるものだから。自分に似合うものを買う人って意外と少ないと僕は思うよ」
誰に聞かせるとも知れない左雨の言葉がコスメフロアに溶けて空気が緩んだ。
男性客の横に並んで睦月はそっと話しかけた。
「その色、きれいですよね。……風に揺れて落ちる葉っぱみたいで」
男性客の肩がすとんと落ちて強ばりがほどけたのがスーツ越しでも見てとれた。
「はい、一目惚れしてしまったんです」
「それは……しょうがないですね」
化粧品ではないがインクを衝動買いした前科が両手の指では足りないくらいある睦月の目尻が下がった。
男性客の案内を終えると左雨が睦月に声をかけた。
「思ったよりきみは驚いてなかったね」
「左雨さんもメイクしてるし…あれ? してますよね?それとも自前できらきらしてるんですか?」
「……口説いてるの?」
左雨はいつもの距離より半歩近づいて声をひそめて唇の端を上げた。形のよい唇が吊り上がる様子はいつもより色っぽかった。左雨の色気にうろたえた睦月の耳が近づいてくる革靴の音を捉えた。
「あの! さっきはありがとうございました。……あなたみたいになりたい」
先程の男性客が左雨に向かってまるで取引先にするように深々とお辞儀をした。
「ありがとう。きっとその色がいい場所に連れて行ってくれる」
二人に会釈をして去っていった男性客は睦月が最初に見たときよりほんの少し背筋が伸びていた。
「……左雨さんがお客さんの好きな色を塗ってあげるお店をやればいいのに」
睦月の口からぽろりと未来がこぼれた。
「もう動いてるんだけど、なかなかいい場所が見つからない」
左雨が肩をすくめると少し長い暗い色の髪がさらりと揺れた。
コスメフロアはいつの間にかいつもの喧騒を取り戻していた。




