僕と劣等感
僕は人との関わりを無意味に感じられてしょうがない。
高校というステージで何で僕はこんななんだろう。
こんなちんけな世界で生きてて何が楽しいのだろう
中学時代、
僕はそれなりに社交的で友達は沢山いたし先生にも恵まれ、なにより学年全体がすばらしすぎるぐらい良かった。
卒業式なんて生徒会長が答辞を読んでるとこから男とかもう関係なしに涙腺が緩んで、両隣前後どこからともあれすすり泣きの声が聞こえ
終盤にかかったとこで歌う歌なんて、そりゃもう嗚咽の大合唱。
その時は必死に歌おう歌おうとしても、口を動かそうとするだけで顔に痙攣が走るぐらい強い
悲しいとでも虚しいともいえないわけのわからない強い感情に呑み込まれていた。
式が終わったあと友達と話すとやっぱりみんな同じような理由でうたうことができなかったって
そんな気持ちをもつことができた3年間を送れたのは、何ににも代替できない財産なんだと思う。
たぶん、というか絶対 今年の全国の中学校の中でトップテンを争う卒業式を迎えられた学年
だったと心のそこから思う。本当に誇り高い母校。
そんな充実した中学生活を送ってた反面その裏で僕は、思うことも多くあった。
よくあったのは恋愛相談をされて
その幼稚な考え方に、熱心にきいてやってるこっちがばからしくなって、それでいてアドバイスなんかしちゃってる自分があほらしくて。
はたまた、喧嘩してる最中の二人どっちもから、思ってることを吐き出されたときはくだらなくてしょうがなかった。
あとは部活内問題やらなんやら。
でもそれらは普通で恋愛で初々しく悩むなんて自分にもあったようなないような。
でも実際の僕はそんなかわいいものじゃなくて
誰しもがおのずと自ら隠す別の自分を内に秘めているように、僕もそうだった。
ただ僕のいう別の自分っていうのは、同い年の子の大半が思ったり悩んだりすることでもなかった。
小学校高学年ほどからインターネットに触れていた僕はTVや雑誌などよりインターネットから様々な事を吸収するようになっていて
生活の中でなきゃいけないというような一種の中毒だと思うぐらい。
そこから興味を示すようになったのが社会風刺や人間の心理、事件、猟奇的な犯罪。
事件・犯罪でいうなら某犯罪ファイルサイトで たとえば
須磨で起こった少年犯罪や1969年に起こった射殺魔事件、もっと古い時代の三十人殺しなど様々な事件の詳細に触れた。
読んでるたび僕の中で沸き起こるのは、加害者への憎悪と被害者への同情。
でも殺人への悪の気持ちは消えることはなくても、強く感じたのは加害者への同情と共感。
加害者を支持するわけじゃなくても、事件を起こしたのかを知りたいと思ったり。
人を切り刻みたくなるほどの強い衝動を抑えられなかった犯罪者っていうもの
とただ単に会って話してみたいと思った。
一度なんとなくそれを「犯罪者と会って話してみたい」と友達にいってみたら 案の定へんな顔をされた。そりゃそうだ。
そりゃそうなんだ。あたりまえな返答なんだろうけど、やっぱり僕の興味や思考は
周囲とは違うんだと虚しくなった。 普通に生活していても小さいことなのに何かが足りない感覚、
自分ていう存在が人や場所と合致していない感覚が増すばかりで、
家に帰れば、あんな明るくしゃべってた自分はどこへ、無表情無口の別人だった。
でも、こんな僕でもジャーナリストになって色んな人々と文化を見て世界を飛び回りたいなんて思ってて
でも僕なら必ずできるなんて、まるで自分は超人で近いうちに世の偉人というような
ウィキやらで紹介される人物だなんて思い込んでいた。
そうさせたのは僕が本当の意味で共感したり話したいと思う人物はいつだって
TVの中やネットの中で紹介されるそのものの存在(偉人)だったから
っていうのも少なからずあるのかもしれない。画面と対峙して一人でそういう存在と自分は同類なのだと思っていたから。
とにかく自分は周囲の人間とは価値観も違う、お高い確信めいた感情を持っていたんだ。
それでもやっぱり中学校はかけがえのないものだった。
女子でいうなら、華の女子高生。
"今"を楽しむなんて目標引きつれてたのがまちがいだったのかもしれない
偏差値は普通で 自分と比べれば少しばかり低い私立高校に入学した。併願だったけど。
こんな性格も影響して、人と関わる事も無意味に感じてたからか 中学とは似ても似つかないライフスタイルで
友達は数えるぐらいしかいなかった。 否、友達と呼べるのかもどうか。
【ボタンはきちんと締める】だって先生に怒られるから。先生に怒られるから。怒られるから。
やってらんない。マナーは守るものでルールは破るものだろうと思う自分とはまったく違う。
そこで確信したのが、自分はこういうやつらといるのは相手がどうでもいい存在だから自分を偽らなくていいという
だけで、根本的な部分はなにも合いやしないということ。
それに自分は無表情無口なわけではなく、本当の自分は関係なしに
外に出れば笑いや大声でしゃべるっていう事が自分の普通で最低限のものだったんだと 今更。
人とのかかわりを無意味だなんて思ってた自分がこんなこと思うのはなんて浅ましく勝手なのだろう。
クラスの位置がそれぞれ定着された今ではその環境にいるしかない。
つまらない。
ああ、自分がわからない。
ジャーナリストになりたいなんてよくいえたものだ
自分は超人だなんてよく思えたものだ
周りを見下して、今じゃ現実に見下されてるあたりまえじゃないか。
人との関わりがなくなるだけで、自分に自信をもてる友達がいなくなったことで
こんなにも環境は変わってしまう
自信自身は変わってないというのに、でもこんな生活なら少しは思考も変わるのだろうけど。
ああ こんな面白くない奴だったけか。
別の自分が自分を埋め尽くしてくような、最初から前に出てはいけない人格だったんだ。
ああ隔離しとけばよかった。僕はこんな環境望みたくない。僕は僕がいやだ。嫌いだ。
浅ましい。 僕は誰よりも醜い人間なんだろう。
初短編というかなんというか。
短編とも呼べないなこれ。
なんか話がごっちゃでだめだこりゃ。




