第29話:秘書の献身、女優の孤独
華やかな芸能界の光が強くなればなるほど、その影は深く、冷たくなる。
「麗様、お戻りですか……?」
深夜二時。誠は主のいないリビングで、一人立ち尽くしていた。
テーブルの上には、数時間前に温め直したはずの夕食が、今はすっかり冷め切って置かれている。
世界を艶かせる女優、南条麗。
彼女の仕事は今、かつてないほどの多忙を極めていた。連日の撮影、深夜に及ぶ打ち合わせ。かつては誠の淹れる紅茶を楽しみ、束の間の安らぎを共有していたはずの時間は、砂時計の砂のように指の間からこぼれ落ちていく。
「……また、今夜もですか」
誠の手元にあるスケジュール帳は、麗の予定で真っ黒に埋め尽くされている。それは彼女の成功の証であり、同時に誠から彼女を奪い去る「壁」でもあった。
誠は秘書として、彼女のすべてを管理し、影から支えることに命を懸けている。だが、彼女が「家」という自分の支配が届く場所に帰ってこないことは、誠にとって死よりも辛い。
(麗様。あなたは私の手の中にいる時だけが、本当のあなたのはずだ……)
暗闇の中で、誠の瞳に昏い光が宿る。
大翔が会場で叫び、力ずくで「琥珀かえで」を繋ぎ止めようとする動の狂気なら、誠のそれは、静かに、確実に相手を包み込み、窒息させるような静の狂気。
「……これ以上、私を一人にしないでください」
誠は冷めた食事をゴミ箱へと捨て、彼女の脱ぎ捨てられたコートを愛おしそうに抱きしめた。
その頃、撮影現場でスポットライトを浴びる麗は、まだ気づいていなかった。
自分の献身的な秘書が、孤独の果てに「ある決断」を下そうとしていることに――。
第29話をお読みいただきありがとうございます。
大翔の爆発の裏で描かれる、誠と麗の危うい関係。
仕事が忙しく、すれ違い続ける二人。献身的であればあるほど、誠の心の中に溜まっていく「独占欲」という名の毒が、ついに溢れ出そうとしています。
朝9時のPC読者の皆さま、そしてX(X)で応援してくださる皆さま。
「いそうでいない」キャラクターたちが、それぞれの孤独と執着に突き動かされる姿、楽しんでいただけているでしょうか。
さて誠の静かな暴走がどう描かれるのか。
次回の第30話、ついに誠が麗に対して「秘書の一線」を越える行動に出ます。
物語が大きく動き出す今、引き続き応援よろしくお願いいたします!




