第22話:消えた観客、崩れる仮面
「……なんでやねん」
ステージの中央、万雷の拍手と爆笑が渦巻く中で、大翔の口から漏れたのはネタの台詞ではなかった。
相方のボケに鋭いツッコミを返すはずのその瞬間、大翔の思考は完全に停止していた。
客席の右端から左端まで、さらには照明が届かない二階席の後ろまで。
何度目を凝らしても、そこに「彼女」の姿はない。
「(おらん。あんなに念押しして、絶対に来いって言うたのに……どこにおるんや!)」
完璧主義の大翔が、漫才の途中で数秒間の沈黙を作った。その一瞬の空白は、プロの芸人たちの間で瞬く間に噂となる。
関東で人気を博すライバル、**「カミナリボーイズ」**の楽屋でも、配信を見ていたメンバーが顔を見合わせた。
「あの大翔がネタを飛ばした? あの女、本当にあいつを狂わせてやがるのか……」
出番が終わるやいなや、大翔は楽屋に駆け込み、マネージャーの胸ぐらを掴み上げた。
「おい、どういうことや。彼女、来てへんやないか! 招待リストには入れたやろ!?」
「お、大翔、落ち着け! 受付は通ってるんだ。でも、開演直前に何かあったみたいで……」
「逃げたんか? 誰かに連れて行かれたんか!? 言えや!!」
壁に叩きつけられたマネージャーが震える。
大翔の瞳は、ファンに見せる爽やかなそれではない。獲物を奪われた獣のような、濁った執着の光が宿っていた。
「……探しに行く。今すぐや」
「待て、次は握手会が……!」
「そんなもん知るか! アイツがおらん世界に、俺の笑顔なんか一ミリも残ってへんわ!」
衣装のジャケットを荒々しく脱ぎ捨て、大翔は夜の街へと飛び出した。
彼の頭の中にあるのは、彼女を奪ったかもしれない「あの男たち」への激しい憎悪と、彼女を二度と離さないという狂気的な誓いだけだった。
第22話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、大翔の完璧なプロ意識すらも崩壊させる「執着心」を描きました。
関西の「なんでやねんブラザーズ」と、関東の「カミナリボーイズ」。東西のお笑い界を巻き込んで、彼女の存在が伝説となりつつあります。
ステージの上で絶望し、楽屋でマネージャーに掴みかかる大翔の豹変ぶりを楽しんでいただけたでしょうか?
「ネタを飛ばす」という芸人にとって最大の失態を犯してまで、彼が求めているものは何なのか。
次回、夜の街で大翔が目にする光景とは……?
暴走する彼の愛が、ついに境界線を越え始めます。
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