第17話:再生のプロローグ(出囃子は止まらない)
三枝甲賀との縁談は、彼の浮気が発覚し、最悪の形で破談となった。
私との結婚など、彼にとってはただの政略的な駒に過ぎなかったのだ。
同じ頃、南条麗と長谷川誠の結婚式が華々しく執り行われた。
私はその光景を遠くから見届けることさえせず、すべてを捨てて、大阪の雑踏へと姿を消した。
「麗、幸せになってね」……その願いだけを、呪いのように心に残して。
独りきりになった私が行き着いたのは、難波にある浜本興行の劇場だった。
超売れっ子芸人「なんでやねんブラザーズ」。
今の私にはあまりに眩しすぎる、チケット争奪戦の果ての最前列。
出囃子が鳴り響き、センターマイクの前に二人が現れた瞬間、会場の空気が一変する。
千田大和の、地響きのような力強いツッコミ。
そして、難波大翔の、鮮やかなボケの応酬。
けれど、その完璧なリズムが、一瞬で崩れ去った。
「…………っ」
大翔の言葉が止まった。
視線の先にあるのは、最前列で息を潜める、この世で一番だらしないはずの私。
彼はネタを飛ばし、まるで雷に打たれたような顔で、私を……私だけを、凝視していた。
「おい、大翔! 何フリーズしとんねん!」
大和の怒号のようなツッコミが響く。
会場に動揺が広がる中、大翔はマイクを掴んだまま、震える声でこぼした。
「……あかん。一目惚れしてもうた」
その一言が、静まり返った劇場に、そして私の止まっていた心臓に、一秒の猶予もなく突き刺さった。
皆様へ琥珀かえでよりお礼のあいさつです。
第17話をお読みいただき、ありがとうございます。
正直、これまでの執筆の中で、自分の作家人生はもう終わったのだと絶望した瞬間もありました。幼少期からの辛い記憶や、信頼していた人たちからの裏切り……。でも、大阪の劇場で漫才を見たあの瞬間の熱量だけは、どうしても嘘をつけませんでした。
誠と麗を祝福し、甲賀との呪縛から解き放たれた「かえで」が、これからどんな物語を紡いでいくのか。大翔の「あかん一目惚れしてもうた」という一言が、私自身の再出発の合図になったような気がします。
これからも、不器用ながら、自分だけの言葉を信じて書き続けていきたいと思います。




