8年間の窃盗犯は文通相手でした! 文通ロマンス詐欺犯との訣別
――八年。
それは、リリアナ・エヴァンズが未来を信じ続けた年月だった。
平民から養女になり、地方伯爵家の次女であるリリアナは、社交界では少し変わり者として知られている。
貧民救済の制度案、女性の教育機会拡充、商業ギルドの再編成。
――いわゆる「貴族の娘らしくない思想」を、彼女は惜しげもなく語った。
そんな彼女に、ある日一通の手紙が届いた。
『あなたの考えに深く共感しました。ぜひ文通を』
差出人は、王都でも名の知れた名門侯爵家の令息、ライナール・フォン・クラウゼン。
婚約者を探していたリリアナにとって、それは運命の始まりに思えた。
手紙は穏やかで、知的で、どこか含みを持っていた。
『もし、あなたの理想を隣で支えられる存在がいたら――』
『いつか、同じ未来を語れる日が来ればいいですね』
直接「結婚」という言葉は出ない。
けれど、八年も続けば、期待しない方が無理だった。
――なのに。
真実を知ったのは、王都で開かれた思想討論会の席だった。
「君の案は、我が家で採用させてもらったよ」
壇上で誇らしげに語るのは、ライナールの父、侯爵クラウゼン。
そして隣には、腕を組む若い女性。
「ご紹介しよう。息子の正式な婚約者だ」
……え?
頭が真っ白になるリリアナの耳に、続く言葉が突き刺さる。
「君との文通は有意義だった。特に社会制度に関する着想はね」
「父上の指示でさ。直接会わずに引き出すには、結婚を仄めかすのが一番だろ?」
――八年間。
婚約させる気がない令息と、
思想を盗むためだけに、
文通させてたんですか!?
その瞬間、リリアナの中で何かが切れた。
「……なるほど。では、私も有意義な発表を」
彼女は壇上に立ち、微笑む。
「今まで“未発表”だった私の制度案ですが――本日付で、王立学会と商業連盟に正式提出済みです」
「実証実験も、すでに他国で始まっていますので」
会場がざわめいた。
侯爵の顔色が変わる。
「ちなみに、私の思想を“流用”した制度については、起源証明の書簡がこちらに」
「……八年分、全部残ってますから」
静まり返る会場。
リリアナは、もうライナールを見なかった。
「結婚を仄めかす手紙は、確かに甘かったですね。でも――未来を盗めると思ったのが、間違いです」
その日を堺に、クラウゼン侯爵家の信用は失墜した。
リリアナは、ライナールの婚約者隠しに使われ、自分の名前を冠さない社会政策の提言をさせられていたことは有名な話である。
以前からクラウゼン侯爵家は平民や他の貴族に対してもこうしたら窃盗や詐欺行為を行っていたこともあわせて話題が浮上し、一部のメイド達がボイコットを表明して屋敷の一部が燃える騒ぎもあったばかりだ。
そして数年後。
改革派貴族の筆頭として名を馳せるリリアナの隣には、
最初から誠実に、結婚の話をした青年が立っていたという。
「なぜか私が姉のレオノーラの相手を奪ったと言われているのですが、私はもっと前からライナール様とやりとりをしておりました。それをさも、【私が媚薬を盛り、姉の婚約者を奪った】などと社交界で吹聴されている方がいるみたいで不快ですの…噂の出所は、盗んでいたお家のご家族かしら。残念ながら私に薬学の知識はございませんわ」
とても大きな独り言が響くようにリリアナは文壇で言う。
――八年は、無駄じゃなかった。
ただし。
「次に文通する相手は、身辺調査必須ですね」
それだけは、強く心に誓ったのだった。




