転生先が自分が書いた小説の世界だった件
真っ白な空間に、俺は立っていた。
「……ここは?」
周囲を見渡す。何もない。壁も床も天井もない、ただ白い空間。
そして——目の前に、誰かが立っていた。
中性的な青年。
サイズの合っていないとんがり帽子。星柄のマント。「MAGIC」と刺繍されたチープな杖。
胡散臭い——魔法使いのコスプレ。
「やあ、初めまして」
青年が、疲れた目で言った。
「私は転生神ツクヨ。あなたを担当することになりました」
「転生……神?」
「はい。あなたは——死にました」
「……ああ」
俺——堀川拓也、32歳、独身、Web小説家——は、なんとなく理解した。
確か俺は、自宅でパソコンに向かっていたはずだ。
三日間ほぼ寝ていなかった。
Web連載の締め切り。
そして——商業単行本の修正原稿の締め切りも重なっていた。
細々とだが、俺の小説は商業化されていた。
売れ行きは正直微妙だが、それでも単行本を出せているのはありがたい。
ただ——その作業が、地獄だった。
Web版の修正、書き下ろし、校正、イラストレーターとの打ち合わせ……
寝る暇がなかった。
「過労死、ですね」
ツクヨが、淡々と言った。
「Web小説家の方は……最近、多いんですよ」
「……そうか」
「毎日更新、商業化、メディアミックス……休む暇がありませんからね」
ツクヨが、どこか疲れた目で言った。
「お気持ち、分かります」
「お前も……疲れてるのか」
「ノルマがありまして」
ツクヨが、苦笑した。
「転生案件の処理件数……上層部がうるさいんですよ」
「……神様も大変だな」
「お互い様ですね」
ツクヨが、少し笑った。
「さて——本題です」
ツクヨが、表情を改めた。
「通常であれば、あなたは普通に死んで終わりなのですが……」
「普通に死んで終わり?」
「はい。転生対象になるのは、特別な条件を満たした方だけなので」
「じゃあ、俺は……?」
「ちょっと、特例です」
ツクヨが、申し訳なさそうに言った。
「責任を取る形で、転生してもらいます」
「責任……?」
「あなたが書いた小説——『剣と魔法のエルディア』」
「……!」
俺は、目を見開いた。
「なぜ、それを……」
「あの小説——途中でエタりましたよね」
「……ああ」
二年前に連載を始めて、途中で更新が止まってしまった作品だ。
忙しくなって、書けなくなった。
「実は——あの小説の世界は、本当に存在しているんです」
「……は?」
「あなたが書いた設定が、ある異世界に『反映』されてしまいまして」
ツクヨが、困ったように言った。
「小説家の想像力が、稀に異世界の設定に影響を与えることがあるんですよ」
「……つまり?」
「あなたが書いた『剣と魔法のエルディア』の世界が、実際に存在しています」
「……」
「そして——あなたがエタったせいで、あの世界は『結末が存在しない』状態になっています」
「結末が……存在しない?」
「魔王討伐の直前で、世界の時間が止まっているんです」
ツクヨが、ため息をついた。
「責任を取ってください」
「……えっ」
「特例として、あの世界に転生してもらいます。そして——結末を、紡いでください」
「俺が……?」
「あなたが作った世界ですから。あなたにしか、できません」
ツクヨが、真剣な目で俺を見た。
「よろしくお願いします」
「……分かった」
俺は、頷いた。
——自分が書いた小説の世界。
その結末を、自分の手で紡ぐ。
「では——転生を開始します」
ツクヨが手をかざした。
白い光が、俺を包み込む。
「頑張ってくださいね——作者さん」
ツクヨの声が、遠くなっていった。
*
気がついたら、草原に横たわっていた。
青い空。白い雲。どこまでも続く緑の大地。
「……本当に、俺の小説の世界だ」
俺は、ゆっくりと起き上がった。
体が軽い。疲れが全くない。
手を見ると——若々しい手だ。十代の頃のような。
「若返ってる……」
そして——
遠くに、白い城が見えた。
塔がいくつも立ち並ぶ、ファンタジー世界らしい城。
「エルディア王国の王城……俺が設定した通りだ」
俺は、城に向かって歩き始めた。
*
俺の小説『剣と魔法のエルディア』——
二年前に連載を始めて、途中で更新が止まってしまった作品だ。
商業化の話が来て、そちらに忙殺されて、Web版を書けなくなった。
皮肉な話だ。
「俺が書いた設定だから……全部、覚えてる」
これは、チートかもしれない。
この世界のルール、魔法体系、地理、歴史——全部、俺が決めたものだ。
「ただし——」
俺は、苦い顔になった。
「途中でエタったから、結末は分からないんだよな……」
俺が書いたのは、全50話。
勇者が魔王城に乗り込むところで、更新が止まっている。
その先は——俺にも分からない。
「まあ、いいか」
俺は、歩き続けた。
「とりあえず、状況を確認しよう」
城下町に入ると、人々が行き交っていた。
服装は中世ヨーロッパ風。
看板には、俺が設定した文字——エルディア語——が書かれている。
「読める……」
当然だ。俺が作った言語だから。
「すみません」
俺は、通りすがりの男性に声をかけた。
「今日は何月何日ですか?」
「ん? 今日はエルディア暦312年、春の月の15日だが」
「ありがとうございます」
俺は、内心で計算した。
エルディア暦312年。
俺の小説では——
「勇者が旅立つ、一ヶ月前……」
つまり、物語が始まる直前だ。
俺は、決意した。
「よし、勇者パーティに入ろう」
自分が書いた物語の、主人公チームに加わる。
これほどワクワクすることはない。
*
冒険者ギルドに向かった。
俺の小説では、勇者——クロード——は、このギルドで仲間を集めることになっている。
今なら、まだ勇者になる前のクロードがいるはずだ。
「いた……」
ギルドの隅で、一人で座っている青年。
銀髪、緑の目、凛々しい顔立ち。
俺が書いた通りの、勇者クロードだ。
「……でも、暗いな」
俺の設定では、クロードは明るく前向きな性格のはずだ。
でも、今のクロードは——どこか、暗く沈んでいる。
「まだ、勇者の力に目覚めてないからか……」
俺の設定では、クロードは「神殿での儀式」で勇者の力に目覚める。
今はまだ、ただの冒険者見習いだ。
「よし……」
俺は、クロードに近づいた。
「隣、いいか?」
「……どうぞ」
クロードが、無気力に答えた。
「俺は拓也。冒険者を目指してるんだ」
「……クロードだ。俺も、一応」
「一応?」
「ああ……才能がないんだ、俺には」
クロードが、苦笑した。
「剣も魔法も、どれも中途半端で……冒険者になれる気がしない」
「……」
俺は、内心でニヤリとした。
——知ってるよ。お前が「勇者」になることを。
「諦めるな」
俺は、クロードの肩を叩いた。
「お前には、きっと才能がある。俺にはわかる」
「……なんで、そんなこと言えるんだ」
「勘だよ、勘」
俺は、笑った。
——勘じゃない。俺がお前を作ったからだ。
「なあ、クロード」
俺は、提案した。
「一緒にパーティを組まないか?」
「俺と? 才能のない俺と?」
「ああ。お前は絶対に、すごい冒険者になる。俺が保証する」
「……変なやつだな、お前」
クロードが、少し笑った。
「でも……いいよ。よろしくな、拓也」
「ああ、よろしく」
こうして、俺は——自分が書いた小説の主人公と、パーティを組むことになった。
*
それから一ヶ月。
俺とクロードは、一緒に冒険者として活動していた。
俺の知識のおかげで、効率よくクエストをこなせた。
どのダンジョンに何がいるか、全部知っているからだ。
「拓也、お前すごいな」
クロードが、感心したように言った。
「なんでそんなに、この世界のことに詳しいんだ?」
「まあ……色々とな」
俺は、曖昧に答えた。
——俺がこの世界を作ったからだ、とは言えない。
「そろそろだな……」
俺は、カレンダーを確認した。
今日は、エルディア暦312年、夏の月の15日。
俺の小説では——
「今日、神殿で儀式がある」
クロードが勇者に目覚める日だ。
「クロード、今日は神殿に行こう」
「神殿? なんで?」
「……いいから、来い」
俺は、クロードを神殿に連れて行った。
そして——
「おお……! この者は……!」
神官が、クロードを見て叫んだ。
「勇者の資質を持つ者……! 伝説の勇者の末裔……!」
「え……俺が?」
クロードが、目を丸くした。
そして——神殿の奥から、光が溢れ出した。
「クロードよ……汝に、勇者の力を授けよう……」
神の声が響く。
俺が書いた通りのセリフだ。
クロードの体が、光に包まれる。
そして——
「俺……力が……!」
クロードが、自分の手を見つめた。
「溢れてくる……! これが、勇者の力……!」
「おめでとう、クロード」
俺は、笑った。
「ここから、お前の物語が始まるんだ」
——そう。
俺が書いた、物語が。
*
それから、物語は俺が書いた通りに進んだ。
クロードは勇者として覚醒し、仲間を集め、魔王討伐の旅に出た。
俺も、パーティの一員として同行した。
途中で出会う敵、謎、イベント——全部、俺が書いた通り。
俺は、完璧にパーティを導くことができた。
「拓也は本当にすごいな」
クロードが、何度も言った。
「まるで、未来が見えてるみたいだ」
「まあな」
俺は、笑って誤魔化した。
——未来どころか、結末まで知ってるよ。
いや——
「結末は……知らないんだよな」
俺は、不安になった。
俺が書いたのは、全50話。
魔王城に乗り込むところで、更新が止まっている。
今、俺たちは——49話目あたりにいる。
「あと少しで……俺が書いた部分が終わる」
その先は——俺にも分からない。
エタった小説の、書かれなかった結末。
どうなるのか——誰にも分からない。
「……でも」
俺は、決意した。
「俺が、続きを書けばいい」
この世界で、自分の手で——続きを紡げばいい。
「クロード」
俺は、仲間たちを見渡した。
勇者クロード。
魔法使いのリリア。
戦士のガルド。
俺が書いた——愛すべきキャラクターたち。
「魔王城に乗り込もう。そして——俺たちで、この物語に決着をつけるんだ」
「ああ!」
クロードが、剣を掲げた。
「拓也、お前のおかげで、ここまで来れた。最後まで、一緒に戦おう!」
「……ああ」
俺は、笑った。
——俺が書いた物語。
その結末を——俺自身が、見届ける。
*
魔王城。
黒い石造りの巨大な城が、俺たちの前にそびえ立っていた。
「ここが……魔王城か」
クロードが、緊張した面持ちで言った。
「ああ。俺が書いた通りの——」
俺は、そこで言葉を止めた。
——違う。
ここからは、俺が書いていない部分だ。
「どうした、拓也?」
「いや……何でもない」
俺は、首を振った。
ここからは——未知の領域。
俺の知識が、通用しない。
「行こう」
俺たちは、魔王城に足を踏み入れた。
*
城の中は、予想以上に過酷だった。
次々と現れる魔物。
巧妙に仕掛けられた罠。
俺の設定では、ここまで詳しく書いていなかった。
「くそ……!」
俺は、壁に背中を押し付けた。
魔物の攻撃をかわしながら、必死で考える。
「拓也、大丈夫か!」
クロードが、俺を庇いながら剣を振るう。
「リリア、援護!」
「分かったわ! ファイアボール!」
魔法使いのリリアが、炎の球を放つ。
魔物が吹き飛ぶ。
「ガルド、前衛を頼む!」
「任せろ!」
戦士のガルドが、大剣を振り回す。
——みんな、俺が書いたキャラクターだ。
俺が設定した能力で、俺が考えた戦い方で——
でも、今は俺の知識が通用しない。
「拓也!」
クロードが叫んだ。
「お前、さっきから動きが悪いぞ! どうした!」
「……すまん」
俺は、歯を食いしばった。
「ここから先は……俺にも分からないんだ」
「分からない……?」
「今まで、俺が知ってたんだ。この世界のこと、敵のこと、全部」
俺は、正直に言った。
「でも、ここから先は——俺の知識がない」
「……」
クロードが、俺を見つめた。
「だから——俺は、足手まといになるかもしれない」
「そんなこと——」
「事実だ」
俺は、俯いた。
作者のくせに——結末を書けなかった俺は、ここでは無力だ。
「拓也」
クロードが、俺の肩を掴んだ。
「お前が知識を持ってようが持ってまいが、関係ない」
「え……」
「お前は、俺の仲間だ。ここまで一緒に戦ってきた」
クロードが、真剣な目で言った。
「お前がいなかったら、俺は今ここにいない。それは——事実だろ」
「……」
「だから——最後まで一緒に戦おう。知識がなくても、お前は俺たちの仲間だ」
「クロード……」
俺は、胸が熱くなった。
——俺が作ったキャラクターが、俺を励ましている。
なんて、皮肉で、嬉しいことだろう。
「……ああ」
俺は、頷いた。
「最後まで——一緒に戦う」
*
魔王の間。
巨大な玉座に、魔王が座っていた。
漆黒の鎧。燃えるような赤い目。禍々しい大剣。
——俺が設定した、最強の敵。
「来たか……勇者よ」
魔王が、低い声で言った。
「お前の首を刎ね、世界を支配する日を——待っていたぞ」
「魔王……!」
クロードが、剣を構えた。
「お前の野望は、ここで終わりだ!」
「ふん……やってみろ」
魔王が、大剣を振り上げた。
戦いが——始まった。
*
戦いは、壮絶だった。
クロードの剣と、魔王の大剣がぶつかり合う。
リリアの魔法が、魔王を攻撃する。
ガルドが、クロードを援護する。
でも——
「くっ……!」
クロードが、吹き飛ばされた。
「クロード!」
魔王の力は、圧倒的だった。
「所詮、人間か……」
魔王が、嘲笑った。
「勇者の力など、私の前では無力だ」
「くそ……!」
クロードが、立ち上がろうとする。
でも、足がふらついている。
——このままでは、負ける。
「……」
俺は、考えた。
俺が設定した魔王。
俺が決めた能力。
俺が書いた弱点——
「待てよ……」
俺は、記憶を辿った。
小説を書いていたとき、魔王の弱点を設定したはずだ。
まだ本編では使っていなかったが——
「そうだ……!」
俺は、思い出した。
魔王の弱点。
それは——
「クロード!」
俺は、叫んだ。
「魔王の鎧の——左胸! そこに赤い宝石があるはずだ!」
「宝石……?」
「あれが魔王の力の源だ! あれを壊せば——魔王は倒せる!」
クロードが、魔王を見た。
確かに——左胸に、赤い宝石が埋め込まれている。
「あれを……!」
「ふん……何を言っている」
魔王が、嘲笑った。
「私の弱点を知っているだと? 馬鹿な——」
「俺は知ってるんだよ!」
俺は、叫んだ。
「お前のことは——全部、俺が決めたんだから!」
「……何だと?」
魔王が、眉をひそめた。
「クロード! 今だ!」
「分かった——!」
クロードが、渾身の力で剣を振るった。
「うおおおおお——!」
光を纏った剣が——
魔王の左胸に突き刺さった。
「な——!」
魔王が、目を見開いた。
赤い宝石が——砕け散る。
「ば、馬鹿な……! 私が……!」
「終わりだ——魔王!」
クロードが、剣をさらに押し込んだ。
「ぐ……おおおおお——!」
魔王の体が、光に包まれる。
そして——
魔王は、塵となって消えていった。
*
「終わった……」
クロードが、膝をついた。
「俺たち……勝ったのか……?」
「ああ……勝った」
俺は、空を見上げた。
魔王城の天井が崩れ、青い空が見える。
「拓也」
クロードが、俺を見た。
「お前……あの弱点、どうして知ってたんだ?」
「……」
俺は、少し考えた。
そして——決めた。
「俺は——この世界を作った人間だ」
「……え?」
「お前も、この世界も、魔王も——全部、俺が作った」
クロードが、目を丸くした。
「何を……言ってるんだ……?」
「信じなくてもいい」
俺は、笑った。
「でも——お前を作って、本当によかった」
「……」
「お前は——最高の主人公だ、クロード」
クロードが、しばらく俺を見つめていた。
そして——
「よく分からないけど」
クロードが、笑った。
「お前が俺を作ったなら——感謝するよ。俺を、この世界に生んでくれて」
「……ああ」
俺は、涙が出そうになった。
——俺が書いたキャラクターに、そう言ってもらえるなんて。
「ありがとう、クロード」
俺は、空を見上げた。
青い空。白い雲。
俺が作った、最高の世界。
*
「これからも——俺は、この世界で生きていく」
続きは——俺が書く。
この世界で、自分の手で——新しい物語を紡いでいく。
「さて、クロード」
俺は、笑った。
「魔王は倒したけど、まだまだ冒険は終わらないぞ」
「ああ! 次はどこに行く?」
「そうだな……」
俺は、考えた。
——エタった小説の、その先。
書かれなかった物語。
それを、これから——
「新しい物語を、始めよう」
俺は、仲間たちと一緒に——歩き出した。
自分が書いた世界で、自分が書いた仲間たちと。
最高の——冒険を続けるために。
(完)
【作者からのお願い】
もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!
また、☆で評価していただければ大変うれしいです。
皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!




