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転生先が自分が書いた小説の世界だった件

掲載日:2025/12/22

 真っ白な空間に、俺は立っていた。


「……ここは?」


 周囲を見渡す。何もない。壁も床も天井もない、ただ白い空間。


 そして——目の前に、誰かが立っていた。


 中性的な青年。


 サイズの合っていないとんがり帽子。星柄のマント。「MAGIC」と刺繍されたチープな杖。


 胡散臭い——魔法使いのコスプレ。


「やあ、初めまして」


 青年が、疲れた目で言った。


「私は転生神ツクヨ。あなたを担当することになりました」


「転生……神?」


「はい。あなたは——死にました」


「……ああ」


 俺——堀川拓也、32歳、独身、Web小説家——は、なんとなく理解した。


 確か俺は、自宅でパソコンに向かっていたはずだ。


 三日間ほぼ寝ていなかった。


 Web連載の締め切り。


 そして——商業単行本の修正原稿の締め切りも重なっていた。


 細々とだが、俺の小説は商業化されていた。


 売れ行きは正直微妙だが、それでも単行本を出せているのはありがたい。


 ただ——その作業が、地獄だった。


 Web版の修正、書き下ろし、校正、イラストレーターとの打ち合わせ……


 寝る暇がなかった。


「過労死、ですね」


 ツクヨが、淡々と言った。


「Web小説家の方は……最近、多いんですよ」


「……そうか」


「毎日更新、商業化、メディアミックス……休む暇がありませんからね」


 ツクヨが、どこか疲れた目で言った。


「お気持ち、分かります」


「お前も……疲れてるのか」


「ノルマがありまして」


 ツクヨが、苦笑した。


「転生案件の処理件数……上層部がうるさいんですよ」


「……神様も大変だな」


「お互い様ですね」


 ツクヨが、少し笑った。


「さて——本題です」


 ツクヨが、表情を改めた。


「通常であれば、あなたは普通に死んで終わりなのですが……」


「普通に死んで終わり?」


「はい。転生対象になるのは、特別な条件を満たした方だけなので」


「じゃあ、俺は……?」


「ちょっと、特例です」


 ツクヨが、申し訳なさそうに言った。


「責任を取る形で、転生してもらいます」


「責任……?」


「あなたが書いた小説——『剣と魔法のエルディア』」


「……!」


 俺は、目を見開いた。


「なぜ、それを……」


「あの小説——途中でエタりましたよね」


「……ああ」


 二年前に連載を始めて、途中で更新が止まってしまった作品だ。


 忙しくなって、書けなくなった。


「実は——あの小説の世界は、本当に存在しているんです」


「……は?」


「あなたが書いた設定が、ある異世界に『反映』されてしまいまして」


 ツクヨが、困ったように言った。


「小説家の想像力が、稀に異世界の設定に影響を与えることがあるんですよ」


「……つまり?」


「あなたが書いた『剣と魔法のエルディア』の世界が、実際に存在しています」


「……」


「そして——あなたがエタったせいで、あの世界は『結末が存在しない』状態になっています」


「結末が……存在しない?」


「魔王討伐の直前で、世界の時間が止まっているんです」


 ツクヨが、ため息をついた。


「責任を取ってください」


「……えっ」


「特例として、あの世界に転生してもらいます。そして——結末を、紡いでください」


「俺が……?」


「あなたが作った世界ですから。あなたにしか、できません」


 ツクヨが、真剣な目で俺を見た。


「よろしくお願いします」


「……分かった」


 俺は、頷いた。


 ——自分が書いた小説の世界。


 その結末を、自分の手で紡ぐ。


「では——転生を開始します」


 ツクヨが手をかざした。


 白い光が、俺を包み込む。


「頑張ってくださいね——作者さん」


 ツクヨの声が、遠くなっていった。


    *


 気がついたら、草原に横たわっていた。


 青い空。白い雲。どこまでも続く緑の大地。


「……本当に、俺の小説の世界だ」


 俺は、ゆっくりと起き上がった。


 体が軽い。疲れが全くない。


 手を見ると——若々しい手だ。十代の頃のような。


「若返ってる……」


 そして——


 遠くに、白い城が見えた。


 塔がいくつも立ち並ぶ、ファンタジー世界らしい城。


「エルディア王国の王城……俺が設定した通りだ」


 俺は、城に向かって歩き始めた。


    *


 俺の小説『剣と魔法のエルディア』——


 二年前に連載を始めて、途中で更新が止まってしまった作品だ。


 商業化の話が来て、そちらに忙殺されて、Web版を書けなくなった。


 皮肉な話だ。


「俺が書いた設定だから……全部、覚えてる」


 これは、チートかもしれない。


 この世界のルール、魔法体系、地理、歴史——全部、俺が決めたものだ。


「ただし——」


 俺は、苦い顔になった。


「途中でエタったから、結末は分からないんだよな……」


 俺が書いたのは、全50話。


 勇者が魔王城に乗り込むところで、更新が止まっている。


 その先は——俺にも分からない。


「まあ、いいか」


 俺は、歩き続けた。


「とりあえず、状況を確認しよう」


 城下町に入ると、人々が行き交っていた。


 服装は中世ヨーロッパ風。


 看板には、俺が設定した文字——エルディア語——が書かれている。


「読める……」


 当然だ。俺が作った言語だから。


「すみません」


 俺は、通りすがりの男性に声をかけた。


「今日は何月何日ですか?」


「ん? 今日はエルディア暦312年、春の月の15日だが」


「ありがとうございます」


 俺は、内心で計算した。


 エルディア暦312年。


 俺の小説では——


「勇者が旅立つ、一ヶ月前……」


 つまり、物語が始まる直前だ。


 俺は、決意した。


「よし、勇者パーティに入ろう」


 自分が書いた物語の、主人公チームに加わる。


 これほどワクワクすることはない。


    *


 冒険者ギルドに向かった。


 俺の小説では、勇者——クロード——は、このギルドで仲間を集めることになっている。


 今なら、まだ勇者になる前のクロードがいるはずだ。


「いた……」


 ギルドの隅で、一人で座っている青年。


 銀髪、緑の目、凛々しい顔立ち。


 俺が書いた通りの、勇者クロードだ。


「……でも、暗いな」


 俺の設定では、クロードは明るく前向きな性格のはずだ。


 でも、今のクロードは——どこか、暗く沈んでいる。


「まだ、勇者の力に目覚めてないからか……」


 俺の設定では、クロードは「神殿での儀式」で勇者の力に目覚める。


 今はまだ、ただの冒険者見習いだ。


「よし……」


 俺は、クロードに近づいた。


「隣、いいか?」


「……どうぞ」


 クロードが、無気力に答えた。


「俺は拓也。冒険者を目指してるんだ」


「……クロードだ。俺も、一応」


「一応?」


「ああ……才能がないんだ、俺には」


 クロードが、苦笑した。


「剣も魔法も、どれも中途半端で……冒険者になれる気がしない」


「……」


 俺は、内心でニヤリとした。


 ——知ってるよ。お前が「勇者」になることを。


「諦めるな」


 俺は、クロードの肩を叩いた。


「お前には、きっと才能がある。俺にはわかる」


「……なんで、そんなこと言えるんだ」


「勘だよ、勘」


 俺は、笑った。


 ——勘じゃない。俺がお前を作ったからだ。


「なあ、クロード」


 俺は、提案した。


「一緒にパーティを組まないか?」


「俺と? 才能のない俺と?」


「ああ。お前は絶対に、すごい冒険者になる。俺が保証する」


「……変なやつだな、お前」


 クロードが、少し笑った。


「でも……いいよ。よろしくな、拓也」


「ああ、よろしく」


 こうして、俺は——自分が書いた小説の主人公と、パーティを組むことになった。


    *


 それから一ヶ月。


 俺とクロードは、一緒に冒険者として活動していた。


 俺の知識のおかげで、効率よくクエストをこなせた。


 どのダンジョンに何がいるか、全部知っているからだ。


「拓也、お前すごいな」


 クロードが、感心したように言った。


「なんでそんなに、この世界のことに詳しいんだ?」


「まあ……色々とな」


 俺は、曖昧に答えた。


 ——俺がこの世界を作ったからだ、とは言えない。


「そろそろだな……」


 俺は、カレンダーを確認した。


 今日は、エルディア暦312年、夏の月の15日。


 俺の小説では——


「今日、神殿で儀式がある」


 クロードが勇者に目覚める日だ。


「クロード、今日は神殿に行こう」


「神殿? なんで?」


「……いいから、来い」


 俺は、クロードを神殿に連れて行った。


 そして——


「おお……! この者は……!」


 神官が、クロードを見て叫んだ。


「勇者の資質を持つ者……! 伝説の勇者の末裔……!」


「え……俺が?」


 クロードが、目を丸くした。


 そして——神殿の奥から、光が溢れ出した。


「クロードよ……汝に、勇者の力を授けよう……」


 神の声が響く。


 俺が書いた通りのセリフだ。


 クロードの体が、光に包まれる。


 そして——


「俺……力が……!」


 クロードが、自分の手を見つめた。


「溢れてくる……! これが、勇者の力……!」


「おめでとう、クロード」


 俺は、笑った。


「ここから、お前の物語が始まるんだ」


 ——そう。


 俺が書いた、物語が。


    *


 それから、物語は俺が書いた通りに進んだ。


 クロードは勇者として覚醒し、仲間を集め、魔王討伐の旅に出た。


 俺も、パーティの一員として同行した。


 途中で出会う敵、謎、イベント——全部、俺が書いた通り。


 俺は、完璧にパーティを導くことができた。


「拓也は本当にすごいな」


 クロードが、何度も言った。


「まるで、未来が見えてるみたいだ」


「まあな」


 俺は、笑って誤魔化した。


 ——未来どころか、結末まで知ってるよ。


 いや——


「結末は……知らないんだよな」


 俺は、不安になった。


 俺が書いたのは、全50話。


 魔王城に乗り込むところで、更新が止まっている。


 今、俺たちは——49話目あたりにいる。


「あと少しで……俺が書いた部分が終わる」


 その先は——俺にも分からない。


 エタった小説の、書かれなかった結末。


 どうなるのか——誰にも分からない。


「……でも」


 俺は、決意した。


「俺が、続きを書けばいい」


 この世界で、自分の手で——続きを紡げばいい。


「クロード」


 俺は、仲間たちを見渡した。


 勇者クロード。


 魔法使いのリリア。


 戦士のガルド。


 俺が書いた——愛すべきキャラクターたち。


「魔王城に乗り込もう。そして——俺たちで、この物語に決着をつけるんだ」


「ああ!」


 クロードが、剣を掲げた。


「拓也、お前のおかげで、ここまで来れた。最後まで、一緒に戦おう!」


「……ああ」


 俺は、笑った。


 ——俺が書いた物語。


 その結末を——俺自身が、見届ける。


    *


 魔王城。


 黒い石造りの巨大な城が、俺たちの前にそびえ立っていた。


「ここが……魔王城か」


 クロードが、緊張した面持ちで言った。


「ああ。俺が書いた通りの——」


 俺は、そこで言葉を止めた。


 ——違う。


 ここからは、俺が書いていない部分だ。


「どうした、拓也?」


「いや……何でもない」


 俺は、首を振った。


 ここからは——未知の領域。


 俺の知識が、通用しない。


「行こう」


 俺たちは、魔王城に足を踏み入れた。


    *


 城の中は、予想以上に過酷だった。


 次々と現れる魔物。


 巧妙に仕掛けられた罠。


 俺の設定では、ここまで詳しく書いていなかった。


「くそ……!」


 俺は、壁に背中を押し付けた。


 魔物の攻撃をかわしながら、必死で考える。


「拓也、大丈夫か!」


 クロードが、俺を庇いながら剣を振るう。


「リリア、援護!」


「分かったわ! ファイアボール!」


 魔法使いのリリアが、炎の球を放つ。


 魔物が吹き飛ぶ。


「ガルド、前衛を頼む!」


「任せろ!」


 戦士のガルドが、大剣を振り回す。


 ——みんな、俺が書いたキャラクターだ。


 俺が設定した能力で、俺が考えた戦い方で——


 でも、今は俺の知識が通用しない。


「拓也!」


 クロードが叫んだ。


「お前、さっきから動きが悪いぞ! どうした!」


「……すまん」


 俺は、歯を食いしばった。


「ここから先は……俺にも分からないんだ」


「分からない……?」


「今まで、俺が知ってたんだ。この世界のこと、敵のこと、全部」


 俺は、正直に言った。


「でも、ここから先は——俺の知識がない」


「……」


 クロードが、俺を見つめた。


「だから——俺は、足手まといになるかもしれない」


「そんなこと——」


「事実だ」


 俺は、俯いた。


 作者のくせに——結末を書けなかった俺は、ここでは無力だ。


「拓也」


 クロードが、俺の肩を掴んだ。


「お前が知識を持ってようが持ってまいが、関係ない」


「え……」


「お前は、俺の仲間だ。ここまで一緒に戦ってきた」


 クロードが、真剣な目で言った。


「お前がいなかったら、俺は今ここにいない。それは——事実だろ」


「……」


「だから——最後まで一緒に戦おう。知識がなくても、お前は俺たちの仲間だ」


「クロード……」


 俺は、胸が熱くなった。


 ——俺が作ったキャラクターが、俺を励ましている。


 なんて、皮肉で、嬉しいことだろう。


「……ああ」


 俺は、頷いた。


「最後まで——一緒に戦う」


    *


 魔王の間。


 巨大な玉座に、魔王が座っていた。


 漆黒の鎧。燃えるような赤い目。禍々しい大剣。


 ——俺が設定した、最強の敵。


「来たか……勇者よ」


 魔王が、低い声で言った。


「お前の首を刎ね、世界を支配する日を——待っていたぞ」


「魔王……!」


 クロードが、剣を構えた。


「お前の野望は、ここで終わりだ!」


「ふん……やってみろ」


 魔王が、大剣を振り上げた。


 戦いが——始まった。


    *


 戦いは、壮絶だった。


 クロードの剣と、魔王の大剣がぶつかり合う。


 リリアの魔法が、魔王を攻撃する。


 ガルドが、クロードを援護する。


 でも——


「くっ……!」


 クロードが、吹き飛ばされた。


「クロード!」


 魔王の力は、圧倒的だった。


「所詮、人間か……」


 魔王が、嘲笑った。


「勇者の力など、私の前では無力だ」


「くそ……!」


 クロードが、立ち上がろうとする。


 でも、足がふらついている。


 ——このままでは、負ける。


「……」


 俺は、考えた。


 俺が設定した魔王。


 俺が決めた能力。


 俺が書いた弱点——


「待てよ……」


 俺は、記憶を辿った。


 小説を書いていたとき、魔王の弱点を設定したはずだ。


 まだ本編では使っていなかったが——


「そうだ……!」


 俺は、思い出した。


 魔王の弱点。


 それは——


「クロード!」


 俺は、叫んだ。


「魔王の鎧の——左胸! そこに赤い宝石があるはずだ!」


「宝石……?」


「あれが魔王の力の源だ! あれを壊せば——魔王は倒せる!」


 クロードが、魔王を見た。


 確かに——左胸に、赤い宝石が埋め込まれている。


「あれを……!」


「ふん……何を言っている」


 魔王が、嘲笑った。


「私の弱点を知っているだと? 馬鹿な——」


「俺は知ってるんだよ!」


 俺は、叫んだ。


「お前のことは——全部、俺が決めたんだから!」


「……何だと?」


 魔王が、眉をひそめた。


「クロード! 今だ!」


「分かった——!」


 クロードが、渾身の力で剣を振るった。


「うおおおおお——!」


 光を纏った剣が——


 魔王の左胸に突き刺さった。


「な——!」


 魔王が、目を見開いた。


 赤い宝石が——砕け散る。


「ば、馬鹿な……! 私が……!」


「終わりだ——魔王!」


 クロードが、剣をさらに押し込んだ。


「ぐ……おおおおお——!」


 魔王の体が、光に包まれる。


 そして——


 魔王は、塵となって消えていった。


    *


「終わった……」


 クロードが、膝をついた。


「俺たち……勝ったのか……?」


「ああ……勝った」


 俺は、空を見上げた。


 魔王城の天井が崩れ、青い空が見える。


「拓也」


 クロードが、俺を見た。


「お前……あの弱点、どうして知ってたんだ?」


「……」


 俺は、少し考えた。


 そして——決めた。


「俺は——この世界を作った人間だ」


「……え?」


「お前も、この世界も、魔王も——全部、俺が作った」


 クロードが、目を丸くした。


「何を……言ってるんだ……?」


「信じなくてもいい」


 俺は、笑った。


「でも——お前を作って、本当によかった」


「……」


「お前は——最高の主人公だ、クロード」


 クロードが、しばらく俺を見つめていた。


 そして——


「よく分からないけど」


 クロードが、笑った。


「お前が俺を作ったなら——感謝するよ。俺を、この世界に生んでくれて」


「……ああ」


 俺は、涙が出そうになった。


 ——俺が書いたキャラクターに、そう言ってもらえるなんて。


「ありがとう、クロード」


 俺は、空を見上げた。


 青い空。白い雲。


 俺が作った、最高の世界。


    *


「これからも——俺は、この世界で生きていく」


 続きは——俺が書く。


 この世界で、自分の手で——新しい物語を紡いでいく。


「さて、クロード」


 俺は、笑った。


「魔王は倒したけど、まだまだ冒険は終わらないぞ」


「ああ! 次はどこに行く?」


「そうだな……」


 俺は、考えた。


 ——エタった小説の、その先。


 書かれなかった物語。


 それを、これから——


「新しい物語を、始めよう」


 俺は、仲間たちと一緒に——歩き出した。


 自分が書いた世界で、自分が書いた仲間たちと。


 最高の——冒険を続けるために。


(完)


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