勇者の保険屋 ~冒険者保険、お支払いできません~
私、西村雄介が異世界に転生してから五年。
今の仕事は「冒険者保険調査員」だ。
前世では大手保険会社で保険金請求の調査をしていた。怪しい請求を嗅ぎ分け、詐欺を見抜くのが専門だった。
その経験が、この世界でも役に立っている。
冒険者保険——ダンジョンで死んだ冒険者の遺族に保険金を支払う制度だ。魔王討伐後、冒険者組合が整備したもので、私はその調査担当として雇われている。
「西村さん、新しい案件です」
上司のドワーフ、グリムが分厚い書類を私のデスクに置いた。
「今度は大物ですよ。なんと、勇者の死亡保険金請求です」
「勇者?」
私は眉をひそめた。
魔王討伐から三年。勇者エルダ・フォーテスキューは、最後の戦いで魔王と相打ちになって死んだとされている。
国葬が行われ、王都には銅像が建ち、彼の名を冠した広場まである。
そんな「英雄中の英雄」の保険金請求が、今頃になって?
「請求者は、勇者パーティーの戦士ガルド氏。勇者様の遺族として、死亡保険金の支払いを求めています」
「……遺族? 勇者に家族がいたという話は聞いたことがないな」
「ガルド氏は『戦友は家族も同然』と主張しています。遺族なしの場合、パーティーメンバーに権利が移る条項を根拠にしているようです」
なるほど。法的には一応、筋が通っている。
だが、私の「勘」が警報を鳴らしていた。
五年間で培った、「怪しい請求」を嗅ぎ分ける嗅覚。
これは、何かがおかしい。
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翌日、私はまず勇者パーティーの生存メンバーに話を聞くことにした。
最初に訪ねたのは、請求者本人——戦士ガルドだ。
「ああ、保険の調査か。まあ、座れ」
ガルドは王都の酒場で、昼間から酒を飲んでいた。筋骨隆々の大男だが、どこか覇気がない。
「エルダのことを聞きたいんだろ。あいつは死んだ。俺はこの目で見た」
「最後の戦いで、ですか」
「ああ。魔王と一対一で戦って、最後はお互いの攻撃が同時に当たった。魔王は消滅して、エルダは……」
ガルドは言葉を詰まらせた。
「俺たちが駆けつけたときには、もう動かなかった。遺体は魔王城の崩壊に巻き込まれて回収できなかった」
「遺体がない?」
「ああ。だから国葬も、棺の中は空だったよ」
私はメモを取りながら、心の中で引っかかりを感じていた。
遺体がない。これは、保険調査において最も怪しいパターンだ。
「他にパーティーメンバーは?」
「聖女のマリアがいる。あいつは今、王都の大聖堂で働いてるよ」
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大聖堂で私を迎えたマリアは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
白い法衣に身を包み、まさに「聖女」という言葉がふさわしい佇まいだ。
「勇者エルダ様のことですか。ええ、あの方は……」
マリアの目が、一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。見逃しそうなほど小さな動き。
だが、私は見逃さなかった。
「亡くなられました。魔王との最後の戦いで」
「遺体は回収できなかったと聞きましたが」
「ええ。魔王城が崩壊して……本当に、残念なことでした」
マリアの声は落ち着いていた。悲しみはあるが、どこか——作り物のような違和感がある。
私は話題を変えた。
「ガルド氏が、保険金を請求しています。勇者様の『遺族』として」
マリアの表情が、わずかに硬くなった。
「……そうですか。ガルドが」
「何かご存じのことがあれば、教えていただけませんか」
マリアは少し黙り込んだ後、静かに答えた。
「私からは、何も。ただ……」
「ただ?」
「……いえ、何でもありません」
彼女は話を打ち切った。
だが、私にはわかった。
この聖女は、何かを隠している。
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その後、私は独自に調査を進めた。
まず、魔王城の崩壊記録。城が崩れたのは確かだが、勇者が死亡した場所は崩壊地点から離れていた。遺体を回収できなかった理由としては弱い。
次に、勇者の戦闘記録。「相打ち」とされているが、目撃者はパーティーメンバーの三人だけ。しかも、実際に相打ちの瞬間を見たのはマリアのみ。
そして、最も引っかかる点——
勇者エルダの「死後」に、辺境の村で彼によく似た人物が目撃されているという噂。
私は決心した。
その村へ行ってみよう。
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辺境の村「リンデ」は、王都から馬車で三日の距離にあった。
人口百人ほどの小さな村。特産品は林檎と蜂蜜。のどかな田園風景が広がっている。
私は村の酒場で、主人に声をかけた。
「すみません、この村に新しく来た人はいませんか」
「新しく? ああ、エイルのことか」
エイル。
私の心臓が跳ねた。
「三年前に来た若者でな。林檎農家を手伝ってる。腕っぷしが強くて、たまに魔物を退治してくれるもんだから、村じゃ頼りにされてるよ」
「その方に会えますか」
「今は畑にいるんじゃないかな。村の外れの果樹園だ」
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果樹園に着くと、一人の男が林檎の木の手入れをしていた。
金髪に青い目。端正な顔立ち。
そして——私がこの世界で見た、勇者エルダの銅像と、瓜二つの顔。
「……あなたが、エイルさんですか」
男は私を見て、わずかに表情を曇らせた。
「ああ。あんたは?」
「西村と申します。冒険者保険調査員です」
その瞬間、男の目が鋭くなった。
そして——逃げ出した。
「待ってください!」
私は慌てて追いかける。だが、相手は元勇者。足の速さが違う。
あっという間に引き離され、林の中へ消えていった。
私は肩で息をしながら、確信した。
やはり、勇者エルダは生きていた。
---
その夜、私は村の宿で待っていた。
逃げた以上、彼は村を離れるかもしれない。だが、私には予感があった。
彼は、戻ってくる。
深夜——部屋の扉がノックされた。
「……入れ」
扉を開けて入ってきたのは、予想通りエルダだった。
いや、今は「エイル」か。
「話を、聞いてくれないか」
彼は静かにそう言った。
---
エルダは、すべてを話してくれた。
「魔王を倒した後、俺は英雄になった。国中が俺を称え、王はパレードを開き、貴族たちは俺を取り合った」
彼は苦笑した。
「最初は嬉しかったよ。でも、すぐにわかった。みんなが見てるのは『勇者』であって、俺自身じゃない」
「政治利用、ですか」
「ああ。王は俺を神輿にして権力を強化したがった。貴族は娘を嫁がせて血縁を作りたがった。教会は俺を聖人に列しようとした」
エルダの目が遠くなった。
「俺は、ただの農村出身の若者だ。剣が少し使えるだけの、普通の男だ。それなのに、みんなが俺に『英雄』でいることを求めてくる」
「だから、死んだふりを?」
「……ああ」
エルダは頷いた。
「魔王との最後の戦いで、俺は確かに重傷を負った。でも、マリアの回復魔法で助かった。そのとき、マリアが言ったんだ」
「何と?」
「『エルダ様。今なら、逃げられます』って」
聖女マリア。彼女だけが、エルダの苦しみを理解していたのか。
「マリアは俺を隠して、みんなには『勇者は死んだ』と伝えた。俺は数日後、商人に変装して王都を出た。そして、この村に来た」
「三年間、ずっとここで?」
「ああ。林檎を育てて、蜂蜜を採って、たまに魔物を退治する。静かで、穏やかで——俺が本当に望んでいた生活だ」
エルダの表情は、とても穏やかだった。
「英雄」としての仮面を脱いだ、ただの若者の顔。
---
私は考え込んだ。
これは、保険金詐欺だ。
勇者が生きている以上、死亡保険金を支払う根拠がない。ガルドの請求は却下されるべきだ。
だが——
「ガルドさんは、あなたが死んだと本気で信じています」
「……ああ。ガルドには悪いことをした。でも、あいつに真実を話したら、絶対に黙っていられない。根が正直すぎるんだ」
「あなたを連れ戻そうとするでしょうね」
「それだけじゃない。王都中に広まって、俺はまた『英雄』に引き戻される」
エルダの声に、悲痛な響きがあった。
「頼む。俺は、もう勇者には戻りたくないんだ」
私は腕を組んで、しばらく黙り込んだ。
前世の私なら、迷わず詐欺として報告していただろう。
だが、この世界に来て五年。私も少しは変わった。
ルールだけで割り切れないことがある。人にはそれぞれ、事情がある。
「……わかりました」
私は言った。
「保険金請求は、却下します。理由は『死亡証明が不十分』。遺体がない以上、支払いを保留するのは当然の判断です」
エルダの顔が明るくなった。
「それで、俺のことは——」
「私は、この村で『エイル』という農夫に会いました。勇者エルダには会っていません」
エルダは、深く頭を下げた。
「……ありがとう」
---
王都に戻った私は、報告書を提出した。
「死亡保険金の支払いを保留。遺体未確認のため、死亡認定に疑義あり」
グリムは報告書を読んで、首を傾げた。
「つまり、勇者様が生きてる可能性があるってことですか?」
「可能性だけです。確証はありません」
「うーん……まあ、西村さんがそう言うなら。保留にしておきましょう」
グリムは書類に判を押した。
これで、ガルドの請求は却下される。
そして、エルダの「第二の人生」は守られる。
---
数日後、私のもとにマリアからの手紙が届いた。
『西村様
このたびは、ありがとうございました。
エルダ様から、すべて聞きました。
あなたのおかげで、あの方は穏やかな日々を続けられます。
私からも、心より感謝申し上げます。
追伸:
もしよろしければ、リンデ村の林檎を一箱お送りします。
エルダ様が育てたものです。とても美味しいですよ。
聖女マリア』
私は手紙を読みながら、思わず笑ってしまった。
勇者の保険金請求——お支払いできません。
なぜなら、勇者は死んでいないから。
そして、それは——きっと、この世界にとって一番良い結末だ。
数日後、見事な林檎が届いた。
一口齧ると、甘酸っぱい味が口に広がった。
英雄が育てた林檎は、とびきり美味かった。
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