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勇者の保険屋 ~冒険者保険、お支払いできません~

掲載日:2025/12/16

 私、西村雄介が異世界に転生してから五年。


 今の仕事は「冒険者保険調査員」だ。


 前世では大手保険会社で保険金請求の調査をしていた。怪しい請求を嗅ぎ分け、詐欺を見抜くのが専門だった。


 その経験が、この世界でも役に立っている。


 冒険者保険——ダンジョンで死んだ冒険者の遺族に保険金を支払う制度だ。魔王討伐後、冒険者組合が整備したもので、私はその調査担当として雇われている。


「西村さん、新しい案件です」


 上司のドワーフ、グリムが分厚い書類を私のデスクに置いた。


「今度は大物ですよ。なんと、勇者の死亡保険金請求です」


「勇者?」


 私は眉をひそめた。


 魔王討伐から三年。勇者エルダ・フォーテスキューは、最後の戦いで魔王と相打ちになって死んだとされている。


 国葬が行われ、王都には銅像が建ち、彼の名を冠した広場まである。


 そんな「英雄中の英雄」の保険金請求が、今頃になって?


「請求者は、勇者パーティーの戦士ガルド氏。勇者様の遺族として、死亡保険金の支払いを求めています」


「……遺族? 勇者に家族がいたという話は聞いたことがないな」


「ガルド氏は『戦友は家族も同然』と主張しています。遺族なしの場合、パーティーメンバーに権利が移る条項を根拠にしているようです」


 なるほど。法的には一応、筋が通っている。


 だが、私の「勘」が警報を鳴らしていた。


 五年間で培った、「怪しい請求」を嗅ぎ分ける嗅覚。


 これは、何かがおかしい。


---


 翌日、私はまず勇者パーティーの生存メンバーに話を聞くことにした。


 最初に訪ねたのは、請求者本人——戦士ガルドだ。


「ああ、保険の調査か。まあ、座れ」


 ガルドは王都の酒場で、昼間から酒を飲んでいた。筋骨隆々の大男だが、どこか覇気がない。


「エルダのことを聞きたいんだろ。あいつは死んだ。俺はこの目で見た」


「最後の戦いで、ですか」


「ああ。魔王と一対一で戦って、最後はお互いの攻撃が同時に当たった。魔王は消滅して、エルダは……」


 ガルドは言葉を詰まらせた。


「俺たちが駆けつけたときには、もう動かなかった。遺体は魔王城の崩壊に巻き込まれて回収できなかった」


「遺体がない?」


「ああ。だから国葬も、棺の中は空だったよ」


 私はメモを取りながら、心の中で引っかかりを感じていた。


 遺体がない。これは、保険調査において最も怪しいパターンだ。


「他にパーティーメンバーは?」


「聖女のマリアがいる。あいつは今、王都の大聖堂で働いてるよ」


---


 大聖堂で私を迎えたマリアは、穏やかな微笑みを浮かべていた。


 白い法衣に身を包み、まさに「聖女」という言葉がふさわしい佇まいだ。


「勇者エルダ様のことですか。ええ、あの方は……」


 マリアの目が、一瞬だけ揺れた。


 ほんの一瞬。見逃しそうなほど小さな動き。


 だが、私は見逃さなかった。


「亡くなられました。魔王との最後の戦いで」


「遺体は回収できなかったと聞きましたが」


「ええ。魔王城が崩壊して……本当に、残念なことでした」


 マリアの声は落ち着いていた。悲しみはあるが、どこか——作り物のような違和感がある。


 私は話題を変えた。


「ガルド氏が、保険金を請求しています。勇者様の『遺族』として」


 マリアの表情が、わずかに硬くなった。


「……そうですか。ガルドが」


「何かご存じのことがあれば、教えていただけませんか」


 マリアは少し黙り込んだ後、静かに答えた。


「私からは、何も。ただ……」


「ただ?」


「……いえ、何でもありません」


 彼女は話を打ち切った。


 だが、私にはわかった。


 この聖女は、何かを隠している。


---


 その後、私は独自に調査を進めた。


 まず、魔王城の崩壊記録。城が崩れたのは確かだが、勇者が死亡した場所は崩壊地点から離れていた。遺体を回収できなかった理由としては弱い。


 次に、勇者の戦闘記録。「相打ち」とされているが、目撃者はパーティーメンバーの三人だけ。しかも、実際に相打ちの瞬間を見たのはマリアのみ。


 そして、最も引っかかる点——


 勇者エルダの「死後」に、辺境の村で彼によく似た人物が目撃されているという噂。


 私は決心した。


 その村へ行ってみよう。


---


 辺境の村「リンデ」は、王都から馬車で三日の距離にあった。


 人口百人ほどの小さな村。特産品は林檎と蜂蜜。のどかな田園風景が広がっている。


 私は村の酒場で、主人に声をかけた。


「すみません、この村に新しく来た人はいませんか」


「新しく? ああ、エイルのことか」


 エイル。


 私の心臓が跳ねた。


「三年前に来た若者でな。林檎農家を手伝ってる。腕っぷしが強くて、たまに魔物を退治してくれるもんだから、村じゃ頼りにされてるよ」


「その方に会えますか」


「今は畑にいるんじゃないかな。村の外れの果樹園だ」


---


 果樹園に着くと、一人の男が林檎の木の手入れをしていた。


 金髪に青い目。端正な顔立ち。


 そして——私がこの世界で見た、勇者エルダの銅像と、瓜二つの顔。


「……あなたが、エイルさんですか」


 男は私を見て、わずかに表情を曇らせた。


「ああ。あんたは?」


「西村と申します。冒険者保険調査員です」


 その瞬間、男の目が鋭くなった。


 そして——逃げ出した。


「待ってください!」


 私は慌てて追いかける。だが、相手は元勇者。足の速さが違う。


 あっという間に引き離され、林の中へ消えていった。


 私は肩で息をしながら、確信した。


 やはり、勇者エルダは生きていた。


---


 その夜、私は村の宿で待っていた。


 逃げた以上、彼は村を離れるかもしれない。だが、私には予感があった。


 彼は、戻ってくる。


 深夜——部屋の扉がノックされた。


「……入れ」


 扉を開けて入ってきたのは、予想通りエルダだった。


 いや、今は「エイル」か。


「話を、聞いてくれないか」


 彼は静かにそう言った。


---


 エルダは、すべてを話してくれた。


「魔王を倒した後、俺は英雄になった。国中が俺を称え、王はパレードを開き、貴族たちは俺を取り合った」


 彼は苦笑した。


「最初は嬉しかったよ。でも、すぐにわかった。みんなが見てるのは『勇者』であって、俺自身じゃない」


「政治利用、ですか」


「ああ。王は俺を神輿にして権力を強化したがった。貴族は娘を嫁がせて血縁を作りたがった。教会は俺を聖人に列しようとした」


 エルダの目が遠くなった。


「俺は、ただの農村出身の若者だ。剣が少し使えるだけの、普通の男だ。それなのに、みんなが俺に『英雄』でいることを求めてくる」


「だから、死んだふりを?」


「……ああ」


 エルダは頷いた。


「魔王との最後の戦いで、俺は確かに重傷を負った。でも、マリアの回復魔法で助かった。そのとき、マリアが言ったんだ」


「何と?」


「『エルダ様。今なら、逃げられます』って」


 聖女マリア。彼女だけが、エルダの苦しみを理解していたのか。


「マリアは俺を隠して、みんなには『勇者は死んだ』と伝えた。俺は数日後、商人に変装して王都を出た。そして、この村に来た」


「三年間、ずっとここで?」


「ああ。林檎を育てて、蜂蜜を採って、たまに魔物を退治する。静かで、穏やかで——俺が本当に望んでいた生活だ」


 エルダの表情は、とても穏やかだった。


 「英雄」としての仮面を脱いだ、ただの若者の顔。


---


 私は考え込んだ。


 これは、保険金詐欺だ。


 勇者が生きている以上、死亡保険金を支払う根拠がない。ガルドの請求は却下されるべきだ。


 だが——


「ガルドさんは、あなたが死んだと本気で信じています」


「……ああ。ガルドには悪いことをした。でも、あいつに真実を話したら、絶対に黙っていられない。根が正直すぎるんだ」


「あなたを連れ戻そうとするでしょうね」


「それだけじゃない。王都中に広まって、俺はまた『英雄』に引き戻される」


 エルダの声に、悲痛な響きがあった。


「頼む。俺は、もう勇者には戻りたくないんだ」


 私は腕を組んで、しばらく黙り込んだ。


 前世の私なら、迷わず詐欺として報告していただろう。


 だが、この世界に来て五年。私も少しは変わった。


 ルールだけで割り切れないことがある。人にはそれぞれ、事情がある。


「……わかりました」


 私は言った。


「保険金請求は、却下します。理由は『死亡証明が不十分』。遺体がない以上、支払いを保留するのは当然の判断です」


 エルダの顔が明るくなった。


「それで、俺のことは——」


「私は、この村で『エイル』という農夫に会いました。勇者エルダには会っていません」


 エルダは、深く頭を下げた。


「……ありがとう」


---


 王都に戻った私は、報告書を提出した。


「死亡保険金の支払いを保留。遺体未確認のため、死亡認定に疑義あり」


 グリムは報告書を読んで、首を傾げた。


「つまり、勇者様が生きてる可能性があるってことですか?」


「可能性だけです。確証はありません」


「うーん……まあ、西村さんがそう言うなら。保留にしておきましょう」


 グリムは書類に判を押した。


 これで、ガルドの請求は却下される。


 そして、エルダの「第二の人生」は守られる。


---


 数日後、私のもとにマリアからの手紙が届いた。


『西村様


 このたびは、ありがとうございました。

 エルダ様から、すべて聞きました。

 あなたのおかげで、あの方は穏やかな日々を続けられます。

 私からも、心より感謝申し上げます。


 追伸:

 もしよろしければ、リンデ村の林檎を一箱お送りします。

 エルダ様が育てたものです。とても美味しいですよ。


                 聖女マリア』


 私は手紙を読みながら、思わず笑ってしまった。


 勇者の保険金請求——お支払いできません。


 なぜなら、勇者は死んでいないから。


 そして、それは——きっと、この世界にとって一番良い結末だ。


 数日後、見事な林檎が届いた。


 一口齧ると、甘酸っぱい味が口に広がった。


 英雄が育てた林檎は、とびきり美味かった。


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