ザコから成り上がり:最弱スキルと隠された才能の建国記
錆びついた剣の柄が、乾いた掌で軋んだ。
ライルは、いつものように薄暗い鍛冶場の片隅で、使い古された金槌を振っていた。十歳になったばかりの腕には重すぎるその道具で、叩き出すのはいつも廃材同然の屑鉄ばかり。だが、それも仕方ない。彼は、この世界で最も忌み嫌われる「鑑定不能」のスキルを持つ子供だったからだ。
この世界では、誰もが生まれながらにして何らかの「スキル」を授かる。それは剣術の達人となる「剣聖」のスキルであったり、魔法の才を極める「大魔導師」のスキルであったり、あるいは物を生産する「鍛冶師」や「農夫」のスキルであったりと、千差万別だ。スキルがその者の価値を決め、人生の全てを左右する。だが、ライルにはそれがなかった。彼に与えられたのは、ただ「鑑定不能」という、意味不明で何の役にも立たない、まるで存在しないかのような表示だけだった。
「おい、ライル! まだやってんのか、そんな屑鉄ばかり叩いてよ!」
年上の職人見習いが、嘲るように声をかけてきた。その腕には、すでにそこそこの武器を打ち出すことを可能にする「下級鍛冶」のスキルが光っている。ライルは何も言い返さない。言い返す言葉も、気力も、とっくの昔にすり減っていた。物心ついた頃から、彼は家族からも、村人からも、その「鑑定不能」のレッテルゆえに疎まれてきた。まるで疫病神かのように扱われ、与えられる仕事は常に、誰にでもできる単純作業か、誰もやりたがらない雑務ばかり。鍛冶場でこうして屑鉄を叩けるだけでも、まだマシな方だった。
その日も、夕焼けが空を紅く染める頃、ライルは疲れ切った体を引きずりながら、たった一人で村の裏山へ向かっていた。今日の分の賃金代わりに与えられたのは、数枚の薄いパンだけ。まともな食事も、温かい寝床も、彼には遠い夢だった。
「どうして、僕だけ……」
誰もいない山道で、ライルは震える声で呟いた。何度も、何度も、神に祈った。どうか、この「鑑定不能」が何かの間違いで、実はとてつもない力が隠されているのだと。だが、そんな奇跡が起こるはずもない。諦めにも似た絶望が、冷たい風のように彼の心を通り抜けていく。
その時だった。
足元が、ぐらりと揺れた。地面が大きく軋み、ライルはバランスを崩して斜面を転がり落ちる。痛みで呻きながら視線を上げると、そこには草木に覆われ、忘れ去られたように佇む、小さな遺跡の入り口が姿を現していた。おそらく、最近の地震で地盤が緩み、土砂が崩れたのだろう。
好奇心と、もしかしたら何か価値のあるものが落ちているかもしれないという微かな期待が、ライルの疲弊した心を突き動かした。薄暗い遺跡の中は、埃と湿った土の匂いが充満していたが、不思議と廃墟特有の不気味さはない。奥へ進むと、苔むした祭壇のようなものがあり、その上に、一冊の古びた本が置かれているのが見えた。
「これは……?」
ライルは恐る恐る手を伸ばし、その本に触れた。硬質な表紙は擦り切れており、何かの紋様が彫られているようだが、長年の風化で判別できない。その本を手に取った瞬間、彼の全身に、まるで稲妻が走ったかのような衝撃が走った。今まで感じたことのない、強烈な光が脳裏に焼き付く。
次の瞬間、彼の視界の隅に、見慣れた「鑑定不能」の表示が、初めて明確な言葉となって現れた。
『ユニークスキル:創世の眼 覚醒』
ライルは息を呑んだ。「鑑定不能」が、スキルだった? それも、「ユニークスキル」? 震える指で、その古びた本を改めて見つめる。何も変わった様子はない。だが、彼の内側で、何かが確かに目覚めた感覚があった。
彼は恐る恐る、足元に転がっていた枯れた小枝に「創世の眼」の力を集中させてみた。すると、枯れていたはずの小枝の先端から、瑞々しい新芽が芽吹き始めたのだ。瞬く間に葉が茂り、小さな花が咲き、やがて甘い香りを放つ果実が実った。
「これは……一体……?」
信じられない光景に、ライルは呆然と立ち尽くした。たった一本の小枝が、彼の目の前で、時間を巻き戻したかのように生命を謳歌している。これが、「創世の眼」の力だというのか。
最弱と蔑まれた少年の人生は、この瞬間、大きく、そして決定的に、変わり始めた。彼の中に眠っていた真の才能が、今、静かに息を吹き返したのだ。それは、荒れ果てた大地に奇跡を起こし、やがて最強の国を築き上げる、壮大な物語の幕開けに過ぎなかった。
あの遺跡での出来事から数日。ライルは、手に入れた古びた魔導書と、覚醒した**ユニークスキル「創世の眼」**の力を密かに試す日々を送っていた。
彼の日常は変わらなかった。相変わらず鍛冶場の屑鉄を叩き、誰もやりたがらない雑用をこなす。しかし、彼の内側では、かつてない興奮と期待が渦巻いていた。夜中にこっそり裏山に入り、誰にも見られない場所で「創世の眼」の実験を繰り返す。
最初に試したのは、やはり植物だった。枯れた草木に意識を集中すると、まるで時が巻き戻るかのように青々と葉を茂らせ、花を咲かせ、実を結ぶ。それは、単に成長を早めるというより、生命の時間を操作し、その可能性を最大限に引き出すような感覚だった。朽ちた切り株からは、新たな若木が萌え出た。泥だらけの土壌は、指先一つで肥沃な黒土へと変わっていく。
次に試したのは、無機物だ。足元に転がる小石を手に取ると、その石の組成が脳裏に浮かび上がる。「創世の眼」は、あらゆる物質の根源を「鑑定」し、その情報をライルに与えるのだ。それはまるで、世界の秘密が書かれた書物を読んでいるかのようだった。そして、その情報を基に、ライルは石を別の形に変えたり、わずかに性質を変えたりできることに気づいた。例えば、ただの石ころを、少しだけ硬い石に変えたり、表面を滑らかにしたり。まだ大したことはできないが、その可能性は無限に感じられた。
しかし、この力を使うと、体の奥底から得体の知れない疲労が押し寄せることも分かった。大量の魔力を消費しているのか、あるいは精神的な疲労なのか、まだ定かではない。ライルは、その限界を探りながら、慎重に力を使いこなす練習を続けた。
ある日のことだった。いつものように鍛冶場からの帰り道、村の外れの獣道で、見慣れない男が倒れているのを見つけた。男は顔色が悪く、額からは血が流れている。どうやら魔物に襲われたらしい。
村へ知らせに戻る時間はない。このままでは命が危ないだろう。ライルは迷った。彼の「鑑定不能」という立場では、誰も彼の言うことなど信じない。それに、この男を助けたとして、自分に何か利益があるわけでもない。だが、目の前で人が死んでいくのを見過ごすことはできなかった。
「創世の眼……!」
ライルは倒れた男の傷に、そっと手をかざした。男の肉体情報が、洪水のように脳に流れ込んでくる。深く切り裂かれた傷、失われた血液、弱々しい心臓の鼓動。ライルは震える手で、その情報を基に、細胞の再生を促すイメージを鮮明に描いた。
すると、男の傷口が、まるでスローモーションのようにピクリと動き、みるみるうちに塞がっていく。失われた血はわずかに回復し、顔色も少しだけ戻った。完全に回復したわけではないが、命の危険は去ったようだった。
「だ、誰だ……お前は……」
男はかろうじて目を開き、驚愕の表情でライルを見つめた。ライルはとっさに手を引っ込めた。この力は、まだ誰にも知られてはいけない。彼は何も言わず、ただ静かにその場を立ち去ろうとした。
「待て! 君は……一体、何者なんだ?」
男の声が背後から響いた。ライルは振り向かなかった。彼はまだ「鑑定不能」の少年だ。この力は、誰にも知られてはならない秘密なのだから。
しかし、その夜、ライルの心には、これまでになかった感情が芽生えていた。それは、誰かを救えたという小さな喜びと、この力が秘める無限の可能性への期待だった。彼は、この力の真の価値を、漠然とではあったが理解し始めていた。それは、単に自分のためだけでなく、失われた命を救い、荒れた世界を豊かにする力なのだと。
彼は決意した。この力を、誰にも知られずに磨き上げ、いつか、自分のような「ザコ」が蔑まれることのない、誰もが安心して暮らせる場所を創り出す、と。そのためには、まず、この村を出る必要があった。そして、誰も知らない場所で、自分の手で、ゼロから全てを築き上げるのだ。
あの夜、倒れていた男を「創世の眼」で助けて以来、ライルの心は落ち着かなかった。自分の力が、本当に誰かを救えることを知った喜びと、この村に留まっていては何も始まらないという焦燥感が彼を突き動かした。彼は「鑑定不能」というレッテルを貼られたまま、最底辺で一生を終えることを拒絶した。
翌朝、ライルはほとんど何も持たずに村を後にした。持っていたのは、古びた魔導書と、数枚の硬貨、そしてわずかなパンだけ。誰かに見送られることもなく、彼は薄暗い夜明けの中、ただひたすら東を目指した。人の気配が少なく、荒れた土地が多いと聞く未開の地へ。そこならば、誰にも邪魔されずに力を試し、やがては自分の理想とする国を築けるかもしれない。
道中、ライルは「創世の眼」の力を慎重に試しながら進んだ。喉が渇けば、汚れた水たまりを「鑑定」し、不純物を取り除いて清らかな水に変える。食料が尽きれば、野生の果物や木の実の成長を促し、瞬時に実らせる。そのたびに全身を襲う疲労はあったが、彼は決して立ち止まらなかった。
旅に出て三日目のことだった。人通りもまばらな街道を進んでいると、道の脇で焚き火を囲む男たちの姿が見えた。山賊か、あるいは野盗か。ライルは身を隠そうとしたが、遅かった。
「おや、こんなところにガキが一人。運がいいぜ、兄貴!」
大柄な男がニヤリと笑い、武器を手にライルに近づいてくる。絶体絶命の状況だった。スキルを持たぬ「ザコ」である自分に、彼らを退ける術はない。
その時、背後から疾風のように一筋の影が走り抜けた。男たちの隙を縫って現れたのは、見慣れた顔。先日、ライルが助けたあの男だった。
「テメェら! 無益な殺生は許さん!」
男は、見事な剣さばきで、あっという間に山賊たちを制圧していく。流れるような動きは、素人ではありえない。彼は「剣士」のスキルを持つ、手練れのようだった。男は山賊たちを組み伏せると、剣の切っ先をライルに向けた。
「おい、坊主。あの時、お前は何をした?」
男の目は鋭く、ライルの奥底を見透かすようだった。ライルは怯んだ。この力は、まだ誰にも知られてはならない秘密のはずだった。だが、男の顔には、殺気ではなく、むしろ探るような、あるいは期待するような感情が宿っているように見えた。
「俺は……何も……」
言葉を濁すライルに、男はふっと笑った。
「あの時、俺の傷は一瞬で塞がり始めた。あんたは確かに何かをした。隠す必要はない。俺は……あんたを探していたんだ」
男はそう言うと、剣を下ろし、自身の名を名乗った。彼の名はゼノン。元々はどこかの国の騎士だったが、不正を告発したために追われ、今はしがない流浪の剣士だという。彼は、あの日の不思議な体験以来、ライルの力が何であるかを突き止めようと、必死に足取りを追っていたのだ。
ゼノンはライルの「鑑定不能」という表示に何の偏見も持たなかった。それどころか、ライルの内から感じる得体の知れない「可能性」に、強い興味を抱いていた。
「俺はあんたの力を信じる。もしあんたが、何かを成し遂げようとしているのなら、この剣で助けよう。だが、あんたの真の力を見せてみろ」
ゼノンの言葉に、ライルは迷った。しかし、彼の瞳の奥に宿る揺るぎない信頼に、ライルは賭けてみることにした。彼は意を決し、ゼノンの目の前で、地面に転がっていたただの石ころを、手のひらの中でゆっくりと磨き上げ、硬質な金属の輝きを放つ塊へと変容させてみせた。
ゼノンの目が見開かれた。それは、魔法でも、錬金術でもない、全く新しい何かだった。
「まさか……。こんな力が……」
ゼノンは息を呑んだ。ライルは、ゼノンの驚きに戸惑いながらも、どこか誇らしい気持ちになっていた。初めて、自分の力を正しく評価してくれる人間が現れたのだ。
「俺のスキルは、創世の眼、っていうんだ。まだ、何をどこまでできるのか、よく分かってないけど……」
ライルはたどたどしく説明した。ゼノンは、ライルの言葉に静かに耳を傾けていたが、やがて深く頷いた。
「面白い。これほど途方もない力を持つ者が、何故『鑑定不能』とされていたのか。だが、それはどうでもいい。あんたがこの力で何を成そうとしているのか、教えてくれ」
ライルは、自分の胸の内に秘めていた夢を、初めて他人に打ち明けた。
「俺は……誰もが安心して暮らせる、強い国を、ゼロから作りたい。どんな『ザコ』でも、能力に関係なく、ちゃんと生きていける場所を……!」
ゼノンは目を閉じ、しばし沈黙した。やがて、彼はゆっくりと目を開き、その顔には決意の光が宿っていた。
「いいだろう。このゼノン、あんたの最初の剣となろう。最強の国か……その夢、面白いじゃないか!」
こうして、最弱のスキルを持つ少年と、流浪の剣士、二人の奇妙な旅が始まった。彼らはさらに東へ、人跡未踏の荒野を目指して進んだ。
数週間後。二人は、地図にも載らない、広大な荒れ果てた大地に辿り着いた。草木はまばらで、地は痩せ、水場も少ない。魔物の気配も色濃い。誰もが忌み嫌い、見捨てた場所。
しかし、ライルの「創世の眼」は、この地の奥底に眠る豊かな土壌と、地下深くを流れる清らかな水の流れ、そして、無数の未発見の資源を「鑑定」していた。彼には、この荒野が、無限の可能性を秘めた「宝の山」に見えていた。
「ここだ……。ここで、俺は国を建てる」
ライルは、乾いた風が吹き荒れる大地に立ち、小さくも力強い声で宣言した。その瞳には、未来への確固たる光が宿っていた。ゼノンは、そんなライルの隣で、静かに剣を握りしめていた。二人の物語は、今、この広大な荒野で、本当の第一歩を踏み出したのだった。
荒野に立つライルとゼノンは、まず水を確保する必要があった。この乾いた大地では、生命の維持すら難しい。ライルは目を閉じ、全身の意識を「創世の眼」に集中させた。広大な大地の奥底に眠る、水脈の動きを「鑑定」する。
「この地下、十メートルほどのところに……大きな水脈があります。かなり澄んだ水です」
ライルが指差した場所は、一見すると他の場所と何ら変わらない、ただの土の塊に過ぎなかった。ゼノンは半信半疑ながらも、ライルの言葉を信じて剣を地面に突き立てた。しかし、剣で掘れる深さには限界がある。
「創世の眼」の真価が問われる時だった。ライルは、水脈があるとされる一点に意識を集中させ、地面の土壌を「鑑定」し、その組成を理解する。そして、まるで呼吸をするかのように、土を構成する粒子の結合を緩め、地中に穴を形成するイメージを鮮明に描いた。
ゴゴゴゴ……。
地面が微かに振動し始めた。ゼノンが驚いて一歩後ずさる。土が独りでに崩れ落ちるようにして、円形の穴が深まっていく。深まるにつれて、ひんやりとした湿った空気が顔に当たるようになった。そして、わずか数分後、その穴の底から、澄んだ地下水がこんこんと湧き出したのだ。
「す、すごい……! 本当に水が……」
ゼノンは目を輝かせた。ライルは肩で息をしながらも、小さな達成感に満たされていた。これで、生活の基盤となる水は確保できた。
次に彼らが取り組んだのは、食料の確保だった。ライルは、湧き出した水源の周囲の土壌を「鑑定」し、その痩せた地質を理解する。そして、自身の魔力を消費しながら、土壌を構成する元素のバランスを調整し、養分を豊富に含んだ肥沃な土へと変えていった。その光景は、土に魔法をかけたかのようだった。
「ゼノンさん、この土なら作物が育つはずです。種は持っていますか?」
ゼノンは旅の道中で手に入れた、わずかな作物の種を取り出した。ライルはそれを地面に蒔き、再び「創世の眼」の力で、種子の発芽から成長、結実までのプロセスを高速で進行させた。一瞬にして芽吹き、茎が伸び、葉を広げ、そしてたわわに実った作物が目の前に現れる。それは、この荒野では決してありえない、豊かな収穫だった。
「これは……神の御業か……」
ゼノンは呆然と呟いた。ライルの力は、彼の常識を遥かに超えていた。
しかし、二人が開拓を進める中で、新たな問題が浮上した。この荒野は、ただ無人だったわけではない。夜になると、遠吠えが響き渡り、やがて群れをなした凶暴な狼が彼らのキャンプを襲ってきたのだ。
「ライル、下がれ!」
ゼノンは叫び、剣を抜いた。彼の「剣士」スキルは確かで、一体一体の狼を確実に仕留めていく。だが、数が多すぎる。いくらゼノンが熟練の剣士とはいえ、体力の消耗は激しかった。
ライルは、ゼノンが必死に戦う姿を見て、自分の無力さを痛感した。自分が前に出て戦うことはできない。だが、彼には「創世の眼」がある。敵を「鑑定」する。狼の身体構造、動きのパターン、そして彼らの行動原理。
閃いた。
ライルは、素早く周囲の岩や石ころを「鑑定」した。そして、それらを高速で加工し、鋭利な破片を無数に生み出した。さらに、その破片をゼノンの周囲に、目に見えないほど高速で敷き詰めていく。
「ゼノンさん! 一歩、後ずさりながら戦ってください!」
ライルの言葉に、ゼノンは半信半疑で従った。彼が一歩踏み出した瞬間、彼の足元に敷き詰められた鋭い破片が、狼の足に突き刺さった。キャン、と悲鳴を上げて狼が怯む。ライルはさらに、地面の一部を盛り上げ、小さな隠し穴を次々と作り出した。狼がそこに足を取られ、体勢を崩す。
それは、直接的な攻撃ではない。しかし、「創世の眼」によって生み出された緻密なトラップは、ゼノンの剣技と完璧に連携し、狼の群れを次々と無力化していった。やがて、残った狼たちは恐怖に怯え、遠吠えを上げながら闇の中へと逃げ去っていった。
夜空には満月が輝いていた。荒野に、二人の息遣いだけが響く。
「ま、まさか……あんた、今のを……」
ゼノンは信じられないといった表情でライルを見た。剣を握る手は震えているが、それは恐怖からではなく、驚愕と興奮からだった。ライルは疲労で顔色を悪くしながらも、小さく頷いた。
「はい。地形をいじるのと、石を加工する力で……」
「ただの鑑定じゃねぇな……お前のその眼は、何もかもを『創り出す』ことができるのか……!」
ゼノンはライルの言葉を遮るように言った。その目は、今や尊敬の念をはっきりと宿していた。ライルの力は、彼が想像していた以上に、途方もないものだった。
この小さな勝利は、二人に確かな自信と、この荒野で生きていくための希望を与えた。最弱のスキルを持つ少年と、流浪の剣士。彼らは確かに、この広大な未開の地で、建国への第一歩を踏み出したのだった。
狼の群れを退けて数日。ライルとゼノンは、湧き出した水源の周りを中心に、開拓の手を休めることなく動いていた。ライルは「創世の眼」を駆使して、肥沃な土壌を広げ、簡単な灌漑設備を作り、さらに多種多様な作物の育成を試みていた。ゼノンは、ライルの指示に従いながら、開墾を手伝ったり、周囲の警戒に当たったりと、その剣士の腕を遺憾なく発揮していた。
この荒野は、日中は焼けつくように暑く、夜は凍えるほど冷え込む。しかし、ライルが「創世の眼」で作り出した豊かさは、確実に彼らの生活を支えていた。たわわに実る作物、清らかな水。それは、この厳しい環境下では奇跡としか言いようのない光景だった。
ある日の午後、遠くの地平線に、小さな人影が見えた。最初は一つ、やがて二つ、三つと増えていく。ライルとゼノンは警戒した。もしかしたら、また山賊か、あるいはこの土地を不法に占拠しようとする者たちかもしれない。
しかし、近づいてきた彼らの姿を見て、ライルは警戒を解いた。彼らは、ボロボロの服を身につけ、痩せこけた、いかにも貧しい身なりの人々だった。子を背負った母親、杖をつく老人、そして恐怖に怯える子供たち。彼らの目には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいた。
「あ、あの……旅の者ですが、少し水を分けていただけませんか……」
彼らの代表らしき男が、おずおずと声をかけた。その声は掠れており、今にも倒れそうに見えた。
ライルは振り返り、ゼノンに目を向けた。ゼノンは静かに頷いた。彼らを見捨てることはできない。
「どうぞ、ここへ。水も食料もあります」
ライルが差し出したのは、彼が「創世の眼」で瞬時に実らせた、みずみずしい果物と、焼きたてのパンだった。人々は最初、警戒と不信の目を向けていたが、ライルの手のひらに乗った完璧な果物と、香ばしいパンの匂いに、ごくりと喉を鳴らした。
彼らは恐る恐るパンを口にし、水筒の水を飲んだ。そして、一口食べ、一口飲むごとに、彼らの顔に驚きと生気が戻っていく。
「こんな、こんなに美味しいパンは、生まれて初めてだ……」
「水も、こんなに澄んでいて甘いなんて……」
彼らは飢えと渇きから解放され、安堵のため息をついた。ライルは、彼らがなぜこんな荒野にいるのか尋ねた。彼らは、故郷の村が魔物と飢饉によって壊滅し、生き残った者たちが新天地を求めて彷徨っていたのだという。しかし、どこへ行っても受け入れられず、希望を失いかけていたのだ。
「どうか……お願いです! もしよろしければ、この近くで、しばらく休ませていただけませんか? 食料は、私たちもわずかながら持っていますから……」
代表の男が土下座せんばかりに懇願した。ライルは、その場に屈み込み、男の目を見た。彼の「創世の眼」は、この人々の奥底に、生きるための強い意志と、ささやかな希望がまだ残っていることを「鑑定」していた。
「構いません。ただし、一つ条件があります」
ライルの言葉に、人々は再び緊張した。ゼノンも、興味深そうにライルを見つめている。
「私たちはここで、新しい場所を作ろうとしています。まだ何もない荒野ですが、もしあなたがたが、その手伝いをしてくれるのなら、私たちは歓迎します」
ライルの言葉に、人々は顔を見合わせた。何もない荒野で、新しい場所? それが何を意味するのか、彼らにはまだ理解できなかった。だが、彼らが提供してくれた水と食料、そして何よりもライルの優しい言葉が、彼らにとって唯一の光に見えた。
「はい! もちろん! 何でもお手伝いします! どうか、私たちを置いていかないでください!」
代表の男が、涙を流しながら答えた。他の人々も、安堵と希望の表情でライルを見つめた。
こうして、ライルとゼノンのもとに、最初の五家族、計十五名の人々が加わった。彼らは、ライルの「創世の眼」によって生み出された奇跡の数々を目の当たりにするたびに、驚きと畏敬の念を抱いた。ライルが瞬く間に水路を掘り、石を加工して住居の基礎を作り、作物を育てる姿は、彼らにとって「神の使い」のように見えた。
「ライル様は、この地に神殿を建てるつもりなのでしょうか?」
ある老人が、ライルに尋ねた。ライルは首を横に振った。
「いいえ。神殿ではありません。私はここに、誰もが安心して暮らせる、強い国を建てるつもりです」
ライルの言葉に、人々は息を呑んだ。「国」という言葉に、彼らの心には漠然とした期待と、同時に畏れが生まれた。しかし、目の前で次々と奇跡を起こすライルならば、それが可能かもしれないと、不思議と信じられる気がした。
ゼノンは、そんなライルの隣で静かに微笑んでいた。かつて騎士だった彼には、国を築くというライルの壮大な夢が、決して絵空事ではないと直感的に理解できた。最弱のスキルを持つ少年が、そのユニークな力と、彼を信じる人々を導き、この荒野に新たな文明の礎を築き始める。その光景は、まさに歴史の始まりを告げるかのようだった。
ライルの「創世の眼」とゼノンの献身的な働きによって、荒野の一角に生まれた小さな集落は、日を追うごとに活気を帯びていった。集まった人々は、飢えと絶望から解放された喜びを胸に、ライルの指示のもと、精力的に開拓に参加した。
ライルは、まず住居の整備に取りかかった。「創世の眼」で周囲の土壌から適切な粘土や砂利を「鑑定」し、それらを瞬時に加工して頑丈なレンガや建材を生み出す。人々は、ライルが加工した素材を運び、ゼノンが指導しながら、共同で壁を築き、屋根を葺いていった。何もないところから、みるみるうちに簡素ながらも機能的な家々が立ち並んでいく光景は、集落の人々にとって、まるで夢を見ているかのようだった。
「ライル様のお力は、まるで魔法のようですな……」
「いや、魔法どころじゃねぇ。神様がこの地に降りてきたとしか思えねぇよ!」
人々は口々に囁き合った。彼らの目には、畏敬と感謝の念が深く宿っていた。
食料も安定し、水も豊富にあった。ライルは、さらに水の供給システムを改善した。水源から各住居へとつながる簡素な水路を「創世の眼」で掘り、さらには簡易的な貯水池まで作り上げた。これにより、人々はわざわざ水源まで水を汲みに行く手間が省け、日々の生活は格段に楽になった。
しかし、人が増え、集落が大きくなるにつれて、新たな課題も生まれてきた。一つは、外部からの脅威だ。以前襲ってきた狼の群れのように、この荒野には他にも危険な魔物が生息している可能性がある。もう一つは、資源の管理。ライルの力は無尽蔵ではない。人々が増えれば、必要となる食料や資材も増える。効率的な生産と分配の仕組みが必要だった。
「ゼノンさん、このままでは、また魔物が襲ってくるかもしれません。それに、人が増えれば、もっと安全な場所が必要です」
ライルは、出来上がったばかりの簡素な地図を広げ、ゼノンに話した。彼の「創世の眼」は、周辺の地形や生態系も詳細に「鑑定」しており、どこに危険が潜んでいるか、どこが防御に適しているかを把握していた。
ゼノンは頷いた。「そうだな。この数の人々を守るには、きちんとした防御施設が必要だ。壁を築くか、それとも天然の地形を利用した砦を築くか……」
ライルは地図のある一点を指差した。そこは、小さな丘と岩場が連なる、天然の要害となるべき場所だった。
「ここに、防衛の拠点を築くのはどうでしょう? 『創世の眼』で、あの岩山を加工して、より強固な壁と監視塔を作ることができます」
ゼノンはライルの提案に驚いた。「岩山を加工するだと? それは……途方もない作業になるぞ?」
「大丈夫です。少し時間がかかりますが、私ならできます」
ライルの目は、揺るぎない自信に満ちていた。彼の言葉に、ゼノンは再びその底知れない力に感服した。
翌日から、ライルは新しいプロジェクトに取りかかった。彼は「創世の眼」の力を、これまで以上に大規模に展開し始めた。岩山に意識を集中すると、岩石の分子構造が脳裏に浮かび上がる。彼はそれを精密に操作し、巨大な岩山を削り出し、磨き上げ、滑らかな壁へと変えていった。さらに、その壁に一体化するように、監視塔や内部通路を創造していく。
ゴゴゴゴゴ……!
周囲には、大地が唸るような音が響き渡り、微かな振動が伝わる。人々は、その驚くべき光景にただ立ち尽くすばかりだった。彼らの目の前で、何百年、何千年とかけて形成されるはずの要塞が、たった数日でその姿を現し始めたのだ。
ライルの顔は日に日に疲労の色を濃くしていったが、彼の心は満たされていた。彼が作り出すものが、人々を救い、希望を与えていることを実感できたからだ。
「ここが、私たちの新しい故郷だ……」
ある老婦人が、涙を拭いながら呟いた。その言葉に、他の人々も深く頷いた。彼らは、もはやライルを「奇跡を起こす存在」としてだけ見ていなかった。彼は、この地に新たな生命と希望を与えてくれた、「救世主」であり、「建国の父」だった。
そうして、荒野に築かれ始めた砦は、単なる防御施設ではなかった。それは、この地に集まった人々の、未来への確固たる希望の象徴だった。最弱と蔑まれた少年が、そのユニークスキルを解き放ち、最初の小さな集落を、やがて来るべき強大な国家の礎へと、確実に変貌させていく。
ライルの「創世の眼」による驚異的な作業速度で、岩山を加工した砦は、予想よりも早くその全貌を現し始めた。高さ十メートルを超える強固な石壁が、集落を取り囲むようにそびえ立つ。壁には等間隔に監視塔が設置され、内部には食料庫や武器庫、そして人々が避難できる広場が作られた。それは、わずか数週間前まで荒野だった場所に、忽然と現れた巨大な要塞だった。
「これで、魔物も簡単には手を出せまい」
完成したばかりの砦の壁に手を置き、ゼノンが満足げに呟いた。彼の目には、ライルへの深い信頼と、この地を守り抜くという決意が宿っていた。ライルは、全身の疲労を感じながらも、自身が作り出した砦を見上げ、静かに頷いた。これだけの構造物を作り上げるには、膨大な魔力と精神力を消費したが、その労力に見合うだけの価値があった。
砦の完成に、集落の人々は歓喜した。彼らは、もはや自分たちが路頭に迷う難民ではなく、この強固な砦に守られた「定住者」であるという自覚を持ち始めた。子供たちは壁の周囲で遊び回り、大人たちは新たな居住区画の整備や、さらなる農地の開拓に意欲を燃やした。彼らの顔には、希望と活気が満ち溢れていた。
しかし、その平穏は長くは続かなかった。
ある月のない夜、遠くから、不気味な地鳴りのような音が響いてきた。それは、ただの魔物の足音とは違う、何かが大勢で押し寄せてくるような、不気味な響きだった。
「ライル! 防衛準備だ! 何か来るぞ!」
ゼノンの鋭い声が、夜の闇を裂いた。彼はすぐに砦の指揮を執り、人々を壁へと配置していく。男たちは簡素な武器を手に震えながらも、家族を守るためにライルとゼノンの指示に従った。
ライルは「創世の眼」で、近づいてくる存在を「鑑定」した。そして、彼の顔色が変わった。
「ゼノンさん……! ゴブリンの群れです! しかも、かなりの数……!」
数えきれないほどのゴブリンたちが、松明の光を頼りに、まるで黒い波のように砦へと押し寄せてくる。その中には、ひときわ大きく、獰猛なオーラを放つゴブリンリーダーの姿も見えた。彼らの目的は、この新興の集落を略奪し、破壊することに他ならない。
「くそっ、こんなに早く……!」ゼノンは舌打ちした。
第一波が砦の壁に殺到した。原始的な棍棒や、錆びた剣を持ったゴブリンたちが、獣のような咆哮を上げて壁をよじ登ろうとする。だが、ライルが「創世の眼」で磨き上げ、継ぎ目なく作り上げた石壁は、彼らの爪や棍棒ではびくともしない。
「ゼノンさん! 壁の死角に落とし穴を!」
ライルの指示に、ゼノンは素早く反応した。ライルは「創世の眼」で、壁に群がるゴブリンたちの真下に、瞬間的に深く、そして滑らかな落とし穴を複数作り出した。穴に落ちたゴブリンたちは、身動きが取れずに足掻く。
さらに、ライルは壁の上から、周囲に散らばる小石を「鑑定」し、その形状を**鋭利な鏃**へと変容させた。そして、それを壁の隙間から、まるで雨のようにゴブリンの群れへと降り注がせる。
「うおおおお!」
ゼノンが叫び、壁によじ登ってきたゴブリンを剣で薙ぎ払った。ライルが作り出すトラップと、ゼノンの見事な剣技が連携し、ゴブリンたちの猛攻をなんとか食い止めていた。集落の人々も、恐怖に震えながらも、ライルの指示で石を投げたり、湯を沸かしてかけたりと、必死に抵抗した。
しかし、ゴブリンの数は圧倒的だった。次々と仲間が倒れても、彼らは狂ったように砦の壁に殺到してくる。ゴブリンリーダーは、その巨体で壁を叩き割りにかかる。ひび割れが生じ、砦の防御力が少しずつ削られていくのが分かる。
ライルは、自身の魔力が限界に近づいているのを感じていた。だが、ここで諦めるわけにはいかない。彼は、ゴブリンリーダーに狙いを定めた。「創世の眼」で、リーダーの筋肉、骨格、そしてわずかな隙を「鑑定」する。
そして、ライルは、壁の内部に、これまで作ったどの構造物よりも複雑で、精密な仕掛けを創造し始めた。それは、壁の内部に埋め込まれた複数の圧力センサーと、それに連動する巨大な石の槍だった。
ゴブリンリーダーが、再び壁に渾身の一撃を加えようと腕を振り上げたその瞬間、ライルは集中力を高めた。リーダーが壁に触れた途端、センサーが作動し、壁の内部から、音もなく巨大な石の槍が突き出した。
グシャッ!
ゴブリンリーダーの巨体が、壁に縫い付けられるように固定された。絶叫を上げるリーダーに、残りのゴブリンたちは動揺し、怯み始めた。その隙を逃さず、ゼノンが残りのゴブリンたちを追い打ちにかかる。
夜が明け、朝日が昇る頃には、ゴブリンの群れは完全に掃討されていた。砦の周囲には、無数のゴブリンの死体が転がり、壁には無数の傷跡が残されていたが、砦そのものは無事だった。
「やったぞ……! 俺たちは、守り抜いたんだ!」
誰かが叫んだ。人々は、互いに抱き合い、安堵の涙を流した。ライルは、その場に崩れ落ちそうになりながらも、人々の喜びの表情を見て、静かに微笑んだ。彼は「鑑定不能」のザコではない。彼には、人々を守り、希望を与える力があるのだ。
この最初の試練を乗り越えたことで、集落の人々は、ライルへの信頼と忠誠をさらに深めた。彼らは、この地で「国」を築くというライルの夢が、決して絵空事ではないことを、肌で感じたのだ。荒野に築かれた小さな砦は、今、揺るぎない確信を秘めた、新たな文明の芽生えとして、その存在を確かにした。
ゴブリンの襲撃を退けた後、ライルの築いた砦と集落は、より一層の結束と活気に包まれた。恐怖を乗り越えた人々は、ライルとゼノンへの信頼を絶対的なものとし、新たな生活への希望を胸に、開拓に励んだ。
ライルは、人々の士気が高まっているこの機会を逃さなかった。彼は「創世の眼」を駆使し、集落のさらなる発展計画に着手する。単なる食料生産だけでは、やがて来るべき「国」としての機能は果たせない。より多様な資源を確保し、生活水準を向上させる必要があった。
まずライルが着目したのは、集落から少し離れた場所にある、小さな岩山だった。彼の「創世の眼」は、その岩山の奥深く、地中に眠る鉱物資源の存在を「鑑定」していた。それは、ただの石炭や鉄鉱石ではない。わずかではあるが、この世界では貴重とされるミスリルの鉱脈も存在していたのだ。
「ゼノンさん、この岩山に、採掘場を作りたいんです」
ライルの言葉に、ゼノンは驚きを隠せない。
「採掘場だと? しかし、掘り出すとなると、かなりの人手と技術が必要になるぞ。それに、岩山の中は危険だ」
「大丈夫です。採掘に必要な道具も、『創世の眼』で作り出せます。それに、通路も安全に確保できます」
ライルはそう言って、自身の魔力を集中させた。岩山の一角に狙いを定め、「創世の眼」の力で岩石の構造を解析し、最適な形で坑道を掘り進めていく。まるで生き物のように土や岩が動き、滑らかで安定したトンネルが形成されていく光景に、人々は再び息を呑んだ。
そして、ライルは坑道の奥深くで発見した鉱石を「鑑定」し、その不純物を取り除き、高純度の金属塊へと瞬時に精錬した。人々は、目の前でただの石が、銀色の輝きを放つミスリルへと変わっていく様に、ただただ呆然とするばかりだった。
こうして、集落には「鉱業」という新たな産業が生まれた。ライルは、人々の中から力仕事が得意な者を選び、鉱石の採掘を任せた。彼らが掘り出した鉱石は、ライルの力によって高品質な金属へと加工され、武器や農具、そしてより頑丈な建材として利用された。
「これで、もっと丈夫な道具が作れる!」「今まで苦労してた作業が、楽になるぞ!」
人々は歓声を上げた。自分たちの手で生み出された鉱石が、自分たちの生活を豊かにしていくのを実感し、彼らの顔には満ち足りた笑顔が浮かんでいた。
さらに、ライルは集落の周囲に薬草園を設けた。「創世の眼」で土壌を最適化し、様々な種類の薬草を育て、瞬時に成長させる。これにより、怪我や病気に対応できる体制が整い、人々の健康と安全が確保された。病で命を落とす危険が減ったことで、集落にさらなる安心感がもたらされた。
集落の規模は着実に拡大していった。ライルの驚異的な力と、ゼノンの的確な指導、そして人々の勤勉な働きによって、荒野の小さな点だった場所は、もはや「集落」というには小さすぎる、明確な「定住地」へと変貌を遂げていた。
物資は豊かになり、防御は固く、人々は希望に満ちていた。しかし、同時に、これほどの豊かさを秘めた場所が、いつまでも外部の目に触れないわけがないという事実が、ライルの脳裏をよぎっていた。彼の「創世の眼」は、日を追うごとに周辺の情報を詳細に捉えるようになっていた。そして、遠方から、この集落の異様な発展に気づき始めた者たちの影を、彼は少しずつ感じ取っていた。
新たな出会い、そして、この「ザコ」から始まった小さな定住地が、真の「国」へと成長するための、さらなる試練が、すぐそこまで迫っていた。
承知いたしました!前回の続きから、ライルの集落が更なる発展を遂げ、新たな仲間との出会い、そして外部との最初の接触を描写します。私が書ける範囲で最大限に物語を進めます。
ザコから成り上がり:最弱スキルと隠された才能の建国記
第八章:集落を訪れる影
ライルの集落が、その名を冠する日も近いと思えるほどに成長する中、奇跡の噂は、次第に荒野の風に乗って遠方へと伝わり始めていた。清らかな水、豊富な食料、堅牢な砦、そして何より、誰もが生き生きと働ける場所があるという報せは、貧困と戦乱に疲弊した人々にとって、かすかな光となった。
そんなある日、集落の門番が、見慣れない旅人の接近を知らせてきた。それは、これまでの流民たちとは明らかに異質な二人組だった。一人は背が高く細身で、まるで夜の闇を纏っているかのような黒衣を身につけている。もう一人は小柄で、フードを目深に被り、性別すら判別しがたい。
「ゼノンさん、様子を見てきてください。警戒は怠らないで」
ライルは指示を出した。彼の「創世の眼」は、彼らが敵意を持っているわけではないことを「鑑定」していたが、並々ならぬ気配を放っていることも感じ取っていた。
ゼノンが門へ向かうと、黒衣の男が口を開いた。その声は低く、しかし滑らかな響きを持っていた。
「お初にお目にかかります。当方、しがない『情報屋』でして。この地に突如現れた奇妙な集落の噂を聞きつけ、興味本位で立ち寄らせていただきました」
男はそう言って、自身の名をカインと名乗った。彼の傍らの小柄な人物は、一言も発しない。
ゼノンが警戒を解かずに「何用だ?」と問うと、カインは意味深な笑みを浮かべた。
「用件は二つ。一つは、この地の奇跡を起こす者が何者であるかを知ること。そしてもう一つは……商談です」
ライルはゼノンを呼び戻し、カインと対峙した。カインの「鑑定」結果は興味深いものだった。彼は「千里眼」という、遠方の情報を正確に把握するユニークスキルの持ち主であり、隣の小柄な人物は「沈黙の案内人」という、あらゆる場所の情報を記憶し、最適な道を導き出すユニークスキルを持っていた。彼らは単なる情報屋ではなく、世界中の知識と道を掌握する存在だった。
「商談、ですか」
ライルは、カインの言葉に眉をひそめた。
「ええ。我々は、様々な土地の物資や情報を、必要とする場所へと繋ぐ役目を担っております。この地で大量に生産される作物や、奇妙なほど質の良い金属は、我々にとっても魅力的です。互いに利益のある取引ができるかと」
カインは、ライルの集落が持つ潜在的な価値を、すでに正確に見抜いていた。彼はこの集落の発展が、やがて世界の経済地図を塗り替える可能性を秘めていることにも気づいているようだった。
ライルは少し考え込んだ。これまでは自給自足だったが、外部との交易は、集落をさらに発展させる上で不可欠な要素だ。何より、カインの「千里眼」は、これから国を築く上で、間違いなく強力な情報源となる。
「わかりました。ただし、私たちの集落の情報を、むやみに他へ漏らさないという約束をしていただけますか? 私たちはまだ、他国との接触を望んでいません」
ライルの言葉に、カインは深く笑った。
「ご安心を。我々は、利益を追求するのみ。それに、貴方様の力が、どれほど世界を変えることになるのか、この目で確かめたいという、ささやかな好奇心もあります」
こうして、ライルの集落と外部世界との間で、最初の交易が始まった。カインは、集落の豊富な農作物やライルが精錬した高品質な金属を、外部の都市へと運び、その対価として、この地では手に入らない珍しい物資や、高度な技術に関する情報をもたらした。人々は、カインが持ち帰る新たな品々に目を輝かせ、交易によって生活がさらに豊かになることを実感した。
しかし、交易は利点ばかりではなかった。カインが運ぶ物資の中には、集落の技術レベルではまだ扱えないような、高度な品々も含まれていた。また、集落の噂は広がり、カインだけでなく、他の商人や、時には近隣の小領主の偵察兵らしき者たちが、遠巻きに様子を伺いに来るようにもなった。彼らの多くは、この荒野に突如現れた豊かな集落に対し、疑念や警戒、そしてあわよくば手中に収めようという野心を抱いているようだった。
「ライル、やはり噂が広がり始めている。いずれは、まともな接触があるだろうな。その時、我々はどうする?」
ゼノンは、表情を厳しくしてライルに問うた。ライルは、西の地平線をじっと見つめた。そこには、かつて彼を「鑑定不能のザコ」と蔑んだ村があり、そしてその先に、彼を拒絶した旧来の社会があった。
「備えるしかありません。そして、彼らがこの地を、ただの略奪の対象として見ないように、私たちの力を見せつける時が来るでしょう」
ライルの瞳には、静かな炎が宿っていた。交易によって得られた富と情報、そして新たな仲間を得て、彼の「国」は、いよいよ外部世界との本格的な関わりを持つ段階へと進んでいく。それは、彼が真の「王」となり、世界を変革するための、避けては通れない道だった。
カインとの交易が始まり、ライルの集落は目覚ましい発展を遂げていた。高品質な農作物と加工された鉱石は、周辺地域で瞬く間に評判となり、物資だけでなく、新たな技術や情報も集落にもたらされた。カインの「千里眼」と、その同行者である「沈黙の案内人」の助けにより、ライルは外部世界の情勢を正確に把握できるようになっていた。
だが、この急速な発展は、同時に周辺の既存勢力の注目を避けられないものにしていた。特に、この荒野を自国の勢力圏と見なしていた**小領邦国家『ヴァルキリア公国』**は、突如現れた強大な集落の存在に、強い警戒心を抱き始めていた。
ある日、ゼノンが険しい表情でライルのもとへやってきた。
「ライル、まずい。ヴァルキリア公国から、使者が来る」
ライルは顔色を変えなかった。彼の「創世の眼」は、すでに数日前から、彼らの接近を「鑑定」していた。公国が偵察を送っていたことも、その意図も、ある程度は把握していた。
「目的は?」ライルは冷静に尋ねた。
「表向きは『新興勢力との友好的な接触と調査』だが、本心は違うだろう。我々の力を測り、可能ならば属国化、あるいは武力による併合を考えているはずだ」
ゼノンはそう言い切った。かつて騎士として各国の情勢を見てきた彼の見立ては、正確だった。ライルは深呼吸した。この時が来たのだ。単なる集落では、もう生き残れない。
「ゼノンさん、カイン。彼らを迎え入れる準備をしてください。そして、集落の全住民に告げます。今日をもって、私たちは独立した『国』となると」
ライルの言葉に、ゼノンは驚き、そしてすぐにその意図を理解した。カインは薄く笑みを浮かべ、ライルを興味深そうに見つめた。
その日の午後、完成したばかりの砦の広場に、集落の全住民が集められた。ライルは、皆の前に立ち、ゆっくりと語り始めた。
「私は、皆が安心して暮らせる場所を創ると約束しました。そして今、この地は、もはや単なる集落ではありません。水が湧き、作物が実り、武器が作られ、何より、皆の希望が満ちている。これまでの努力が実を結び、この地は一つの形となりました」
ライルの言葉に、人々は静かに耳を傾ける。
「そして今、私たちは大きな節目を迎えます。外部の勢力が、私たちに干渉しようと動き出しています。彼らは、私たちを『無名の集落』として侮るでしょう」
ライルは広場を見渡し、一人ひとりの顔を真っ直ぐに見た。
「しかし、私たちはもはや『無名』ではない。『ザコ』でもない。私たちは、自らの手で未来を掴むことを選んだ。だから、今日この瞬間から、この地は『エレオス王国』として、世界に名を告げる!」
ライルの言葉が荒野に響き渡ると、一瞬の静寂の後、広場は熱狂的な歓声に包まれた。
「エレオス王国!」「ライル様、万歳!」
人々の目には、誇りと、未来への希望が輝いていた。彼らは、自分たちが「鑑定不能」の少年によって、新たな国の民となることを選んだのだ。
翌日。
ヴァルキリア公国から派遣された使者が、エレオス王国の門前に到着した。彼らは数名の武装した兵士を伴い、見るからに傲慢な態度の貴族然とした男が先頭に立っていた。
「貴様らが、この荒野に不法に居座る者どもか。ヴァルキリア公国特使、バルトロメウス卿だ。貴様らの指導者とやらはどこだ? 出てくるよう伝えろ!」
バルトロメウス卿は、ライルが作り上げた堅牢な砦を侮蔑の目で一瞥し、高圧的に言い放った。彼の背後には、この地の肥沃さと、高品質な金属が産出されるという噂を裏付ける証拠がないかと、探るような視線を送る兵士たちの姿があった。
「私が、このエレオス王国の国王、ライルです」
ライルは、ゼノン、カイン、そして集落の代表者たちと共に、門前へと進み出た。ライルはまだ若く、派手な装飾もない簡素な服を身につけていたため、バルトロメウス卿は彼を一瞬、見習いか何かと勘違いし、鼻で笑った。
「ほう? 小僧が国王だと? 冗談はよせ。貴様らはただの流民の集まり、我らが公国の恩情を受け、その庇護に入るべきなのだ。今すぐ恭順の意を示せば、多少の恩恵は与えてやってもいいぞ」
バルトロメウス卿は、いかにも見下した態度で告げた。彼の言葉には、脅しと、この地を易々と手に入れようという魂胆が隠されていた。
ライルは、その侮辱的な言葉にも表情を変えなかった。彼の「創世の眼」は、バルトロメウス卿の内心に潜む傲慢さと、この地に対する貪欲な野心、そして彼の背後にいる公国の狙いを、正確に「鑑定」していた。
「お言葉ですが、バルトロメウス卿。この地は、私たちが自らの手で開拓し、築き上げた国です。誰の庇護も受けず、誰の属国にもなるつもりはありません。私たちは、ただ独立を望むだけです」
ライルの明確な言葉に、バルトロメウス卿の顔から笑みが消えた。
「生意気な口を……! よかろう。ならば、貴様らの『国』とやらの力を、この目で確かめてやろう。それが、貴様らの愚かな選択の結末となる」
バルトロメウス卿の言葉には、あからさまな敵意が込められていた。彼は、この若き「国王」の無礼さに激怒し、武力による制圧を視野に入れていることが明白だった。
エレオス王国が、その産声を上げた瞬間。それは、同時に、外界からの最初の、そして最も重大な試練に直面する時でもあった。最弱のスキルを持つ少年が築き上げた、新たな「国」の命運は、この最初の対決にかかっていた。
ライルが「エレオス王国」の建国を宣言し、ヴァルキリア公国の特使バルトロメウス卿と対峙した瞬間、荒野の空気は張り詰めた。バルトロメウス卿は、ライルの若さと、その簡素な出で立ちから彼を侮り、傲慢な態度で属国化を迫った。
「小僧、貴様の戯言に付き合っている暇はない。大人しく公国の庇護を受け入れろ。さもなくば、この地は血の海と化すぞ!」
バルトロメウス卿はそう言い放ち、背後の兵士たちが威圧的に武器を構えた。彼らの目には、この新興の集落を容易く手中に収められるという確信が見て取れた。
ライルは、その脅しにも眉一つ動かさなかった。彼の「創世の眼」は、バルトロメウス卿が内心ではこの砦の堅牢さに驚き、いかに損害を出さずに手に入れるかを模索していることを「鑑定」していた。
「バルトロメウス卿。私たちは、この地で平和を築き、自らの力で未来を創造する。無意味な争いは望みません。ですが、もしそれが『愚かな選択』と仰るのなら、私たちエレオス王国の力が、いかに愚かでないか、お見せしましょう」
ライルの言葉に、バルトロメウス卿は苛立ちを露わにした。
「ほざけ! 口先だけで何ができる。ならば、その『力』とやらを見せてみろ! さもなくば、すぐにでも進軍し、貴様らを叩き潰してくれるわ!」
その瞬間、ライルは動いた。彼は地面に片手をかざし、自身の「創世の眼」の力を周囲に展開した。
ゴゴゴゴゴ……!
バルトロメウス卿と兵士たちの足元が、微かに振動し始めた。
「な、なんだ!?」
兵士の一人が叫んだ。
ライルは顔色一つ変えず、静かに告げた。
「卿らの部隊が、この砦にたどり着くまでの道のりには、いくつかの不自然な地形がありましたね。私の『創世の眼』は、それらの本質を『鑑定』し、ある『可能性』を引き出すことができます」
次の瞬間、驚くべき光景が目の前で繰り広げられた。
砦の周囲、使者たちが通ってきた道の要所要所で、突如として地面が陥没し、深い落とし穴が口を開いた。さらに、それまでただの岩山に見えた場所から、鋭利な石の柱がいくつも突き出し、道を寸断した。木々が密集していた場所は、迷宮のように入り組んだ木の壁へと変貌し、進行を阻む。
それは、ライルが事前に「創世の眼」で地形を解析し、有事の際に発動できるよう仕込んでいた広範囲のトラップだった。見た目には変化がなくても、ライルの意識一つで、その地形の「本質」が書き換えられ、全く異なる様相を呈したのだ。
「馬鹿な……! いつからこんなものが!?」
バルトロメウス卿は顔面蒼白になった。彼の兵士たちは、突如現れた障害物に混乱し、進むことも退くこともできずに立ち尽くしている。
「私たちの防御は、この砦の壁だけではありません。この土地そのものが、私たちの盾であり、矛となりえます」
ライルの言葉には、感情はこもっていなかったが、その静かな声には、有無を言わせぬ絶対的な自信が宿っていた。
ゼノンは、ライルの隣で不敵な笑みを浮かべた。カインは、その「千里眼」で、砦を取り囲むように現れた複雑なトラップ網の全貌を瞬時に把握し、ライルの底知れない力に改めて感嘆していた。彼の隣の「沈黙の案内人」も、フードの奥で小さく頷いている。
バルトロメウス卿は、ライルの恐るべき力に圧倒され、震える手で剣の柄を握りしめた。彼の脳裏には、もしこのまま武力衝突に及んでいたら、自軍がどれほどの被害を被っていたか、そしてこの若き「国王」が持つ「創世の眼」という名の「神の御業」が、いかに途方もないものであるかが鮮明に浮かび上がっていた。
「くっ……今回は、貴様の勝ちだ、小僧……いや、ライル国王」
バルトロメウス卿は、悔しげに吐き捨てた。彼の傲慢な態度は鳴りを潜め、その顔には明確な恐怖の色が浮かんでいた。
「本日のところは、我々の報告を持ち帰ろう。だが、覚えておけ。ヴァルキリア公国は、貴様らの存在を看過するわけにはいかない。必ずや、公国からの正式な返答が届くであろう!」
そう言い残し、バルトロメウス卿は混乱する兵士たちを叱咤し、急いでその場を後にした。彼らは、ライルが作り出したトラップを避けながら、来た道を困難そうに戻っていく。
エレオス王国の住民たちは、一部始終を砦の壁の上から見守っていた。使者たちの敗走を見て、彼らは歓声を上げた。
「やった! 私たちの国は守られたんだ!」
「ライル様、万歳!」
人々の熱狂的な声が、荒野に響き渡る。ライルは、その歓声を聞きながら、静かに目を閉じた。最初の試練は乗り越えた。しかし、これは始まりに過ぎない。ヴァルキリア公国からの「正式な返答」が、どのような形で来るのか。そして、この「鑑定不能」から始まった王国が、世界に真に認められる日はいつか。
ライルは、遠ざかる使者たちの背を見つめながら、己のユニークスキル「創世の眼」に秘められた、まだ見ぬ無限の可能性を感じていた。彼は、この力で、必ずや誰もが安心して暮らせる、真の最強国家を築き上げることを、改めて心に誓ったのだった。
ヴァルキリア公国の特使バルトロメウス卿を退けたエレオス王国は、その存在を外界に示す最初の大きな一歩を踏み出した。ライルの「創世の眼」によって作り出された、目に見えない広大な防衛網は、公国の傲慢な野心を挫き、エレオス王国がただの流民の集まりではないことを知らしめた。
この勝利は、人々にさらなる自信と誇りを与えた。集落の住民たちは、自分たちがただ生き残るだけでなく、自らの手で未来を切り拓いているのだという確信を深めた。砦の修復は迅速に進められ、以前よりもさらに強固なものへと作り替えられた。ライルは、ヴァルキリア公国が再び動き出すことを予見し、来るべき本格的な衝突に備え、さらなる技術革新に力を注いだ。
彼は「創世の眼」で、新たな資源の活用法を探求した。地下深くから掘り出した鉱石から、より軽量で頑丈な合金を生み出し、従来の武器よりも格段に優れた新型の武装を開発した。また、砦の防御力を高めるために、特定の魔力を帯びた鉱石を加工し、自動で反応する防衛システムを構築し始めた。それは、侵入者を感知すると、自動的に石の矢を放ったり、落とし穴を作動させたりする、半自律型の防衛機構だった。
一方で、カインの「千里眼」と、その同行者である「沈黙の案内人」の働きにより、外部からの情報がリアルタイムでエレオス王国にもたらされるようになった。ヴァルキリア公国は、エレオス王国の「謎の力」に対する対応を巡って、内部で激しい議論を交わしているという。主戦派はエレオス王国への即時侵攻を主張し、慎重派は未知の力への警戒から、より詳細な情報収集と外交的解決を模索しているとのことだった。
「ライル様、公国は現在、その兵力の三分の一を東部国境に集結させています。どうやら、本格的な遠征軍を編成しているようです」
ある日、カインが深刻な面持ちで報告した。彼の言葉は、迫りくる嵐を告げていた。エレオス王国がヴァルキリア公国の使者を退けたのは、あくまで最初の、小さな小競り合いに過ぎなかったのだ。公国は、エレオス王国を完全に制圧するため、その総力を挙げて攻め入る準備を進めていた。
ライルは、カインの報告に静かに耳を傾けていた。彼の「創世の眼」は、公国の動き、その兵力、進軍ルート、そして指揮官たちの思惑までをも「鑑定」していた。来るべき戦いは、これまでのどの戦いよりも大規模で、エレオス王国の命運をかけたものになるだろう。
「そうか……。予定よりも、少し早いな」
ライルはそう呟くと、砦の最上階にある自身の執務室へと向かった。そこには、壁一面に広がる巨大な地図が掛けられている。地図には、エレオス王国の周囲の地形、ヴァルキリア公国の領土、そしてその他の隣接する国々の情報が詳細に書き込まれている。
ライルは、地図上のエレオス王国の場所に指を置いた。そこは、かつて地図にすら載らない荒野だった場所だ。彼が「鑑定不能」の烙印を押され、社会の最底辺を彷徨っていた頃には、想像すらできなかった「国」が、今、彼の目の前にある。
「ゼノンさん、カイン。住民たちに食料と物資の備蓄を指示してください。兵士たちには、各自持ち場を固めるように。そして……」
ライルは、地図上のヴァルキリア公国の兵力が集結している地点に、静かに目を向けた。
「私は、今から、この国を守るための、最後の仕上げに取り掛かります」
ライルの声には、一切の迷いがなかった。彼の「創世の眼」が、かつては無力な「ザコ」だった彼に、今、最強の国を守り抜くための、そして世界に新しい秩序をもたらすための、無限の可能性を示していた。
夜空には、満月が静かに輝いている。エレオス王国は、来るべき戦いに備え、静かに、しかし確かな緊張感の中で、新たな夜明けを待っていた。
お読みくださりありがとうございます。