14 少女聖騎士
「そこの人、姿を見せなさい!」
剣先でこちらを指す少女の言葉に従い、大木の影から半身を晒す。一応、「姿を見られたからには生かして返すわけにはいかないの!」とかの突拍子もない展開に備えて、隠した左手で【指弾】を用意した。
「まずは名乗りを。私はビオス伯爵代理の、ガルディア・フォン・ビオスと申します」
「....名乗られたからには名乗り返しましょう! 我こそはい.... じゃなくて、プラムと申します」
随分ベタな言い間違いをしていたが、ひとまずは置いておこう。彼女が自分の苗字を言わなかった時点で、立場としては平民と貴族。こちらが高圧的に接しても咎められるいわれはない。
「では、ここで一体何を? このエルド大河一帯は王国と帝国の境界線.... 貴方の所属を明確に出来ない場合、この場で拘束する必要があります」
「へやぁ? そんな! いや、私は.... そのぉ..... そうだ!」
露骨にうろたえた後に、少女はポケットをまさぐり一枚のカードを取り出した。
良く見ると、それは冒険者証と呼ばれる、冒険者組合に所属する者の多くが身分証としても活用する、いわばライセンスだった。
銀色に II の刻印からして、ランクは白銀級の中位。
黄金、白銀、青銅の三つをそれぞれ上中下で分けることから冒険者としてはド真ん中のベテラン扱いだが、少女の年齢にしては高すぎる。しかしまぁ、身元の確認としては一応使えるモノなので、俺はそこに書かれた名前を記憶し、追加でいくつか質問を投げることにした。
「では、ここに来たのは依頼の一環で?」
「そ... そうですっ! 個人依頼で水龍を討伐に.... きました!」
「はッ.... いや失礼。随分と腕が立つのですね」
はい。馬鹿ですね、コイツ。
水龍って.... そう簡単に討伐出来たら苦労しないんですわ。なんてったって、世に四体しか現存していない龍の最上位種。幼竜、成竜、古龍ときて、その更に上に立つ原初の祖龍を討伐しようなんて、どこの御伽話の英雄様だっつーの。
しかし、それが許可されたから聖騎士のコイツは派遣されてきたわけで.... もしかしてコイツ、馬鹿なだけで強いのか?
「今の時期ですと、水龍は眷属を伴って海の方まで移動します。私はその確認のため訪れたのですが、丁度ここ一週間の内に水龍共は移動を終えてしまったようです」
「そんなぁ.....」
あからさまに落ち込む少女騎士。
やはり密命を帯びて水龍の討伐.... は現実味が薄いし、その眷属の素材でも集めるように命じられたってとこかな? だが、単独行動かつ水龍の眷属である亜竜... 水龍の血を分けられ、魚の魔物から成龍並みの魚竜へと進化した存在を相手にする力量がある聖騎士とは。
あー、ちょっと読めてきた。
竜ってのは全身が宝の山であり、鱗は極上の剣に、肉は最上の美食に、胆石の一種である竜玉は強力無比な魔術触媒となる。そして、採れる血液は万能薬の材料になるという。
聖騎士が身分を隠して他国に龍退治... そうするまでの緊急事態ともなれば、おのずと結論は絞られる。
コイツの狙いは水龍の血液。死者蘇生すらも可能とする粗龍の血で作られたエリクサーか。
「.......」
王侯貴族に良くある話だ。
金を持て余した成金が、腕の立つ配下に命じて不老不死を叶える伝説の霊薬を探させる。前世の始皇帝だかの話だが、このファンタジー要素満載の世界ではそんな夢物語も現実味を帯びるのだ。
実際に、列強国の一つである亜人連邦を支配するエルフ種は、その先祖が風龍の心血から煎じた極上の霊薬を飲むことで長寿を得たという。
純血に近いほど寿命が長く、加えて比類なき風の精霊の寵愛を受けるのだとか。
いわば、高位の霊薬は命のストックであり、同時に約束された栄光を掴む切符でもあるわけだ。ま、眷属龍の肉体に流れる薄まった血で精製できるエリクサーであれば、せいぜいが瀕死の重傷を完治させる程度だろう。
そして、教国が聖騎士.... それも多分かなり腕の立つ猛者を単身で派遣する程の緊急事態ともなればだ。教国の大司教.... いわば、貴族階級の誰かが危篤とかの可能性もある。
しかし、俺にとってはどうでもいい話だな。正直に言って、いますぐにこの場を離れたい。俺自身、聖騎士には苦い思い出があったりするので、関わり合いにならないに越したことは無い。
うん。そうしよう。ここらでドロンして、すぐに文官に聖騎士らしき人物がいたことを報告すればいい。
外交とか俺の領分じゃないしな。
「では、私はこれで」
そう言って、俺は少女を背に歩き出す。
一旦南東方面に歩を進め、少女がこちらについてきていないことを確認する。そこで改めてネムがいる方向.... 北東方面に俺は進路を変えた。
【身体強化 - 定格出力】
身体強化で即座にその場を離れ、ネムとバルス号が戯れている空き地に滑り込む。バルス号と大木を繋ぐ縄を手刀で切り裂き、ネムを小脇に抱えて。
「ネム、舌噛むなよぉ!」
混乱するネムをそのままに、俺はバルス号へと飛び乗った。
「ヒヒィンッ!」
驚いて前足を振り上げるバルス号。しかし、俺も振り落とされないように、両足で万力の如くバルス号の胴をホールドし、握った手綱を鞭のように振る。
「いくぞ!」
そのまま、バルス号は勢いよく走り出した。
走りが安定したのを見計らってネムを背にしがみつかせ、林道に沿って走るよう手綱を引く。
聖騎士と言えば、己の肉体をその狂信によって極限まで追い込む武人にして魔術師の集まり。あんな小娘とはいえ、十字剣を下賜されている時点でどこかしら狂っているはずだ。
そんなのとこの広い領土でバッタリ出くわすなんて... 全く運の悪い。そして、こういう不運は毎回決まって連鎖するのだ。
なぜかは知らんが、この世界に来てからの俺はそう感じている。なので、一度アンラッキーがあればすぐに逃亡すべし。それが俺のジンクスだ。
だがしかし、今回はちょっとばかし遅かった。
「ッう... こっちだァッ」
手綱を目一杯に引き、バルス号に最大限の左折を促す。
猛烈な、首を穿つ死の気配は背後に迫っていた。
リアクション 喜び Lv.1
ブックマーク 喜び Lv.2
評価 喜び Lv.3
感想 歓喜
レビュー 狂喜乱舞
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