第50話『記憶の片鱗』
今日、とても嬉しいニュースを聞いた。
明日から学校を休んで辺境の地に外交という名の旅行だな。
「…最高だな」
名目は外交という形なのだが、学校を休むことが出来るのはとても大きい。
学校を休んで旅行に行くというシチュエーションは前世でもあったがやはり最高、そして至高。
「お兄様、どこか嬉しそうですね」
「そうだな」
この嬉しさ、マルクも分かっているようだ。
「それに、何故か懐かしさを感じているんだ」
「懐かしさ…ですか?」
俺はあの辺境の地のアルテンという場所に向かうのだが、何故か知らんがとても懐かしい気持ちになるのだ。前世でもこの気持ちを経験したことはある。だから不思議ではないのだが…
「記憶ははっきりとはしないのだが…確かに懐かしいと感じるんだ」
「そうですか」
マルクと話していたら、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「入ってもいいぞ」
「失礼します」
そこには銀髪美女のメイドのエルルが立っていた。
「…アウリス様はマルク様と相変わらず仲が良いですね」
「まぁな」
いいですねとエルルが喋っている中、マルクが耳元で俺に呟いてきた。
「楽しみですね」
「…あふゅ」
俺は変な声を出しながら床にうずくまった。正直、耳元で喋られるのは弱いんだ。
私の名前はヴィルシス、アウリスの仲間だ。
最近アウリスは何か不思議な顔をしている。何か懐かしいものを眺めるかのような顔をしている。
そんなアウリスが気になったので質問してみることにした。
「アウリスさ、最近懐かしい顔をするようになったけど何かあった?」
私は背中からもぞもぞと這い上がりながらアウリスに質問した。
「よく分かったな、とある辺境の地、アルテンのことを聞くとなんか懐かしさを覚えるんだ。どうしてなのか考えても埒が明かなくてな」
どうしてだろうなと自分に質問するアウリス。
「懐かしいって感じるのはさ、何か自分の印象に残る出来事がそこであったとかじゃない?」
「思い当たる節が…」
あるのかないのかを答えるより先にアウリスは何も言わずに固まってしまった。
「アウ…リス…?」
私の呼びかけに応じることはなく、アウリスは完全に自分の世界に入ってしまった。
悩みを聞いてくれたヴィルシスから、何か自分の印象に残る出来事があるんじゃないか的なことを言われたので思い出すと、突然野原で会話する自分と少女の記憶が引き出された。
その少女の目元はモザイクにでも隠されていたのか確認することは出来なかった。
「もうここで会うのも今日が最後なんだね」
「…そうだな」
とてつもなく可愛い美少女は自分に語りかけてくる。今日が最後…?
「約束して!」
「?」
「大人になったら、この街に戻ってきて!必ず!」
「…気が向いたらな、俺はもう行く」
記憶の中の俺は、まるで台本通りかのように喋っている。
「絶対だからね!来なかったら私が迎えに行くんだから!」
「…勝手にしろ」
ふんと口にしながら自分は馬車の中に向かう。
という記憶が突然自分の中からふと出てきた。
どういうことだ?だが一つだけわかるのは、これは他人の記憶とかではなく、間違いなく自分の記憶だということ。ただこの記憶はほんの一部に過ぎないのだろう、まだまだ続きがある。
「…リス?アウリス?」
ようやくヴィルシスの声が聞こえてきた。
「あ、ああどうしたヴィルシス?」
「どうしたじゃないよ、ずっと固まっていたしさ」
ヴォルシスさん曰く俺は思い出している間、ずっと固まっていたらしい。
「…どうだった?」
「何とか一部分は思い出せた…かも」
「ふーん、一部分思い出せただけでも大きいんじゃない?」
何とか俺は記憶の片鱗を叩き起こしたところで、明日の準備をして今日は寝ることにした。
明日からは辺境の地アルテンで外交という名の旅行だ。