危篤
読んでいただきありがとうございます。
後半に流感の描写が出てきます。中世の設定なのでかなり重体の表現です。苦手な方は飛ばしてください。
リーナは自分のベッドで目を覚ました。えーっとフィリップの告白の猛攻についていけなくて気を失ったのだったわ。それを思い出した途端、人外のような美しい顔が自分を心配そうに見ていることに気がついた。
「気がついたんだね、良かった。おば様を呼びにやらせたからね、何か飲む?」
「ええ、お水をいただきたいわ」
水差しからコップに水を入れると口元まで持ってきてくれた。
「一人で飲めるわ」
「目が覚めたばかりで零すといけないからこのまま飲んで」
確かに頭がぼんやりしているので口を付けるだけのこの状態で飲むのが正解かもしれないと思ったリーナは少しだけ口に含むことにした。
「私はどうしてベッドにいるのかしら?」
「僕が迫りすぎたからかな、言葉でだけどね。これまでメイドも部屋にいたから安心して」
「急激な貴方の変化についていけなくて倒れたのかしら?こちらに来て健康になっていたはずだったのに」
「君にストレスを与えていたのは申し訳ない。一つずつ直していくから許して欲しい」
「貴方は一体何がしたいのかしら、私達は友達だったんじゃないかしら?私に好きな人が出来たら解消をする前提の契約書もあるはずだわ」
「君には好きな人はいないよね。その対象は婚約者としての僕に向けられても良いと思うんだ」
「無理ね、友情が一瞬でなくなる時ってあるのよ」
「僕の意思じゃなくても?」
「私にとって貴方は一人なの、呪いなんかに取り憑かれて可哀想だと思うけど」
「その可哀想な僕にチャンスをくれないかな。期限は後三年、三年経っても振り向いてもらえなければ諦めるよ」
「私にとってなんの利益もないわ。どうして三年も私が貴方に時間をあげないといけないのよ」
「次の婚約者探しが面倒だって言ってたじゃないか、お互い利益はあるよ。僕は大好きな君を婚約者として側における。十四歳になる頃までに君に振り向いてもらえなかったら僕は一生独身で通す。君はその間に好きなやつを作ってもいい。ただし心の中でだけだ」
「あなたってこんなに話せる人だったのね、知らなかったわ」
「ここで頑張らないとどこで頑張るのさ」
「やっぱりまだ呪いが効いているんじゃない?思ってもないことを口にするとか」
「信用して貰うまで頑張るよ、覚悟してね」
「凄く胡散臭い人に思えてきたわ、頭が痛くなったから部屋から出ていってくれないかしら」
「お休み、また来るよ」
「当分来なくていいわ」
「心配だから来るよ」
三日ほど続けて来ていたが、ぷつりと顔を見せなくなった。賑やかな訪問がなくなるとぽっかりと穴が空いたように感じた。
お母様が「これはフィリップ君の作戦よ、いつも来ていたのが来なくなるとどうしたのかしらと心配してもらえるじゃない」と言われたので、それもそうかと考えるのをやめた。
その頃フィリップは高熱を出して苦しんでいたのだがリーナに伝わるはずもなかった。侍従がリーナ様に連絡しましょうかと言ったのだが余計な心配をかけたくなかったフィリップが断ったのだ。侯爵家の医師に診察してもらうと質の悪い流感だった。
下手をすると命の危険があるかもしれないと聞かされたマクドネル侯爵はエステル家に連絡をした。
フィリップが死ぬかもしれないと聞いたリーナはいても立っていられなくなった。
「お母様、どうしましょう。私フィリップが好きだったみたいです。友達なのか恋人なのかわかりませんが」
「落ち着くのよ、これから行ってみましょう。お父様にも様子を見に行っていただくわ。可哀想に震えているじゃないの。お母様が付いているわ」
母はリーナを抱きしめてくれた。弟も手を繋いでいてくれた。
家族の温かさで少し心が上を向いてきた。旅立つ用意を侍女にしてもらい明日の朝早く母とともに出ることになった。弟は伝染るといけないので留守番になった。
「昨夜は眠れてないのでしょう。お母様の横で少しお休みなさい」
リーナは幼い頃からのフィリップとの思い出を思い浮かべながら目を閉じた。
馬車の揺れと母の温もりのおかげでいつのまにかぐっすり眠れていた。
道中父からフィリップの具合が報告されて来た。予断を許さない状態らしい。
リーナが会いに来ると言うと目を開けるらしい。侯爵家では光魔法の術師を血眼になって探しているようだ。光魔法は使えるものがごく僅かでほぼどこの国でも保護下に置いている。王子と婚姻させて抱え込んでいる話もよく聞いていた。
侯爵はサリバン様に頼み探しているようだ。リーナは何も出来ない自分が歯がゆかった。時間さえあれば国中の薬師にお願いをして薬を作ってもらいたい。
侯爵から陛下にお願いしていただいて何でも願いが叶う石にお祈りさせて貰うのはどうだろう。正しいことに使えば呪いなんて掛からないはずだわ。でも心底想っていないと弾かれてしまうかもしれない。
自分の気持にはっきり自信の無いリーナは思い悩むことになった。
侯爵家に着いたのは四日後だった。フィリップは無理をして会いに来ていたのだろう。考えただけで涙が溢れた。
夫人もリーナもまずは湯浴みをすることになった。病人に会うのに綺麗にするのは常識だ。
終わると冷たい飲み物を出され喉を潤す事になった。
侯爵夫妻がお礼に応接間に訪れた。二人共一気に老けた気がした。
「お出でいただき誠にありがたく、なんと言って感謝をすればいいのかわからない。色々手を尽くしているのだが何処で貰ったのかはっきりわからないのだ。ただ伝染ることは分かっているので、医師と看護師しか部屋に入れてはいない。彼らも口を覆い、手洗いも頻繁にして貰っている。上着もその都度交換して貰い煮沸消毒をしている」
「私もその格好でお部屋に入ることは可能でしょうか」
「リーナ、貴女に何かあったらお母様は生きていけないわ」
「お医者様の言われる通りに致します。頭も帽子を被り身体全体を覆います。手も手袋で守ります。せっかく来たのですから一目だけでも会わせてくださいませ。短い時間に致しますし終わった後にもう一度湯浴みをさせていただければ完璧なのではないでしょうか。お願いですお母様」
「もうすぐお父様も来られるでしょうからお返事はお父様が良いと言われたらで良いかしら。命の重みをこんなに感じたことはないわ」
「いつも我が家のことに巻き込んで申し訳ない。息子の命があと少しなら叶えてやりたいのだ。リーナ嬢とのやり取りだけが楽しい物だったようなのだ」
「おじ様、陛下からなんでも願いが叶う石はお借りできませんでしょうか?」
「あれは持ち出し禁止になって陛下しか保存場所はご存じない。使い方によっては国家転覆も願える恐ろしいものだとお聞きしている」
「では無理なのですね、光魔法の使い手は隣国の王子妃でいらっしゃるし」
そこへリーナの父の伯爵が到着したと家令から知らせがはいった。父は苦渋の表情でリーナの面会を許可した。五分だけだと制限をつけて。
完全防備の服装で部屋に入ると看護師が同じような格好でフィリップの汗を拭いていた。
「フィリップ、目を開けてリーナよ。弱すぎだわ、呪いの次は感冒だなんて許さないわよ」
薄っすらとフィリップが目を開けた。コットンに含ませた水を唇に押し当てる。
「一生愛を囁くんでしょう、嘘をつくの。良くならないともう会いに来てあげないから」
薄く微笑んだ気がしたがまた意識が遠くなったのだろう。目が閉じられてしまった。
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