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代数学の基本定理


地味にコツコツ、


 あ、やってきた。少し、いたづらな顔だ。


「太郎君、今日も図書室にいくところ?」


「うん、本を返しに。それから、借りに、、なんだかんだで、長居するんだけどね」


「なんの本読んだの?あれ、数学の本じゃないんだ。小説?」


うっ。よりによって、今日は小説だった。


「ヘッセの『車輪の下』と漱石の『こころ』、、」


なんだか、読んだ小説を答えるの頭の中どころか、性格まで丸分かりになりそうで恥ずかしい。正直言うと国語ができない。現代文は好きだ。でも、主人公の気持ちを、〇〇文字で答えよとか、わからない。

 カウンターで本を返して振り返ると、山口さんは、席を陣取っていた。いつものスペースだ。


「今日の問題はこれ。N次方程式の複素数の解はN個あることを証明せよ。」


「....」


これは、最初の日に、3次方程式を解く時に、僕が証明できない、と心の中で思った問題だ。


「へへ。この問題解けないんでしょ」


「なんで知ってるの?」


「え?この前、自分で言ってたじゃん」


あれ、心の声ってでるの?僕ってヤバい?とはいえ、この問題はその日の夜に考えたんだ。だから返り討ちにしてやりたい。でも、正直に言った。


「実は、帰ってからこの問題を解いてみたんだ。解き方は二つのパートからなるんだ。一つのパートは解けたんだけど、もう一つは、わからなくて、結局、本で調べちゃった。だから、僕には解けなかった。でも、楽しかったけどね」


「正直でよろしい。でも、解けるようになったんだね。よし、わたしが太郎君の理解をチェックしてあげよう」


「お手柔らかに。でも、複素数の解の話なんで、複素平面の話が必要なんだ、、。だから、退屈な思いをさせるかも。僕は楽しいけど」


「複素平面って面白いよね!数学の教科書のコラム?みたいなところに載ってた。、、太郎君、どうしたの?」


「複素平面のこと調べたの?てっきり、僕の複素平面の話にウンザリしたかと思った」


「正直、太郎君が楽しそうに話してたから、わたしも調べたんだ」


なんと!複素平面に呆れてたんじゃないんだ。


「複素平面のどこが面白かった?」


「太郎君が示したでしょう。横軸が複素数の実数部x、縦軸が虚数部yとして、複素平面で半径1の円を現す複素数z(θ)はこうでしょう」


山口さんが、黒板に書き始めた。すごく丁寧な文字なんだ。


z(θ)=cos(θ)+i・sin(θ) (1)


「でもね、半径rの円はこう書ける!」


z(r,θ)=r・[cos(θ)+i・sin(θ)] (2)


「この表示だと複素平面のどこでも表せるのよね?」


「そのとおり!複素数の実数部xと虚数部yの二つを、rとθに置き換えたことになる」


「それからね気づいたの。太郎君の話だと、z(θ)の掛け算は複素平面での回転だったけど、足し算は平行移動になる気が」


「そうなんだ。式にするとこうなる」


z1=x1+i・y1 (3)

z2=x2+i・y2 (4)

z1+z2=(x1+x2)+i・(y1+y2) (5)


「座標(x1,y1)から、(x1+x2,y1+y2) に移動するね。自分できづいたの!」


「うん!だけど、(2)を掛け算すると、単純な回転じゃないみたい。どう表現すればいいか、、」


「わかる。山口さんはわかっているんだ。あとは説明するだけ。式(2)を掛け算するとこうなる」


z(r,θ)×z(r,θ)=r・[cos(θ)+i・sin(θ)]

×r・[cos(θ)+i・sin(θ)]

=r^2・[cos(2θ)+i・sin(2θ)] (6)


z(r,θ)^n=r^n・[cos(nθ)+i・sin(nθ)] (7)


「確かに、山口さんの言うようにn乗するとn回転だね。半径が変わるんだ。r^nは、rが1より大きければ、回転とともに円が大きくなって、rが1より小さければ回転とともに小さくなる。教科書のコラムだけでここまでわかったの」


「どうだ!すごいだろ。ところで、N次方程式の解は?」


「あ、忘れてくれなかった、、。少し考えてるんだ。複素関数論というのを学ぶと、より深く数学の理解が進むんだ。複素関数ってのは、複素数zを変数とした関数で、実数xの関数をf(x)と書くように、複素関数はf(z)と書くんだ。f(z)もまた、実数部と虚数部からなる関数なんだ。複素関数論を学ぶとこの問題はあっさり解ける。でも、今日1日で説明するのは難しい。複素関数の連続性、コーシーの積分定理、リウビルの定理を学べばなくてはならないんだ」


ふー、息が切れた。なんだか、難しい言葉を並べて逃げてるようで気持ちが悪い。それに、きっと、またあっけにとられているに違い、、。


「面白そう!複素数の変数の関数ってことは、三角関数の、例えば、sin(x+i・y)みたいなのあったりして。ないか、はは」


「あるよ!!すごい感覚だね。びっくりした」


「あるんだ!教えて。でも、私も準備しなくちゃ」


「準備って?」


「難しい問題を用意する準備!太郎君に出題する問題ね。その前に、N次方程式の解の数は、複素関数を知るまでは解けないの?」


やっぱり、忘れてないか、、。


「できることはできる。あまり面白くないかも。あ、いや、山口さんが式(2)を理解してくれてるなら、早いかも。やってみるね。まず前提条件を説明してから、証明するね。その後で前提条件が正しいことを証明する」


黒板に書き始める。黒板消しは使わない。


前提条件:

N次方程式

a0+a1・z+a2・z^2+....+an・z^n=0 (8)

を満たす複素数zは少なくとも一つある。

代数学の基本定理と呼ばれる。


「これはあとで、証明するから、まずは認めてね。これを認めると、その少なくとも一つの解をz=α1とすると、因数分解できるから」


(z-α1)(b0+b1・z+b2・z^2...+bn-1・z^(n-1)=0 (9)


となる。前提条件より、式(9)左辺の二つめの括弧のN-1次方程式もz=α2の解を持つ。よって、


(z-α1)(z-α2)

(c0+c1・z+c2・z^2...+cn-2・z(n-2)=0 (9b)


となる。これを繰り返して、


(z-α1)(z-α2)・・(z-αn)=0 (10)


となる。よって、N次方程式の解は、N個である。ただし、解がαiとαjが等しい場合がある。これを重解という。N次方程式の解は、重解を含めてN個である。


「意外と単純なんだね」


「うん。ここまではね。前提条件の証明が面倒なんだ。でも、山口さんの式(2)が役にたつよ」


f(z)=a0+a1・z+a2・z^2+....+an・z^n (11)


は、複素数である。複素数は、式(2)で表される。式(2)のrを複素数zの大きさ、もしくは絶対値といい、|z|と書く。ちなみに、z=x+i・yとすると、|z|=√(x^2+y^2)である。θをzの偏角もしくは角度といい、cos(θ)=x/|z|である。式(11)のf(z)がゼロになることは、|f(z)|がゼロになることである。


|f(z)|=|a0+a1・z+a2・z^2+....+an・z^n| (12)


ここで、|z|を無限大にすると、|f(z)|も無限大になる。一方で、|f(0)|=|a0|は有限である。zを変化させると、有限値と無限大にもなる。従って、あるz=zcで最小値を持つ。この最小値がゼロであることを示せば良いが、少し面倒だ。そこで、最小値が、|f(zc)|>0とすると、|f(zc)|>|f(zc+ε)|となるεが存在することを示す。つまり、いくらゼロよりも大きな最小値を与えたとしても、必ずそれよりも小さな値が存在することを示す。


|f(zc+ε)|-|f(zc)|

=|G0+G1・ε+G2・ε^2+...+Gn・ε^n|-|G0| (13)


とおく。最初の| |内は、f(zc+ε)をεの冪乗で展開したものである。Giは、aiやzcからなる(式で表すこともできるが、面倒なので、εの冪乗の和で表される事実だけを使う)。ただ、|G0|=|f(zc)|であることが、ε=0とおけば確かめられる。


Giのiは、0からnまでをとるが、1以上のiで、Gi=0になる可能性がある。i>1のうち、Giがゼロでない最低のiをkとする。いや、まどろっこしいな。今からεをものすごく小さな、0.000...1みたいなのに近づける。ε^iは、iが大きなほど小さくなる。そこで、ε^iのうち、小さくなりにくい項だけ考える。式(13)では、G1・εだ。でも、G1がゼロならεの効果がなくなってしまう。そこで、Giがゼロでない最低のkを考えるわけだ。G1がゼロでなければ、k=1だ。いずれにせよ、i>kは、ε^kが小さいので無視する。すると、式(13)は、以下で近似される。


|f(zc+ε)|-|f(zc)|

≒|G0+Gk・ε^k|-|G0| (14)


ここで、これまたとーっても小さな正の実数tを使ってεを以下で定義する。


Gk・ε^k=-G0・t^k (15a)

ε^k=-t^k・(G0/Gk) (15b)


これを、式(14)に代入する。


|f(zc+ε)|-|f(zc)|

≒|G0-G0・t^k|-|G0|

=|G0|・(1-t^k)-|G0| (16)


(1-t^k)<1だから、


|f(zc+ε)|-|f(zc)|<0 (17a)

|f(zc+ε)|<|f(zc)| (17b)


よって、|f(zc)|を最小と仮定したのに、もっと小さな、|f(zc+ε)|を探すことができた。|f(zc)|>0の仮定が間違いであり、|f(zc)|<0でもないので、


|f(zc)|=0 (18)


となる最小値ゼロがあることが証明された。つまり、N次方程式には、少なくとも一つの解がある。証明完。


「あー、ごめん。まどろっこしかったよね。僕もこの間、調べたばかりなので覚えてただけ。もう少し、自分のものにすれば上手く説明できまかも」


「ううん。確かに覚えてないと解けそうにないね。でも、聞いている分にはわかったよ。どうやってこの方法を思いつけたのかわからないのが悔しいけど、太郎君もそうなら、まあよしとしてあげる」


そうなんだ!僕が釈然としない感じなのは、どうやってこの方法を思いつけたかわからないからだ!問題の理解ってそういうことなんだ。僕は解答と僕のしっくりこなかった思考を振り返ることにした。僕が黒板消しを使わないのはこういうときのためだ。


「ありがとう!山口さんの一言でスッキリした。もう一度、この問題を振り返るね。まずは、面倒な前提条件は後回しにして、N次方程式の解が少なくとも一つあることが証明できれば、N個の解があることを示した。ここまでは自分でもしっくりくる」


問題はこのあとだ。


「少なくとも一つの解があることを示すために、まずは、N次方程式の右辺の複素数の絶対値がゼロとなることを示すことにした。そのために、絶対値の最小がゼロよりも大きいと仮定したら、矛盾が出る背理法のテクニックを使った。本当は、ここで背理法を使わずに正攻法で証明することを試みればよかったんだ。でも、そこに手間をかけずに本に書いてあったことをそのまま鵜呑みにしたんだ。だから、しっくりこない。この後の、式(15)のようにεを定義したのは、もっと小さな|f(z+ε)|があることを示せばよかった、ただそのためだよ。t^kなんて使ったのは、εが小さいことを忘れないためだけだ。と考えて説明すればよかった。僕はまだ未熟だ」


「少年よ。成長したね。よかったね」


「あ、いや、こんな回り道の解答に付き合ってくれてありがとう。教えたと言うより教わった気分。や、山口さん、今日はありがとう。また付き合ってくれる?」


あれ?山口さんが苦笑してる。



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