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これからも末永く、永遠に、死ぬまで

作者: 橋本たなか



私は今日、歳をとった。

とうとう30代だ。

祝ってもらうはずだった彼氏とは2ヶ月前に別れ、プレゼントをくれた友人はいたけど、当日を祝ってくれる人は誰もおらず、家族からは「30歳ですね。結婚の連絡待ってます」という追い討ちの連絡が来ただけだった。

誕生日だというのに、30歳の節目だというのに、毎日と変わらない日常だけが過ぎていく。

それだけは、それだけはどうしても阻止したい!

だって節目だし。

だから、今日は定時で帰ってやろう。ネットで出前を好きなだけ頼んで、普段飲まないお酒を飲んで、大好きな映画を見まくってやろう。

そう意気込んで会社を出た。

レンタルショップでDVDを吟味し、アパート近くのスーパーでお酒とお菓子を買い込んで帰ってきた。

お酒を冷やそうと冷蔵庫を開けた時、思い出した。


「ケーキ」


そうじゃん。誕生日といえばケーキじゃん。

買い忘れていた。

時計を見ると19時になろうとしていた。

こんな時間まで開いているケーキ屋さんはあるだろうか。でも、誕生日ケーキがコンビニケーキなんていくら何でも詫びしくないだろうか。

急いで外に出て携帯で開いているケーキ屋さんを検索する。


「どこか開いていて……」


節目を迎えるひとりぼっちの女に、どうか光よ指してくれ。

そんなことを願いながら、心当たりのあるケーキ屋を探すが、知っている近場のところは全て18時の閉店だった。


「嘘でしょ……」


電車に乗って都会まで出るともう少しケーキ屋さんはあるだろうけど、そこまで行く気力も体力もない。

それに、たかが自分の誕生日ケーキだし。

そう思ってしまう自分もいる。

コンビニケーキが妥当なのだろうか。

最近のコンビニスイーツって美味しいし。それに安いし。良いじゃん、お手頃って私みたいで。

そんな自虐的なことを思い、フッと片方の口角を上げながら左を見ると、とあるお店に目が止まる。

ケーキ屋さんがあるではないか。

赤い屋根のログハウス調の建物が、あたたかな色の電飾を纏い光っている。外まで甘い匂いがしてきていて、ガラス張りになっている所から、お菓子の家のオブジェが見える。

"ケーキ”の文字は見えないけれど、多分ケーキ屋さん。

恐る恐る「OPEN」のプレートがかかった扉を開けると、ふわりと焼きたての香りが漂ってきた。


「いらっしゃいませ」


ショーケースの向こうに、白いエプロン姿の小太りなおじさんが立っていた。ぺこりとお辞儀をすると、おじさんは微笑んだ。

50代後半くらいだろうか。

ケーキ屋さんの定員がおじさんとは珍しい。

それとも、夜だからバイトの人はもう帰って、代わりにパティシエのおじさんが立っているのだろうか。

私は「ふーん」と言いながら周りを見渡す。

中央の机にはお菓子の家のオブジェが置かれ、周りにはプレゼント用のクッキーが並んでいる。

壁側には撤収されたのだろうか、バームクーヘンのプレートのみがある。

もう一度「ふーん」と言いながら歩き回る。

私が求めているのはケーキだ。

おじさんの立っているショーケースをちらりと見て愕然とした。

ショーケースの中にケーキがひとつもない。

あった気配もない。

ショーケースの中はまるで買ったばかりのように空っぽだった。

おじさんをちらりと見る。

おじさんはずっとニコニコ微笑んでいた。


「あのぉ……」

「はい?」

「ケーキって……」

「ケーキ、ですか?」


おじさんはキョトンと首を傾げた。

え、ケーキを知らない?


「いや、あの、ここってケーキ屋さんですよね?」

「はい」

「ケーキ、あの、ショーケースにケーキがなくて……」

「はい」

「もう、売れちゃいましたか?」

「いえ、まだございますよ」

「え?」


おじさんはずっと微笑んでいる。


「ショーケースに出していないだけで、ございます」

「え、なんで?」

「ここはお客様がご要望のケーキを、私が見繕ってお渡ししているのです」


次は私がキョトンと首を傾げた。


「ショーケースに並ぶケーキを見る人の顔はみんな楽しそうだ。私も出来ればそれが見たい。ですが、わざわざここのケーキ屋を選んでくださった。それなら私は、皆様の意見を聞いて、合うケーキを渡そうって」

「はぁ……」


入る店を間違えた。

私はただ、ケーキが食べたいだけなのに。


「ただ、ケーキが食べたいだけなら、コンビニでもスーパーでもございます」


心の声が漏れたのかとドキッとした。


「ですが、わざわざケーキ屋さんを選んでくださった。理由があるはずです。どのようなケーキをご要望ですか?」

「えーと……普通の……」

「普通?」

「ショートケーキ?とか?」

「ショートケーキ?」


おじさんは、またキョトンとする。


「えーと……ガトー……」

「ガトー?」

「チーズ……」

「チーズ?」


あぁもう!

もういいです!いらないです!

コンビニケーキで十分なんで!

そう叫びたかった。

だけど、何故かそれが言えなかった。


「どのような、ケーキをご要望ですか?」


おじさんはまた尋ねた。


「どのような……」


カランコロンカラン

軽快なドアベルが鳴り、1人の女性が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


おじさんは穏やかな声で挨拶をした。


「こんばんは」

「こんばんは」

「ケーキ、あるかしら?」

「はい。どのようなものをご希望ですか?」

「そうね、うーん……」


彼女は考え込む。

唸るその横側は誰を思っているのだろうか、嬉しそうだった。


「娘なんだけどね、彼氏が出来たそうなの。それのお祝い……でも、あからさまじゃなくて、あくまで自然に。でも、やっぱりおめでとう、みたいな」

「ほう」

「難しいわよね」


少し考え込んだ後、おじさんは優しく彼女に語りかけた。


「それなら、ベリーのタルトはいかがですか?甘酸っぱいラズベリーとブルーベリーが乗っています。ですが、その周りにはスッキリとした甘さの生クリーム。ベリーの酸っぱさを調和してくれます」


おじさんの話を聞いた彼女の顔が明るくなる。


「素敵!酸っぱいベリーに甘いクリーム……うん、ピッタリね。それ、2つちょうだい」

「かしこまりました」


おじさんは奥に入っていき、ベリーのタルトを2つ持ってきて彼女にみせた。


「ベリーが宝石みたい」


そう微笑んだ彼女は、勘定をした箱を大事そうに受けとると、ぺこりと音が出そうなお辞儀をして出ていった。

それを見送りながら「なるほど」と思った。


「さぁ、どのようなケーキをご要望ですか?」

「私は……」


私は、誰かのためにケーキを買うのでは無い。

他ならぬ自分のためのケーキが欲しい。


「私、今日が誕生日で、誕生日ならケーキだろうって思ってケーキを探していたんです。でも、何処もケーキ屋さんが閉まってて、もうコンビニケーキで良いやって思った時にここを見つけて」

「ほう」


おじさんは静かに聞いてくれた。

私は初めて買い物をする子供のように拳を握りしめていた。


「ケーキって非日常だと思うんです。何の変哲もない平凡な日常の彩り……みたいな」


誰も祝ってくれない。誰も私のためにケーキを買ってくれない。

だから、私だけのケーキがほしくなったんだ。

コンビニで大量に生産されるケーキじゃなくて。


「だから……コンビニケーキじゃなくて、ちゃんと、本当の、嘘じゃない……」

「おひとりですか?」

「え?」

「ケーキは、おひとりで食べる予定ですか?」

「えぇ、はい」

「ケーキを一人で食べるのは、初めてですか?」

「あ、はい……」


そうかもしれない。

ずっと誰かと一緒に食べてきた。

おじさんはさっきの女性の要望を聞いた時のように「うーん」と考え込むと、奥に入っていき、小さな丸いショートケーキを持ってきた。


「いつ、誰とどこで食べても結構でございます。誕生日にひとりでケーキを食べてもいいのです。もちろん、コンビニケーキでも構いません。でも、今日は特別な日でしょ?それを彩るなら、やはり1番オーソドックス、でもケーキ界の王様、ショートケーキが1番あなたに合うはずだ」


おじさんは「ね?」と、まるで泣いていた小さな子どもをなだめるような優しい口調で言った。

赤いイチゴがてっぺんでツヤツヤと光っている。


「こんな小さいホールケーキがあるのね」


私は直径10センチ程のケーキをしげしげと見つめた。


「はい。自分のご褒美に、誕生日に、ケーキを買いに来るお客様は沢山いらっしゃいますので」


そうなのか。

私だけではないのか。


「じゃあ、それをいただこうかな」

「ありがとうございます。お時間は?」

「30分くらい」

「かしこまりました」


おじさんの丸い手で小さいケーキが箱に収まっていく。


「お誕生日おめでとうございます」


その日、私は面と向かって初めて「おめでとう」を言われた。勘定後に渡された箱を受け取った。


「大切に食べます」

「またのお越しを、お待ちしております」


おじさんは深々と頭を下げ、私も同じくらいのお辞儀をしてから店を出た。帰り道、箱をなるべく揺らさないように大切に持って歩いた。

アパートに付き、冷蔵庫に仕舞う。

出前を頼み、お酒を飲み、借りてきた映画を観る。

お風呂上がり、私は丁寧に紅茶を入れてお気に入りのティーカップに注いだ。

綺麗に拭いた机でケーキを取り出すと、中からロウソクが1本出てきた。

おじさんが誕生日だからと入れてくれたのだろうか。

ケーキの真ん中に刺し、火を灯そうとした時、携帯のバイブが鳴った。

表示されたのは2ヶ月前に別れた元彼の名前で、なにやら言葉が並んでいたが、読まずにスマホの電源を切った。

これからさき、家族より恋人より友人より、私と一緒にいるのは、他の誰でもない私自身なのだ。

私はもう、誰かに機嫌を取ってもらわなくて良い。

私の機嫌の取り方は、私が一番よく知っている。

美味しい料理と好きなもの、そして美味しいケーキを食べたら、案外すぐに幸せになれる。


「誕生日おめでとう、私」


私は今日、歳を重ねる。

これからも末永くよろしく。

死ぬまで、ね。

ロウソクに灯した赤く燃えるいちごのような炎を、私は勢いよく吹き消した。



自分のことはよく分からないけど、私の機嫌の取り方は私が一番よく分かっていると自負しております。


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