第8話
取り敢えず連続更新はここまでです。
後はぼちぼち更新していきます。
ダンスフロアへ揃って出ると、周囲の人々が驚いたように二人に注目する。
豪華なシャンデリアが光り輝き、磨かれた大理石の床に反射している。
大勢が踊ることが可能な大広間で、今ファーストダンスを待っているのは、デビュタントとそのパートナーであり、つまり家族もしくは婚約者とペアになっているわけで。
そこに王太子であるヴィクトールと侯爵令嬢のシャルロットが並び立ったということは、そういう意味に捉えられてもおかしくない。
状況を正確に把握したシャルロットは、頭痛を覚えていた。
それでも、所作に乱れはなく優雅であり、背筋を伸ばし前を向き、微笑みさえ浮かべてみせる。これだけ注目を浴びるこの場で、侯爵令嬢として醜態を晒すわけにはいかない。
こうなれば堂々と完璧に踊りきるしかないのである。
その様子を、眺めていたヴィクトールは感心した。ヴィクトールは自身の容姿の良さを理解しているし、じっと見つめれば、若い令嬢方は頬を染めて恥じらい、目を伏せられることも多い。が、彼女はヴィクトールの誘いに全く動揺することなく、貴族令嬢のお手本のように冷静に立ち回っている。
とても、16歳のデビュタントには見えない。
注目されることに慣れ、自分の態度が周りにどう見え、どんな影響があるかを知りながら、自分が見せたいように振る舞うことが出来る。
王族が意識して行うことを、デビュー仕立てのこの少女は目の前でやってみせたのだ。
只者じゃない。
だが、一方で神国の新王に見せていた、可愛らしく親しげに笑う彼女の姿も思い出す。
どれだけの顔を持つのか、全く興味がつきない。
そんなことを考えながら、ヴィクトールとシャルロットは向き合い、ホールドした。
楽団が、今晩最初の曲を奏で始める。
何十組というデビュタント達の中で、一際目立つこの二人に、会場中の視線が集まった。
その視線を受けて、二人は優雅に踊りだす。
金髪碧眼の美しい王子様然としたヴィクトールと、絶世の美少女であるシャルロットのダンスは、少しの乱れもなく完璧な一対に見えて、会場を静かに沸かせた。
舞踏会やパーティー、茶会等の社交の場で、このようにヴィクトールが親族や既婚者以外の女性を伴うことはなかった。
これまで婚約者はもちろん恋人と噂される女性を作らないよう上手く立ち回ってきた彼が、デビュタントとのファーストダンスを踊る。
この事実が何を引き起こすか、もちろんヴィクトールは意図してやっているのだ。
やがて、ヴィクトールが薄く結界を張ったのがわかった。周囲の音は拾えるが、こちらからの音を遮断する結界だ。
シャルロットが物言いたげにヴィクトールを見上げた。
「何か言いたいことがあるようだな? 防音結界を張ったから好きなだけ言ってみろ」
ヴィクトールは言葉を崩して、シャルロットに問いかけた。瞳の奥に面白がるような色がある。
シャルロットも、この場は不敬罪を問われないと理解し、口調を変える。視線にやや不満を乗せて、ヴィクトールを怯むことなく睨みつけた。
「一体私になんの恨みがあるんですか?私殿下に何かしました?今日が初対面ですよね?」
思わず、食ってかかってしまった。
それには答えず、ヴィクトールは続けた。
「何も。ただ聞きたいことがある。言っておくが、嘘や誤魔化しは家族のためにならんぞ」
一瞬ヴィクトールの視線が鋭くなり、明らかに威圧された。
どう取っても脅しとしか取れない。シャルロットは目を眇めた。
「今度は脅し……もう一体何なんですか?」
ヴィクトールは、ダンスを危なげなくリードしながら、シャルロットの耳元に唇を寄せる。
傍から見れば、まるで恋人に睦言を囁くように。
「先月の神国の継承式の日のことだ。朝、徒歩でダーマル山の国境を越えていたら、そこそこの魔物の群れを一瞬で殲滅させた魔法師を見てな」
覚えがあるシャルロットは、沈黙した。微笑みを浮かべながらも、頭の中で考えを巡らせる。
(あの朝の魔物討伐を見られていた?徒歩で国境を越えてきたってことは、山頂にいた冒険者らしい三人は、まさか王太子達だった?徒歩で国境まで来たなんて!
……変装した上、魔力もおさえていたってこと?)
「……」
シャルロットが答えないのを見て、ヴィクトールは続けた。
「その魔法師が、今度は継承式で神国の新王と親しげに言葉を交わしているのを見た」
(ダーマル山で確かに目があった気はしてたけど、あの時認識されていたから、式のとき阻害魔法が効かなかったって事ね?
だからあの時シャウエンが……)
後悔するが、もう遅い。
「……」
言葉を発せないでいるシャルロットに、左腕に力を入れて腰を引き寄せ、確信を持ってヴィクトールが断言した。
「お前だな?」
「……」
沈黙は、肯定だ。
「新王はお前のことを、大切な身内だと言っていた。説明してもらおう」
これは、下手に誤魔化せない。シャウエンにもレオンハルトにも両親にも、迷惑はかけられない。
シャルロットは諦めて、口を開いた。まず、これだけは否定しておかなければ。
「……はあ。まず誓って、私は神国の間者じゃありません。正真正銘ディアモンドに生まれた娘です。お疑いでしたら、お調べください。もっとも、中立である神国がこの国を害するための間者を送ることは無いと思いますが」
「(話が早い。賢い女だ)……で?」
ヴィクトールは続きを促す。
「魔力は、ご想像の通り、隠していますわね。持続性の結界魔法と魔道具も使っております。これは家族も知りませんの。出来れば知られたくないですわ」
(持続性の結界魔法で、家族にも知られないように魔力を隠してただと?しかも魔道具もどうやって?
察するに高価で珍しい魔道具だ。入手経路も気になるな。
……だが、今は話の続きだ)
「配慮しよう」
「転移もご覧になった通り問題なく使えます。幼い頃、神国を訪れた際シャウエンに出会いました。以降幼馴染のように親しくしています」
神国の新王の話は、なぜだか癇に障った。面白くない。声に棘が交じる。
「ほお……魔法式はどこで?」
豊富な魔力量があっても、正確な魔法式がかけなければ、魔法として現出しない。魔法式の知識とそれに食わせる魔力があってこその魔法だ。それなりに魔法を使えるようになるには、魔力だけでなくかなりの知識と経験がいる。幼い頃に転移が使えるというのは、はっきり言って異常なレベルだ。ヴィクトールですら、転移を使いこなせるようになったのは、10代半ばの頃か?
彼女は、明らかに格が違う魔法師だ。
「ほぼ独学ですわね。昔から読書は大好きなんです。我が家は蔵書が豊富ですし」
ディアモンド家は、当主夫妻共に魔法師だ。当主は宰相補佐ながら、上級魔法師でもある。蔵書も豊富だと聞いていた。
「なるほど。辻褄は合ってるな。いろいろと突っ込んで話も聞きたいところだが、残念だが、今は時間切れだ。
……三曲踊ったな?おめでとう。婚約者殿?」
ヴィクトールがニヤリと意地悪く笑う。
防音結界を張ったまま二人は話しながら、いつの間に三曲続けて踊ってしまったのである。
同じパートナーと続けて何曲も踊るのは、婚約者か夫婦というのが、慣例である。
もちろんヴィクトールは意図的にシャルロットをそう誘導したのだが。
「は?」
婚約者?何の話だ?ヴィクトールの言葉にシャルロットは首を傾ける。
その瞬間、フッ、と防音結界が解除される。
周囲は静寂に包まれていた。会場中が二人に注目している。
ダンスフロアにはヴィクトールとシャルロットの二人しか立っていなかった。
ヴィクトールがそれは美しく微笑んで、片足をついて跪く。そして、シャルロットの左手を恭しく取り、その指先に唇をつけた。
「あの?」
状況に全くついていけていない、シャルロットが固まる。
「我が求婚を承諾下さり、感謝します。シャルロット」
ヴィクトールの低くよく通る声が、静寂の中に響いた。
大きく目を瞠ったシャルロットの顔から、血の気が引いていく。
一気に押し寄せる情報量とその結果起こり得る未来予測に、らしくもなくパニックになったシャルロットは、現実を放棄してそのまま意識を失った。
それも予想していたのか、ヴィクトールは流れるように彼女を抱き取ると軽々と抱き上げて、会場を後にする。
何事かと心配しつつも事態を止められずに見守っていた、ディアモンド家の者達と王太子の側近達が、慌ててその後を追っていった。
その後の会場では、目の前で起こった出来事で皆が騒然とし、一気に賑やかになった。
国王と王妃は顔を合わせてため息をつくと、ユージーンは魔力を乗せた声で会場に告げた。
「後程詳細は知らせる故、今日は子息令嬢方の成人を祝い、この後も愉しまれよ」
無駄だと思いながらも、舞踏会の再開を促したのだった。