第6話
継承式の翌日、シャルロットの通う魔法師養成校に登校すると、友人のリーゼロッテに話しかけられた。
伯爵令嬢ながら、魔力がそれほど多くない彼女は、この魔法師養成校での自身にややコンプレックスがあり、家でも少々肩身の狭い思いをしているらしい。
だが、性格は明るく、はっきり物を言う彼女には好感が持て、シャルロットは親しく付き合っていた。
「シャロン、体調はもうよろしいの?」
「リーゼご心配ありがとう。昨日一日お休みしたら、もうすっかり。なんともないわ」
そう答えると、リーゼロッテはホッとしたように笑った。
「そう。よかったわ! ところで、来月の舞踏会の準備は順調かしら?」
そして、校内の女子生徒の今一番の関心事についてリサーチしてくる。
「ええ、まあ。母の盛り上がりがすごすぎて……リーゼは?」
「あらやだ、シャロンったら。あんまり乗り気じゃないのね?一生に一度のデビュタントなのに。私はもちろん準備万端よ。美しく着飾って、殿方の気持をしっかり掴んで、条件の良い婚約者を見つけないと」
意気込むリーゼロッテにシャルロットは感心する。
「逞しくて素敵だわ、リーゼ。私はなんていうか、結婚はちょっと考えられなくて」
「まあ、校内一の美女で、魔力こそそこそこだけど、学科試験は首席のシャルロット嬢が、そんなことでどうしますの?優良物件はあっという間に売り切れてしまいますのよ!」
リーゼロッテの素直な物言いに思わず笑ってしまう。
「ふふ……リーゼったら」
だが、彼女は真剣な表情で言った。
「シャロン。あなたにステキなご縁があれば私にも希望がありますもの。女性の魅力は魔力だけではないって、私達で証明してやりましょ!」
魔力至上主義のこの学校内では厳しいが、その他の場所では、リーゼロッテも充分に魅力的だ。本人は信じないかも知れないが。
「リーゼの魅力は、逞しさと実行力と、その生き生きとした美しさだと思うわ。大丈夫。そのままでも素敵な恋人ができると思うわよ?」
そんな話をしながら、二人は授業に向かった。リーゼロッテの2週間後の舞踏会にかける意気込みに、若干圧倒されながら。
そして、舞踏会当日。
シャルロットは午後一番から、侍女たちに準備をされていた。入浴から、マッサージ。化粧にヘアメイク、そしてドレスの着付け、と、侍女たちの気合も入っていて、シャルロットはなんだか他人事のようにさえ思ってしまう。
きっと魔獣討伐のほうが、楽に違いない。まあでも、今日がデビューとなる王都の貴族令嬢達は、皆似たようなものだろう、とそう考えると諦めもつく。
若干気も遠くなりかけたところで、やっと声がかかった。
「お嬢様。出来ました。とても美しいですわ」
「ありがとう。マリー達のおかげね」
奮闘した侍女たちに労いの言葉も忘れない。
ノックの音が聞こえて、どうぞ、と声をかけると兄が入ってきた。シャルロットがゆっくりと立ち上がり振り返ると、レオンハルトは目を瞠る。
「シャロン……驚いたな。とても美しい」
ドレスは、シャンパン・ゴールドの光沢のある生地に、精緻なバラの刺繍がされた黒のレースが胸元からウエストまで重ねられていて、スカート部分はたっぷりなドレープが優雅にとられている。パールであしらわれた飾りも上品で、髪型もドレスに映え、また艷やかな黒髮が美しく引き立てられていた。
宝石は、パールとダイヤモンド。華奢なシャルロットに似合う控え目なデザインだが、光にはよく反射してキラキラと光っていた。
レオンハルトの黒をベースにした正装にもよく合っていて、並んで立った二人に侍女たちもため息をこぼした。
二人並んで、玄関ホールまで歩いて行くと、両親が揃っている。
「本当にキレイだよ。幼くてかわいいシャロンはどこに行ってしまったのだろう。すっかり見違えたね。成人そして社交界デビューおめでとう」
アルバートがシャルロットを軽く抱擁し、祝福した。
続いてエカテリーナも彼女を抱きしめる。
「本当に嬉しいわ。シャロンおめでとう。今日はレオンと一緒に愉しんでね。私達も後から会場に入って、あなたのファーストダンスを見に行くから」
「ありがとうございます。お父様、お母様。今まで不自由なく育てていただき感謝しています。お兄様も、今日はよろしくお願いしますわね?」
「もちろんだよ。シャロンは会場中の視線を集めてしまいそうだね。しっかり守らないと」
レオンハルトは、そう言うと微笑んで、優雅な所作でシャルロットに手を差し伸べる。近衛騎士である彼は、エスコートも手慣れたものだ。シャルロットもそっと兄の手に自らの手を重ねると、背筋を伸ばし、上品な笑みを浮かべ足を進めた。
そして、二人は侯爵家の豪華な馬車に乗ると、王宮に向かったのだった。
そして、王宮。
王宮の舞踏会会場では、デビュタントは、コールと共に入場することになっている。
二人は、控えの間で順番を待っていた。
「続いてのデビュタントのご入場です。
ディアモンド候爵家ご令嬢、シャルロット・ティナ・オル・ディアモンド様」
やがてレオンハルトとシャルロットの順番となり、二人は手を取り合って、会場内に足を踏み入れたのだった。