第4話
セイレーン神国のネレデイア神殿は、木造造りながら、広い空間で作られている。東側に位置する祭壇には、陶器で作られ鮮やかな染色をされた後、魔法で強化された等身大のネレデイア神が祀られており、傍らには銀髪蒼目の聖女像も置かれていた。
その祭壇の脇に4名ほどの神官が控えている。
神官の装束は、白い着物に袴であり、その袖にはセイレーン神国の国華である藤の華が同色で刺繍されていた。
三名が継承式に必要な神具を持ち、一名は式を執り行う神官長である。
午後4時。
広間には、魔法で灯された温白色の飾り電燈が並び、厳かな雰囲気の中、セイレーン神国の王族と姻戚、貴族代表が入場し、各国の来賓がそれに続いた。
シャルロットも姻戚の席に、認識阻害魔法を自らにかけて並んでいる。彼女の姿を知らない者に、認識されないようにする魔法だ。ザイディーン王国の社交界にもデビューしていない彼女を知るものは、この国のリー家の周囲の者しかおらず、ザイディーン王国始め諸外国の来賓レベルには、まず知られていない。
大した魔力も使わないので、魔力をおさえていれば、一般人として意識もされないだろう。
そして、継承式は始まった。
神官長による神への祈りのあと、現国王エンデンが前へ出る。
シャウエンも続き、国王の前に跪き、頭を下げた。
シャウエンの今日の装いは、深い紺地に華やかな刺繍を施した冕服姿で、礼冠を頭にいだいている。
洗練された所作が美しい。剣を振る様も姿勢が良くて見ていて飽きないが、今日は特別に思う。
(生きているうちにあなたの王位継承に立ち会えて、本当に嬉しいわ。シャウエン、おめでとう)
シャルロットがこうして神国の継承式に立ち会うのは初めてではないが、今生幼い頃から共に過ごすことの多かったシャウエンの神国国王としての継承は、彼女にとって特別で、感慨深くもあった。思わず目頭が熱くなり、涙が溢れる。
「創造神ネレデイアの血を継ぐ者シャウエン・カイ・リー。
今をもってこの王位を息子である汝に譲る。
このセイレーン神国の国王として、国家と国民の為に身を尽くし、神と聖女の為に祈りを捧げよ」
国王エンデンがシャウエンに告げる。
「承りました。身命を賭して、自らの役目をまっとういたします」
シャウエンが厳かに返した。
そして神官より、
王笏、剣、指輪が授けられる。
シャウエンは、剣を腰に差し、指輪を嵌め、王笏を手に持ち立ち上がると、静かに振り返り姿勢を正す。
シャウエンは意図して、神力を乗せた言葉を発する。
「新たに我がセイレーン神国の王となった、シャウエン・カイ・リーだ。皆のもの、よろしく頼む」
低い穏やかな声だがよく響き、「威圧感」と「魅了」を聞くものに与えて響く。カリスマの力であるが、ここの列席者の殆どが大きな魔力を持つので、そう影響を与えるものではないだろう。ただ力を示して見せただけだ。
「おめでとうございます」
臣下は頭を垂れ、外国の出席者は拍手をもって、新王を祝福した。
継承式が終了すると、それぞれが部屋を退室し、晩餐会の会場へと流れていく。
シャルロットは、シャウエンの近くまで行き声をかけた。
「シャウエンおめでとう」
シャルロットは神国で聖女として認識されている。王の周囲は彼女をよく知る者ばかりだ。皆喜んで、シャウエンへの道を空けてくれる。
「ありがとう、シャルロット。今朝のことも。怪我はしなかったかい?」
シャウエンも柔らかく微笑んで、シャルロットを迎えた。
「もちろんよ。レンもリンも一緒だったし、問題なかったわ。それより、とても素敵だった。私、本当に嬉しくて」
「うん。ありがとう」
彼女のちょっと赤らんだ瞳を見て、シャウエンは照れたように、もう一度礼を言った。彼女の気持ちが素直に嬉しかった。
「今日はこれで帰るわね。またゆっくり顔を出すわ」
「ああ、待ってるよ……!?」
シャルロットが踵を返そうとしたその時、シャウエンは彼女の手を取り引き寄せ、軽く抱擁する。
シャルロットは、シャウエンの胸に顔を埋めるように抱き込まれた。
「どうかした?」
シャルロットが顔を上げて尋ねる。
シャウエンはどこかを鋭く睨む様子で緊張を走らせ、こちらに向けられた視線を牽制する。
だが、シャルロットの声に微笑むと、力を抜いて目を合わせた。
「いや、なんでも。ところで、ザイディーンの王太子とは顔見知りかい?」
「いいえ、まったく。会ったことも、すれ違ったことも無いわね。」
「そう。気のせいかな? じゃあ、部屋まで気をつけてお帰り……レン、彼女を部屋まで送ってくれ」
そして、彼女へ向けられる視線から隠すように、レンにシャルロットを託したのだった。
継承式が終わり、ヴィクトールはランドルフとニールセンと共に席を立ち、会場を後にしようとしたときのことだった。
式典には、白地の式典用軍服で出席しており、金髪碧眼に色も戻している。バランスよく鍛えられた長身、王族らしく美しい顔立ちに周囲からの女性の視線も集めていた。
表情には出さないが、若干煩わしさも感じつつ、ふと新王シャウエンを眺めると、思わず立ち止まった。
黒髪をまとめ上げ繊細な簪で飾り立てつつ、横にその髪を一筋下ろし、桜色の着物を着た少女が、微笑みながら新王に近づいていく。
その顔は、先程国境で見た魔法師の少女だった。
小さな白い顔に各パーツがバランスよく配置された美しい少女。大きな紫の瞳、烟る睫毛、通った鼻筋に、柔らかそうな小さな口唇。
その少女が、新王に微笑みかけている。
見たところかなり親しそうであった。
が、すぐにこちらの視線に気付いた新王に隠されてしまう。さらに牽制までされてしまった。
「探す手間が省けたな……厄介そうだが」
ヴィクトールがそう呟くと、ニールセンが振り返る。
「何かありました?」
「……いや、晩餐会が楽しみだ」
そう言ってヴィクトールは綺麗に微笑んだ。