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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第2章
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第2話

シャルロットの過去のお話。

 ある日、ネレデイアは突然セイレーンの前に現れた。


 セイレーンは、大陸の北側を治める王の下で、時期女王となるべく育てられていた。

 この国では、生まれ持った魔力の大きさで、後継者が決められる。

 今代の王をも上回る魔力を持って生まれた少女は、幼い頃から次期後継者として、厳しい教育を受けており、今年、17歳になったところだった。

 神殿で祈りを捧げていた彼女の前に立ったのは、長い艷やかな黒髪と紫色の瞳を持つ、整った顔立ちの青年だった。


「心地よい祈りと魔力だな」


 セイレーン一人きりのはずの祭壇でいきなり掛けられた声に、彼女はビクリと肩を震わせ、顔を上げた。

 魔力の感知に長けた彼女が、声を掛けられるまで、気配も何も感じなかったのだ。


「!? 貴方は?」


 その異様さに、セイレーンは不審げに誰何を問う。


「我が名はネレデイア。お前は何と言う?」


「私はセイレーン」


「セイレーンか、良い名だな。お前のその銀色に輝く髪も、透き通った湖のような蒼い瞳も、その清廉な魔力も、とても好ましい。

 セイレーンよ、お前達人間の祈りの力で我はここに降り立った。これより我に見せてくれ。我の創りしこの大陸で、覇者となった人間達の営みを」


 その言葉で、青年が創造神ネレデイアであることを、セイレーンは知った。


「ネレデイア様。かしこまりました、仰せのとおりに」


 セイレーンは目を伏せ、敬愛を持って頭を垂れる。

 そして、セイレーンの傍らに神が共に在るようになったのだ。





「セイレーン。あれは?」


 収穫を祝う祭りの祭祀として訪れたセイレーンは、傍らの青年に今日も同じ言葉で問いかけられた。

 彼がセイレーンにいろいろとものを尋ねるのは、いつものことだ。

 セイレーンはその問いに、いつも丁寧に真摯に答えていく。


「収穫を祝って、祭りをやっているんですよ。食物の恵みに感謝して、神に祈りを捧げているんです」


「私に?」


「ええ。見て下さい。皆笑顔でしょう?豊かな恵みに人々が喜んでいるんです。食べる事に困らず、安心して幸せに、また1年を親しい人と共に迎えられる。それを祝って、この時間を楽しみ、神に感謝しているんです」


「安寧で、親しい者達と過ごせることが、喜びか?」


「そうですね。反対に、食べる物が無くなり、生活が貧しくなると、人々に余裕が無くなり、心が荒んでくる者が多くなります。私の仕事は、民がそうならないよう、人々が餓えないよう力を尽くすことですね。程々に皆が豊かであるように」


「それは難しいのか?」


「ええ。すべての民やどの国も同じように、とはいきません。豊かな人や国も、反対に貧しい人や国もあります。貧しい者たちは、豊かな者たちを羨んで略奪を考える者もいます。心が荒むと、悲しみ嘆きから、妬み憎しみを抱きつつ、自らこそ幸せになりたいと思いますから。哀しいことに、それが他人の幸せを奪うことになっても」


「人間の負の感情は、自制出来ないのか?」


「環境によると思います。大切なもの、人……例えば伴侶であったり、親子であったり、愛するものを傷つけられたり亡くしたりすれば、悲しみや嘆きが強くなり、それが他者によって為されれば、相手に対する怒りや憎しみに変わる。人は一人では生きてはいけません。愛情に強く依存する心が大きければ、簡単に自制心は壊れます」


「愛情は人間にとって、毒となるか?」


「いいえ。私は、真の愛情は人を強くすると思います。愛するものを守り慈しむ心は、人を豊かにし、強くします。愛する人達のため自身を高め、相手を幸せにしたいと願う祈りは、とても強い力になる。人々はそのために前向きに生きているのではないかと、私は思います」


「人を愛し、自らを高めようとする者は強くあり、愛情に依存し他者に奪われることを怖れる者は弱くなる、と?」


「私の勝手な解釈ですけど」


「興味深い。この営みは人間特有だな。動物や魔獣には無いものか?」


「貴方が創造した生き物では?」


「人間は確かに、私の姿に似せ、魔力と豊かな感情を与えた。だが、魔獣や動物にも喜怒哀楽は普通に与えたぞ? 確かに豊かな感情の代わりに繁殖力を強くしたが」


「複雑な感情は、確かに繁殖に邪魔になることもありますね。本能に従って、子孫を増やしていくためには、強すぎる愛情や不安や恐れは邪魔になるでしょう。だとすると、人間独特の営みで、それが豊かに生き残っていくための知恵となり、大陸で力を持つことになったのでしょうね」


「祈りも人間特有のものだな」


「そうですね。信仰は人々に同じ目標を与えます。例えば、平和や豊かさや幸福など。私達統治者は、その願いが人々の営みに返されるよう力を尽くします。近い価値観で信仰を共にする方が、わかりやすく統治しやすいですね」


「何故この国は魔力の大きいものが王となるのだ?」


「力のある統治者の方が、民をまとめやすいからでしょう。単純にそれだけが良い統治者の資質というわけではありませんが……」


 そんな風に、セイレーンは言葉を尽くしてネレデイアに人間の営みを説いた。


 1年もすると、ネレデイアはセイレーンのもとを離れ、一人大陸を旅して周り、多くの人間と関わった。

 時々思い出したようにセイレーンのもとに帰っては、その経験を彼女に語り、意見を交わし、また旅に出る。

 そうするうちに更に3年が過ぎた。


 その日もネレデイアは、セイレーンを訪ねて来ていた。


「戴冠の儀?」


「はい。来月21歳の誕生日にこの国の女王として即位することになりました。それと同時に婚約者を決めることになったんです」


 セイレーンの婚約者という言葉に、ネレデイアは理由もなく胸がざわついた。


「婚約者?」


「はい。婚姻して、子を成さねばなりませんから」


「婚姻……子供……お前は、誰か愛する者がいるのか?」


「え?」


「旅の間に、人間の結婚式とやらを何度か見た。いろいろな結婚があったが、愛情の無い婚姻よりも、互いが愛し合って結ばれた婚姻の方が、幸せそうだった」


「そうですね。でも為政者の場合、愛情だけで結婚は出来ません。力を持っている者は、国や民をより良く導く為の婚姻を結ぶことが多いのです」


「では、お前は国の為に縁を結ぶと?」


「ええ。でも互いに愛し愛されるよう、努力するつもりですよ。そもそも相性が良くなければ、子も出来にくいですしね」


「ならば、我はどうだ?」


「ネレデイア様?どうしたのです?貴方はもともと異界に存在する創造主。いつまでもここに留まることは出来ないのでしょう?」


「我は、セイレーン、お前が愛しい。

 お前の魔力と祈りに惹かれ、この地に来た。お前と出会って、言葉を交わし、大陸中を見聞したが……お前ほど心惹かれる人間には出会わなかった。お前のその高潔な心も、純粋に人々の幸せを願う祈りも、我にとっては何よりも輝いてみえる。

 確かに我は、長くはこの地に留まることは出来ない。だが、お前と愛を交わしてみたい」


 ネレデイアが、セイレーンに愛を乞う。

 セイレーンは畏れながらも、心が震えた。女王候補であり大きな魔力を持つため、ある意味孤独だった彼女にとって、ネレデイアは身近な異性であり敬愛する神であった。だから……


「ネレデイア様。貴方の求めることに、私は断る術を持ちません。私の愛情でよければ、どうぞお受け取り下さい。ネレデイア様に私の心を捧げます」


 そうして、ネレデイアとセイレーンは互いに初めて口吻けを交わした。

 ネレデイアは、その愛情をセイレーンに伝えようと、自らの力を無意識のうちにセイレーンに流し込む。与えられたセイレーンはその力に酔い、ネレデイアにも自らの魔力を辿々しく返した。

 そして、口吻けを交わすほどに夢中になり、その行為が互いの愛情をより深くしていった。


 翌月、セイレーンは女王に即位し、ネレデイア神の巫女となる。そう遠くない未来、ネレデイアはやがてこの地を去る。そこで女王は婚約者を持たず、神の愛する巫女として、この地を統治することになったのだった。


 女王の統治は、神の力も受け、かつてないほどに国に繁栄をもたらした。

 神はその様子を眺め、だがこの地に留まり続けることに限界を迎えていた。

 ネレデイアが本来存在していた異界から、次元を越えてこの地に来て5年ほど。もともとの創造主としての力を、この地に降りた際に創った人間の身体に宿したため、その力に対し肉体が限界を迎えつつあり、存在し続けることが厳しくなってきたのだ。


「セイレーン、我は、帰らなければならない。存在が不安定になってきた」


「ネレデイア様。わかっておりました。今まで、ありがとうございました」


「セイレーン、愛している。こんなに離れ難くなるとは。身が切られるようだ」


「私も。お慕いしています。どうかこれからも、天上で穏やかにお過ごしくださいませ」


「また、お前に会いに来る。健やかに過ごせ」


 そうして二人は、最初に出会った神殿で別れを告げたが……


「!?なんだ?次元を超えられない?」


「ネレデイア様?」


「もとの異界に戻れない……どうなってる?」


「そんな……」


 ネレデイアは、異界に戻ることが出来なかったのだ。

 すると、呆然と祭壇近くで立ち尽くす二人の脳内に響く声があった。


『ネレデイア、君はそこの人間に力を与えすぎたね』


「お前は?アーデルリィヤ?」


 ネレデイアが顔を上げた。


『次元の狭間に君の気配を感じたから、追っては来てみたけど、今の君の力じゃ、界渡りは無理だ。その娘から力を分けてもらってこちらに戻り、存在を再構築した方がいい』


「存在を再構築?」


『もとの創造神としての存在だよ。ただ、一度その娘と混じり合った力だ。混じり物の君がこちらに戻り再構築すれば、こちらで存在することは出来るが、次に自らそちらの界に渡ることは出来なくなる。以前ほどの力は振るえなくなるからね。もっとも、戻って来られなければ、存在自体が消失してしまうから、選択の余地は無いけど』


「そうか。わかった。どうすれば……」


『その娘と身体を合わせ、濃密な力の交歓をすれば良い。娘、お前はネレデイアの精を受け、お前の身体に溢れた力をネレデイアに流し込むんだ。娘から力を受け取り、それが満ちたら、ネレデイアはその肉体を捨てるんだ。こちらに引き上げてあげるよ。ついでに再構築にも力を貸してやる』


「アーデルリィヤ、わかった。礼を言う……だが……」


アーデルリィヤの言葉に、ネレデイアは戸惑った。選択肢が他に無いこともわかっていた。


「ネレデイア様」


そんな彼にセイレーンは笑ってみせる。

ネレデイアはセイレーンを掻き抱いた。


「すまない、セイレーン。お前を愛したことで、お前を傷つけ悲しませることになる。だが、この大陸のすべての生の為に我は……」


「わかっております。ネレデイア様。どうか私の力を……」


「すまない。セイレーン。愛している」


「謝らないで下さい。私も貴方を愛しています。だから、どうか無事に帰って、私達を見守っていてください」


 結界で閉ざされた祭壇の間で、互いにとって、最初で最後の愛情と力の交歓だった。

 やがてセイレーンの力が譲渡されネレデイアを満たす。この地で創った人間の身体を捨て、やがてネレデイアはアーデルリィヤと戻って行った。セイレーンは、ネレデイアだった肉体を抱き締めて涙を零す。

 だがやがて、その身体を消し去ると、女王としてネレデイア神が去ったことを民に告げたのだった。


 数カ月後、セイレーンは神の子を身籠っていることを知る。


 妊娠と出産は、命がけだった。

 胎児が育つにつれ、その魔力と神力が強くなり、セイレーンは胎児の魔力制御を文字通り生命力を削って行ったのだ。

 無事に男児を出産したものの、産後の肥立ちが悪く回復魔法にも反応しない自身の身体に死を覚悟したセイレーンは、ネレデイアと別れた祭壇にいた。


「ネレデイア様、貴方のお陰で愛しい我が子を授かりました。彼の成長を見守ることは出来ませんが、貴方と過ごした5年間は幸せでした。どうか、あの子を見守って下さい」


 それが、セイレーンとしての生での最後の記憶。

 そして、繰り返しの始まりだった。


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